EP18「接敵」
街道を歩いていると木が密集している場所が視界に映った。
目的地である森へと辿り着いたのである。
「……ここだ。いつ襲ってきてもおかしくはない。俺から離れないように注意してくれ」
「(コクリッ)」
彼女が頷くのを見て歩き出す。
山賊が襲ってくる場所とのことで暗い森のイメージだったが、そんなことはなかった。
街道を進むと日差しが道を照らし、木々が光を浴びて風に揺られている。
森全体が明るい印象で見上げれば木の葉に覆われることもなく、空の青さが視認出来るほどだ。
視界が思った以上に遮られない。
これなら、敵が逃げ出そうとしても視界に捉えるのは容易だろう。
幸先の良さを感じつつ、俺たちは木々の合間を縫うように街道を進んで行った。
今はまだ明るいが、あと数時間もしないうちに夕闇がやってくる。
俺としては視界良好な今の状態で奇襲をされたいと考えており、暗くなってからの戦闘は出来れば避けたかった。
その理由は、夜よりも昼の戦闘のほうが勝率が高いためである。
俺はモンスターの身体のためか、五感が一般的な人たちよりも発達していた。
嗅覚に優れ、人の有無を把握することも出来れば、耳で周囲の索敵も可能である。
遠目も利き、視界が遮られさえしなければ、山の峰から地面に落ちた葉っぱを見分けることも可能である。
だが夜目が利くわけじゃない。
暗い場所となると、鼻と耳を頼ることになり、自慢の視力も使えなくなるのだ。
「……………………」
考えながら歩いていると体臭……人の匂いがした。
地面を踏みしめる音、布と草木が擦れる音、微かな人の呼吸音などが耳に届く。
…………六人か。
僅かな音であるため、後ろを歩く彼女は気づかないままだ。
これが山賊なら、気配の殺し方がおざなりである。
今なら先手を打ってこちらから仕掛けることも可能だが、近距離で一網打尽にしたいため、まだ泳がせようとやり過ごす。
山賊に奇襲してもらってから改めて周囲を探り、伏兵がいないことを確認したうえで戦闘に入りたい。
そうなる前に彼女へ声をかけて安心させておこう。
「ここまで歩き通しだったけど疲れるよな。少し休むか?」
「(ブンブンッ)」
彼女は首を振って「大丈夫だ」と示す。
無理してないか?
仮面を被っているせいで彼女の表情が見えず、心配になる。
しかし、下手に足を止めて山賊を警戒させるのも嫌なので、ここは彼女の言葉を信じようと思う。
「山賊が出るらしいけど、心配しなくていい。俺に任せてくれ」
「…………(コクリッ)」
何か思うことがあったのか、彼女は間を取ってから頷いた。
大丈夫。言葉通り何とかしてやる。
再び前を向いて歩き続けること約五分。
痺れを切らしたのか、隠れながら俺たちを探っている奴らの気配が大きくなった。
背の高い茂みが道の脇に生え揃う場所まで進むと、そこで足を止める。
案の定、目の前に黒い何かが飛び出してきた。
「てめえらそこ動くんじゃねえ!! ぶっ殺すぞ!!」
ドスの利いた声で男が叫ぶ。
黒に近い青い服装に身を包んだ背の高い男がそこに立っていた。
後ろを歩く彼女が驚いたのか、俺の背に寄り添う。
手は回さず、ただ離れないようにとくっついてきたのだ。
続けて周囲の木や草むらから同じ服装に身を包むガラの悪い男たちが現れる。
全員が似た服装で、目撃情報と合致する姿が全部で六つ。
山賊が姿を現した。
手には剣やナイフ、拳を武器とする籠手のような装甲具を身に着けた者もいる。
「よーし、そのままじっとしてろ。妙な真似したらどうなるか判るな?」
最初に飛び出してきた男はリーダー格のようで、こちらを睨みながら手に持つ武器を構えて脅しに来る。
威嚇しているのだろう周囲の男たちも武器をチラつかせつつ、こちらに逃げ場がないことを見せつけているようだった。
山賊たちの表情を見る。
全員が下碑た笑みを浮かべ、俺の後ろにいる彼女を品定めするように見ていた。
彼女は仮面を被り、顔で性別を見分けることは出来ないが、服装や小柄な見た目、俺に寄り添う姿を見て奴らは女性と判断したのだろう。
虫唾が走る。
この娘をどうにか出来ると思っているのか?
俺がいるというのに。
耳をそばだてて周囲に伏兵がいないか、目視も含めて軽く確認する――――
いないようだ。
ここにいる山賊の襲撃犯はこれで全部なのだろう。
ならば!
