EP4「帰宅」
彼女を地面に下ろしたあと、岩壁から腕を引っこ抜いて自由落下で彼女の元へと向かう。
地面に着地すると彼女は放心した状態でその場に座り込んでいた。
「…………」
「無事か? 骨は折ってないか? どこか痛いところは?」
膝を折って彼女に近付く。
すると少女は先ほどと同様に大粒の涙を流し始めた。
「どこを怪我した? 首か? 背中か?」
怪我をして泣いたと思い、背嚢から鎮痛剤を取り出そうとする。
しかし――
「なっ、おい!」
「……」
彼女は俺に抱き着いてきてその顔を胸に埋めてきた。
俺は殺されるんじゃないかと思い、一瞬硬直してしまうが咄嗟にそれを否定する。
コイツは違う。
俺を殺すならさっきやっていたはずだ。
コイツは大丈夫だ。
自分自身に言い聞かせるように心の中で繰り返す。
振り払うのも忍びなく、彼女が気の済むまでそのままにしておこうと俺は待つことにした。
ーーー
彼女に抱き着かれてから三十分ほど経過していた。
長い。
いつまで続くんだこれは。
彼女に敵意はないと自分自身に言い聞かせつつ、ただ抱き着かれたままというのもどこか気まずいため、さっさと離れてほしいと思うが、彼女はそんなのお構いなしに俺から離れようとはしなかった。
怪我の確認をしたい。
言い出そうかどうか迷っていたが、彼女が怪我をしたようには見えず、ズルズルとこんなにも時間が経過してしまった。
「…………」
「…………なあ」
俺の声に反応して彼女が顔を見上げる。
声は出さないが、その表情だけで「どうしたの?」と聞いてきたように感じた。
「いつまでくっついてるんだお前。怪我の確認もしたい。いい加減離れろ」
こちらの動揺を知られないように平常心で言う。
目の前の少女はジーッと見つめてきたかと思えば離れようとはせず、すぐに俺の胸に顔を埋めてきた。
コイツ…………!?
無視されたことにイライラするが、そうなったからと言って状況が改善するわけじゃない。
落ち着け。
怒ったらまた泣くかもしれない。さっきの二の舞になるだけだ。
「自分から離れないなら無理矢理引っぺがすぞ。いいのか? さっきみたいに転ぶかもしれないんだぞ」
感情を抑えつつも語気を強めてわざと怒ったように言ったが、効果はなかった。
どうやら自分から離れるつもりはないようで顔を埋めたまま「どうぞお好きに」と言わんばかりに頷く動作をする。
煽ってんのかコイツは…………!?
堪忍袋の緒が切れるとはよく言ったもので、そうなってしまえばまた彼女を泣かしてしまうかもしれない。
ようやく泣き止み落ち着いた彼女をまた泣かせるようなことだけはしたくなかった。
「……なら仕方ない」
ゆっくりと力を込めて優しく彼女を引き離そうとする。
「…………!」
「…………おい」
肩を持たれ、離されそうになった彼女だったが、なんと俺の服を掴んで抵抗してきた。
口を真一文字に結び、意地でも離れてたまるかと抵抗する彼女に俺は絶句してしまう。
何で初対面のしかも化け物みたいな俺にここまでくっつこうとするんだコイツは!?
俺が力を込めて優しく押し出そうとしても、同じくらいの強さで彼女は服を引っ張りまた胸に顔を埋めようと抗ってくる。
「服が伸びるだろ!? 抵抗するな!」
「…………!」
俺たちの攻防は終わりを見せず、長引くにつれ少女の顔つきが徐々に変わっていった。
最初はまだ大人しかったが、次第に鼻息が荒くなり、眉間にはシワが寄り、挙句の果てには額に汗を掻き始めていた。
「…………!」
「…………はあ」
力が強すぎると相手を怪我させてしまうと思い、結局俺は彼女を引っぺがすことを諦めた。
力を抜くと、「勝った!」と言いたいのか彼女は一瞬だけ勝者の笑みを浮かべて再び俺に抱き着いてくる。
何だこれ。
日は傾き始め、夜になろうと山全体が赤みを帯び始めていた。
ここにいてはまたモンスターに襲われる可能性があると思い、彼女に引っ付かれながらも俺は家に帰ろうとそのまま立ち上がるしかなかったのだった。
ーーー
山の中を歩いて家に向かう。
後ろを振り向くと、俺の服を掴んだまま付いてくる一人の少女がそこにいた。
「…………」
「…………」
少女は無表情のまま、抵抗することなく――というか置いて行かれまいと俺の服に引っ張られる形で黙って付いてきていた。
幸いにも怪我はなかったが、モンスターの爪が引っかかったのか、服の一部が破けていた。
涙を流した影響で目元が若干赤くなっている。
けれど顔色は悪くなく、どこか気分が良さそうであった。
「……それ、楽しいか?」
俺の服の裾を指して聞くと、少女は頷いて服を掴む手に力を込める。
本当に何なんだコイツは……?
