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化け物みたいな俺の無口なきみへの恋模様  作者: 十土川三


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EP7「まやかしの気持ち」

 まだ外は暗いが、起きる時間に変わりはない。


 顔を洗ったあと、洗濯を始めようと動き出す。

 出来るだけ朝から長い時間、外に干して日に当てたいからだ。


「……やってみるか?」


「(コクコクッ)」


 俺の仕事をジッと見る彼女に声をかけると、彼女は進んで手伝い始めた。


「灰汁(あく)を使って洗うんだ。試しにやってみな」


 彼女に説明して洗濯板で昨日使ったタオルなどを洗わせる。


「俺は水汲みに行くから、一通り洗い終わったらそっちのカゴに入れといてくれ。あとで干すから」


 言うと彼女は洗濯物と俺を交互に見始める。


 忙しなく繰り返すその動作は、俺に付いて行きたいが洗濯もしなければならないと葛藤しているようにも見えた。


「遠くには行かないぞ。そこの井戸から水を汲んで水瓶に入れるだけだからな」


 小屋の近くにある井戸を指し示す。


 彼女はジーっと俺を見たあと、不満気でありつつも納得したように頷いた。


 …………これじゃあ、下手に一人で行動出来ないな。


 水汲みを始めつつ彼女のことを考える。


 今朝、いつの間にか俺の隣で眠っていたが、彼女は一人になるのを極端に嫌っているようだった。


 昨日一人で崖近くにいたときの彼女も、どこか朧気で生気がない様子であったことを思い出す。


 俺が追い払った時はさぞ傷ついたのだろう。


 そう考えると今になって後悔し、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。


 こんな寂しがりな奴なら最初からもっと優しくしとけば良かったと思ってしまう。


 しかし、俺自身にも事情があるため、安易に彼女を信用するわけにはいかなかった。


 今は気を許してはいるものの、俺に敵意を持つ奴と彼女が繋がっているという疑いは晴れないままである。


 そうでなければ、記憶がないのに初対面の俺に好意を持つなど不自然だ。


「ん?」


 服を引っ張られる感じがして後ろを振り向く。


 彼女が俺の服の裾を掴んでいた。


 指を差すので、そちらを見ると洗い終わった洗濯物がカゴに入っている。


「お疲れさん。もう終わったのか?」


「(コクコクッ)」


 胸を張って言う彼女に引っ張られつつ、洗濯カゴの元へと向かう。


 見ると汚れも落ちたうえで、灰汁もついておらず綺麗になっていた。


「綺麗に洗えてるな……やるじゃん」


「(ムフーっ)」


 褒めると得意気な顔立ちになる。


 手先は器用なようだ。


「なら、次はこれを干してくれないか? 終わったら朝飯を食おう」


「(コクコクッ)」




 ーーー




 朝食を食べ終え、大事な話をしようとテーブル越しに彼女と向かい合う。

 筆談のため、テーブルには紙とペンが置かれている。


「昨日話していて思ったけど、お前は魔法か何かで頭の中をいじられたと俺は考えている。それが原因で何も覚えていない可能性があるんだ」


「(コクコクッ)」


 彼女は不安に思う素振りも見せず、淡々と話を聞いていた。


「記憶喪失を治す方法は俺にも判らない。専門の人に診てもらったほうが良いと思う」


『治さないといけないの? 記憶が無いのはいけないことなの?』


 不思議そうに聞いてくるその顔は純粋な疑問なのだろう。


 しかし、何も思い出せない状態なら、大抵の人間は記憶を取り戻したいと思うのが普通じゃないのか?


