EP21「ゲーリッヒ」
「おい、どうした!?」
殺した敵を腕から解放すると、洞窟の中から大柄な男が一人、鉤爪を着けて現れる。
見た目の特徴から恐らく「大熊」のゲーリッヒだろう。
「…………テメエがやったのか?」
俺を見るや否や、目を血走らせて鉤爪を構えた。
瞬時に状況を理解したらしく、殺気を飛ばしてくる。
肉体強化系の二つ名持ち。どちらが頑丈かの耐久勝負になる。
俺の腕を見て臆することなく動ける当たり、見掛け倒しではないらしい。
本物の二つ名持ちだ。
「俺様の部下を殺すとはいい度胸だな…………オラぁ!!」
「!」
見た目とは裏腹に俊敏な動きを見せゲーリッヒが襲い掛かってくる。
身体が大きい分、手足も長く俺よりリーチがあった。
上から降りかかるように鉤爪を繰り出してくる。
「くっ!」
俺は腕を伸ばして斬撃を弾きつつ、敵の一部を掴もうと試みる。
「ちょこまかすんじゃねえ!!」
しかし、手首や身体の一部を掴もうとした瞬間、ゲーリッヒは身体の向きを変えると同時に鉤爪で腕の一部を弾き、俺の動きを阻害してきた。
強い。
それに速い。
動きが早く反射神経も良い。
本人のセンスも良いのだろう。
腕っ節の強さだけでは説明できない動きをゲーリッヒは見せつけてくる。
一撃一撃は重いのに、その重さに比例しない体捌きであった。
他の山賊はチンピラ同然であったが、このゲーリッヒという男は二つ名持ちだけあってかその実力は群を抜いていた。
「だらぁ!!」
「くっ!」
斬撃の隙間に蹴りを見舞ってきたため、一度後退する。
捕らえきれず、撃ち合うばかりで隙が無かった。
「お前、ここらじゃあ見ねえモンスターだな」
ゲーリッヒは俺を観察するようにジッと見回してくる。
紫の長い腕を見て、俺を人型モンスターと判断したようだ。
対する俺も相手の分析を行う。
魔力を身体に巡らせる肉体強化による近接戦闘スタイル。
しかも、見た目と違って繊細な動きをするため、予想外の動きを仕掛けてきた。
二つ名持ちに嘘偽りはなく強敵だ。
油断出来ない相手である。
このまま長引けば、敵の殲滅に支障が出かねない。
ここにいない「大熊旅団」もまだ十人以上いる。
攫われた人たちの行方も判らないままだ。
突破口を見つけて早く倒さなければ。
「…………ん? んん?」
するとゲーリッヒは何かに気づいたのか、首を傾げて俺を見てきた。
「その紫の伸びる腕…………まさかお前、『異形者』ガイか?」
「…………」
気づかれた。
面倒な。
内心で悪態を吐きつつ黙っていると、ゲーリッヒが顔に手を当てて狂ったように笑い始めた。
「はははっ!! おい嘘だろ!? まさかまさかの億越え賞金首かよ!?」
信じられないと言わんばかりに、身体を揺らして大笑いするゲーリッヒ。
その笑いに不快感を感じて相手を睨みつけるも、当人はどこ吹く風である。
「ツイてるツイてるツイてるぜ! まさかこの俺様にこんな幸運が巡ってくるとはな!! ははは!!」
笑いつつ、膝を叩くゲーリッヒ。
甚だ不快な気持ちになるが、ゲーリッヒにとっては涙目になるほど、笑えることのようだ。
隙だらけになっているというのに、お構いなしに相手は笑い続ける。
「まさか生きているとは思わなかったぜ。まあ、クラークウンゲを倒した化け物がそう簡単にくたばると思わなかったがな」
「…………」
ゲーリッヒは面白そうに俺を見つめて口を動かす。
「いや、でも、あれはお前の自作自演だったか? 確か……それがきっかけで正体がバレて、ギルドにはいられなくなったんだよなぁ?」
「…………」
俺を挑発しているのだろうか。
それとも時間稼ぎか?
どちらでもいいが、早く倒さなければ他の仲間も集まって――――
「全く『守り傘』も馬鹿だよなぁ? お前みたいな奴を仲間にしてよぉ」
…………馬鹿だと?
「無能な行き遅れが見る目無しにお前を拾ったんだろ? 馬鹿にも程があるぜ。挙句の果てにはお前に裏切られてんだから、これが笑わずにいられるかってんだ。はははっ!!」
「…………」
「ははは」と機嫌良く笑うゲーリッヒだったが、突然真顔になる。
「…………なんだよ。何を怒ってるんだ? 殺気が駄々洩れだぜ?」
「…………」
コイツは殺そう。
口封じとか関係ない。
コイツは嫌いだ。
死ねばいい。
お前みたいに堅気に迷惑かけて笑っている奴が、どの口でアイゼンさんを馬鹿にする?
