EP2「異形者」
崖下に降りる。
地面に足が付くや否や、有無を言わさず全力で走った。
初手でその鼻っ柱を折ってやる。
片方のモンスターに狙いを定めて拳を握った。
「早い! 気を付けろ!」
俺の動きに警戒しつつ相手は武器を構える。
構わず距離を詰めようと俺は地面を蹴った。
懐に入ると同時にその顔面に拳を叩き込む。
「うおおおっ!?」
が、相手はギリギリで見切ったのか、叫び声を上げつつ剣の柄で辛うじて俺の拳を弾いた。
……手慣れてるな。面倒な。
危険を察知したようで相手は距離を取ろうと即座に後退した。
俺は追撃せずにその動きを観察する。
見た目とは裏腹に俊敏な体捌きであった。
「危ねえな! 何なんだよお前は!?」
罵声を飛ばしつつ、仲間と肩を並べる豚顔モンスター。
「気持ち悪い見た目してんな。お前本当に人間か? 俺たちと同じモンスターじゃねえのか?」
もう一体の豚顔モンスターも俺の姿を凝視する。
二体が注目したのは腕だった。
俺の腕は肌色じゃない。
アームカバーをしていた理由でもある。
普通の人間とは違い、俺の両腕は紫色に変色しているのだ。
人かモンスター問わず、初めて見る者は皆同じような反応をする。
それが嫌でアームカバーを付けて隠していたが、戦闘中は邪魔なためどうしても外さざる負えなかった。
「俺が人かモンスターかなんてどうでもいいだろ? 敵なら殺す。それだけだ」
二体の視線を振り払うように挑発する。
「ハッ、言われるまでもねえんだよ!」
そう言うと相手はそれぞれ左右にバラけて走り出した。
敵は俺を挟みこんで攻撃するつもりらしい。
「そっちの女は後回しだ。まずはお前の命をもらうぞ!」
別方向から同時に剣で切りかかってくるモンスターたち。
俺は交互に敵を一瞥すると、両腕をそれぞれの敵に向けて構える。
そして射出した。
「なっ!?」
「伸びた!?」
縄のようにどこまでも伸びる腕はそれぞれの敵に向かって放たれる。
両者とも伸びてきた俺の腕を剣で切り落とそうと試みる…………が、剣は弾かれ火花が散る。
伸びた腕は勢いそのままに、相手の喉元へ向かってその首を掴み取った。
「がっ!?」
「放せっ!」
「……捕まえた。剣で切り落とせるならこんな無防備に腕を伸ばすはずがねえだろ。お前ら二人ともこのまま殺してやる」
俺は相手の喉を首ごと握り潰そうと両手に思いっきり力を込めた。
「や、めろっ…………死、っ!?」
「まさかお前、『異形者』、か…………!」
「今更気づいても遅いんだよ。死ね」
徐々に力を込めた影響で喉が狭まり息も出来ない様子を見せる。
次第に声も発せなくなったモンスターたちは、剣を捨てて俺の腕を外そうと必死にもがく。
更に力を込めると指が喉に食い込み、バキンッと乾いた音二つと共に二体の動きが止まった。
呼吸が出来なくなったためか、首の骨が砕けたためかは判らないが、それぞれの相手はピクリとも動かず、絶命したように見える。
「ふんっ。口ほどにもねえ」
俺は二体の首を掴んだまま、腕を縮めた。
無造作に死体を捨ててから、隅で震えていた少女を見る。
頭を抱えて俯いているのか周囲の様子に気づいていない様子だ。
「おい。お前を襲った二体はもう死んだ」
俺の声に反応して少女はゆっくりと顔を上げる。
同い年…………いや、少し年下か?
顔立ちのせいで幼く見えるだけかもしれないが、服装だけならば成人してると言われてもおかしくはない恰好をしていた。
「お前に興味はない。襲わねえからとっとと失せろ」
崖上から見た少女は恐怖の色を浮かべていたが、モンスターの遺体が転がっているのを見てホッと安堵していた。
俺は彼女を無視して背負っていた背嚢を置く。
金目の物になりそうな物を漁ろうと死体のそばにしゃがみ込んだ。
そこそこ良い装備を身に着けているらしく、ここらの人型モンスターではないことが一目で判る。
そもそも俺がこの山奥に住んでいることは近くに生息するモンスターたちも承知しているはずだ。
なので、戦闘後に俺の正体に感づくコイツらは他所から来たのであろうと推測できる。
こんな辺鄙なところにまで来て、少女一人を追っかけ回すとはどういうことだろうか?
