EP13「ウッチャ村」
一日のんびりと過ごし、翌日の朝に出発する。
準備を終えて家から出た俺は、彼女を背負いながら最寄りの村へと向かって走っていた。
「…………なあ」
「?」
「寝るときに俺の横に来るのはやめてくれ。心臓に悪い」
今朝起きた時、昨日と同じように彼女はそこにいた。
綺麗な寝顔がすぐ近くにあり、危うく本能が刺激されそうになる。
必死に平静を保ち、彼女を元のベッドに戻す作業は苦労を伴い、俺に心労を煩わせた。
もう少し自重してくれ。
注意してもあまり効果はなさそうだが、だからといって節度を無視していてはいずれ過ちを犯すことになる。
彼女に対しては誠実でありたいと思いつつ、異性として意識してしまったこともあって罪悪感を感じていた。
そのせいか、足取りが重くなったような気がする。
出発して早々、何でこんな気持ちにならなければいけないんだ…………。
これから先の旅路に不安を感じつつ、最初の目的地であるウッチャ村へと俺たちは到着した。
ーーー
人けのない場所で彼女を下ろす。
そこからは徒歩で村を進むことになる。
『重かった?』
昨日剥ぎ取った装備を背嚢にまとめて俺は持っていた。
彼女を背負う際に前にかけて持っていたため、窮屈そうに見えたのだろう。
「いや、重くないよ。昨日も持って運んだし……それよりもここからは人がいる。注意してくれ」
「(コクリッ)」
彼女は頷くと続けて質問してきた。
『ずっとその恰好でいるの?』
「ああ。出発前に言ったけど、俺は自分の正体がバレないようにしないといけない」
仮面を被り、アームカバーをつけて腕を隠す。
「異形者ガイ」というモンスターとして知られている以上、バレたら通報され、国やギルドの人間に追い回されることになる。
そして最後には討伐されるだろう。
「ここから先、色々な人たちと会うことになると思うけど、あまり深く関わろうとしないでほしい。トラブルに巻き込まれて俺の正体がバレたらお前と一緒にいられなくなる」
この娘が一人でこのままどこかへ行くのなら止めはしないし、寧ろ自分から離れてくれるのならそのほうが良いだろう。
けれど、彼女が洗脳か何かの影響で俺から離れようとしないのなら、正体がバレた場合、彼女は俺を庇う可能性が高い。
そうなると彼女自身に危害が加えられるかもしれない。
やはり、事情を話して彼女の記憶を取り戻そうと協力してくれる存在が不可欠であり、それにはギルド「守り傘」しか頼れそうになかった。
「面倒だけれど協力してくれ」
「(コクリッ)」
彼女は素直に頷いた。
自分のせいで旅の道中は苦労をかけることになり、申し訳ない気持ちになるが仕方がない。
そうでもしなければ旅そのものが出来なくなるのだから。
「ここで必要な物を買い揃えたあと、高速馬車を借りて街道沿いにラズアールへ向かう」
元々多くはない所持金のため、必要な時以外は極力使わないようにしないといけない。
村内を道沿いに進むと、チラホラと人影が見えた。
村自体はそこまで大きくはなく、特徴もこれといってない素朴な雰囲気の村である。
家同士の距離も遠く、山の反対側には小麦畑が外に向かって広がっていた。
「…………?」
彼女が不思議そうに周囲を見渡す。
その視線を追うと、村人たちが俺と彼女に気づいてこちらを見ているようだった。
「外から人が来ることも珍しい田舎だから、俺とお前が村に来てビックリしてるだけだよ」
村全体の人数は少ない分、村人同士の結びつきは強いようで、たまにこの村に来ると毎回同じように俺は遠目から見られていた。
「お前のその恰好も注目される理由の一つかもな」
「私が?」と彼女は自分の服装を見渡した。
傍から見ても金持ちと言われるような綺麗に飾られた服装である。そのため、どこの貴族かと村人たちには思われているかもしれない。
「珍しがっているだけで、わざわざ向こうから俺に関わろうとはしてこない。俺としてはこのくらいの距離感が一番ありがたい」
話しながら歩いていると、いくつかの建物が見えてきた。
「あの店で剥ぎ取った装備を換金したあと、消耗品なんかを買い揃える。飯は基本その場で調達して済ませることになるから、隣の飯屋には行かないぞ」
「!?」
彼女の視線が目的の店の隣にある飯屋から俺に移る。
