EP11「恐怖」
「頼まれてもいないのにわざわざ遠くからご苦労なことだ。とっとと失せろ。もしくは死ね」
「冷たいなぁ」
「仲間にはならない。帰れ!」
威嚇するように言い放ちつつ相手との距離を測る。
ルシウスが襲ってこないなら、このまま彼女を抱え込んで逃げ切れるか?
逃げ道を探りつつ、背後の少女へと視線を移す。
しかし――
「――何故、人間を捨てないんだい?」
「…………」
ルシウスの言葉に、思わず視線を戻してしまう。
どういうつもりでそんなことを聞いてくるのか。
単純な疑問か、好奇心か、もしくは侮蔑か…………それら全てか。
相手は真意を知るかの如く、俺の目を射抜くように見てきた。
その顔はなんだ?
お前はどの立場で物を言っている?
「…………何が言いたい?」
「きみはクラークウンゲを一人で殺して冤罪を着せられた。人間から酷い仕打ちを受けたというのに、きみは未だに人という存在に縋っている。何故だ?」
「!?」
コイツ、どうしてそのことを……?
「君のことは調べさせてもらったよ。あの老魔にはボクも思うところがあってね」
老魔とはクラークウンゲのことを指しているようだ。
かつて国に甚大な被害を与えたモンスター、クラークウンゲ。
別名『魔物災害』。
その名は人類史にも刻まれるほど、凶悪な存在であった。
「あの老いぼれには色々な奴が迷惑をかけられていてね。死んでほしいと思った魔族はかなり多かったんだ」
「…………」
「三年前に死んだと聞いたときには手を叩いて喜んだものさ。人間に殺されたと聞いて『ざまあみろ』とね」
「俺が殺した。だから仲間にしたいと?」
クラークウンゲは国もギルド連盟も手を焼いていたモンスターであった。
そして奴を倒したことが、俺の人生を大きく変えるきっかけになる。
ルシウスは俺の問いに首を振った。
「それはきみを知ることになった、ただのきっかけだね。ボクがきみを仲間にしたい理由は二つ。一つは強いから。そしてもう一つは――――
きみが義理堅い奴だから」
「…………」
義理堅い? 何を言っているんだ?
「その様子だと自覚がないのかな? きみは所属していたギルドに迷惑がかかることを恐れて悪役を演じたのだろう?」
「なっ!!?」
どうして……?
そのことを知っているのは自分と、あと一人しかいないはず。
まさかあの人が口を割ったのか?
その可能性を疑っていると、ルシウスは俺を見て口の端を上げる。
ニヤリと笑ったのだ。
「心配しなくていいよ。これはボク独自の情報網を使ったんだ。きみが想像するようなことは何も起こってはいない。安心していい」
「お前……!?」
俺の思考を読んだのか? 何なんだコイツは!?
この男の底が見えない。危険過ぎる。
警鐘を鳴らすように心臓がドクドクと鼓動を打ち、脈打つ感覚が手に残る。
俺がコイツの言う通りにしなければ、強行して無理矢理連れ去ろうとするかもしれない。
そうなると……。
背後にいる彼女を見ようと一瞥する。
もしまた彼女を殺そうとするならば、刺し違えてでも止めなければならない…………!
「…………クソっ」
手が汗ばみ、喉が渇く。
緊張している。
目の前の相手の力量が測り知れない。
だが恐怖に屈するわけにはいかない。
殺気を放ち、相手への警戒を強める。
仲間になる気など毛頭なければ、彼女に傷一つ付けさせてたまるものか。
俺が睨むと、ルシウスは悲しそうな顔をした。
いや、どちらかというと憐れんでいるのかもしれない。
「…………きみを追い詰めたいわけじゃない。寧ろ救いたいと思っている」
「救うだと?」
「もしきみが仲間になるのなら、後ろの子も一緒に連れて来てもらって構わない。ボクは歓迎するよ」
何を言っているんだコイツは……!
