EP6「一日を終えて」
「女物の着替えはあるが、着る前に一度洗わないといけない。今日は俺の着替えで我慢しろ」
沸かした湯を入れた湯浴み用の大きな木桶とタオル、着替えなどを置いておく。
クソババアの着替えは亡くなって以降、手付かずなのでそのまま着替えさせるのは気が引けた。
「湯浴みが終わるまで外にいる。終わったら声をかけてくれ」
「……?」
不思議そうな顔で彼女は首を傾げる。
『なんで外に行くの?』
紙に書かれた言葉に条件反射で言い返したくなったが、それを押さえて一度深呼吸する。
落ち着け。
怒ってまた泣かれたら面倒になる。
冷静になれ。
「……はあ。自分の裸を他人に見られたくないだろう? だからだ」
『私は気にしない』
「馬鹿! 俺が気にするんだ!」
バタンッと音を立てて俺は家を出た。
ーーー
「恥ずかしいって気持ちがないのかよアイツは……!」
愚痴を零しつつ、庭にあるイスに腰かける。
誰かと一緒にいるなど何年ぶりだろうか。
子供の頃にクソババアと過ごしたあとは、山を下りてとあるギルドに身を寄せていた。
そこから山に戻って今の暮らしをしているため、実に三年ぶりに誰かと卓を囲んで食事をしたことになる。
まさか生きている間にまた誰かとああやって会話をすることになるとは夢にも思わなかった。
「…………いつ死んでもいいとか思ってたのに、情けないな俺」
心の底でそう思っていたはずなのに、いざ彼女が現れたら俺は殺されるんじゃないかとビクビクと怖がるしかなかった。
死んでもいいと言っておきながら死ぬのが怖くてたまらない。
俺が死ねば喜ぶ人間は多いかもしれない…………けれど、それでも俺は死ねずに惰性で生きている。
……………………いや、違う。
俺が一番怖いのは死ぬことじゃない。
人として扱われず、モンスターとして殺されることなんだ…………。
『悪運の強い奴だねぇ。死ねばよかったのに』
『俺たちを騙していたのか!? ふざけるな!!』
『頼む……! 近寄らないでくれ、アンタを信用できない』
『ごめんなさい。あなたは何も悪くない。でも……怖い。このままだと私の知っているあなたじゃなくなる気がする。モンスターとして殺されるくらいなら、せめて…………私の手で、人間のまま死なせてあげたい』
嫌な言葉を思い出す。
別々の場所で違う人たちから言われた言葉なのに、それらは一貫して俺の存在を否定するものばかりだ。
やはりあの時、彼女に殺されれば良かったのだろうか…………?
「…………はあ」
目を瞑って楽しかった時や嬉しかった時のことを思い出そうとするが、そうする度に嫌な記憶が上塗りするように出しゃばってきて視界を塞ごうとする。
『貴様は人間じゃない。モンスターだ』
嫌いな人間から言われた言葉。
人間じゃない。
異形の姿をした者。
アイツの言う通りなら、俺は討伐モンスターとして登録されているはずだ。
詳しくは判らないが、いつ誰が殺しに来てもおかしくはない。
振り向いて小屋を見る。
彼女は今、身体を清めているはずだ。
「こんな辺鄙な場所で俺に好意を持った女が突然現れた…………誰かが俺を狙って彼女を寄越したのなら合点がいくな」
彼女自身に俺をどうこうする気はなくとも、俺を標的にした何かしらに巻き込まれているのは間違いないだろう。
でなければ俺に好意を持つ彼女の存在は、あまりにも不自然だ。
こうなった背景を知らなければ、彼女自身も危険な目に遭うかもしれない。
「…………どうにかしてやらないとな」
しばらくそうしていると小屋の扉が開く音が聞こえた。
そっちを見ると湯浴みを終えた彼女がホカホカと湯気を纏って立っていた。
着替えた服は出来る限り小さい物を選んだおかげか、彼女自身違和感なく着こなしている。
タオルを肩にかけているが、ちゃんと拭いていないのか髪が濡れてビショビショのままだった。
「髪はちゃんと乾かせ。風邪ひくぞ」
「(コクコクッ)」
頷くがタオルで乾かそうともせずに近寄ってきた。
会ったときからそうだが、彼女は俺が言っても素直に聞こうとはせず、俺の側に来て服を掴もうとするばかりである。
仕方ないな。
「こっち来い。髪拭いてやるから」
「(コクリッ)」
イスに座らせてタオルで彼女の頭をゴシゴシと拭いてやる。
彼女の髪はサラサラとしていたが、乾かすのに手間がかかりそうで中々水気が取れなかった。
…………綺麗な髪してるなコイツ。
「……新しいタオル出すからそれを頭に巻いとけ。水気を取ったら寝る前にもう一度自分で拭いて乾かしてから寝ろ」
「(コクリッ)」
小屋に戻ろうとするとまたも服を掴んできた。
家に入る。
今度は俺が湯浴みをするため、彼女に寝室へ行くように言いつけた。
「俺が湯浴みする間、居間には出てくるなよ」
「(コクコクッ)」
頷きながらも寝室に入ろうとせず、彼女は居間に居座ろうとした。
コイツ……!
