11 再会まで、あと少し
森の中にいた君は、傷だらけだった。ごめんなさい、ごめんなさいと泣いて。人間を極度に怖がっていた。
だから、助けたかった。
虐待されていたのなら、普通の幸せを与えたい。
そう思って、あいつと一緒に祖国へと立ち寄った。
親父ならば、この子を引き取ってくれる家族を見つけられるから。でも、間違ってた。俺は、とんでもないことをしてしまった。
――■■■■■■。
呪いのように、耳に焼き付いてしまった。
俺に覆いかぶさったあいつが、どいた。目の前には、荒野が広がっていた。誰もいない。親父と弟たちがいたのに。国があったのに。その姿は、跡形もなく消え去って。
俺たちだけが残された。
許せない。許すことができない。
俺はあの少女に、激しい怒りを抱いた。
――でも、憎めなかった。
覚悟していた。カエルまんじゅうに乗ると決めたその時に。
(……でもやっぱり、キツイな)
高速でジャンプを繰り返す、カエルのような羊。
ほんの数秒で山のような高さへと飛び上がって地面に着地する。その繰り返しに、胃袋がひっくり返りそうだ。
「い、やああああああ!!!」
そしてエンヴィの悲鳴が、かなりの苦痛になる。
カエルまんじゅう。別名、天地の悪魔。
初代のエルフ王が命名したとされるこの生き物は。
どういうわけか、普通に走らない。いつも遠距離跳躍で移動している。そして絶対に、なにかとぶつかることがない。
彼らの目は、モコモコの毛によって前がまったく見えない。
だというのにどれだけ遠く離れていても。彼らは正確に、物の位置を把握する。初代のエルフ王キリマル・ミヤノは、心眼の魔術によって障害物を感知してるのではないか? と推測した。
そしてそれは、見事に的中した。
カエルまんじゅうのモコモコの毛は、あらゆる衝撃を和らげる。彼らに見抜けないものはなく、いつも愛らしい。
「カエルまんじゅうのぬいぐるみ、土産にどうだ?」
「ノウェル!! 正気を保てええ!!!」
助骨が折れそうなほど、エンヴィにしがみつかれてるフロードが叫んだ。失礼な、俺は正気だ。手を離したら死ぬかも。
一応、命綱でカエルまんじゅうと胴体を繋いであるが……。
「肉体ではなく、魂が死ぬかも」
「あーるーじ!!」
さっきはノウェルだったのに、変な暗殺者だな。
一気に降下するカエルまんじゅうに、意識が薄らいだ。
「……もうやだ。絶対に嫌だー」
ようやく地面だ、と。エンヴィが寝転がった。命綱が繋がったままだぞ……。ふらつく手で、腰の紐を外す。
ようやく砂漠に着いた。地面だ。地面がある……。
「なあ、主。エルフの大森林みたいな転移は、無理だったのか?」
カエルまんじゅうから下りて真っ先に吐いたフロードが、真っ青な顔をこちらに向けた。
どうやら、あれの仕組みを教わってなかったようだ。
「あれはあの森特有の現象だ。精霊に愛されてるものは、どんなに離れていようと都市に飛ばされる。ただしその道は一方通行で離れる場合は本来の距離を移動することになる」
あの時は、森がナージャの帰還に大喜びしてたから。
たった数十分で着くという奇跡が起きた。分かるか、フロード。この異常さが。俺たちは徹夜で断崖絶壁の山を乗り越えた。
そして昼ちょっと前にウルたちと再会して。
夕方頃にエルフの都市を出た。
俺たちは、三日分の内容を一日で終わらせたんだ。
そしてギリスの砂漠までには二週間という時間があった。
カエルまんじゅうで強制的に短縮したこの旅は、おそらく俺たちが初めてだと思う。ハードすぎて、次はもう、やりたくない。
「……主? 大丈夫か?」
「俺のことはいい。エンヴィを頼む」
しばらく動けないだろうそいつを背負ってくれ。
影の中に手を突っ込む。なんとか仮眠中に仕上げてもらった魔除けを、彼らに渡した。
「ここから先は死霊との戦いだ」
エルフお手製の白いマントを羽織って、砂漠地帯を見渡した。
(……あれから、六十年)
ここの景色は、まったく変わらないな。
目を閉じれば、今でも思い出せる。
ここで。この上空で、魔術教団を壊滅させた。
教団はいつも、俺に付き纏ってきた。
まるで勇者は魔王を倒さなくてはいけない、というような運命が回ってた気がする。人間嫌いが世界を救う? 冗談だろ。
――でも、見捨てるという選択はなかった。
大司教が苦し紛れに解いた、死霊の王ギリスの封印。
それを、誰にも気付かせることなく封印し直して俺は、死んだ。
魔力を使い切って、肉体ごと消滅したんだ。
☆☆☆
夢を見た。遠い過去の記憶だった。
『――俺の、番になってほしい』
いつかは去ってしまう人。ここの村人のように、どこかへと行ってしまうだろう彼を、繋ぎ止めたかった。俺のそばにいてほしい。たまに見かける、鳥の番のように。
『……うん。いいよ。俺なんかでよければ』
頬を赤く染める彼に、胸の鼓動が高くなる。可愛い。守りたい。そんな想いが溢れてしまって、気付けば抱きしめていた。
俺の想いを受け入れてくれた、大切な人。
――ノウェル。会いたい。
涙が流れる感触に、目が覚めた。エルフに作ってもらった魔除けのマント。そのフードを深く被って、周囲を見た。
「わた、わたたたシシシハ……」
こちらへと寄ってくる、死霊。理性が朽ちてしまったそれを、影矢で仕留める。俺の影は、あらゆる死を形にしたもの。かすり傷であろうと、意志が弱いものは死んでしまう。
だからみんな、俺を恐れる。
ノウェルたちだけだ、あんなにも優しくしてくれたのは。
(……あいつは、なにを思ってたのだろう)
一人で村を守り続けてた友を思う。
最初は、愛した女性のためだと言っていた。
だが彼女が死んで、村人たちの入れ替えが起きたあとは。
――『私が、守らなくてはいけないんだ』
どこか寂しげな顔で、あいつは消滅するまで村を守っていた。
……俺は、妖精じゃない。
精霊だから死ぬことがない。この影でも、消せなかった。
けど、それでいいと思う自分がいる。
ノウェルは必ず帰って来る。あの本の少女のように。
だから俺は、もっと強くならきゃいけない。
帰って来た彼を、今度こそ守るために。
そして、ようやくその時が来た。
エンヴィの手紙を読んで、会いたい衝動に駆られた。
けれど、タイミングが悪かった。
受けてしまった依頼を放棄できず、せめて声だけでも聞きたい。そう思って、俺は会いたいと言った。この手紙がノウェルに届くのは、おそらく夜が明けた頃。俺とエンヴィでは、魔術の精度に差があるから。もしかしたら、届かないかもしれない。
不安な気持ちで、夜明けの空を見上げた。
――「なら、俺から行くよ」
突如として聞こえた、その声に。
俺は、涙を止められなかった。届いてすぐに送り返せるのは、彼だけだ。ノウェルが、やっと帰って来たんだ。
「い、やああああああ!!!」
かなり遠い場所から、懐かしい悲鳴が聞こえてきた。
どうやら、天地の悪魔に乗ってギリスの砂漠に来たようだ。
夜明けの光に目を細めて、俺は彼らの元に向かった。




