EP16「我が儘」
「俺は山賊を倒したい。それで助かる人たちがいることを俺は知っているから」
「(コクリッ)」
結局俺は山賊退治に動くことにした。
本来なら、彼女の安全と旅の継続を優先して無視しなければいけないことだったが、理屈を無視して感情を優先する。
俺の我が儘だ。
「悪いが付き合ってもらうぞ」
「(コクコクッ)」
この娘の前で情けない姿を何度も見せてしまった。
恥ずかしいを通り越して最早呆れてしまう。
けれど、そのおかげで開き直れた気がする。
旅を始めたら、予想外のことなど立て続けに起きて当たり前だ。
幸先が悪いことに変わりはないが、ぶつかる可能性のある問題に早くぶつかったというだけの話である。
前向きに捉えよう。
それに……。
チラリと隣にいる彼女を見る。
この娘はどういう形であれ、俺を信頼し、違うと思ったことははっきりと言ってくれた。
家で慰められ、外で叱咤され、頭が上がらないとはこのことである。
ギルドを抜けて以来だ。
誰かに叱られるなんて。
抑え込んでいた本心を晒してしまった。
けど、後悔はない。
自分の気持ちを真っすぐ受け入れられた気がする。
彼女のお陰だ。
もう、この娘の気持ちを裏切ってはいけない。
例え、最後には嘘を吐くことになったとしても、それまでは彼女に寄り添って一緒にいよう。
周りの目を気にせずに自分の気持ちを貫くんだ。
そうすれば、例えどんな結果になったとしても、納得することが出来るはずである。
俺の視線に気づいたのか、彼女も見つめ返してきた。
「?」
「何でもない…………いや」
言い直して改めて彼女に身体を向ける。
「さっきはごめん。それと……ありがとう、叱ってくれて。表面的なことばかり気にして、きみの気持ちや大事なことが見えていなかった。本当にありがとう」
頭を下げると、彼女はその頭に手を置いて撫でてきた。
「もう大丈夫だよ」
俺の言葉に嬉しそうに微笑む彼女を見てから改めて歩き出す。
まずは情報収集だ。
ーーー
「山賊の情報? そんなの聞いてアンタどうするつもりだ?」
山賊についてウッチャ村の人から事情を聞こうとまずは高速馬車の貸し出しを行っている「ウッチャ村貸馬店」に来ていた。
先ほど馬の貸し出しが出来ないと言われたが、山賊について何か知っているように感じたため改めて聞きに来たのだ。
禿げあがった頭の店主は訝しそうに俺と彼女を見てきた。
さっきもそうだったが、仮面姿の俺はどうも怪しく思われているようだ。
「徒歩で別の村に行くために知っておきたいんです。道中出くわすかもしれないので」
俺はここで嘘をついた。
正直に「山賊を倒すためだ」と言っては目立つ原因になってしまう。
その場合、仮に山賊の口封じが成功したとしても、俺に注目が集まってしまうため、身バレする可能性が高まるのだ。
どんな形であれ、正体がバレることだけは絶対に防がねばならないのである。
「おいおい、悪いこと言わねえからやめとけって」
善意で言っているのだろう。
店主は諫める口調で俺に言う。
「なら、山賊はいついなくなるんですか? 縄張りのギルドは動かないんですか?」
「動くわけねえよ。『鏡面穿つ一矢』は大金積まれなきゃ基本動かねえしな」
「鏡面穿つ一矢」?
知らないギルドの名前である。
「『尊き鉄』が今もあれば真っ先に動いてくれただろうに…………GMが死んで解散しちまってからこんなことばかりだ。言ってて悲しくなるよ」
「尊き鉄」が、解散したのか…………。
店主の言葉に俺は驚いて何も言えなくなってしまう。
ギルド「尊き鉄」は、古くから続く歴史あるギルドとして知られていた。
規模としては小さく、零細ギルドだったはず。
俺自身、「尊き鉄」と直接交流があったわけではないが、知り合いから「質実剛健の信頼出来る組織」であると聞いたことがあった。
そのため、無くなったと聞いて寂しい気持ちになる。
更に話を聞くと、山賊は街道の先にある森の中で襲撃してくるらしい。
森を通ろうとした馬車のほぼ全てが襲われているとのことだ。
商売を邪魔されているためか、話が長引くにつれ店主の言葉には怒りが滲んでいき、最後のほうに至っては「見つけたらぶっ殺してやりたい」と物騒なことを口にしていた。
ーーー
「お役人さんというのは、どうしてこうも仕事が遅いんですかねぇ」
ため息交じりに話すのはウッチャ村の村長である。
俺たちは彼の家に招かれ、お茶を振る舞われていた。
きっかけは俺たちが村の中を歩いているときだ。
外から来た人間だと思われたらしく、相手から声をかけられたのである。
山に住んでいると話すと、良ければ家でお話しませんかと誘われ、気づけば俺と彼女は村長と卓を囲んでいた。
仮面姿の俺が珍しいようで、時折チラチラと俺を気にする素振りを見せていた。