「馬鹿を言うな! 殺そうとしたくせに歓迎するだと!? モンスターは人を捕食する。お前は猛獣の檻に餌を放り込んでも食わないって言うのか!?」
「ボクは食べない。彼女を食べるという奴が現れたならそいつを殺せばいい。きみなら出来るだろう? なんならボクが一緒に守ってあげよう」
「信じられるか、そんな話!」
「信じる信じないはきみの問題だ。けど…………」
そう言ってルシウスは彼女へと視線を移す。
先ほどのような殺気はないにしろ、これ以上彼女の姿を奴に見せたくはなかった。
ルシウスの視線を遮ろうと俺は数歩下がって彼女の前に立ち塞がる。
するとルシウスは苦笑いした。
「…………信じないのも無理のない話、か」
ルシウスの目が俺を捉え、互いの視線がぶつかりあう。
平行線。
ルシウスは俺に対して懇切丁寧に話しているように見えるが、その視線は常に上からだ。
今も俺を見下す位置で、空中に静止している。
「…………これ以上話しても、きみに嫌われるだけになりそうだ。それは本意じゃない。今日はこれで帰らせてもらうよ」
そう言うとルシウスの身体が陽炎のように揺らめき、その輪郭をぼやかせる。
「最後に一つだけ…………きみに助言を送ろう」
助言だと?
「きみを陥れる奴等は人間の歴史そのものだ。きみがボクを、モンスターというだけで敵意を向けるようにね」
「俺がお前を嫌う理由は、お前が彼女を殺そうとしたからだ! 履き違えるな!」
どの面下げて言っているんだコイツは…………!?
「ふふ。それもそうだね」
「何を笑ってる?」
嬉しそうに微笑むルシウスの顔を殴りたい衝動に駆られる。
「きみは聡明だ。そして純粋でもある。だからこそ、奴等はきみの存在を認めたくないのだろうね」
「また来るよ」と言葉を残し、ルシウスは消え去った。
二度と来るな。
翼から黒い羽根が抜け落ち、辺りに舞い落ちる。
相手がいなくなったことで緊張が解けたのか、全身からドッと汗が噴き出してきた。
奴が本気を出して戦っていたら、もしかすると俺は死んでいたかもしれない。
そう思うと立ち眩みがして、その場にしゃがみ込みたくなってしまう。
「…………はあ……」
「…………(ポンポン)」
背中を叩かれる感覚に振り向くと、心配そうな表情で彼女が背中を擦ってくれていた。
自分も怖かったろうに、気丈に振る舞って俺を心配してくれているようだ。
クソっ、この娘を不安にさせちまった。
いざとなったら俺が守らなきゃいけないのに……。
声を出そうとするが口の中はカラカラと渇いていた。生唾を呑み込み舌を湿らせ、無理矢理声を出そうとする。
「……悪い。ありがとう」
心配させないようにと強がって言う。
「…………」
しかし、俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女は不意に抱き着いてきた。
怖かったのだろうか?
俺は拒むことなく、それを受け入れた。
「…………怖かっただろ? よく我慢したな」
「(ブンブンッ)」
怖くはないのに抱き着いてきたと言うのか?
…………いや、それは嘘だ。
彼女も本当は怖かったはずだ。
出なければあんな涙目で震えたりはしないだろう。
俺と同じように、彼女自身も俺に心配させないようにと強がっているだけかもしれない。
安心させるためにも、しばらくそのままにしておこう。
周囲に敵がいる様子もない。
自分の足を見ると、若干震えていた。
怖かった。
クラークウンゲと初めて対峙したときを思い出す。
もしかしたら、ルシウスはそれ以上に強いのかもしれない。
生きているだけでも僥倖か。
結局、ルシウスは一人で俺に会いに来たようである。
動きたくても動けない俺たちは、その場に留まることしか出来なかった。
危険が去ってもなお、ルシウスが与えたプレッシャーは残り、今も俺たちを威圧しているような気がした。




