EP1「ガイという男」
一話投稿時点で二十話近くストックがあります(8万文字前後)ので、しばらくは毎日投稿になります。
俺なんかいつ死んだっていい。
どうせ誰も悲しまないし気にも留めない。
路傍の石だ。
その辺に落ちている石ころを、いちいち気にする人間など誰もいない。
子供の頃からそうだ。
魔物に襲われた両親は俺を囮に逃げ出した。
幼い俺は抵抗する術を持たず、一方的に魔物に食われるだけ。
あまりにも幼かったため詳しく覚えてないが、手足を食い千切られたのは確かだと思う。
そんな俺が五体満足に生き残れたのは、どこからともなく現れたババアが助けてくれたからだ。
……どうして手足を食い千切られたのに五体満足かだって?
そんなの知るか。
気づいたら失くなったと思った手足があったんだ。
あとでババアに聞いても知らぬ存ぜぬ。
意味が判らない。
そんなババアがどうして俺を助けてくれたのか、最後まで教えてくれることはなかった。
突然現れ助けてくれたあのババアは俺を育ててくれたものの、いつも罵倒してきやがる。
『誰もお前のことなんか愛さないよ』
『生きてたか? 死んだ方がマシだったろうに』
『とっとと水汲みに行って、飯を作りなクソガキ』
アイツのことを思い出すだけで腸が煮えくり返り、隙あらば殺してやろうと思ったことは数知れず、調理場で包丁を持つときはいつもアイツが家のどこにいるかを意識していた。
だが出来なかった。
罵倒しつつも、ババアが面倒を見てくれていたことを俺は判っていたからだ。
両親に捨てられた俺に居場所などなく、アイツの元でしか生きていく術がなかった。
それに……認めたくなかったが、あのババアは強かった。
老婆とはいえ魔法の強さは確かなもので、ただのガキだった俺が包丁を持って立ち向かったところで返り討ちに遭うのは目に見えていた。
『お前みたいな雑魚が粋がったところで弱いモンスター一匹すら倒せずに殺されるだけだよ。身の程を弁えなクソガキ』
力でやり返せず、言葉でも上手く言い返せなかった俺はその度にアイツのいない場所で泣いていた。
泣いた理由は一つじゃない。
自分が弱いこと。
意味もなく罵倒してくるババアの存在。
両親に捨てられ行き場のない現実。
どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか。
その事実に俺の心は張り裂けそうだった。
だが泣いたって何かが変わるわけじゃない。
俺の中にある怒りに薪をくべて立ち向かうしかない。
涙が枯れたわけじゃないが、もう泣いてばかりはうんざりだ。
そう思いながら毎日を生きていたある日、ババアが死んだ。
「おいババア。飯作ったぞ。寝てんじゃねえよ」
「…………」
その日に限ってクソババアは俺の声に応えず、ただ目を閉じたまま、眠っていた。
罵倒しても起きず、肩に手をかけて揺さぶっても目を開けることはなかった。
老衰だったのだろう。
静かにベッドで横たわるその顔はいつもと違い、どこか穏やかな雰囲気を漂わせていた。
しわくちゃの顔は微笑んでいるわけでもなく、ただ目を閉じているだけなのに、そう思わずにはいられなかった。
「…………」
「…………」
俺の頭は真っ白になり、何も考えることが出来なくなっていた。
何故? どうして?
人がいつか死ぬのは知っていたが、まさか目の前で何の前触れもなく死んでいくとは知らなかった。
昨日もいつもの如く、俺を馬鹿にする言葉をぶつけて来ては飯がまずいだの、掃除が甘いなどと文句を言ってきた。
腹が立っていた。
なのに俺の目には涙が溢れている。
あんなに腹が立って憎たらしくて、殺してやりたいとすら思ったのに、どうしてアイツが死んで俺が泣かなくちゃならないんだ?
何なんだこの気持ちは!?
やり場のない胸のモヤモヤした気持ちに俺はどうしていいか判らず、気づけば外に飛び出していた。
粗末な小屋を背にただ一人。
雲一つない青空の下、俺は背中を丸めてただただ泣くことしか出来なかった。
「勝手に助けて、勝手にいなくなるんじゃねえ!!」
ふざけるな。許さねえぞ。
どうして俺を助けた?
どうして俺の面倒を見た?
どうして俺を生かしたくせに、死んだ方が良かっただの、弱い奴は憐れだなどと罵倒してきたんだ!?
