EP9「変化」
「……記憶を取り戻すことには反対じゃないってことでいいか?」
『(コクコクッ)』
記憶を取り戻す。
心配しているかもしれない家族に会いに行く。
この二つは彼女と意見が一致した。
「なら、俺と一緒にここで暮らしたいというのは記憶を取り戻してから改めて考えよう。それからでも遅くはないだろう?」
『…………(コクリッ)』
逡巡した末に、渋々とだが彼女も納得したようで頷いてくれた。
「…………あとさ」
「?」
言いたいことを言おうとしたが、彼女の顔を見るとどうしても恥ずかしくなってしまい、思わず目を逸らしてしまう。
けれど、今のうちに言わなければ後悔すると思い、目は合わせずとも、率直な気持ちをそのまま言葉にした。
「さっきはありがとうな」
「…………?」
チラリと彼女のほうを見ると「何を言っているの?」と不思議そうな表情をしていた。
「だから……俺が泣いてたの……慰めようとしてくれたこと」
「! (カキカキ)」
彼女はペンを取ると急いで何かを書き始めた。
『もう泣かない?』
「ああ。もう泣かないよ」
二度と泣くか。
『やっぱり忘れないといけない? 覚えていたら駄目?』
「駄目だ! さっさと忘れてくれ」
慌ててイスから立ち上がって言う。
恥ずかしい。
顔は熱を持ち、恐らく俺の顔は赤くなっているのだろう。
何でこんな気持ちにならないといけないんだ!?
いや、理由なんて判ってる。
この娘の前で泣いたからだ。
もうそんな失態は絶対にしない。
この娘の前で泣いてたまるか。
「覚えてたら誰かに言う可能性があるだろ? 頼むから忘れてくれ」
『誰にも言わない。だから、覚えてて良い?』
「うっ…………!」
その言葉に思わず息を呑む。
目に一点の曇りもない彼女に、心が揺さぶられるような気がした。
忘れてくれと言えばいいのに、何故だろう…………
俺はこの娘には覚えていてほしいとも思ってしまった。
どうしてそう思うんだ?
…………判らない。
勘違いでもなく、確かにそういう気持ちが芽生えていた。
忘れてほしい。いや、けどな…………!
思考の渦に目が回りそうで気持ち悪い。
悩んだ末に肩まで落ちてしまう。
「…………誰にも言わないって、約束してくれるなら」
陥落。
ガクリッと己の首が垂れてしまう。
『(コクコクッ)』
「任せて!」と言わんばかりに彼女は胸に手を当てて言う。
嬉しそうにするその姿に、俺は何とも言えない気持ちだったが、それと同時にどこか悪くないという気持ちにもなっていた。
ーーー
俺たちは山を下りようと準備していた。
道具を整理した時に、ふとある道具を思い出して寝室にあるババアの荷物を漁る。
持ち運びできるサイズの簡易黒板があった。
これなら外でも筆談が可能になる。
紙とペンでもいいが、どちらも消耗品なうえ、一々買わなければならない。
その点、簡易黒板ならチョークだけ買い足せば、何度でも書き直せる。
こっちのほうが良いだろう。
端に穴が開いていたので紐を通す。
これで肩掛けしての持ち運びも可能だ。
彼女に渡すと喜んで使ってくれた。
『ありがとう』とお礼を言われたので「どういたしまして」と返す。
彼女は早速何かを書き始めた。
『山を下りたら、どこに行くの?』
「ラズアールって街だ。俺が言ったギルドマスターの人がそこにいる」
『遠いの?』
「ああ。けど、高速馬車なら一日ないし二日で行ける」
休みなし、俺が彼女を背負って全速力で行けば同じペースで行けるかもしれないが、それは現実的ではないだろう。
問題は金がかかることだ…………が、今回は仕方がない。
今まで使わなかったババアのへそくりを使わせてもらおう。
生きてるならともかく、死んでるなら文句の言いようもないしな。
『洗濯物、どうしよう?』
不意に彼女が窓を見る。
外に干した洗濯物が気になるのか、指を差して言ってきた。
「そのままでいいだろ。帰って来た時に取り込めばいい」
日帰りは無理だ。
最初からそのつもりで外に干していた。
強風や雨に晒される可能性はあるが、それならまた一から洗えばいい。
『取り込む。中で干す』
「中で干したら部屋がカビるだろ? 外じゃ駄目なのか?」
「(ブンブンッ!)」
強めに首を振って彼女は抗議してきた。
何でだ?