「いけないことじゃない。けど、自分の家族とか、住んでいた場所なんかを思い出したいとか思わないの?」


『思わない。あなたがいればそれでいい』


 真剣な目で紙に書いた文字を見せてくる彼女に、思わず息を呑んでしまう。


 動揺するな。コイツの好意はまやかしだ。


「…………お前は俺のことを好きだと言ったな。けど、記憶のない状態でそう思うのはおかしいと思う」


 記憶があったとしても、俺を好きになるとは思えないが……。


「誰か……俺に敵意のある奴がお前にそう思わせている可能性が高いと俺は睨んでいる」


 美人局(つつもたせ)の典型的な手口だ。


「例えば、お前に好意を向けられて俺が油断したとする。その後、俺をどこかへ誘(おび)き寄せて集団で殺しにかかるとかな。そもそも、こんな山奥で記憶喪失の人間がいきなり現れるなんて不自然だ」


 俺の言葉に思うことがあったのか、彼女はムッとした表情になる。


『私の気持ちは嘘じゃない』


「そう思い込まされているかもって話だ。あくまで俺の憶測だけど」


 俺の言葉に納得がいっていないようで彼女は頬を膨らませた。


「そんな顔するな…………って言いたいけど、納得しないよな。そりゃそうだ。俺が逆の立場でもそんな顔するかもな」


 彼女の様子を見つつ、言葉を選ぶ。


「なら、どうして俺がそんなことを言うのか、説明させてほしい」


 唇を尖らせる彼女は渋々といった感じで頷いた。


「俺は外患誘致罪…………犯罪者として指名手配されたことがある」


 今もそうなのかは知らないが……。


『どういう意味?』


「ひと言でいえば、他の国に協力してこの国を滅ぼそうとしたって意味だ。俺の場合、モンスターに与したって判断をされたけどな」


 説明を聞いても、彼女はしっくりとこないようで首を傾げるだけだった。


「…………要するに悪いことをしたって言われたんだ。実際はそんなことしてないけど」


『(コクコクッ)』


 ようやく納得したように頷いてくれた。


 もう少し噛み砕いて説明した方がいいかもしれない。


「そのあと、俺は人間ではなくモンスターだとギルド連盟の奴に言われたんだ。だから人間じゃない俺はモンスターとしてギルドの奴等に狙われている。お金のためか、有名になるためか、目的はそれぞれ違うだろうがな」


 言ってて気分が悪くなる。


 人間扱いからモンスター扱いされた嫌な出来事が走馬灯のように頭を駆け巡る。


 若干吐き気もしてきた。


 けど、今は彼女に理解してもらうためにもこの話は必要なことだ。


 余計な気を遣わせないように、感情を表に出してはいけない。


『あなたはモンスターなの?』


「……………………どうだろうな? 俺にも判らん」


 違うと言っても世間は俺をモンスター扱いする。


 じゃあそうだと言うべきか?


 けど俺には人を食べたいというモンスター特有の捕食本能もないような気がする。


 俺はまだ……人間だ。


 そうであって欲しい。


「俺が人かモンスターかなんて正直どっちでもいいんだ。世の中の人間はみんな俺をモンスターだと言ってくる。ただそれだけの話」


『私もモンスターなの?』


「…………」


 なんでそんな質問をするんだ?


「どっからどう見ても人間だよ。俺と違ってな」


 お前が俺みたいに成長途中から肉体がモンスターに変化しない限りは。


 皮肉るような気持ちになるがそれは口にしない。


 彼女が人間であることに、ほんの少しだけ羨ましいという感情が湧いてしまう。

 …………けれど、自分の中の醜い感情を彼女にぶつけたって何の意味もない。惨めになるだけだ。

 

 そんなこと、絶対にしたくはなかった。


『あなたと同じが良かった』 


「……………………」


 彼女のひと言に、気持ちが揺さぶられたような気がした。


 最初に怒りが湧くが、それをグッとこらえる。


 何も知らないのに、勝手なことを言うな…………!

 俺は好きでこんな見た目になったわけじゃない。

 同じが良かったなんて言われて、俺がどんな気持ちでその言葉を聞いているのか、お前は理解しているのか?


