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化け物みたいな俺の無口なきみへの恋模様  作者: 十土川三


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EP5「彼女の事情」

 食事を終えると紙とペンを用意した。


「声が出せないなら紙に書いて教えてくれ。まずは名前だ」


 ペンを渡すと彼女は困った顔をしつつも紙に文字を書き始めた。


『名前が判らない』


「…………自分の名前だぞ。判らないなんてことあるか?」


 嘘をついているのか? いやこの期に及んでそんなことするとは思えないが……。


 彼女は再び、ペンを走らせる。


『何も覚えていない』


 覚えていないだと…………頭でも打って記憶が混濁しているのか?


 だが意識ははっきりしていてここまで歩いて来れた。


 怪我をしている様子もない。


「モンスターに襲われて頭を打ったか? やっぱりどこか痛みがあるとか?」


 彼女は首を振る。


 ならどうして…………?


「どうやってこの山に来たんだ? 俺と会ったとき、豚顔のモンスターに襲われていたな。その前はどうしていたんだ?」


『気が付いたらあの場所にいた。それまでは眠っていたみたい。あの二体の豚がいきなり現れたと思ったら襲ってきた』


「…………」


 自分の意思か、もしくは誰かに連れられてこの山に来たのか。

 それも判らず仲間もいない。


 本当に一人なのか?


「あの時、俺が助けなかったらお前はどうするつもりだったんだ?」


『助けてくれなかったら死んでた』


「…………そうか」


 俺はため息を吐くしかなかった。


 彼女の容姿と服装からどこかのお貴族様なのかと思っていた。


 道楽目的の物見遊山に来たのか、もしくは人買いなどに誘拐されてここに来たのかと考えたが、実際は予想の斜め上を行っていた。


 彼女の様子を見ても嘘をついているようには見えず、頭を抱えたくなってくる。


 しかし、俺が彼女を助けなければ彼女は死んでいた。


 助けたのは間違いではなかったのだ。


 その事実に取り合えずホッと安堵する。


 どんな形であれ、困った人を助けられたのなら良かった。


 久しぶりだな、この感覚は。


「声は最初から出せないのか?」


「(コクリッ)」


 口を開けて声を出そうとするが、彼女は何も言えずに悲しそうな顔をする。


 喉が腫れている様子もない。


 病気の類ではないのか?


 もしくは呪いか何かにでもかかっているのか…………いや、だとしてもそっちは専門外だ。


 現状、俺に判ることはないな。


「最初に会った時、どうして俺を怖がらなかった? 何でいきなり抱き着いてきたんだ?」


 俺の見た目は普通じゃない。


 一見すればモンスターだ。


 なのに彼女は最初から俺の容姿に驚く様子もなく接している。


 彼女は考えるような動作をしてから紙に文字を書き始めた。


『あなたのことが好きだから』


「…………」


 彼女の言葉に俺は絶句するしかなかった。


 何も覚えていない。


 しかも会ったこともないはずの俺を好きだと言うのか?


 意味が判らない。


「……何も覚えていないというのに俺のことが好きだと言うのか? 自分で言ってておかしいと思わないのか?」


 俺の言葉に彼女は困ったような顔をする。


『最初にあなたを見た時、どこか懐(・)か(・)し(・)い(・)気(・)持(・)ち(・)に(・)な(・)っ(・)た(・)。顔を見たら胸(・)が(・)締(・)め(・)付(・)け(・)ら(・)れ(・)た(・)よ(・)う(・)な(・)気(・)が(・)し(・)て(・)抱き着いた』


 そう言って彼女は薄っすらと頬を赤らめる。


 信じられない。


 彼女は洗脳でもされているのか?


 でなければ言っていることと、やっていることが明らかにおかしい。


 洗脳…………洗脳…………記憶が無い? 

 



 ……………………記憶操作!?


 そこまで考えて思い出す。


 前に読んだ本の内容で記憶操作の魔法が存在し、人を洗脳するというものがあったはずだ。


「魔法で人の記憶を操作するという本を読んだことがある。ちょっと待ってろ」


 立ち上がって寝室の本棚に向かおうとすると彼女も椅子から立ち上がった。


「…………」


「(ジーっ)」


 「待ってろ」と言っても聞かない彼女にこれ以上注意しても意味がないと思い、ランタンを持ってそのまま寝室に入る。


 本棚には、以前一緒に住んでいたクソババアの私物が置かれていた。


 そこにあるのは魔法に関する本ばかりで、中には人体に関する本もいくつか置いてある。


 アイツがいなくなってからは暇つぶしにと俺が代わりに読んでいた。


 まさか必要に迫られて読むことになるなんて……などとどこか不思議な気持ちになる。


「これだ」


 「禁忌の魔法」という書物を持って後ろを振り向くと、案の定彼女は俺の服の裾を掴んでいた。


「…………」


 『あなたのことが好きだから』と言われたせいか、彼女の視線を受け止めるのにどこかむずがゆく感じてしまう。


 洗脳なら彼女の本心ではないだろうが…………それでも気恥ずかしくなってしまい、俺は目を逸らして居間へと戻った。


「確かこの辺だったはず…………あった!」


 百八ページにある「記憶操作に伴う見解」という項目を見る。


「人の記憶は人格形成に密接し、それを術者が操作することによって洗脳に近い効果を発揮すると思われるが、発振現象(ハウリング)によって記憶の操作は困難を極め、大抵の場合は被験者の脳が耐えきれずに死亡するという見解が大半である。ただし本項目はあくまで過去の研究に基づく憶測であり、臨床試験及び実験結果等が少ない現状において改良の余地は十分にあると考えられる……」


 本から顔を上げて彼女を見る。


 もしかして彼女は俺(・)と(・)同(・)じ(・)ように誰かの研究による被害者なのか?


