EP3「助ける」
涙は止めどなく少女の頬を伝う。
収まる様子もなく、ただただ悲しそうにする。
どうしてそんな顔をする?
悲しんでいるつもりか?
「…………どうして泣く? 俺はお前を助けたつもりはないと言ったはずだ」
自身の言動で少女が泣くことに罪悪感を覚えつつも、彼女の目的が判らない以上、用心するに越したことはない。
少女は口元を引き結び、泣くことを我慢しようと試みるも涙が止まることはなかった。
「声を出せないようだが同情しない。俺から見れば倒れたコイツらと同じで敵かもしれん。俺はお前に関わりたくない。とっとと失せろ。二度と関わるな」
俺の言葉に少女の瞳が揺れる。
何かを言おうと口を開くが声は出ず、俯いたまま背中を向けた。
そのまま歩き去ろうとするが、何度も俺の方を振り向いては何かを訴えかけるような目を向けてくる。
俺はその視線を全て無視した。
油断せず、少女が見えなくなるまで警戒するのだった。
ーーー
少女が俺に害を為そうとしているか判断が出来ない以上、俺の判断は間違ってはいないはずだ。
しかし――
「…………なんでこんな気持ちになるんだ」
少女を追い払ったあと、俺は何故かイライラとした気持ちになっていた。
遺体を漁りもしないまま、その場に留まること数分が経過する。
目的があって山に来るだけなら俺も深く関わろうとはせずに見逃すが、敵意を持ってやってくる人間がいることを知っている以上、初対面の人間を無条件に信用するわけにはいかなかった。
彼女はモンスターのいる山奥に一人で来た。
ならば、それなりにモンスターに対して対処する術を持っているはずだ。
俺の助けなど、本当は必要なかったのかもしれない。
俺が心配する必要なんかない。
そう思えば良いのに。
なのに――
「どうしてアイツのことが俺は気になるんだ?」
前に殺されそうになったとき、人を信用せず、期待もしないと誓ったはずなのに俺は非情になれなかった。
自分の安全さえ確保できれば、他者のことなど無視するだけで良いはずだ。
そう思えばいいのに…………。
頭では判っていても、気持ちはそれに倣わず、俺のイライラとした気持ちは増すばかりであった。
「そもそも何で一人でこんな場所にいるんだ? 仲間はどうした? それに何故声を出さないんだ?」
疑問を口にするが、答えなど判るはずもない。
その機会を俺は捨てたのだから。
「ここまで来たのならそれなりにモンスターと戦うか逃げる術を持っている、はず…………けど、それならコイツらに襲われた時も自分で何とかするはずだ」
俺の助けがなかったら、自分でどうにかしていたはず。
そう思って倒れた豚顔のモンスターたちを見る。
そこでふと、別の可能性が頭をよぎった。
「いや、違う。ここまで来れたのは、誰かに連れて来られたからじゃないか? そのあと捨てられて、一人で山にいるってことなら合点は行くが……」
しかしそれならどうして無防備にも俺に抱き着いてきたんだ?
俺の容姿に驚く様子もなく、どこか安堵した表情を見せていた。
俺に会いに来たのか?
けど、そんな奴は俺を殺そうとする暇な奴等くらいだ。
所属していたギルドの人間だって俺に会いには来ない。
何故なら俺が今ここに住んでいることを知っているのは誰もいないからだ。
俺に友好的な人間が来る可能性はゼロである。
なら彼女は一体なんだというのだ?
美人局……にしては色気のない容姿だ。
…………美人ではあるが。
俺を殺すつもりなら遺体を漁って背中を見せたときにやれば良かったはず。
刃物か何かで背中を刺せばそれで終わりだ。
けれど、彼女はそんなことせずに服の裾を掴むなどと変なことをしていた。
まるで何かに縋るような感じで……。
ただ単に助けを求めていただけなのか?