無理矢理寝室に連れていってから湯浴みをしようとするが、彼女が何度も覗いてこようとするのでその度に注意することになった。
俺は終始気が抜けず、身を清めたはずなのに汗だくになってしまった。
ーーー
髪も乾かし、寝る準備を整えてから俺はあることを思い出す。
「そういやお前の服破れてたよな? 応急処置ってわけじゃないが俺の方で縫って…………」
言ってから俺は後悔した。
わざわざ苦手な針仕事を請け負おうとするなんて馬鹿だからだ。
「――悪い、何でもない。忘れてくれ」
何でこんなことを言ってしまったのだろう?
「(ジーっ)」
そんな俺を見て、彼女はすぐに自身の着ていた高級そうな服を持ってきてしまった。
言わなきゃ良かった……。
「俺の服を見たろ? あちこち継ぎ接ぎで貧乏人臭い見た目になってんだ。破れた部分に似たような色合いの糸や布を使って適当に直してるだけだからな。お前の服は見た目も生地も上等な物だから俺が手を出すと余計に目立つうえ返って駄目にすることになる」
言い訳がましく聞こえるが、実際そうなので俺は素直に話した。
けれど、彼女はお構いなしに「やって」と言いたげに服を押し付けてくる。
「…………綺麗に縫えなくても文句言うなよ?」
「(コクコクッ)」
裁縫道具を持ってきてイスに座る。
鳥型のモンスターに掴まれたとき、その爪が腕や肩周りに引っかかって破けたようだ。
似たような糸の色を使ってチクチクと縫ってやる間、彼女はイスに座って俺の様子を眺めていた。
見張ってる……ってわけじゃないか。
気が付くと彼女はいつの間にか舟を漕ぎ、寝息を立てていた。
「…………眠いなら先に寝てていいんだぞ」
「! (ブンブンッ)」
俺の声にハッとして目を開ける。
睡魔に負けじと強めに首を振って彼女はそれを否定した。
「これが終わったら俺も寝る。見ても何も楽しくないぞ」
「(ブンブンッ)」
どうやら終わるまで彼女はベッドに行くつもりはなさそうである。
頑固な奴だ。
これ以上続けるとイスの上で寝てしまいそうだったため、裁縫を中断して彼女をベッドまで誘導する。
「今日はここで寝てくれ。俺は隣の部屋で寝てるから、何かあったら起こしてくれていいからな」
そう言い終えると彼女は目を閉じたまま、軽く頷いて寝息を立て始めた。
疲れたな。
彼女が寝たことで気が緩んだのか、全身がドッと重く感じる。
見た目は成人だが中身はまるで幼子だ。
子供の面倒を見ている感覚である。
「……ふう」
寝室から出ると彼女が書いた紙がテーブルに散乱したままであった。
でも、字は書けるんだよな……記憶喪失だからあんな性格になっているだけかもしれない。
取り合えず、残りの裁縫を終わらせてから寝るか。
彼女に嘘をついた結果になったが、そうでもしなかったら素直に寝てはくれなかった。
とっとと終わらせて早く寝ようと俺は針仕事を再開した。
ーーー
居間に筵を敷いて眠っていると不意に目が覚めた。
「朝か……………………なっ!?」
俺はびっくりしてその場で飛び起きた。
コイツ……! なんでここで寝てんだ!?
隣に視線をやると寝室のベッドで寝ていたはずの彼女がそこにいた。
ご丁寧に枕と掛け布団まで持ってきている。
「…………?」
俺が飛び起きたことで目が覚めたのか、目を擦りながら彼女も起き上がった。
「(ゴシゴシッ)」
「…………なんでここで寝てるんだ?」
「…………?」
色々と言いたいことはあったが、まずは話を聞こうと思う。
起きたばかりで頭が回ってないのか彼女はボケーっとしたまま、舟を漕ぎ始めた。
貞操観念ないのかよコイツは。
そう思ったが、そもそも昨日湯浴みをするのに裸を見られることを気にしていなかったり、俺の湯浴み姿を見ようとしていた時点でそれは判っていたことだ。
…………もしかしてこれは俺が悪いのか?
もっと別の配慮の仕方があったのだろうか?
だが、俺は出来る限りの配慮は尽くしたつもりだぞ。
「はあ…………」
起きたばかりだというのに体が重く感じる。
言動が幼いとはいえ身体つきは女性のそれであることに変わりはない。
欲情して襲う気はないが、もう少し慎みを持ってほしいと思う俺の願いは間違っていないはずだ。
…………多分。