 そう思ったが、咄嗟に口を閉じて感情を抑え込む。


 そうでもしなければ、怒鳴ってしまいそうだったから。


 彼女は俺の様子が気になるのか、不思議そうな顔をした。


 そして――


「…………なんでそんな顔をするんだ?」


「…………」


 彼女は泣きそうな顔になった。


『あなたが悲しそうに見えるから』


「…………」


 感情の揺れが大きくなる。


 何も知らないくせに、何を…………。


「…………」


「…………」


 お互い無言のまま黙っていると、彼女は何を思ったか、突然イスから立ち上がって俺に近付いてきた。


「(ナデナデ)」


 何をしているんだ…………?


 自然な動きで彼女は俺の頭に手を置き、撫で始めた。


 慰めようとしているのか?


「…………」


「…………」


 突然起きたことに俺は彼女の手を振り払うことも出来ず、ただされるがままになる。


 そして――――




 我慢出来そうになかった。


「悪い……ちょっと待っててくれ」


 …………ここでは駄目だ、すぐに離れないと。


 その場にいるのが嫌で俺は席を立つ。


 そのまま家を出た。


 一人になりたい。


 外に出て扉を閉めるとそこにもたれたまま、ずるずるとその場にしゃがみ込む。


 立っているのが辛かった。


 歯を食い縛る。


 声を漏らさないようにするが、視界はふやけて涙がポロポロと零れ落ちていく。


 右の目が多いために、泣き始めると滝のように涙は流れていった。


「俺だって…………好きで、モンスターになんか……なったわけじゃない」


 どいつもこいつも好き勝手言って、俺を遠ざけて…………!


 今まで起きた出来事に対して感情が揺さぶられる。

 我慢を貫いて行った先に、こんなことがあるとは思わなかった。


 彼女はまやかしの好意で俺を想って「同じが良かった」といっただけだ。


 悪意を持って言ったのではないと理解できる。


 そんな彼女に気を遣われて頭を撫でられた。


 ただそれだけなのに…………何故だろうか。


 この境遇になって初めてまともに優しくされたような気がして駄目だった。


 目が潤んで涙を我慢できない。


 もう枯れたと思ったのに。


 止めようと思っても際限なく流れるそれはどうしようもなく、早く家に入って話の続きをしたかったが、このまま中に入るのも情けない。


 泣いている姿を他人には見られたくない。


 恥ずかしいし、弱い部分なんか見せたくない。


 ましてや出会ったばかりの少女の前でなんか尚更だ。


「…………」

 

 見せたくないのなら、泣きたいだけ泣いて、涙を枯らすしかない。


 幸いなことに玄関の扉を押さえておけば、彼女が出てくることは不可能だ。


「…………はあ」


 俯いたまま、涙が全て流れ落ちるのを待つ。


 早く中に入って話をしなければいけないと気持ちは焦るが、そう思ったところで何かが変わるわけでもない。


 しばらくそうしていると頭の上に何かが触れたような気がした。


「っ!?」


 顔を上げると、いつの間にか彼女が目の前に立っていて、その手で俺の頭を撫でていた。


 悲しんでいるのか、また泣きそうな顔をしていた。


 同情しているのか?


「どうして…………玄関は開いてないはず……?」


 彼女はもう片方の手で指し示す。


「もしかして、窓から出て来たのか?」


「(コクリッ)」


 どうやら彼女は、居間の窓から出て玄関先まで迂回して来たようだ。


「悪いけど、一人にしてくれ」


「(ナデナデ)」


 俺の言葉を無視して彼女は頭を撫でてくる。


 情けない。


 会ったばかりの少女に慰められるなんて。


 しかも子供みたいに幼いと思った相手に。


 動く気にもなれず、恥ずかしさと情けなさから俺は顔を覆って泣き顔を見られないようにするしか出来なかった。


「ほっといてくれよ。頼むから」


「(ナデナデ)」


 俺の言葉を無視して彼女は頭を撫で続ける。


 優しくしないでくれ。お願いだから。


 彼女の手を振り払う気にもなれず、涙が収まるまでの間、俺は玄関先で慰められることになった。




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