EP12「決意」
ルシウス……アイツはいったい何なんだ?
俺と彼女はその場で一度腰を下ろして休んでいた。
座る時、彼女は一度離れたが、今度は位置を変えて正面から抱き着いてきた。
再びその顔を胸に埋めてくる。
安心させようと俺はその背中をポンポンと叩いて慰めていた。
少しでも恐怖が和らげばいいが……。
この娘が落ち着くまでの間、ルシウスのことを考える。
モンスターが人間を仲間にしたいだなんて初めて聞いた。
強い奴を仲間にしたいのなら、俺である必要などないはずだ。
義理堅い……などと言っていたが、意味が判らない。
裏切られた経験でもあるのか?
それならなおのこと、人間ではなくモンスターに…………。
『――何故、人間を捨てないんだい?』
ルシウスの言葉が頭をよぎる。
その言葉に、俺は人間ではないと自覚させられる。
人からはモンスターだと言われ、モンスターからは人間に縋っていると言われて…………
馬鹿だ俺。
自分は人間だと思っても、ただの願望や妄想でしかなく、それを言ったところで何か状況が良くなるわけでもない。
ならモンスターになればいいのか?
なったとして俺はどうする?
まさか、アイツの仲間になるしか道はないっていうのか…………?
「…………」
「…………」
今も俺に抱き着く少女を見る。
この娘の記憶を取り戻して家族の元へ帰す。
だが万が一、この娘と一緒にいて他の奴らに俺がモンスターだとバレたらこの娘はいったいどうなる?
モンスターに捕まっていた女の子と見られるなら、彼女は保護され守られるだろう。
しかしそうではなく、モンスターに与した人間だと言われたら、俺諸共殺されるかもしれない。
やはり、この娘を連れてアイゼンさんの元へ向かうのは危険だろうか?
いや、この山にずっと引きこもっていても、この娘のためにはならない。
時間が経てば、状況は悪化するだけだ。
ギルド連盟の奴らが本腰を入れたら、俺はいつ殺されてもおかしくはないのだから。
記憶を取り戻して家族の元へ送り届ける。
俺は最後まで付き合えなくても、アイゼンさんなら責任持って面倒を見てくれるはずだ。
そのあとなら、俺はどうなってもいい。
せめてこの娘だけでも、安全な場所に逃がしてやらないと。
「…………」
そうしていると彼女が不意に顔を上げる。
「…………」
上目遣いで見てくるその顔は、無表情であったものの幾分か顔色が良さそうに見えた。
…………美人だな。
長いまつ毛と透き通ったような水色の瞳。
泣いた影響か、目元は若干赤くなり、頬も色が付いていた。
ボーっとした表情のまま、彼女は俺を見つめてくる。
その瞳に吸い込まれるような気がした。
彼女から目を逸らせずにジッと見返してしまう。
そのまま互いに見つめ合い――――
ハッと我に返る。
何を考えているんだ俺は?
気持ちを切り替えないと。
頭を振って正気に戻る。
「……もう大丈夫か?」
「…………(コクリッ)」
間がありつつも頷く彼女に俺は内心ホッとする。
「なら一旦家に戻るぞ。立てるか?」
彼女の肩を持ちつつ、一緒に立ち上がる。
ルシウスがここに戻ってくるとは限らないが、動けるなら移動するに越したことはないだろう。
荷物を持っておんぶしてやろうとすると、彼女は簡易黒板を取り出して何やら文字を書き始めた。
『あなたは大丈夫?』
…………不安にさせてしまったな。
「心配かけて悪いな。けど、俺は大丈夫だから」
彼女を安心させようと意識して明るくラフな口調で言う。
大抵のモンスターなら俺の敵ではないが、あのルシウスというモンスターだけは別格であった。
取り合えず、これからの旅であのレベルのモンスターと出会うことはまずないはずである。
というか、クラークウンゲやルシウスのような強敵が、その辺にゴロゴロいてたまるか。
「戻ったらさっさと出発しよう。洗濯物がもう乾いてたらいいけどな」
『もう一日だけ家にいたい。出発は明日じゃ駄目?』
彼女は訴えかけるような目で黒板を掲げる。
何故だろうか。
彼女の瞳に惹かれているような気がしてしまい、どうしていいか判らなくなってしまう。
…………そんな目で俺を見ないでくれ。変な気分になりそうだ。
「どうしてそんなことを言うんだ?」
まさか山を下りるのが嫌になったのだろうか?
