EP10「ルシウス」
「…………やあ、ようやく会えたね」
「っ! 誰だ!?」
装備を剥ぎ取って家に帰ろうとした直後、そいつは突然現れた。
黒い羽がいくつも舞い散って地面へと落ちていく。
声の主は空中で静止しているのか、上からこちらを見下ろしていた。
そこにいるのは一人の男。
白いスーツに身を包み、背中には大きな黒い翼を背負っている。
キザな立ち振る舞いと端正な顔立ちが印象的で、一言で言えば鼻にかけたような人物だ。
何のためにかけているのか、右目のモノクルがより腹立たしさを増していた。
「初めまして。きみに会いに来たんだ。ガイくん」
仮面を着けているのに、俺の正体に気づいたのか……?
「どうして俺の名前を……?」
「ボクの名前はルシウス。よろしくね」
ルシウスは嬉しそうな顔で自己紹介をする。
何者だ? どこから現れた?
突然現れた得体の知れない存在に危険を感じた。
一見して人間かと思ったが、背中に生えた翼がモンスターであることを証明している。
ルシウスは俺から視線を移すと彼女を見た。
「…………見ない顔だね、きみ。ガイくんと仲が良さそうだけど……邪魔しないでくれない?」
その言葉には棘が含まれており、明らかな殺気を放っていた。
まずい、殺す気か!?
そう思うと同時に荷物を放り出し、地面を蹴って跳躍する。
守らねえと。
ルシウスが人差し指を構えた。
「さようなら。『フェザー』」
その一言と共に彼の翼から大量の羽が飛び出し、雨の如く彼女に向かって降り注ごうとする。
「!?」
突然の攻撃に彼女は反応出来ない――――
「伏せろ!」
彼女のそばに着地する。
俺が叫ぶと同時に彼女はその場に伏せた。
アームカバーを外した両腕を俊敏に伸ばし、俺と彼女を包み込むように腕の防壁を築く。
全ての羽から彼女を守るため、伸ばした腕を振動させて隙間を通らせないようにブレさせた。
腕と羽がぶつかる度に火花が飛び散り、場の空気に熱を加えていく。
「させるかっ!!」
一つ足りとて通してたまるか。
怒りと共に敵の攻撃を弾き続ける。
最後の一本を弾く頃には土煙が辺りを舞っていた。
やがて晴れると、周辺には羽が山となって地面を黒く染め上げる。
「ふう、ふう…………」
咄嗟に対応出来たものの、肝を冷やすことになった。
肩で息をしつつ背後の少女を見る。
怪我はないようだが怖かったのだろう。
涙目で震えていた。
「…………素晴らしい」
素晴らしいだと…………?
ルシウスの言葉に怒りが増し、頭上にいるそれを睨みつける。
「ボクの思った通り、きみの強さは本物だ」
「いきなり殺しに来るとは良い度胸だな。望み通り殺してやるよ」
腕を伸ばして臨戦態勢を取る。
「待って、待って。今のは挨拶だ。本当に殺そうなんて思ってないよ」
「あ?」
ふざけているのかコイツ。
「きみならボクの攻撃を防ぐなんて容易なことだと思っていた。もし防ぎきれなくても、彼女を殺そうなんてこと、ボクはこれっぽっちもするつもりはなかったよ」
苦笑いして話すルシウス。
そんな言葉を鵜吞みにするとでも本気で思ってんのか?
お目出度い頭だなと内心相手を非難する。
「今日は顔合わせとして挨拶に来ただけなんだ。きみに敵意はないし、本気で嫌われるようなことをするつもりもないよ」
「…………」
相手の意図が読めず、俺は黙ってルシウスを観察する。
初めて見るタイプのモンスターだ。
人型ではあるが、翼を背に背負っているこのタイプは今まで見たことがなく珍しい。
モンスターにも温厚な奴はいるが、少なくともこの男が敵であることは間違いないだろう。
敵意がないなんて、嘘に違いない。
「攻撃してきて敵意がない、だなんてよくほざけるな」
「ボクはきみが一人でこの山に住んでいると聞いていた。なのに情報にはない存在がここにいる。どういう人物か知りたくて手を出してしまったんだ。気を悪くしたならごめんよ」
「…………」
ルシウスが手のひらを合わせて謝意を示す――――が、そんなのはどうでもいい。
今ここでどうやったらコイツを殺せるか。
隙を見せた今、こちらから手を出すか?
