EP20「山賊ギルド」
「少し休もう。気分は悪くないか? 気持ち悪いとか」
目の前で首を切り落としたことに彼女は動揺する素振りも見せず、平然としていた。
気丈に振る舞っているだけか、もしくは本当に平気なのか判断出来ないため聞かずにはいられなかった。
見慣れた者ならともかく、人が死ぬのを見慣れない人間は気狂いを起こす場合もあるため心配になる。
「(ブンブンッ)」
しかし彼女は「大丈夫」と言いたげに首を振った。
本当か? 無理してないのか?
俺は彼女が無理して嘘を吐いているのではないかと疑いを捨てきれず、その仮面を取ろうとして不意に動きを止めてしまう。
自分の手が血で汚れていたからだ。
真っ赤に染まったそれは、自分の行いを示す証である。
否定するわけではないが、見ていて気分の良いものではない。
すると彼女は何か思うことがあったのか、唐突に俺の手を握ってきた。
「何してるんだ? 汚れるぞ」
「(コクコクッ)」
構わないといった感じで彼女は遠慮なく、俺の手を握ってきた。
そのままでいると閉じては開いたり、握っては離すを数回繰り返す。
本当に何をしているんだ?
すると汚れた手のままで黒板を取り出し文字を書き始める。
『何も怖くない』
「…………」
『血を見ても人が死んでも怖くない』
「なら、なんであんなに俺にくっついてたんだ?」
山賊を制圧したあと、服の裾を掴んだまま動かなかった彼女。
怖くないならどういうつもりであんなことを…………?
『嘘付いた。やっぱりちょっと怖い』
「…………そうだよな、なら――」
『でも後悔していない。あなたと一緒にいるためなら耐えられる。だから怖くない』
そう言って彼女は仮面を外した。
血の付いた手で触ったため、黒板もチョークも仮面も血で汚れてしまった。
でもそんなこと気にする素振りも見せず、彼女は平然とした顔を俺に見せた。
『私が怖いのはあなたと離れること。あなたが私を助けるために死なないかと疑ってしまう。あなたが死ぬのが怖い』
「……………………死なないよ」
彼女の瞳を見て俺も仮面を外したくなった。
仮面に手を持っていき、外そうといざ触れた瞬間――――
グッとこらえて俺はそれを我慢する。
「何があろうと死なない。離れもしない。約束しただろ?」
アイゼンさんに彼女のことを任せるとき、俺は殺されるかもしれない。
そうでなくても、記憶を取り戻し、家族の元へ帰れたら、そこで彼女との関係は終わる。
未練の残らないように、彼女に心を残さないようにしなければならない。
「嘘だと思ったら『嘘つきだ』と怒ってくれ。そんなことにはならないけどな」
「…………」
俺の言葉に彼女はジッと見つめ返してくるが、何も言わない。
しばらくしてようやく頷くと、再び仮面を顔に着けるのだった。
ーーー
次は遺体処理だ。
本当なら埋めてやりたいが、今の俺にそんな余裕はない。
道端に捨てておいては色々と不都合があるため、隠蔽しようと草むらの陰まで運び、見つからないようにする。
このまま放置すればモンスターに食われる可能性もあるが、仕方がない。
仲間が戻らないことで敵が警戒する可能性がある。
そうなる前に決着をつけなればならない。
山賊を倒すなら急がないと。
「このまま東の洞窟に行って山賊を殲滅する。行けるか?」
「(コクリッ)」
普段通りの仕草で頷く彼女に安堵しつつ、俺たちは山賊を倒すために東の洞窟へと向かった。
ーーー
敵を警戒しつつ森の中を進む。
先を進むと、人の話し声や生活音のようなものが聞こえてきた。
音を頼りに草や木に隠れつつ進むと拓けた場所を見つける。
盛り上がった小山のような岩壁を背にした場所。
そこに天幕が三つあり、その奥には洞窟があった。
ここで暮らしているのだろう。
周辺には十人近い人間が屯している様子だ。
どうやらここが山賊ギルド「大熊旅団」の拠点らしい。
近くには襲撃したと思しき高速馬車も置かれ、一見するとただのキャンプにも見えた。
攫われた人は、この場にいないようである。
「賭ける奴集まろうぜ! 参加者募集~」
「そろそろ交代の時間だ。襲撃班は各々確認しておけよ」
「飯の準備早く始めろよ? お頭にドヤされるぞ!」
賭け事を始める者。仲間たちに呼びかける者。焚き火の周囲で声を荒げる者など、様々だ。
女性の姿はなく、全員が男である。
GMのゲーリッヒと思われる大柄の男はおらず、不在のようである。
洞窟の中にいるのか?