「しかし、あなた方のような人たちが山に住んでいるとは知りませんでしたな。そちらのお嬢さんは大層お綺麗ですし…………どうしてわざわざ山奥のほうにお住まいで?」
村長の言葉は半分本音で半分嘘だと思う。
というのも、俺は定期的に山を下りて買い物をしているため、村長が俺のことを知らないはずがないのである。
しかし、彼女は別だ。
初めて見て驚いたのだろう。
まさか、こんな美人がいるとは、と。
彼が声をかけてきたのも、彼女が目的なのかもしれない。
「流れに流れて……と言った具合でお恥ずかしいのですが、行き場がなかったと言うのが正確でしょうか」
「そうですか…………まあ人それぞれ言えない事情があるでしょう」
必要以上に踏み込んだ話をしてこないため、俺としてはありがたかった。
山賊のことで何か情報がないか、探りを入れてみる。
「それより、どうしてこんなにも山賊が好き勝手暴れているんですか? ギルドは『鏡面穿つ一矢』が動かないというのは聞きましたが……」
「そんなのはワシらが知りたいくらいですよ。山賊に懸賞金でも懸けられていたら、懸賞金目当てのギルドが勝手に倒してくれたでしょうに…………わざわざ指名手配犯の一覧が載っている雑誌まで買って調べましたが、山賊と思しき名前はありませんでした」
「こんな田舎で暴れている奴等など、誰も見向きしないのでしょうな」と村長は寂しそうに話す。
「調べた、ということは山賊の名前を知っているのですか?」
名前を知らなければ知りようがない。
この人どうやってそんなことを知ったんだ?
「前に都市部で起きた婦女暴行事件があったでしょう? ギルド『大熊旅団』の人たちが犯人だったあれ」
婦女暴行事件?
知らない事件だ…………。
そのことを素直に話すと、村長は快く話してくれた。
半年以上前、ラズアールで若い女性を狙った連続暴行事件が発生した。
犯人は既に逮捕され、事件自体は収束している。
主犯は『大熊旅団』のメンバー数名であったが、それがきっかけなのかギルドは程なくして解散したらしい。
「山賊の服装がそこのギルドの物と似ていると、被害者の証言がありましてな…………ならばと指名手配でもされているかと調べたのです」
「それで、名前がなかったんですね」
「はい…………調べても無駄でした。もしかしたら服装が似ているだけで『大熊旅団』とは何の関係も無いかもしれません。この雑誌も必要なくなりました…………良ければ見てみますか?」
そう言われて渡されたのは情報屋ギルド「天地の聞き耳」が発行する情報雑誌であった。
犯罪者が金額ごとに分類され、それぞれの名前と指名手配理由及び懸賞金額等が記載されている。
「村でギルドに依頼しようにも金がありません。死人が出ているというのに、憲兵に訴えてもすぐには動いてくれませんでした。直接村が襲われないだけ、まだマシなのかもしれませんが…………」
頭の痛い話なのだろう。
村長は額に手を当て困り果てた様子だ。
話を聞きつつ雑誌のページを捲っていると、とあるページで俺は動きを止めた。
いや、止めざる負えなかった。
血の巡りが早くなり、仮面を被っているせいか呼吸が苦しくなる。
俺は村長や彼女に悟られないように意識しつつ、雑誌に載った文字を一文字一文字慎重に読み進めていった。
「名前:異形者ガイ 懸賞金:二億G 主な罪状:外患誘致罪、詐欺罪及び詐称罪等 備考:ギルド『守り傘』に潜伏していた特A級モンスター」
指名手配犯の一覧は全て人間の記載のはずなのに、そこだけはモンスターと書かれていた。
「…………すみません。これ、良ければお譲り頂けないでしょうか? お金は支払いますので」
「これが欲しいのですか? 構いませんが…………何か気になることでも?」
村長が気になった様子で聞いてくる。
隣にいる彼女も不思議そうな顔立ちで俺を見てくるが、黒板に文字を書くこともなく、出されたお茶に口をつけていた。
「いえ。山に籠ってたせいで世事に疎くて……、後学のために、もう少し読んでみたいと思ったからです」
その後、いくつか話を聞いたが、山賊は街道を通る馬車の積み荷だけでなく人も攫っているらしい。
何人かは、その場で殺されたそうだ。
逃げ延びた人の証言から、攫われた人は人買いに売られている可能性もあるとのことで、彼女も綺麗であることから狙われやすいだろうと注意された。
…………俺たちに声をかけたのは彼女が狙われそうであると心配したからか?
いや、違うな。
寧ろ、見たことのない美人がどうやって山賊を搔い潜ってここに来たのか知りたかったのかもしれない。
でなければ、わざわざ家にまで招いて茶を振る舞うなどしないだろう。
出されたお茶に俺だけが手を出さないため、村長は気になっている様子であったが、「火傷をした影響で人前に顔を晒せない。申し訳ない」と嘘を話すと、なるほどと言った表情で納得してくれた。




