EP23「新手」
逃げた山賊を追って、消えた方角に向かって全力で走り続ける。
追いつけるか……? いや、追うんだ!
山賊が追っ手を撒こうとわざと違う方向へ逃げてブラフを仕掛けたのなら手遅れかもしれない。
だが、逃げ出すときの怯えた表情からそこまで考えて行動出来るとは到底思えず、まだ可能性は残っていると自分自身を鼓舞して足を動かした。
人間は追い詰められると動きが単調になる。
ましてやゲーリッヒが足止めをしていると考えるならば、回り道せずに一直線で仲間の元へ向かったと考えるのが道理だろう。
「……………………見つけた」
進行方向の先、走って逃げる山賊の後ろ姿が見えた。
周囲には誰もいない。
仲間と合流される前に仕留めねえと。
目標に向かって速度を上げる。
相手はこちらよりも数段遅く、このままなら確実に仕留め切れる。
手の届く範囲まで近づき、俺は腕を伸ばした
「やめ――」
相手が叫び声を上げようとした瞬間――――そこに何かが現れた。
なんだ……?
早すぎる動きに対処出来ず、それが何かを認識するのにラグが起きた。
疑問を抱いた瞬間、何かは蹴りを繰り出し相手の首を掴もうとした俺の腕を攻撃する。
どうやら逃げていた山賊を守ったらしい。
突如現れた何かに蹴られたため、俺は反応出来ず、弾かれた腕を縮めて元に戻す。
気配がなかった。どこから現れた?
攻撃してきた何かを認識しようと前方を見る。
そこにいたのは人だった。
輪っかのように結んだ黒髪に髪飾りを着け、艶やかなオレンジ色の服装に身を包む。
手足を守る為か装甲具のような物を身に着けた女性がそこに立っていた。
「悪いが、コイツはやらせない」
綺麗な顔立ちにジト目が印象的な女性はそう言うと、俺から山賊を守るように目の前に立ちはだかった。
山賊はその場で尻餅をつき、その女性を驚くような顔で見つめる。
「あ、アンタは――――」
「コイツは私が殺す」
そう言うと女性は小刀を取り出し、その場で一回転する。
その早業は、後ろに座っていた男の喉を躊躇なく斬り裂いた。
「え…………?」
斬られたことを認識できなかったのか、男は呆けたように口を開けたまま地面に倒れる。
傷口から血が垂れ、地面や草木に流れていった。
真っ赤な色が周囲をその色に染めていく。
突然の出来事に状況を呑み込めなくなる。
仲間じゃないのか…………?
女性は布を取り出し、血の付いた小刀を拭うとそれを死体に向かって投げ付けた。
「コイツらは『大熊旅団』のメンバー。人の道を外れた外道だ。だから私たち人間の手で始末を付ける」
「…………」
「人間」という言葉。
女性は俺をモンスターとして認識しているのだと瞬時に理解する。
「見たことのないモンスターだな。昔、ここらに住んでいたが…………人型で紫の腕を持つモンスターなど聞いたこともない。どこから来た?」
相手は平然とした口調で質問する。
彼女は「大熊旅団」の人間じゃない。
あの身のこなし、敵対するギルドの人間か?
いや、この際どこの人間だろうと関係ない。
問題はそこじゃなかった。
山賊以外の人間に俺の姿を見られたことだ。
迂闊だった。
まさか山賊に敵対している人間が現れるなんて…………。
「山賊を殺そうとしたようだが…………その汚れた手はなんだ? 血だろそれ? コイツ以外に誰か殺したのか?」
「…………」
俺の両手は最初の戦闘からずっと血塗れであった。
服も、首を斬り落としたときに返り血を浴びて汚れている。
モンスターが血塗れでいることに疑問を持つのは当然であった。
「…………どうして答えない? いや、この質問事態無意味だったな」
「!?」
相手が殺気を出して俺を睨みつけてくる。
まずい……このままじゃあ…………!
「人を食ったんだろう? コイツも食おうとして偶然にも私と出会ってしまったということか。『大熊旅団』の人間はどうなった? 全員食ったのか?」
「いや、俺は――――」
「問答無用だ。殺そう」
レスポンスが早い!?
相手は俺の言葉を聞く前に動き出す。
と、思ったら瞬きした瞬間、女性の姿が消えていた。
「!?」
いや、違う。
物凄い速さで目の前に迫ってきたのだ。
「死ね」
「くっ!?」
相手が繰り出す正拳突きを間一髪で回避する。
速い!?
俺も速さには自信があったが、彼女はそれ以上に速い気がした。
「! やるな……なら!」
彼女も俺の動きに一瞬驚いたが、気を取り直してすぐに二撃目へ移る。
もう片方の拳を突き出してきたが、何とかそれも回避した。
「待ってくれ、話を――」
「甘い!」
避けられた拳の勢いを利用して彼女は身体を回転させる。
遠心力を利用した回し蹴りを繰り出してきた。
駄目だ、避けられない。
咄嗟に腕を出してガードする。
「くっ!」
勢いを殺せずに吹き飛ばされるが、どうにか受け身を取って体勢を整える。
速すぎる。
話をするどころじゃない。
「強いな。私の動きに付いて来れる。人を食って魔力を補給したからか?」
「違う! 食べていない!」
「モンスターは嘘を吐く。今時そんな言葉がギルドの人間に通用すると思うのか?」
「くっ…………」
駄目だ。話が通じない。
俺が何を言おうと、モンスターという認識が彼女の中にある以上、端から俺の言葉を聞く気などないのである。
これでは話し合いなどする意味もない。
彼女が言った「質問事態無意味」という言葉が重くのしかかってくる。
「山賊が人を攫っただろう? 人質はどうした? 食ったのか?」
「食べてない…………こう答えたところで信用しないだろ?」
「当然だ。モンスターは人を食わなければ生きていけないのだからな」
なら、なんで質問したんだ……?