 仮に記憶操作が成功したとするならば、記憶喪失で俺に好意を持つのは最初に見た者を「親」と思い込む刷り込み現象かもしれない。


 …………いや、待て。それなら最初に見たのは俺じゃなくて殺した豚面のモンスターのはずだ。


 助けたとはいえ、あとから来た俺に好意を持つのは明らかにおかしい。


 ピンポイントで俺に好意を持つように記憶操作されているのか?


 彼女の顔を見ながら考えていると、彼女もまた俺のことをジーっと見つめてきた。


 思考に意識を持っていかれそのまま見つめ合っていると、突然彼女が紙に何かを書き出す。


「どうした?」


 もしかしたら何か思い出したのか?


 そう思い、彼女が書き終わるのを待つ。すると――




『私のこと好き?』


「んなわけあるか!?」


 人が真面目に考えているのに何を言い出すんだコイツは!?


「はぁーっ、馬鹿馬鹿しくなってきた」


 ガシガシと頭を搔きながらテーブルに本を置く。

 食器を洗おうと俺は立ち上がった。


「今日はもういい。この話は明日にする。歯を磨いて湯浴みしたら寝ろ。寝室のベッドを使っていい。俺はこっちの部屋で寝るから」


 キッチンで皿を洗おうとすると彼女も立ち上がった。


 俺の言ったことなど無視して定位置となる右後ろに来て服の裾を掴む。


「お前なぁ…………」


「…………?」


 呆れてため息を吐くが、筆談が出来たからと言って彼女自身が何か変わることもない。


「歯を磨かないなら手伝え。こっちの布巾で俺の洗った食器を拭くんだ」


「(コクコクッ)」


 二人掛かりで食器を片付ける。


「…………」


「…………」


 彼女は文句も言わず(声が出せないので当たり前だが)、黙々と俺の指示に従って家事をこなした。


「(ジーっ)」


「……何でもない」


 彼女を見ていたら見つめ返されたので視線を外す。


 彼女の言葉に嘘がなく、何かに巻き込まれて偶然ここに来たのなら、それは事故だったのだろうか?


 いや、俺に好意を持たせているという時点で意図的なものと考えるのが妥当か。


 仮にそうだとして彼女を心配して探している人はいるのだろうか?


 声を出せないことや記憶がないことが人為的なものなら、クソババアと同じで頭のイカレた魔法使いが関わっているかもしれない。


 家族はいるのだろうか?


 彼女の帰りを待っていてコイツ自身も帰りたい場所があるなら早く返してやった方が良いだろう。


 そうでなくとも俺と一緒にいるだけで危険な目に遭わせる可能性が高くなってしまう。


 幸いにも俺と違って普通の人の姿をしている。


 人里に戻るなら早く戻った方が良い。


 だがそのためには人里に下りる必要がある。


 定期的に換金や消耗品を買いに行ったりするが、彼女を家族の元へ送り届けるならば、まず彼女自身の身元を調べなければならない。そのときに俺の存在は邪魔になるはずだ。


 いや、手がかりがないなら失った記憶を取り戻すのが先か?


 どっちにしても、どうにかしないといけないことに変わりはない。


 俺が動けないとなると他人に任せるしかないが――




「――当てなんか、一つしかないな」


「……?」


「何でもない」


 口から零れた言葉に反応する彼女だったが、俺はそれを誤魔化した。


 今考えても仕方ない。


 一度助けると決めた以上、出来ることまで助けてやるが、あとはコイツ自身が決めることだ。


 そう自分に言い聞かせていると食器を洗い終わる。


 湯浴みの準備をする間、彼女に歯を磨かせようと声をかけた。


「新しい歯ブラシがあるから使ってくれ」


 彼女に言うが、歯を磨こうともせずに俺にくっついてきた。


 ……はっきり言わないと駄目だな。


「いい加減にしろ。磨きたくないのは勝手だが、それで虫歯にでもなったらどうするつもりだ? あとで文句を言われても俺が困る。この家にいる間くらいはせめて俺の言うことに従ってくれ」


「(コクリッ)」


 そう言うと渋々と言った感じではあるが、彼女は俺から離れて行った。


 水瓶の水で口の中をゆすぎつつ、歯を磨き始める。


 それを見届けてから湯浴みの準備を始めるが、彼女は何度も振り返って俺を見てきた。


 俺が逃げるとでも思ってんのか?


「どこにも行かないって。ここは俺の家だぞ。さっさと歯を磨いとけ」


 そう言うと彼女は振り返ることもなく、歯を磨き終わった。


 あとは湯浴みして寝るだけだ。

 



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