「…………そんな簡単に許してはもらえないかな?」
ルシウスが窺うようにこちらを見てくる。
その視線は俺と彼女を捉えていた。
そして思い直す。
殺すことが優先じゃない。
今は彼女の安全が第一だ。
俺が離れれば、ルシウスはこの娘を人質ないしは殺しに来るかもしれない。
背後にいる彼女を一瞥する。
立ち上がれないのか、膝立ちのまま頭を抱えていた。
口を引き結び、泣きたくなるのを堪えているかのように見えた。
その姿に庇護欲が刺激され、何としても守らないとと意識を切り替える。
怒りに吞まれるな。
まずは敵から逃げきることを考えねえと。
「……俺に会いに来た、と言ったな? 仲間の敵討ちか?」
倒れた二体の豚顔モンスターを指して相手の出方を窺う。
どうすればこの場を逃げ切れる?
さっきの攻撃も全力ではないだろう。
恐らく奥の手は見せていない。
仮に目的が仲間の報復なら厄介だ。
戦闘は避けられない。
その時、彼女を守り切れるのか?
これ以上の戦闘は出来れば避けたかった。
まずは敵の目的をはっきりさせなければ。
俺が言うと、ルシウスは倒れたモンスター二体をチラリと見る。
すると俺へと向けていた柔らかい雰囲気が一変して冷たいものへと変わった。
「敵……? いや、違う違う。こんな低俗な奴らとボクを一緒にしないでくれ」
心底不快であるとその表情が言いつつ、人差し指を遺体に向けた。
「これは関係ないよ。『フェザー』」
黒い翼から羽が二本飛び出し、二体の遺体それぞれに突き刺さる。
「目障りだから片付けよう。『BOM』っ」
ルシウスの言葉と共に刺さった羽が音を立てて爆発し、青い炎を上げる。
勢いよく燃え上がる遺体は見る間もなく、黒い塊となって形を崩していく。
やがて燃料を失い、炎は消え失せ、後には塵しか残らなかった。
「顔合わせに挨拶に来たと言っただろう? 話がしたいだけなんだ、ガイくん」
「…………」
気軽な雰囲気を装うルシウスだが、油断など出来るはずもなかった。
「そんなに警戒しなくても大丈夫。いきなり攻撃するなんて無粋な真似、もうボクはしないから」
「そんな言葉を信用すると思ってるのか?」
話をしたいと言うが、ルシウスの目的が判らない以上、ヘタにここに留まることは危険である。
コイツ自身が強いのは明白だが、奴が一人だとは限らなかった。
仲間がいて、こちらを包囲する時間を稼ぐための方便かもしれない。
「つれないなぁ。その小娘に手を出そうとしたのは失敗だったね。きみの境遇を考えたら警戒されて当然だっていうのに。失態だ」
額に親指を押し付け、トントンと叩くルシウス。
俺の境遇だと…………?
「……何が言いたい?」
残念そうにするルシウスを見つつ、周囲の気配を探る。
今のところ仲間がいるようには見えないが、身を隠すのが上手いだけかもしれない。
「『異形者ガイ』の名声は人間界だけでなく、ボクら魔族にも行き渡っているって話さ。ガイくん。ボクの仲間にならないか?」
「!?」
仲間だと?
モンスターが人間を仲間にしたいって言うのか。
何を言っているんだコイツは!?
ルシウスのモノクルが意味ありげに光を反射し、その目がいったい何を見ているのか判らず、不気味な雰囲気を漂わせる。
「きみのことは前から知っていた。もっと早く声を掛けて上げられたら良かったんだけど……色々あってそれが出来なくてね」
「…………」
「いきなりこんな話をされて『はい、仲間になります』なんて、言われるとは思ってないよ。だから今日は挨拶だけしに来たんだ」
ルシウスに殺気はなく、世間話をするかのように口調は軽かった。
コイツは今、俺がどんな気持ちか理解出来ないのだろう。
怒りに呑まれるなと自身に言い聞かせるほど、押さえつけられた激情はその勢いを増し、結果として薪をくべることになった。
「だから、その殺気は抑えてほしいな。ボクは君と仲良くなりたいと思ってわざわざ遠出してまで、ここに来たのだから」