『折角洗ったのに、台無しにしたくない』
「けど、乾いてない状態で取り込んだらカビになるぞ?」
『なら乾いてから出発すればいい』
「…………」
自分で洗って干したからか、しつこく食い下がってきた。
そんなことを気にするとは思わなかったため、意外である。
「そうすると早くても昼過ぎか、夕方の出発になる。遅くなってもいいのか?」
『うん。ゆっくりでいい』
早く出発したかったが、彼女の言うようにゆっくり行ったとしても現状何も問題はない。
なので予定を変えて洗濯物が乾くまでの間、のんびり待ちながら出発することにした。
ーーー
そういえば昨日倒したモンスターの装備、まだ回収していなかったな。
彼女を襲ったモンスターたちは倒したあと、放置したままだった。
他のモンスターに食べられていなければ、そのままのはずである。
金が心許ないことに変わりはないので、少しでも足しにしようと動き出す。
背嚢を手に持って彼女に声をかけた。
「今のうちに昨日倒したモンスターの装備を取ってくる。すぐ戻るから、ちょっと待っててくれ」
「!」
俺が言うや否や、彼女はすぐに服の裾を掴んできた。
仮面を被りつつ、そちらを見ると不服そうに頬を膨らませている。
「来てもつまらないぞ。それでも来るか?」
「(コクリッ)」
置いて行こうとしたと思い、怒っているのだろうか?
彼女の中で待つという選択肢はないようである。
「判った。ならとっとと行って、さっさと終わらせよう」
アームカバーも着けて早速出発しようと家を出る。
背嚢を後ろではなく前にかけた。
彼女に背中を向けると俺はその場にしゃがみ込む。
「…………?」
同じく家を出た彼女が「何をしているの?」と言いたげに俺を見てくる。
「手早く済ませたいから俺がお前を背負っていく。早く乗ってくれ」
ーーー
「~!!」
彼女を背負って目的地まで走って行く。
他人に見られない山の中なら、好き勝手に移動できるのでこれが最短で向かう方法だ。
自分で言うのもなんだが、下手したら馬よりも早いかもしれない。
競走したことがないので実際はどうか判らないが……。
背負っているため彼女の表情は見えないが、怖くないだろうか?
「軽めに走ってるつもりだけど、怖くないか? 怖かったら頭を叩くなりして教えてくれ」
頭を叩くことはなく、両腕で力一杯首にしがみ付いてくる。
もしかして怖くて手を放すことが出来ないか?
一度止まって聞いてみるか。
足を止めてその場にしゃがむ。
彼女に降りるよう促すが、全く離れようとはしなかった。
「大丈夫か? もう目と鼻の先だけど、怖かったらスピードを落とすか、歩いて行ってもいいぞ」
後ろを見ると彼女が首を振っていた。
どうやら怖くないらしい。
それどころか目をキラキラと輝かせているように見える。
どうやら楽しんでいるようだ。
「なら、このまま行くからな? 歯を食い縛ってしっかり捕まってろよ。降りて良いって言うまで降りないようにな」
「(コクコクッ)」
俺は彼女を背負ったまま、山の中を駆けて行った。
ーーー
「到着。もう降りていいぞ」
昨日、彼女と最初に出会った場所へ着くとモンスターは同じ姿のまま、地面に転がっていた。
その場にしゃがんで彼女が降りるのを待つ。
しかし、彼女は全然降りようとしなかった。
「着いたからもう降りていいんだぞ? どうして降りないんだ?」
後ろを振り向くと首を全力でブンブンッ振って降車拒否をする少女が一人いた。
あまりにも楽しかったのか、意地でも降りてやるかと言った感じで彼女は離れようとはしなかった。
「悪ふざけすんなって。降りなきゃ帰りも遅くなるぞ?」
「(ブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンッ!)」
高速で動くそれは早すぎて逆に止まっているようにも見えた。
なんでいきなりこんな我が儘になったんだ?
「早く降りろって、いい加減にしないと俺も怒るぞ?」
「(スッ)」
四度目の正直でようやく降りる彼女。
しかし、その表情は不満気で、腕を組んで文句を言いたげであった。
「なんでお前がそんな態度を取るんだよ。逆だろ? 俺が怒る番だろ」
「(ブーっ)」
彼女は頬を膨らませてブー垂れた。
それを放置して背嚢を脇に置き、早速仕事を開始する。
仕事と言ってもモンスターの死体を漁るだけだが。
「帰りも背負ってやるから我慢しろ。すぐに終わらせてやるからそこで待ってな」
モンスターの死体は種類によっては素材になったりもするが、今回倒した豚顔の人型モンスターは装備以外、金になりそうな物はなかった。
しかし、装備はそこそこ良さそうだったので、いくらになるか内心期待していた。
死体に近付いて装備を取ろうとした瞬間、何か違和感を感じる。
あれ? コイツらの装備ってこんなのだったか?
昨日見たときはそこそこ良さそうな装備だと思っていた。
けれど、今見ると見慣れたどこにでもあるありふれた装備であった。
装備が変わった?
いや、そんなはずはない。
俺の見間違いだったのだろうか。
確証もないうえ、早く終わらせたかったのもあって、俺は気にしないことにしてモンスターの装備を剥ぎ取るのであった。