「仲間はいないのか? 一人なのか?」
少女は即答せずに考える素振りをしたあと、首を横に振った。
仲間がいるらしい。
「なら、なんで一人なんだ? 他の奴らはどこにいる?」
「…………」
彼女は俺を指差した。
仲間とは俺のことを意味していたらしい。
…………おい。
「そうじゃねえよ。この山には一人で来たのかって聞いてんだ」
再度質問すると困ったような表情になる。
身振り手振りで教えようとしてくれるが、いったい何を意味しているのか全く判らなかった。
「…………わかった。取り合えず俺の家に行くぞ。そこで話を聞くからな」
適当に返事をしつつ筆談で話すのが手っ取り早いと思い、彼女を連れて家路を急いだ。
ーーー
俺の住む家はボロ家と言っても過言ではない。
屋根や壁は継ぎ接ぎに修復されており、風が吹けばガタガタと家全体が震えてうるさくなる。
木や石ころが風に吹かれて窓ガラスが割れたこともあり、一部を木の板で塞いでいた。
キッチンが設えてある居間と寝室の二部屋のみでトイレは離れた場所にある。
初めて見た人間は廃屋と勘違いするだろうこの家が俺の住処だ。
子供の頃から変わらない粗末な小屋である。
「…………」
「…………」
家に入って出迎えるのはテーブルとイス、雑貨等を入れた棚と食い物などがある棚だけだ。
ランタンに火をつけ、暗くなる前に部屋の光源を確保する。
夕食の支度をしようと後ろに引っ付く彼女へ目を向けた。
「もう日が暮れて夜になる。夕飯を作ってから話を聞くからそれまで大人しく座って待ってろ」
テーブルとイスを指して言うと少女はコクコクッと頷く。
だがイスに座ろうとはせず、彼女は俺の服の裾を掴んだまま離れようとはしなかった。
「座れって言ってんだ。俺の言葉判るよな?」
「(コクコクッ)」
少女は無表情のまま頷く。
「なら、なんで座らないんだ?」
少女はジーッと俺を見つめてきたあと、見せつけるように服を掴む手を見せつけてくる。
掴んでないと駄目だと言いたいらしい。
「…………勝手にしろ。邪魔するなよ」
背中の荷物を下ろそうとすると、邪魔にならないよう一度離れた彼女だったが、すぐにまたくっついてきた。
大きな水瓶で手を洗い、山菜を取り出して料理を作り始める。
俺が振り返ると彼女はそこにいて「気にするな」と言いたげであった。
気にするだろ。
俺は口には出さず、心の中でだけツッコミを入れた。
ーーー
料理を作り終え、彼女に手を洗わせてからテーブルの方へ着席を促す。
対面になる形で座ろうとしたが、彼女はわざわざイスを動かしてまで俺のそばに陣取ろうとしていた。
ただでさえ狭いテーブルなのに、彼女が俺の近くで食べようと皿まで移動したので偏るように料理の皿が置かれている。
山菜とジャガイモを炒めた物と魚の燻製だけだが、彼女は食べ始めると文句も言わずにただひたすらに口を動かしていた。
腹が減っていたらしい。
「…………毒が入ってるとか疑わないの?」
「……?」
彼女が不思議そうに首を傾げる。
何の疑いもなく、ガツガツと食べる彼女の様子に聞かずにはいれなかった。
しかし、当の本人は何も思わないようで首を横にブンブンッと振るだけである。
……聞くだけ無駄だったな。聞かなきゃよかった。
聞いたことを後悔しつつ、俺も箸を持って食べ始めた。




