EP22「『異形者』VS『大熊』」
「大熊旅団」の部下二人は「億越え」という言葉に一瞬動揺しつつも、倒れた仲間たちを見て何か思うところがあったのか、各々が武器を構えて俺を睨みつけてきた。
「俺たちも戦います!」
「黙って見てられるほど、馬鹿じゃないっすよ!」
ゲーリッヒがいるせいか、怖がる様子もなく俺と戦うつもりらしい。
士気が高いな。
襲撃班に尋問したときも「ゲーリッヒさん」と敬称で呼ばれていたことを思い出す。
部下には慕われているようだ。
「やめとけ。コイツは二つ名持ちの上に特A級モンスターだ。並みの奴じゃあ勝てやしねえさ」
「ですが――」
「ダブリンたちに合流しろ。『鏡面穿つ一矢』や他のギルドにも声をかけて仲間を集めるんだ」
「っ!?」
ゲーリッヒ! コイツ……!
「本当なら俺たちだけで仕留め切りたいが面倒だ。それより山分けしてでも殺して弔い合戦と行こうじゃねえか」
ニヤリと笑って俺を見るゲーリッヒ。
部下を逃がしつつ、俺を確実に殺すために増援を呼び集めるらしい。
「懸賞金だけで二億だってのに、討伐報酬金も合わせれば倍以上の金になる。どれだけ山分けしても大金が手元には残るうえ、コイツを殺せば俺の二つ名にも箔が付く」
「ですが、お頭一人では――」
「バーカ。死にやしねえよ。早くしねえと、お前らが仲間を呼び集める前に一人で殺してやるわ。この『大熊』のゲーリッヒがな。ははは」
ゲーリッヒの笑い声に山賊たちは逡巡する。
まずい。
俺の正体が露見すればラズアールに行くどころか、あの子も危険に巻き込まれる。
ここまで口封じのために相手を殺してきたのに全てが無駄になる。
絶対に逃がすわけにはいかない。
「…………はっ、すげえ殺気だなお前」
俺を見て鼻で笑うゲーリッヒだったが、その顔に余裕はなさそうに見えた。
場の空気が重たくなった。
いや、俺がそう感じているだけか。
血が沸騰しそうなのに、頭は妙に冴えていた。
意識して息を吸わなければ、呼吸が出来ないほどに息苦しい気がする。
先ほどまでと違い、ゲーリッヒの雰囲気も変わった。
自分のやるべきことを確認するために俺は口を開いた。
「…………お前ら全員殺してやる」
「やれるものならやってみなぁ!」
ゲーリッヒが構わず突っ込んでくる。
「行けぇお前ら!」
叫ぶゲーリッヒが斬撃を繰り出す。
コイツの相手をしてる場合じゃない。
敵の攻撃を躱す。
避けきれずに斬り傷が出来るが構わない。
真っ先に遠くにいる山賊二人へ向かって俺は腕を伸ばした。
「ひっ!」
「うおおおおっ!」
一人は怯えるが、もう一人は怯むことなく武器を持って俺の腕を切り落とそうと前に出た。
二人同時は無理か…………なら!
まず一人を殺そうと片手で敵の武器を押さえ、もう片方の手で相手の喉元を掴んだ。
「死ね!」
間髪入れずに力を込めると指が食い込み、血が垂れる。
敵がその場に崩れた。
気道を確実に潰した。死ぬのは時間の問題だ。
あと一人!