俺は即座に両腕のアームカバーを外すと六人のうち、一番距離が離れていた二人に目掛けて腕を伸ばした。
それは獲物を捕らえようとするカエルの舌の如く俊敏で、真っ直ぐ標的へと向かう。
山賊たちは俺の動きに反応出来ず、視界全体がゆっくりとスローモーションのように見えた。
目標となる山賊の男二人の足首をそれぞれ掴むと、力一杯に握り潰す。
乾いた音と共に食い込んだ指から血が流れた。
「ぐああああっ!?」
「痛てえっ!?」
突然聞こえた仲間の悲鳴に他の山賊たちは「は? は?」と状況が呑み込めないまま狼狽する。
足首を潰された二人は立っていられず、その場に崩れ落ちた。
武器を投げ出し、俺の手を必死に振り払おうとする。
離せるものなら離してみろ。
更に力を込めて握ると、再び二人の絶叫が森に響いた。
まずは二人、足を潰して逃走手段を失くす。
「なっ、何をやってる!? この腕を切り落とせ!」
リーダー格の男が叫ぶ。
状況を認識できず立ち尽くしていた残り三人の山賊たちは、その声でハッと我に返った。
やるな。一声で正気に戻した。
なら、リーダー格の男は後回しにしないといけない。
頭を潰せば敵の動きを封じることは可能だが、戦意喪失してがむしゃらに逃げ出す者も現れてしまう。
一人も逃してはならない以上、敵の統率能力は残したまま戦闘をするほうが全員を捕らえやすいと思った。
思考していると、山賊が武器を構えて俺の腕を切り落とそうと動き出す。
前を向いたまま後ろにいる彼女へと俺は声をかけた。
「俺が守る。後ろから離れないように」
「(コクリッ)」
返事のつもりなのか、彼女は俺の背嚢を軽く叩いた。
落ち着いているな。すぐに終わらせてやるから我慢してくれよ。
意識を敵に移す。
握り潰した二人を持ったまま、俺は他の山賊にそれをぶつけようと腕を操った。
伸ばした腕を鞭のように操り敵を打ち払う。
例えるならばけん玉だ。捕まえた敵を玉のように操り、立ち向かってくる標的に向かって一人一人ぶつけていく。
「やめ――」
「こっちに来るな!?」
次々と敵を屠り、戦闘不能へと追い込んでいく。
当たり所が悪いとけん玉になった奴とぶつけた奴が死にそうになるが、最悪二人生き残れば情報は奪えるため、特に気にせず続けることにした。
常に背後にいる彼女へ危害が及ばないように意識しつつ、リーダー格の男を残して敵全員を戦闘不能状態にする。
地面に転がった敵を見た。
掴んでいた足首は千切れこそしないものの、血だらけで変にねじ曲がっている。
骨が砕けたのだろう。
死んでこそいないものの、痛みのせいか全員意識を失っているようだった。
残りはリーダー格の男だけだな……。
「なっ、何なんだよお前は!?」
相手は剣を構えて叫ぶが、恐怖のためかへっぴり腰になっていた。
その視線は得体の知れない何かを見るようで、一言で言えば恐慌状態であった。
目線が定まらず、動きがあちこちに散らかって目の前の惨状を受け入れられないといった感じだ。
「質問するのはこちらだ。まずは武器を捨てろ」
脅すように言うが、敵は手を震わせつつも手放しはしない。
恐怖で身体が思う通りに動かないのか、その動きは肉食動物に睨まれた草食動物のようであった。
「素直に応じないなら俺も強行するだけだ」
そう言って紫の腕を相手に伸ばし、その剣の刃を掴んで握り潰す。
剣は簡単に砕け、刀身もポキリと折れてしまった。
信じられない、といった感じで相手は口を開けてポカンと呆けてしまう。
開いた口は塞がらず、力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。
全員の戦闘能力を奪って逃がしてもいない。
作戦は成功である。
ホッと安堵の息を漏らして後ろを見ると、彼女は俺の服の裾を掴んでくっついていた。
「…………もう大丈夫。終わったから」
「…………」
彼女は何も言わず、俺にくっついたまま離れないようとはしなかった。
怖かったのだろう。
慰めてやりたいが、俺の手は血塗れだ。
背中を叩いて安心させることも出来ない。
今は無理でも、あとでちゃんとケアしないといけないな。
彼女が落ち着いて離れるのを待って、山賊への尋問を行うことにした。