頭の中で様々な考えが巡り、俺の思考はグチャグチャになる。
「だー! もう!」
俺は頭を搔きむしって少女が消え去ったほうを見る。
仮に捨てられてこんな山奥にいるのなら、少女が無事に山を出られるとは思えなかった。
住んでいる人間は俺だけで、あとはモンスターばかりである。
「……自分の性格が嫌になる」
己を非難するように悪態を吐く…………が、そんなことをしても仕方がない。
すぐに切り替えて少女を追うために走り出した。
別れた時に見せた彼女の泣き顔を思い出す。
その姿が、親に捨てられた自分と重なって見えてしまった。
どうしても放っておく気になんかなれなかったのだ。
ーーー
見つけた。
長年住んでいた影響でここらの山は自分の庭同然であり、ましてや少女一人の歩幅に追いつくなど容易いことだった。
木に登り、岩肌を蹴って駆けた先に彼女はいた。
断崖絶壁の危険な場所で、彼女は体育座りのままどこにも行かず、ただぼんやりと過ごしているようだった。
俺は離れた場所で留まり、彼女の様子を観察する。
「…………」
愁いを帯びた顔は美人であることも相まって、見る人が見れば感嘆とするものかもしれない。
だが、先ほど追い払った俺からすればそんな顔をされてはどう声をかければいいのかと困ってしまう。
未だに彼女がギルド連盟の刺客やら、名を上げたい戦士の一人かと疑わずにはいられなかった。
けれど、悲しそうに涙を流す彼女の姿を演技だとも言い切れず、来たもののどうすればいいのか判らなくなってしまう。
このまま放っておくわけにもいかないが……。
事情を聞くにも声が出せない以上、筆談で話すしかないが、生憎紙もペンも持ち合わせてはいなかった。
持ってくるにしても時間がかかってしまい、今離れてしまうと彼女を見失ってしまうような気がした。
声をかけて家まで連れて帰り、そこで事情を聞くのが一番だろう。
見ず知らずの人間にねぐらを知られる危険はあるが……。
けれど、見殺しにするのも寝覚めの悪い話であり、結局ここまで来た以上、彼女が敵でないなら助けようと俺は覚悟を決めていた。
大丈夫。敵意があれば殺すだけだ。
そうでなくても保護してすぐに人里に送ればこの件は終わりだ。
自身に言い聞かせるよう言葉を繰り返してからようやく俺は動き出す。
「お――」
声をかけようとした瞬間、どこからか大型の鳥型モンスターが現れた。
勢いよく飛んできて彼女の身体をその大きな足で掴んでしまう。
「!?」
体育座りのまま、頭を足の間に埋めていた彼女は肩を覆われる形で捕まってしまい、身体ごと持っていかれてしまった。
気づいたときには手遅れで、抵抗する間もなく彼女は地面から離れてしまう。
まずい!? 岩肌にぶつけて殺す気か!?
鳥型のモンスターは獲物を掴んだあと、硬い物にぶつけて殺してから捕食する特徴があった。
断崖絶壁のここは奴らの狩場であり、崖に獲物を何度もぶつけては殺すのである。
「そいつを放せ!」
俺はモンスターに向かって即座に右腕を伸ばした。
素早く伸びた腕で鳥の足首を掴む。
モンスターは悲鳴を上げた。
そのまま崖上まで引っ張って少女を助けようと試みる。しかし――
モンスターは彼女を手放してしまった。
「クソッタレ!」
掴んだ鳥の足首を握ってへし折る。
捕まえたモンスターを手放すと同時に、俺は無我夢中で崖から飛び降りた。
落下しながら下を見ると少女が頭を下にして落ちていく姿が視界に移る。
「頭を抱えろ!」
そう叫ぶと同時に俺は腕を伸ばして彼女の胴体を巻き上げるように縛り上げた。
捕まえた反動で彼女の首の骨が折れないように力加減を意識しつつ、もう片方の腕を放って岩壁に食い込ませる。
なんとか落下の勢いを殺そうとするが、岩壁に腕を食い込ませた反動で身体全体が揺れる。
ブランコのように振れて壁に引っ張られてしまう。
倣うように捕まえた彼女も反動で腕ごと岩壁に持って行かれそうになる。
怪我させてたまるか!
ぶつかりそうになるのを、無理矢理力で押さえて彼女を守ろうとする。
そのまま踏ん張っていると落下の勢いは徐々になくなり、俺も彼女もその場で静止することが出来た。
「ゆっくりと下ろす! 暴れるなよ」
下にいる彼女に注意しつつ、俺は腕を伸ばして彼女を足の付く地面まで降下させる。
危なかった。
ギリギリだ。
久しぶりに焦った気がして俺の心臓がバクバクと鼓動を鳴らしていた。
早く助けてとっとと家に帰ろう。