「ざけんじゃねえ!!」
横合いからゲーリッヒの刃が襲い掛かってくる。
「くっ!?」
下から振り上げる腰の入った一撃は地面を抉り上げるかのように重かった。
俺はその場で踏ん張れずに大きく吹き飛ばされてしまう。
空中に身を投げ出してしまい、体の自由が利かない。
打ち出された勢いに呑まれ、一瞬自分の位置感覚が狂ってしまった。
次の瞬間、衝撃が身体に走る。
大木に当たったようで勢いが止まった。
反動で地面に身体が投げ出されて転がってしまう。
「お頭ぁ!」
「行けぇ! 早くしろ!」
ゲーリッヒの声が響く。
足音が遠ざかる気配を感じた。
すぐに立ち上がって見るが、そこにいた山賊の姿は消えていた。
どうやら逃げられたようである。
すぐに追わねえと。
「よそ見してんじゃねえぞ!!」
「邪魔するな!」
鉤爪を構えて突っ込んでくるゲーリッヒに腕を伸ばして牽制する。
しかし、捨て身の攻撃のためか勢いが殺せず、ゲーリッヒに懐へと入られてしまった。
勢いに負け、森のほうへと追いやられる。
「硬い身体してんな! おかげで爪がボロボロだぜ!」
「ほざくな!」
敵の斬撃を腕を伸ばして防ぐ。
相手は俺の攻撃を弾き、身を躱しながら常に掴ませないよう俊敏な動きを見せた。
それと同時に先ほどより多い手数で切り込んでくる。
ペース配分が明らかに早く、決死の覚悟で前のめりに襲ってきていることが一目で判った。
死ぬ気かコイツ。
「はははっ! てめえの首を手土産に正統派ギルドとして名を上げてやらぁ!」
先ほどと同じ攻防が繰り返され、突破口が見つからないまま、敵の攻撃を受け流すしかなかった。
これだと時間を稼がれ、逃げられてしまう。
何とかしねえと。
「自分が強いって勘違いするんじゃねえぞ。人間の成り損ないモンスターがよぉ!」
「!?」
人間の成り損ないだと?
言われたくない言葉をぶちまけられ、思わず怒りが込み上げてくる。
「人に化けて名声を掻っ攫おうなんざ生意気なんだよ! どうせモンスターとしての居場所もなく、つるむ仲間さえいなくてギルドに紛れ込んだ能無しが!」
「……………………うるさい」
「人間様を騙そうなんざ思い上がってんじゃねえぞ! 大人しく俺らの名声と誉れに生まれ変わりやがれ!」
「…………黙れ」
「死ねよ似非人間がよぉ!!」
「違う!!」
その時だった。
笛の音が辺りに響く。
音のするほうへ視線を移す。
ゲーリッヒの背後、山賊の天幕近くに一人の少女。
草むらで隠れているはずのあの娘が立っていた。
見ると、仮面を外して笛を必死に吹いていた。
音は大きく、周囲に響かせるように吹き続ける。
「なんだ……?」
ゲーリッヒが音のするほうを向き、視線が後ろに逸れる。
隙が出来た。
これなら。
両手を伸ばしてゲーリッヒの首を掴み取る。
「ぐっ!?」
「おおおおおおおおっ!!」
全力で喉と首を絞め上げる。
「て、め…………!?」
ゲーリッヒは鉤爪を無茶苦茶に振ってもがくが、俺との距離が近過ぎることで上手く振れずに勢いがない。
ならばと今度は俺の目を潰そうと顔面を鉤爪で斬りかかって離れようとする。
その拍子に俺の仮面が斬られてしまい、割れたそれが地面に落ちた。
続く斬撃に俺は目を瞑って潰されないように対抗する。
絶対に離さねえぞ。
ここで殺さねえと逃げた奴に間に合わなくなる。
ゲーリッヒは肉体強化で対抗しようと集中して魔力を流そうとするがもう遅い。
呻き声が徐々に萎んでいく。
打撃に強くとも首の骨を砕いて殺すか、気道を潰せば息も出来なくなる。
「あ…………っ…………」
「死ねっ!」
パキリッと乾いた音が鳴る。
指が食い込み、ゲーリッヒの首から血が滴った。
腕がダラリと落ち、鉤爪が外れて地面に弾かれる。
手を離すと、ゲーリッヒの巨体がその場に崩れ落ちた。
「はあ……はあ……」
安心するにはまだ早い。
急いで奴を追わねえと。
ゲーリッヒの遺体を放置して走り出す。
危険を承知で敵の気を引いてくれた彼女の元へと跳躍して近付いた。
「逃げた奴を追う! ここで待ってくれ」
「(コクリッ)」
彼女は駄々をこねることもなく頷いてくれた。
怖かったのだろう。
顔色が少々悪かったが、今は我慢してもらうしかない。
彼女に貸した仮面が手近に落ちていた。
俺はそれを取って再び自分の顔を隠す。
この場に残党はいないと判断し、俺は逃げた山賊を追いかけようと急いで駆け出すのであった。




