EP15「覚悟の後押し」
山賊を倒すだけなら恐らく俺一人でも可能だろう。
しかし、俺の正体を隠しつつ、彼女を守るという条件が加わると難易度は飛躍的に上がる。
まず彼女の安全を確保しつつ、口封じのため敵を残らず確実に仕留めて行かなければならない。
一番手っ取り早いのは皆殺しにすることだが、形勢不利と見るや逃げ出す敵もいるだろう。
そうすると、殲滅出来ずに取りこぼしが起きる可能性が出てきてしまう。
敵が全部で何人いて、どこに潜んでいるのかも把握しなければならない。
一人でも逃した時点で俺の行いは全て無駄になるからだ。
…………というか、殺すほどの罪か?
命のやりとりを覚悟して動いているならともかく、小悪党のような奴らなら、情状酌量の余地はあるかもしれない。
だが、山賊の行いは村人の生活を脅かし、これが続けばウッチャ村から死人が出てもおかしくはないとも言える。
弱きを助けて強きを挫く。
義を以て大義を示せ。
「守り傘」の人間なら、そうするはずだ。
「……………………」
…………馬鹿か俺は。
俺はもう、「守り傘」の人間じゃない。
この件は、他のギルドか憲兵が出張って事を納めるのが一番丸い。
村の人たちは困っているようだが、俺に出来ることは何もない。
…………。
…………。
…………。
だが待てよ?
話を聞くに、山賊はもう三週間近く街道を荒らしまわっているんだよな?
いつになったら山賊はいなくなるんだ?
そもそも縄張りのギルドが長期に渡って山賊を放置するなど本来おかしい。
不可解だ。
その状態で憲兵が来て問題を解決できるのか?
俺が知らないだけで、その山賊には何かあるんじゃないか?
またも思考の渦に飲まれ、グルグルと考えてしまう。
いや、駄目だ。
考えるな。
目を逸らせ。
「考えてばかりもよくない」と、さっき彼女に言われたばかりじゃないか。
「…………食べ終わったなら移動しよう。今、片付けるからちょっと待っててくれ」
「(コクリッ)」
焚き火の後始末をして忘れ物がないかを確認する。
片付けが終わると俺たちは山に向かって歩き出した。
「…………ん?」
服を引っ張る感覚に気づき、後ろを見る。
彼女が黒板に何かを書き始めた。
『気になるの?』
「何が?」
『山賊』
「…………」
彼女は俺の考えを見透かしたかのように見つめてきた。
…………参ったな。
「街道を荒らす山賊が、どうしてここまで長くのさばっていられるのか、少し気になっている。けど、考えたところで俺には何も出来ない」
「…………」
「大人しく家に帰ろう。もう少し様子を見てから――――」
『どうしたいの?』
「…………」
思わず息を呑んでしまう。
彼女は感情の機微に聡い。
俺が顔に出やすいだけかと思ったが、仮面を被った今も心を見透かされているような気がする。
隠し事は出来ないな……。
「山賊を倒したい。山賊がいなくなれば、村の人たちも助かるし俺たちも助かる」
「…………」
「けど、やっぱり無理だ。戦うにも俺の正体がバレないようにしないと駄目だし、お前の安全も――」
『気を遣わない』
「それは――」
違うんじゃないか……?
さっきは彼女に不自由させたくないと、俺が勝手に一人で色々なことを抱え込もうとした。
だが、この話は違う。
俺も彼女も命に関わることだ。
慎重に物事を見たうえで、最善の判断をしたつもりなのだが…………。
『私は死にたくない。でも死んでもいい』
「お前っ、突然何を言い出すんだ!? 馬鹿なこと言うな」
いきなりどうしたんだ?
『最後まで一緒にいてくれるなら私は死んでもいい。だからあなたがやりたいようにやって』
「…………自分が何を言っているのか、判っているのか?」
「(コクリッ)」
その真っ直ぐな視線に思わず気圧されそうになる。
『私はあなたと一緒にいたい。これは私の我が儘。あなたの我が儘は何?』
「…………俺は」
言われて目を瞑って考える。
我が儘…………というか、俺がやろうしていることはなんだ?
俺が今やらなければならないことは二つある。
一つ目は彼女をアイゼンさんの元に無事に送り届けること。
二つ目は俺の正体がバレないようにすること。
もし俺と関係があると世間に知られてしまえば、この子は勿論、アイゼンさん率いる「守り傘」もギルド連盟やら国から敵視されてしまう。
そんなの絶対に駄目だ。
その上で俺は――――
「困っている人がいるなら助けたい。けど、それをやると本来の目的に支障が出る。お前は一つだけだが、俺の我が儘は一個じゃない。贅沢なんだよ俺は」
『山賊を倒そう』
「お前…………」
『私も手伝う』
モンスター相手に泣いていた彼女が手伝う?
どれだけ危険か判っているのか?
「……敵は人間だ。俺たちを殺そうとするかもしれない。山で俺と出会った時に豚顔のモンスターたちに襲われたよな? その後も鳥のモンスターに襲われていた」
「…………」
「怖かっただろう? 偶々怪我しなかっただけで、下手すれば死んでもおかしくはなかった」
「(コクリッ)」
彼女は否定せず、素直に頷いた。
なら、どういうつもりで倒そうなんて言うんだ?