「水を汲んでこないと、もうねえぞ。誰だよ当番は?」
「はいはい! 今行くって!」
水汲みに行くのか、木桶を前後につけた天秤棒を担いで一人の男が歩き出した。
その姿を見て揶揄うように別の山賊が腹を抱えて笑う。
「はははっ、バーカ。サボってからに」
「うるさいな。暇なら手伝え」
「やーだよ!」
揶揄っていると更に別の人物が現れた。
「お前も行け。暇だろ?」
「なんでだよ!? 今日は俺の当番じゃねえだろがっ!?」
「ここにいたって何の役にも立たねえんだ。つべこべ言わず行ってこい」
そう言われて渋々とだが、揶揄っていた男も洞窟から離れていく。
人が減った。
賭け事でこちらに背を向けている山賊も多い。
襲うなら今が好機だろう。
「……今から奇襲する。きみはここで隠れててくれ」
木々に囲まれた背の高い草むらの中、彼女に目を移して小声で言う。
彼女は不服そうな顔ではあるものの、状況が状況だけに理解してくれたらしく、コクリッと頷くと『ここで待ってる』と黒板を見せてくる。
「すぐに終わらせてくる」
天幕は出入り口が空いているため、中に人がいないことは確認できた。
目視でこの場にいる山賊は全部で九人。
先ほど水汲みで離れて行った二人を会わせても全部で十一人。
ゲーリッヒを含めた残り十人と攫われた人の所在は不明だが、今がチャンスだ。
離れた二人を先に仕留めるのが定石だが、先ほど「交代」「襲撃班」という単語を聞いたため、今この場を離れれば仲間が戻ってこないことを気にした山賊たちが探しに向かう可能性があった。
山賊が俺たちの存在に気づく前に奇襲を仕掛けて数を削りたい。
幸いなことに天幕の周辺以外で人の気配はなかった。
動くなら今だ。
背嚢を下ろしてアームカバーを置く。
賭け事をする山賊は全部で五人。
残りの四人のうち、三人は雑談し、残り一人は炊事の用意をしている。
バレるなら最初の一撃で数を削りたい。
五人と三人に狙いを定める。
草むらから瞬時に飛び出すとそれぞれに向かって腕を伸ばした。
数人を纏めて捕らえようと腕を伸ばして山賊たちの周囲を走らせつつ、ある程度伸びきってから思いっきり引き絞る。
「えっ?」
「はっ?」
気づいた瞬間にはもう遅い。
引き絞られた腕の中心に山賊たちが巻き込まれ、身体が重ねられる。
そのまま力を込めると捕らえられて重なった身体から骨が軋む音が聞こえてきた。
「「「うああああああああっ!?」」」
「「「ぎゃああああああああっ!?」」」
男たちの悲鳴が森の静寂を破り、事態の急変を知らせる。
炊事の準備をしていた男は驚きつつも、すぐに腰の武器を手にして俺の腕に切りかかってきた。
「放しやがれ!」
伸びきった俺の腕を剣で切り落とそうとするが、硬い肌に見事弾かれる。
そうなるとは思わなかったのだろう、切りかかってきた男は驚愕の表情をしていた。
「な、なんだよこれ!?」
「ぬんっ!」
俺は山賊を捉えたまま、無理矢理腕を動かして残り一人に向けて山賊の塊をぶつけた。
男は吹き飛ばされ、岩壁に当たってから地面に転がる。
腕を動かしどうにか起き上がろうとするが、頭を打ったのか、しばらくするとそのまま動かなくなった。
「頼む……やめて…………」
捕らえた山賊の男から命乞いの声が漏れたが、俺は引き絞る力をより一層強めると、男たちは骨を鳴らしながら絞られていく。
中には吐しゃ物を巻き散らす者もいたが、手を抜く訳にもいかず、動かなくなるまで力を込めてからようやく解放した。
まずは九人、残り十二人。