意味が判らなかった。
どうしていいか判らず、思考を手放してただひたすらに声を上げる。
内から溢れ出るものはとめどなく、俺の意思に反して流れていく。
俺は今まで数えきれないくらい涙を流したが、ババアがいなくなって流した涙は他とは違う気がした。
今までは自分のために流した涙だった。
けど……この時に流した涙は、初めて他者を想って泣いた涙だったのだと振り返ってそう思う。
…………認めたくはないが。
クソババアが嫌いなことに変わりはなく、今でも殺してやりたいと思っている。
しかし、その願いは無慈悲にも叶うことがなくなり、俺は本当に一人ぼっちになってしまったのだった。
ーーー
ババアが死んで八年経ったあとも、俺はこの山小屋に一人で暮らしていた。
あのあとババアの古い知り合いという人が小屋にやってきて俺を山から連れ出したが、紆余曲折あって結局ここに戻ってきた。
努力……というより巡り合わせが良かったのか、とある御仁に褒められた影響で二つ名持ちにまで上り詰めたが…………なんて、今更考えたって仕方がない。
見た目が他人と違うということは、自身の思いとは裏腹に敵を作ってしまうということを俺は知った。
そんなこと、知りたくなんてなかったが……。
そのせいで、お世話になったとあるギルドにも迷惑をかけてしまった。
人と関わらなければこれ以上問題を増やすこともない。
俺は頭を振って昔のことを振り払い、山菜採りをしようと山の中を歩いて行った。
ーーー
「見つけたぞ。まさかこんな場所で出会えるとは、我々にも運が回ってきたのだな」
「全くよ。ここであったが百年目。キヒヒヒッ」
……なんだあれ?
声のするほうへ向かうと変な場面に出くわしたようだった。
崖下で二体の人型モンスターが下碑た笑みを浮かべたまま舌舐めずりしている。
どちらも豚の顔をしており、その一挙手一投足から嫌悪感を感じた。
視線をずらすと二体の先、岩壁を背にした一人の少女が怯えるようにモンスターと相対していた。
どうしてこんなところに人がいるんだ?
しかもギルドの人間でもないようで、碌な装備も身に付けていないようである。
薄い水色の髪に貴族が着るようなオシャレな服装。
どう見ても良いとこのお嬢さんという出で立ちで、街を歩けば金持ちの女だと思われるような容姿であった。
どうしてこんな場所に?
ここは人里離れた山の奥である。
貴族の令嬢が一人で来るような場所ではない。
どう考えても不可解な光景だ。
周囲に他の人間はいないらしく、ただ一人こんな場所でモンスターに出くわしたのだろうか。
助けるか?
いや明らかにこんな場所にいるような人種じゃない。
何かがおかしい。
関わるだけ面倒ではないか?
「安心しろ。殺しはしねえよ。但し、逃げねえように痛めつけさせてもらうがな」
豚顔の人型モンスターは持っていた剣を挑発するように彼女に向けてユラユラと動かす。
獲物を前に調子に乗っているように見えた。
対する少女は恐怖の色を一層濃くして、目の前に突き出されたその剣をただ見つめるだけだ。
死の恐怖か、呼吸が浅くなり、目には涙を浮かべていた。
「油断するなよ兄弟。武器もなく無力そうに見えるが、何を隠し持っているのか判ったもんじゃない。仲間もいるかもしれないからな、こういう時は周囲を探って…………あ!」
もう一体の豚顔モンスターが見上げたせいで俺と視線が合う。
「……ちっ」
バレた。面倒だから関わらないようにしようと思ってたのに。
「き、貴様! いつからそこにいた!? コイツの仲間か?」
その声に応じて仲間のモンスターも視線を上げて俺を見てくる。
贅肉たっぷりの豚顔モンスターは見るだけで気分が悪くなってきた。
先ほどまでは無視しようと思っていたが、バレたからには倒そうと考えを改める。
よくよく考えたら自宅周辺にこんな気持ちの悪いモンスターがうろつくのは心情的にも良くない。
殺すのが賢明だろう。
「ハッ、馬鹿が。奇襲を仕掛けようとして失敗したのか? お前みたいな雑魚一人かかってきたところで、我らトントンブラザーズに叶うはずがないだろうが。とっとと降りてこいお面野郎! それともビビッて逃げ出すか?」
「キザな真似しやがって、似合ってねえぞ。正義のヒーロー気取りか? グハハハッ」
ゲラゲラと馬鹿にするゴミ二匹。
仮面を被っていることを指摘され、少しイラっとしてしまう。
俺だって好きで顔を隠しているのではない。
そこまで言うのならお望み通り、殺してやろう。
侮る二体のモンスターを眼下に俺は両腕のアームカバーを外して崖下に身を投じるのであった。