あの人がどれほど苦労を買って人を助けて来たのか、お前は知っているのか?
行き場のない俺みたいな奴に居場所を与えてくれた人だ。
俺だけなら別にいい。
馬鹿にするなら気の済むまで馬鹿にしたらいいさ。
けど恩人を馬鹿にされて黙っていられるほど、俺は賢い人間じゃねえ…………!
身を以てそれを教えてやる。
「ガキだな…………もう少し感情を抑えることを知ったほうがいいぜ。クソガキ」
「……殺してやる」
睨みつけるとゲーリッヒは鉤爪を構えて同じように睨みつけてくる。
「部下を殺されて頭に来てんのは俺様だぞ? 生意気な奴だな。お前が死ねよ」
「なら荷馬車襲撃なんてことしなければいいだけだろ。人を攫い、殺しもしたくせに何を言う?」
俺の言葉にゲーリッヒは鼻で笑った。
「はっ、奪って殺して何が悪い? 綺麗ごとほざいてんじゃねえぞガキ。テメエだって殺してんじゃねえか」
「俺は人殺しだ。けど、誰彼構わず奪いもしなければ殺しもしない。お前みたいな奴が嫌いなだけだ」
「そうかい? 奇遇だな。俺もお前みたいな奴が嫌いだ。さっさと死ねよ。いい子ちゃんがよぉ!」
ゲーリッヒよりも先に動く。
地面を蹴った。
先制攻撃だ。
両腕を伸ばして手数で押そうと左右からゲーリッヒに仕掛ける。
「はっ!」
対するゲーリッヒは鉤爪で俺の攻撃を見事に弾いていき、指一本身体に触れさせないよう捌いていく。
「そらそらどうしたぁっ? 『異形者』つってもこんなものかぁ!?」
「…………ふん!」
俺は攻撃を繰り返しつつ、相手の鉤爪に狙いを定めた。
相手の攻撃にタイミングを合わせ、ゲーリッヒの腕ごと鉤爪を絡めとろうと伸ばした腕で巻き込んでいく。
「おっと!」
しかし俺の意図に気づいたゲーリッヒがすぐさま身を翻し、俺の攻撃から腕をすり抜けさせる。
そのまま後退して俺を見返してきた。
「危ねえなぁ? 俺の得物腕ごと奪おうとすんじゃねえよコソ泥が」
「おまえが言うな」
もう一度仕掛けようとした瞬間、足音が近づいてくる。
増援か?
時間を掛け過ぎたな。
音の方角に目を向けると、異常に気付いたのか水汲みで離れていた男たち二人が戻ってきていた。
天幕周辺に倒れた山賊の死体、そして俺とゲーリッヒの様子に戸惑っている様子が見える。
「お頭ぁ!」
「はっ! 無事なのはお前ら二人だけか?」
「いえ、ダブリンたちがまだいます。それに襲撃班も――」
「…………!」
ゲーリッヒがその言葉で何かに気づいたのか、訝しむように俺の顔を見てきた。
「お前が俺と戦うのは何故だ? 魔力の補給だけだったら、わざわざ俺たちに襲い掛かる必要はねえ。無防備な村を襲ったほうが手間がかからねえはず……………………もしかして、山賊に対する”返し”のつもりか?」
「…………」
勘が鋭い。
人を食べに来たのではない。
襲撃に回っていた仲間が俺を襲い、その仕返しだと相手は見当をつけたらしい。
黙っていると、俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、ゲーリッヒはうんうんと頷いていた。
「やられた借りを返しに来たわけか。俺の部下はどうした? 殺したのか?」
「…………周りの状況を見ろよ。生きていると思うのか?」
ゲーリッヒが倒れた山賊たちに目を向ける。
呼吸をしている者はおらず、それが既に人の形をしただけの肉塊であることは明白だった。
吐しゃ物のせいか、酸っぱい臭気が漂い、気分を悪くさせる。
「なら、街道に行った奴らの分も含めてたっぷり礼をしないとな。クラークウンゲを殺した化け物だからって、生意気なことしてんじゃねえぞクソガキが」
俺に視線を合わせつつ、ゲーリッヒは倒れた部下へと歩み寄る。
「俺たちは行く宛てもねえゴロツキだ。だが、心がねえわけじゃねえ。仲間を殺してただで死ねると思うなよ? ガキ」
「…………」
ゲーリッヒは部下の近くにしゃがみ込むと、光を失った瞼に手をかざしてその瞼を閉じた。
「お前ら手を出すな。コイツを殺してお上のもとへ連れて行くぞ。億越えの首だ。浴びるほどの酒を死んだ奴らに捧げてやろうや」
ゲーリッヒは背後にいる部下二人に指示を出すと立ち上がって鉤爪を構えた。




