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虚ろなるもの  作者: 葉海ふーと
第一章 邪竜の巫女
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10 ギリスの砂漠へ

 俺たちが生きるこの世界は、決して平和ではない。

 仮初の平穏があるだけでまだ、あの戦争の遺産が残っている。人が人を呪うことで生まれた魔術。

 それを消し去ってこそ初めて彼らは、自由になれる。


「……ウル。これを」

 都市に着いてすぐに、俺はずっと持ってた袋を彼に渡した。

 中身を見たウルは、悲痛の色を浮かべて頷く。

 そして、深く頭を下げた。


「本当に殴ってすまなかった。あんたは、エルフの大恩人だ」


「……やめてくれ、俺は、ナージャしか救えなかった」

「そんなことない。あんたはいつも、俺たちの味方だった。ずっと助けてくれてたのに、俺は……!」

 ボロボロと涙を流して、ウルはそのまま蹲ってしまった。

 そんな彼を見て、ナージャも頭を下げる。

「……父が本当にすみませんでした。あんな地獄みたいな場所で、探してくれたのですね。彼らの、精霊石を」

 エルフは生まれながらに、精霊の祝福を受ける。精霊石には、その者の名前が刻まれ。遺体がない場合はそれを使って死者を弔う。教団との戦いで、俺は何度も見てきた。

 だから、精霊石をすべて見つけて、ずっと魔力を注いだ。

 これで少しは彼らも報われるはずだ。

「俺たちは先を急いでる。弔いの儀式に参加できないことを許してくれ」

「……大丈夫です。私たちは、ちゃんと理解してますから。アーチャー様と一日でも早く再会できることをお祈りいたします」

「ありがとう」

 ナージャたちと別れて、知り合いのところに向かった。

 予定よりかなり早く来てしまったが、魔除けはできてるだろうか。無理だったら、先払いして後日取りに行くことになる。


「あいつら、なんも言わなかったな」

 ぽつりと呟いたフロードは、どこか険しい顔をしていた。

「……そうだね。なんであの宿屋にいたんだろ」

「エンヴィ」

「君は、気にならないの?」


 その言葉に、俺は首を振った。気にならないはずがない。


「でもそれは、彼らの心を傷付ける」


 エルフをなんらかの理由で宿屋に誘い込み、呪いの材料にした。おそらく、人間も材料にされてる。各地で同じ被害が起きてるはずだ。アーチャーは、知ってるだろうか。

 エンヴィと違い、彼は冒険者として各国を巡ってる。

(……早く合流しないと)

 ウルたちの涙を止めるためにも、戦力が必要だ。

 あの呪いは幼かったから、俺だけでも倒せた。だが、数十年という呪いが出てきたら。次は勝てないかもしれない。


 ――邪竜という形に編まれた、魔術。


 エルフたちがこの結界から出なくなれば、敵は確実に、この都市へと攻め込むはずだ。

「……背に腹はかえられない。エンヴィ、お前はフロードと一緒にカエルまんじゅうを借りて来てくれ」

「え? か、カエルって」

「フロード。お前は、カエルまんじゅうを知ってるか?」

「……あー、師匠がなんか言ってたような?」

「なら説明はエンヴィに聞いてくれ。俺は魔除けを受け取ってくる」

 エンヴィが可哀想なほどに青ざめてるが、すまない、我慢してくれ。ここをそう長く離れるわけにはいかない。ナージャの覚悟を決めた顔を思い出して、気を引き締める。


「明日には、ギリスの砂漠に行くぞ」


 徒歩で二週間かかる場所に、半日で到着する。





















「……よかったのですか、キース王子。あの婚約者を連れて来て」

「父上の命令だ。俺は彼女と共に、

 ギリスの砂漠に行かなくてはいけない」


 険しい崖の上を、馬で進んでいく。

 キース王子は父親の命令で、派遣された国を出た。

 未だに魔物の対処が追い付かない国としては、足手まといを追い出せるとして、一人の騎士を護衛につけた。わざわざ帰る必要はないと言っていたので、その騎士もまた国に捨てられたのだ。

「ウェルナは……」

「まだ、魔術で眠っています」

「……そうか」

 わずかに目を伏せて、キース王子は前を向いた。

 奇跡的に一命を取り止めた彼は、これからノウェルの婚約者であるノワールのところに行き、死霊退治を手伝う。

 そして彼に、許しを乞うのだ。


 アーシャ・アルトランは、大賢者の生まれ変わり。

 最初はまったく信じられなかった。

 けれどあの色彩の魔術師が涙を流して、ノウェルと言った。

 そして男になったアーシャも、誰も知らなかった色彩の魔術師の名前を口にした。どうして彼女が、あんなにも人に冷たかったのか。自分を愛してくれなかったのか。その意味を理解した時。


 ――ああ、俺は死ぬんだ、と思った。


 ノウェルは、人間を嫌っていた。大賢者の意識がなくとも、転生体である彼女は、無意識にノウェルとして生きていたのだ。

(俺を愛さないのも当然だ)

 だって大賢者には、アーチャーという男がいるのだ。

 心に決めた者がいるのに、第二王子を愛す、なんてのはありえない。現実的じゃない。彼らを題材とした演劇まであるのだ。

 王族として、彼らの物語は何度も見てきた。

 そしてその不器用な純愛に、好感を持っていた。

 恋人同士なのに、なぜか友人のような雰囲気で。ようやく愛し合い始めたかな? と思えば無自覚。すぐに友人のような距離感になるも、確かに愛し合っていた二人に。彼は、憧れていた。

 けれど他国の戦場でそれに気付いた時にはもう、なにもかもが終わっていた。この派遣は、ただの切り捨てだ。大賢者様に無礼を働いたのだ。そんな自分は、ここで死ぬべきだと思った。


(……でもそれだけでは駄目なんだな)


 こうしてウェルナと共に、ギリスの砂漠に向かってるのだ。

 ――それなりの罰が、用意されてるはずだ。


 自分たちが犯した罪を思う。王族として、その責任から逃げるわけにはいかない。この体には、英雄王の血が流れてる。せめて最後くらいは、彼の子孫として恥ずかしくない自分でいたい。

 砂漠へと近付く。それに伴い、少しづつ滅びが始まっていた。


 彼らは気付くだろうか。


 罪人用の馬車で眠るウェルナの変化に。


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