考えても仕方ないが面倒事に巻き込まれるのも御免である。
とっとと身包みを剥いで家に帰ろう。
そう思い、手早く作業していると服の裾を引っ張られたような気がした。
「…………」
「…………」
振り返るといつ近付いたのか、少女が不安そうな顔で俺を見上げていた。
近くで見るとその動きと相まってより幼く見える。
香水をつけているのか、フルーティな香りが漂ってきた。
「何をしているんだ? 他人の服を引っ張るな。離れろ」
「…………」
少女は俺の言葉を無視して服を掴む手に力を込める。
何なんだコイツ。
「俺がお前を助けたと思うならそれは違う。アイツらが俺を敵視したから殺しただけだ。お前を助けるためじゃない」
「…………」
「お前も殺そうと思えば殺せるんだ。これ以上突っかかってくるなら容赦しねえぞ」
脅すように言っても反応はなく、少女は何も言わないまま俺を見つめてきた。
意味が判らない。
仲間がおらず、頼れる相手を見つけたとでも思ったか、少女は俺を見つめるだけで離れようとしなかった。
「俺を善人だと思ってるならそれは違う。この腕を見ろ。普通の人間じゃないことは一目で判るだろ。倒れたコイツらが言ったように俺はモンスターみたいなもんだ」
「…………」
変色した腕を見せつけるが少女は何も言わず、じっとその腕を見たあと、再び俺の顔を見つめてきた。
無表情だが、綺麗な顔立ちだった。
そのため、人形と目を合わせているような感覚になる。
「なんだよ。怖くないってか。さっきまであんなに怯えていたくせに」
「…………」
これだけ話しかけてもやっぱり何も言わない。
もしかして喋れないのか?
「お前の目的は何だ? どうしてこの山にいる。何の装備もなくどうやってここまで来れた?」
「…………」
俺の言葉に少女は困ったように眉をひそめる。
言葉が理解できないわけではないらしいが、口を開くも何も言わない。
声が出せないようであった。
「お前に付き合っている暇はない。これ以上、俺の服を引っ張るならただじゃおかねえぞ」
これ以上問答してもキリがない。
腕を見て怖がらないなら顔を出して脅してやろう。
流石に怖がって離れるはずだ。
俺は自身の仮面に手をかけて外すと、わざと目つきが悪いようにして相手を睨んだ。
「この顔を見ろ。俺は巷じゃあ『異形者』と呼ばれた化け物だ。お前なんか屁でもない。取って食われたくなきゃとっとと失せろ!」
俺の顔は化け物そのものだ。
右目周辺の肌も腕同様に紫色へと変色し、複数の目玉がギョロリとうごめく。
元々あった右目に密集するような形で大小様々な眼球がくっついているのだ。
歯は獣の牙のように尖って伸び、大きすぎて二本の牙は口を閉じても収まらない。
異形者とはよく言ったもので俺の顔は人に似てはいるものの、決して人ではない化け物の様相をしていた。
「…………」
「…………」
少女は無言のまま俺を見つめる。
しかし怖がった様子はない。
冗談だろ? 何でビビらないんだコイツ。
今までこの顔を見た者は誰しも驚いて目を見開いた。
そして恐怖の色を浮かべ、俺と距離を取ろうと離れていく。
前に所属していたギルドの連中も同じで、慣れ親しんだ相手でさえ困惑した様子であった。
その後気にしないように接してはいたものの、心のどこかで怖がっていたのだろう、相手の指先や足が震えているのを見て俺は自身が恐れられていたことを自覚した。
「よく見ろ。俺は人間じゃない。さっきのモンスターと同じ……いやそれ以上に恐ろしい見た目をしてるだろう。さっきの奴らは痛めつけようしただけかもしれんが、俺はお前を取って食っちまうかもしれねえぞ」
「…………」
脅すように言っても少女は怖がらない。
しかし、掴んでいた服の裾からようやく手を離す。
そのまま距離を取ろうと数歩下がった。
やっぱりな。
顔に出さないだけで、俺の正体に驚いたのだろう。
「そうだ、ビビったか。殺されたくなかったら、とっとと俺の視界から消え――」
離れたと思った少女は勢いをつけて俺に近付き――――
今度は抱き着いてきた。
「なっ、何のつもりだお前!?」
「…………!」
少女は無言で抱き着いてきたと思ったら、その顔を俺の身体に埋めてしまう。
しかも腕に力を込めてきた。
少女のやっていることが理解できず、俺は条件反射で身体を動かした。
「!?」
力任せに相手の両肩を掴んで突き離すと、いとも簡単に少女は俺から離れた。
「何をする!? 触るんじゃねえ!!」
少女は突き飛ばされ、よろめきながらその場に転んでしまう。
一瞬驚いたような表情を見せるが、すぐに体勢を立て直して再び俺に抱き着こうと近付いてきた。
「いい加減にしろ!! 何なんだお前は!?」
俺が大声で怒鳴ると、少女はピタリと動きを止める。
その顔に恐怖はなく、寧ろどこか悲しそうな顔をしていた。
「なんだその顔は? 騙そうたってそうはいかねえぞ。やっぱり俺を殺しに来たのか!? 討伐しようってんなら容赦しねえぞ。爆弾か何かで自爆特攻しようってんならそうはいかねえ! 例え殺されてもただじゃ――」
そこまで言って気づく。
少女は涙を流していた。