『山を下りたらゆっくり出来ない。私もあなたも疲れている。疲れたなら今日は休んで明日に出発したい』
「…………」
彼女の言うことには一理あった。
予定では一日二日でラズアールに向かうつもりだが、仮に日を跨ぐなら野宿しかなかった。
高速馬車を利用するとなると金はほとんど残らない。
宿に泊まるのはほぼ不可能だ。
道中、モンスターを倒すことで戦利品を換金すれば金に困ることはないだろうが、余計に時間がかかってしまう。
そうでなくても、いつどこで俺の正体がバレるか気を付けて行かなければならない。
時間をかけることは、それだけリスクを跳ね上げることを意味していた。
『駄目?』
「……いや、お前の言う通りだ」
気づかぬうちに焦っていたかもしれない。
俺としても彼女にそう言ってもらえて良かったと思う。
彼女自身、気丈に振る舞っているだけで疲れや不安を隠しているように見えた。
溜め込んで倒れたり、気を病むなんてことにはなって欲しくはないため、素直に言ってくれたことはありがたく思う。
「今日は休んで体力を回復させよう。ありがとう、そう言ってくれて」
「(ニコリッ)」
不意に彼女が笑った。
やばいな。
可愛いと思ってしまう。
勘違いして好きになってしまうかもしれない。
彼女の好意はまやかしであるというのに。
「…………ふう」
「?」
頭を振って邪念を振り払う。
仮に俺が彼女を好きになったとしても、それを表に出してはいけない。
今の彼女に俺が気持ちを寄せることは脅迫以外の何物でもないからだ。
俺に庇護され頼れるものがない彼女に、俺の好意を無下にすることなど出来るはずがない。
ましてや洗脳されている彼女の状態を利用してその隙に付け入るのは、彼女の本来の気持ちを蔑ろにすることになる。
それだけは絶対にやってはいけないことだ。
「どうする? 歩いて帰るか?」
「(ブンブンッ)」
余程おんぶが気に入ったようである。
背嚢を前にして彼女を背負うと、家に帰るため、俺はその場で跳躍した。
「…………なあ」
「?」
走りながら彼女に声をかける。
「短いとは言え、旅に出ると色々なことがあると思う。嫌なことがあったり、苦しいこととか辛いことも当然あるはずだ」
「…………」
「俺は察しが悪いから、言ってくれないと気づけないことが多い。さっきみたいに『今日は休んで明日出発したい』みたいなことがあったら、我慢せず隠さず、どんどん素直に話してほしい」
ただでさえ、今の状況は彼女にとって深刻だ。
記憶がないということは気持ちの拠り所がないということで、そのケアを俺は気づかず蔑ろにしてしまった。
今更であるが、彼女の気持ちにもっと寄り添って気を遣ってやったほうがいいと考えを改める。
「仮に言いたいことを言って俺の機嫌を損ねるとか思うなら、そんなことは気にしなくていい。怒ったり不機嫌になったりすることはあっても、途中でお前のことを投げ出したり、捨てたりなんて絶対にしない」
「…………!」
「助けると決めた以上、記憶が戻るまで、家族と会えるまではお前と一緒にいる。あんまり我が儘を言われても困るが、言いたいことや思っていることは素直に言葉にして伝えてくれたほうが俺は嬉しい」
「記憶が戻るまで、家族と会えるまで」なんて無責任な発言であるが、このくらい言わないと俺を信じようとはしてくれないだろう。
アイゼンさんに会ったら、俺は殺されるかもしれないが、あの人ならこの娘を蔑ろにすることは絶対にないと言い切れる。
この娘を託したら、どのような結果になろうと彼女を助けてくれることに間違いはない。
あの人なら絶対に助けてくれる。
俺はこの娘に嘘をつくことになるが…………。
「取り合えず、俺が言いたいのはそれだけだ。お前を傷つける奴がいたら守ってやるし、お前が困っていたら必ず助ける。嘘をついたら『嘘つきだ』と罵倒してくれ。例え地獄に落ちそうなことがあっても引っ張り出して助けてやるよ」
恩返し。
この娘が俺の心を救ってくれたように、今度は俺がこの娘を助けたい。
最初は善意で助けただけだったが、ビクビクと怯えるだけの毎日に彼女は変化をもたらしてくれた。
結果としてギルド「守り傘」へ行く理由を作ってくれたのだ。
この娘自体が敵の撒き餌の可能性もあるが、それでも構わない。
もしこの旅の果てに殺されたとしても、俺は納得して死ぬことが出来るだろう。
「悪いな。長話に付き合わせて」
「(ブンブンッ)」
彼女は何も言わない。
どう思って何を考えているのか、俺には判らない。
彼女が本心で俺のことを好きになってくれたら嬉しいが、そんな日は来ないだろう。
けど、それでいい。
彼女の記憶が戻って家族の元へ帰るとき、最初に出会えたのが俺で良かったと思ってもらえたら――――
いや、やめとこう。
願望や希望を相手に押し付けても空しいだけだ。
俺はこの娘を助けたいから助ける。
それだけでいいんだ。
「もう大丈夫、助けは入らない」
そう言われたら、素直に彼女から離れよう。
ただそれまでは、一緒に――――
日は高く草木は揺れて、風が心地良い。
土の匂いが鼻をかすめる。
当たり前のことが、いつもよりほんの少しだけ綺麗に思えた。
彼女と共に駆ける山の中は一人で散歩していた時よりも心に留まって見える。
何かに満たされたようでとても心地が良い。
この時間がいつまでも続けばいいのにな、と願わずにはいられなかった。