「倒そうと言ったところで、それが無事に出来るとは限らない。場合によっては状況を悪化させるだけになるかもしれない。それでもやるって言うのか? 我が儘を通せと?」
「(コクリッ)」
またもすぐに頷いた。
気持ちだけで、出来ることではない。
彼女が事の大きさを理解していないように感じて、思わず苛立ってしまう。
心が騒めき、我慢が出来なくなっていた。
「……こんなこと、今更言うべきじゃないと思うが…………俺は最初、お前を見捨てようとしたんだ」
「…………」
彼女が目を見開く。
思わず言ってしまった。
彼女を諫めようとして余計な言葉が口から流れてしまう。
吐いた唾は呑み込めない。
彼女の目を見ることが出来ず、身の置き所を探すように俺は目を逸らしてしまった。
「自分が可愛くて仕方がない奴なんだよ俺は。戦えば相手に勝てる自信はあるが、それでも怖いと思うことはあるし、昨日のルシウスだって恐ろしかった」
「…………」
「なのに、傲慢にも困ってる人を助けたいと思ってしまう。薄っぺらい正義感を持ってるんだよ。馬鹿馬鹿しいだろ? 臆病なのに、言葉だけは立派なんだ」
「…………」
彼女は何も言わないまま、こちらをじっと見つめているようだ。
俺は一瞥するだけで真っ直ぐに見返すことも出来ない。
「家で話をしたとき、『人を助けるのに理由がいるのか?』って言った。あれは嘘だ。俺が助けたいと思っているのは、自己満足の我が儘なんだよ。カッコよくなんてない。人を助ける自分に酔っているだけだ」
「…………」
「…………」
…………全部言った。
失望されたな。
情けない。
感情に任せて言わなくていいことまで言ってしまった。
不安にさせないように、頼っても大丈夫だと思ってもらえるように、取り繕わないといけない。
なのに、それすら出来ない。
どうして、こんな駄目な奴なんだ俺は。
「…………判っただろ? これが俺という奴なんだ」
ちっぽけでしょうもなく、情けなくて醜い存在。
「俺はモンスターになりたくないとか思ってるくせに、その力に頼っている卑怯な奴なんだ。人間でいたいなら、モンスターとしての力を使わなければいいのに、矛盾してる。モンスターとしての力を使っているのなら、俺は人間ではなく、モンスターなのに…………」
言ってて涙が流れてしまう。
俺はもう人間じゃない。
モンスターなんだ。
なんだ、自分で認めてるじゃないか。
何を今までウジウジごねてたんだ。
仮面を被っているせいで内側が湿っていく。
「危険な奴なんだ俺は。殺されても文句は言えないんだ。自分は人間だって言って近づくモンスターなんかみんな怖いに決まっている。死なないと困る人たちがいるって判っているのに、俺は…………」
それ以上、俺は何も言えずに俯いてしまった。
なんでこんなことになったのだろう。
情けないな。
やっぱり死ななきゃいけなかったのだろうか?
生きることは許されないのだろうか?
困っている人を助けたいなんて言い出さなければ良かった。
そうすれば、せめてこの娘の前でだけは、まだ真っ当な奴でいられたのに。
「世の中色々な人がいる。悪い人もいるけれど、優しい人もいる。他に頼れる人がいるなら、そっちに行ったほうがいい。ここの村の人たちは比較的良い人が多いと思う…………そのほうが良い」
「!」
「分不相応だったんだ。俺は誰かを助けられる人間だって勘違い――――」
バシンッ。
頬を引っ叩かれる。
その拍子に仮面が地面に落ちた。
見ると、背の小さい彼女が俺の顔を叩いたようだった。
目の前の少女は涙を流し、俺を睨みつけてくる。
そして黒板に文字を書くが、殴り書きしてるからか、文字が荒れていた。
『私が今ここにいるのはどうして?』
「…………」
『あなたの我が儘に私が救われたから』
歯を食い縛るその顔に、俺は違うと言いたくなった。
買い被りだと。
「…………それは偶然だよ」
俺がいなくても助かったかもしれない。
最初に襲ってきた豚顔モンスターも「殺しはしない」と言っていた気がする。
鳥のモンスターに襲われたのも、俺が彼女を追い払って崖まで追い詰めてしまったからだ。
原因は俺にある。
『あなたに助けてもらって良かったと思ってる。他でもないあなたに』
彼女は不意に悲しそうな顔をする。
どうして彼女が泣くんだ?
きみが悲しむ必要なんてどこにもないのに。
『あなたは辛い気持ちを抱えている。それを全て理解することは私には出来ないし、その苦しみを分けてもらえることも出来ない』
「…………」
『それでも一緒にいたい。あなたはまやかしの気持ちと言ったけれど、あなたは何度も私を助けてくれた。私は知っている』
「俺は…………」
『あなたは約束した。私と一緒にいると。私はどこにもいかない。私の帰る場所はあなただから』
「約束…………」
「…………」
お互いに涙を流しながら見つめ合う。
そうだ。
彼女が安心して俺に頼れるようにと、一緒にいると昨日言ったばかりだった。
なのにいきなりそれを反故にするようなことを言ってしまった。
何を言ってるんだ俺は……!
卑屈さにかまけて自分の言った言葉の責任も取らずに、好き勝手なことを言ってしまった。
情けない。
周囲の様子なんて気にする余裕もなく、俺はただ彼女のその瞳を見つめることしか出来なかった。