その目は悲し気であったが、俺に出来ることは何もなかった。
「悪い。高速馬車に金がかかるうえ、旅先で何があるか判らない以上、節約していきたい。ここは我慢してくれ」
「……(コクリッ)」
一瞬落胆した様子を見せつつも、すぐにいつも通りの無表情に戻る。
見ていて可哀想になるが、こればかりはどうしようもない。
アイゼンさんに会ったら美味しいものを食べることが出来るはずだ。
それまでは耐えてもらおう。
目的の店に入る。すると勘定場にいた初老の男が新聞から顔を上げた。
店名は「ウッチャ村雑貨店」とシンプルである。
雑貨店というが、この村に買い物が出来る店など他になく、村の需要に応えようとあらゆる物を扱っているため、その店内は雑多に商品が置かれていた。
一言でいえば「何でも屋」である。
店主の男は俺を見たあと、隣にいた彼女に視線を移して目を見開いた。
「なんでこんな美人が?」というような感じで驚いていたが、それは一瞬のことで、すぐに表情を戻して新聞へと視線を落とす。
村の人間ではないため、積極的に話しかけようとは思わないのだろう。
真っ直ぐに店主の元へ行き、勘定場の台に剥ぎ取った装備を並べて置いていく。
「買い取りをお願いします」
「……はいよ。珍しいですね、お客さん」
店主は言って彼女のほうを見た。
普段、俺が一人で来るため気になって聞いてきたようだ。
当の本人は商品棚のほうに目が行って気づいていないが……。
「ええ。今日だけです」
「そうですか…………査定するので札を持ってお待ちください」
「買い物もします」
「はいよ」
札を貰って店主が査定している間、必要な物を買おうと商品棚に向かう。
浮き浮きとした感じで彼女は店内を見渡すが、金がないため気に入った物があったとしても買ってやれなかった。
申し訳ない気持ちになる。
「その恰好は目立つからフードがある外套と、湯浴みが出来ないからにおい消しの香水、それと――――」
必要な物を買おうとしてあることに気づいた。
珍しいことに商品棚が空になっている場所がある。
品切れか? けど、そんなこと滅多にないのに…………。
売り切れた商品は携帯保存食であった。
普段は見向きもされない商品と思っていたが、何故か無くなっていた。
他にも棚にいくつか空きがある。
何だろう?
「はいよ。査定が終わりました」
声をかけられカウンターに戻る。
「金額はこちらになりますね。買い物もするというなら差し引くことになりますが、いいですか?」
「構いません。それより携帯保存食は置いてないんですか?」
食料確保が困難になったときに備えて、最低限買っておきたかった。
「申し訳ない。今、在庫を切らしていてね。急ぎですか?」
「いえ、ないなら大丈夫です」
取り寄せするか聞かれたが、丁重に辞退する。
必要なのは今なのだ。
……仕方がない。諦めよう。
「お客さん、もしかして遠出するんですか?」
携帯保存食は普段埃を被っている商品だ。
災害や飢饉の備え、もしくは旅に出るときくらいにしか買われない物である。
俺が買おうとしたために、店主は遠出ではないかと見当を付けたのだろう。
「そうですが――」
「なら、しばらくは無理でしょうね。街道に山賊が現れて荷馬車が襲われたんですよ。旅行に行くなら時期をずらすことをおすすめしますよ」
山賊?
「通れないんですか?」
「ええ。仕入れの馬車が来れなくてうちも困ってるんですよ。まだ在庫があるものはいいものの、このままじゃあ干乾びてしまいますから」
携帯保存食は、山賊が村に直接攻めてくるんじゃないかと案じた村人たちによって買い占められたらしい。
同じ理由で武器なども買われ、現在需要があるのに供給が出来ない状態だと話す。
商品棚の空きは仕入れが止まったためで、棚になければ裏の倉庫にもないと店主は嘆いていた。
「ギルドは動かんし、憲兵もすぐには来れず、時間がかかるらしい。全く、腹が立って仕方がない」
事情を聞いていると店主の愚痴が始まってしまった。
適当に話を合わせたあと、会計を終えて店を出る。
予想よりも時間がかかってしまい、「他の人と深く関わろうとしないでくれ」という彼女へ言った頼みと反する行動を俺自身が取ってしまった。
そのことを彼女に謝ると『気にしない』と逆に気遣われることになった。




