10 ギリスの砂漠へ
俺たちが生きるこの世界は、決して平和ではない。
仮初の平穏があるだけでまだ、あの戦争の遺産が残っている。人が人を呪うことで生まれた魔術。
それを消し去ってこそ初めて彼らは、自由になれる。
「……ウル。これを」
都市に着いてすぐに、俺はずっと持ってた袋を彼に渡した。
中身を見たウルは、悲痛の色を浮かべて頷く。
そして、深く頭を下げた。
「本当に殴ってすまなかった。あんたは、エルフの大恩人だ」
「……やめてくれ、俺は、ナージャしか救えなかった」
「そんなことない。あんたはいつも、俺たちの味方だった。ずっと助けてくれてたのに、俺は……!」
ボロボロと涙を流して、ウルはそのまま蹲ってしまった。
そんな彼を見て、ナージャも頭を下げる。
「……父が本当にすみませんでした。あんな地獄みたいな場所で、探してくれたのですね。彼らの、精霊石を」
エルフは生まれながらに、精霊の祝福を受ける。精霊石には、その者の名前が刻まれ。遺体がない場合はそれを使って死者を弔う。教団との戦いで、俺は何度も見てきた。
だから、精霊石をすべて見つけて、ずっと魔力を注いだ。
これで少しは彼らも報われるはずだ。
「俺たちは先を急いでる。弔いの儀式に参加できないことを許してくれ」
「……大丈夫です。私たちは、ちゃんと理解してますから。アーチャー様と一日でも早く再会できることをお祈りいたします」
「ありがとう」
ナージャたちと別れて、知り合いのところに向かった。
予定よりかなり早く来てしまったが、魔除けはできてるだろうか。無理だったら、先払いして後日取りに行くことになる。
「あいつら、なんも言わなかったな」
ぽつりと呟いたフロードは、どこか険しい顔をしていた。
「……そうだね。なんであの宿屋にいたんだろ」
「エンヴィ」
「君は、気にならないの?」
その言葉に、俺は首を振った。気にならないはずがない。
「でもそれは、彼らの心を傷付ける」
エルフをなんらかの理由で宿屋に誘い込み、呪いの材料にした。おそらく、人間も材料にされてる。各地で同じ被害が起きてるはずだ。アーチャーは、知ってるだろうか。
エンヴィと違い、彼は冒険者として各国を巡ってる。
(……早く合流しないと)
ウルたちの涙を止めるためにも、戦力が必要だ。
あの呪いは幼かったから、俺だけでも倒せた。だが、数十年という呪いが出てきたら。次は勝てないかもしれない。
――邪竜という形に編まれた、魔術。
エルフたちがこの結界から出なくなれば、敵は確実に、この都市へと攻め込むはずだ。
「……背に腹はかえられない。エンヴィ、お前はフロードと一緒にカエルまんじゅうを借りて来てくれ」
「え? か、カエルって」
「フロード。お前は、カエルまんじゅうを知ってるか?」
「……あー、師匠がなんか言ってたような?」
「なら説明はエンヴィに聞いてくれ。俺は魔除けを受け取ってくる」
エンヴィが可哀想なほどに青ざめてるが、すまない、我慢してくれ。ここをそう長く離れるわけにはいかない。ナージャの覚悟を決めた顔を思い出して、気を引き締める。
「明日には、ギリスの砂漠に行くぞ」
徒歩で二週間かかる場所に、半日で到着する。
「……よかったのですか、キース王子。あの婚約者を連れて来て」
「父上の命令だ。俺は彼女と共に、
ギリスの砂漠に行かなくてはいけない」
険しい崖の上を、馬で進んでいく。
キース王子は父親の命令で、派遣された国を出た。
未だに魔物の対処が追い付かない国としては、足手まといを追い出せるとして、一人の騎士を護衛につけた。わざわざ帰る必要はないと言っていたので、その騎士もまた国に捨てられたのだ。
「ウェルナは……」
「まだ、魔術で眠っています」
「……そうか」
わずかに目を伏せて、キース王子は前を向いた。
奇跡的に一命を取り止めた彼は、これからノウェルの婚約者であるノワールのところに行き、死霊退治を手伝う。
そして彼に、許しを乞うのだ。
アーシャ・アルトランは、大賢者の生まれ変わり。
最初はまったく信じられなかった。
けれどあの色彩の魔術師が涙を流して、ノウェルと言った。
そして男になったアーシャも、誰も知らなかった色彩の魔術師の名前を口にした。どうして彼女が、あんなにも人に冷たかったのか。自分を愛してくれなかったのか。その意味を理解した時。
――ああ、俺は死ぬんだ、と思った。
ノウェルは、人間を嫌っていた。大賢者の意識がなくとも、転生体である彼女は、無意識にノウェルとして生きていたのだ。
(俺を愛さないのも当然だ)
だって大賢者には、アーチャーという男がいるのだ。
心に決めた者がいるのに、第二王子を愛す、なんてのはありえない。現実的じゃない。彼らを題材とした演劇まであるのだ。
王族として、彼らの物語は何度も見てきた。
そしてその不器用な純愛に、好感を持っていた。
恋人同士なのに、なぜか友人のような雰囲気で。ようやく愛し合い始めたかな? と思えば無自覚。すぐに友人のような距離感になるも、確かに愛し合っていた二人に。彼は、憧れていた。
けれど他国の戦場でそれに気付いた時にはもう、なにもかもが終わっていた。この派遣は、ただの切り捨てだ。大賢者様に無礼を働いたのだ。そんな自分は、ここで死ぬべきだと思った。
(……でもそれだけでは駄目なんだな)
こうしてウェルナと共に、ギリスの砂漠に向かってるのだ。
――それなりの罰が、用意されてるはずだ。
自分たちが犯した罪を思う。王族として、その責任から逃げるわけにはいかない。この体には、英雄王の血が流れてる。せめて最後くらいは、彼の子孫として恥ずかしくない自分でいたい。
砂漠へと近付く。それに伴い、少しづつ滅びが始まっていた。
彼らは気付くだろうか。
罪人用の馬車で眠るウェルナの変化に。