何を言っても無駄であった。
けれど、それは仕方のないことでもある。
モンスターは人を捕食するという本能が備わっている以上、どれだけ我慢しても食べずにはいられない。
過去にモンスターと人による融和思想を掲げた者たちがいた。しかし、モンスターたちは人間と仲良くすると口にするだけで、結局最後には融和思想の人間たちを食い殺したという事件もある。
どれだけ言葉を尽くそうと、生きるための本能には逆らえないのだ。
俺は今、彼女に攻撃されているが、もし逆の立場なら、俺も迷わず彼女と同じように攻撃するだろう。
彼女だけを責められない。
これは仕方のないことだった。
「群れで動くタイプでもないな…………一人か? ならお前を殺せば終わりだな」
鋭い視線を向けられる。
どこか空気がピリピリとして、痺れるような感覚が手足に走った。
「『鉄拳義士』の名において貴様を討伐する。観念しろ」
再び彼女が襲い掛かってくる。
駄目だ。このまま戦っても無意味だ。
そう思い、俺は逃げに徹しようと走り出す。
「っ! 逃げるな」
「戦うつもりはない。俺は人間だ!」
「嘘を吐くな」
彼女が後方から追ってくる。
スピードは向こうが上だ。
木々に隠れて撹乱しつつ、相手に補足されないように逃げる。
しかし、それだけでは駄目だ。
このままだと追いつかれてしまう。
「無駄だ。お前の速さでは振り切れない」
相手の言う通り、彼女と俺の距離はすぐに縮まってしまう。
後方から勢いを乗せた拳を放たれる…………が、紙一重でそれを避けつつも応戦しない。
ただ逃げるだけだ。
「逃げるのが上手いな。だがそれでどうする?」
彼女が挑発するように言葉を発するが無視だ。
今は逃げ切ることを優先する。
確かに彼女は速い。
その動きは俺やゲーリッヒを凌ぐ速さを持つ。
だがその速さは無限じゃない。
「チョコチョコと逃げるが何のつもりだ? 死にたくないのか?」
死にたくないに決まってるだろ! 本当に何を言っているんだコイツは…………?
死にたくないから逃げているので彼女の言うことはただの事実である。
思わずツッコミそうになるが、今は相手にしている場合ではないと喉まで出掛かった言葉をどうにか呑み込んだ。
「俺に戦う意思はない」
「……嘘吐きの臆病者が」
俺の言葉に僅かなイラつきがあったのか、彼女の攻撃が大振りになる。
「…………ふんっ!」
「っ!?」
俺が避けると彼女の拳が木を砕く。幹が折れ、葉を揺らすと大木は音を立ててそのまま倒れた。
先ほどよりも速く、しなやかで威力もあった。
まともに食らっていては身が持たない。
今は避け続けるだけだ。
敵の乱打に腕を伸ばして防御と受けに専念する。
こちらから攻撃はせずに、ただひたすらと耐えるだけである。
「……硬い腕だ。さぞ多くの人間を殺したのだろう」
「…………」
冷静に彼女の能力を分析する。
肉体強化を扱うバリバリの近接戦闘アタッカーの格闘家。
装甲具に魔力を流して威力を高めているようで一撃一撃が重い。
動きの速さは魔力変換率が高く、瞬間最大出力を高くしているからだろう。
しかも出力調整が上手いのか、身体への負担がほとんどないように見える。
ゲーリッヒと同じタイプだ。
けれど、彼女のほうが幾分か動きが早いように感じた。
「鉄拳義士」と名乗っていたが、二つ名だろうか。
「大熊」に続いてまたも知らない名前である。
恐らく俺が山に引きこもっている間に世に出てきたのだろう。
その実力は本物だ。
現に俺は追い詰められている。
「嘘は聞き飽きた。さっさと本性を晒し出せ」
「違う!」
モンスターではないと否定しつつ、どうにか敵の攻撃を捌き切る。
ジリ貧のように見えるが俺には勝機があった。
それは持久戦だ。
出力が高い故の速さなら、持久戦に持ち込めば逃げ切れる可能性がある。
確かに彼女の速さは脅威だ。
だがそれは諸刃の刃でもある。
人の持つ魔力は無限じゃない。
出力が高いということは魔力の消費も激しいはずだ。
「…………いい加減うっとおしい。次で終わりに――」
彼女が口にしたその時だった。
「ワォオオオオオオオオーンッ!!!」
「「!?」」
遠くから獣の遠吠えのようなものが聞こえた。
モンスターの鳴き声だろうか。
「洞窟のほうから…………っ!?」
まずい!
あの娘が危険だ。助けに行かねえと。
相手に背を向け、彼女が待つ山賊の洞窟へと俺は走り出した。
明日は5時50分に投稿します。




