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俺たち終戦四人組ー太平洋戦争を終結に導いた官僚たちの戦いー  作者: 房吉
第6章 東條直訴と左遷(昭和19(1944)年6月22日~)

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第56話「東條直訴まで(上)――上司たちの制止」

◆ 前書き 高木 惣吉(たかぎ そうきち、海軍少将・海軍省教育局長)


 俺は高木惣吉。海軍少将だ。


 前の話で、俺は鬼になると決めた。サイパンが破れ、合法の手が尽きて、ついに刃を取る覚悟を固めた。あれが昭和十九年六月二十三日の夜だ。


 だが、その同じ日。


 市ヶ谷台では、陸軍のひとりの大佐が、俺とはまるで逆の道を歩いていた。


 松谷誠。参謀本部の戦争指導班長だ。


 あの男も、俺と同じものを見ていた。戦争はもう負けだ。早く終わらせねば国が滅ぶ。だが選んだ道が逆だった。


 俺は裏から刃を取った。あの男は表から言葉を選んだ。最高権力者の前にまっすぐ進み出て、負けです、と言う道を。


 その代償に、あの男は都を追われることになる。


 もっとも、俺がその名と顔を知るのは、半年も先の、昭和二十年の冬になる。あの夏、俺たちは互いを知らなかった。


 ここから先は、その陸の男の話だ。


 同じ六月二十三日の夕暮れ、市ヶ谷台で何が起きたのか。直訴に向かう前、二人の上官が、この男を必死に止めようとした。


 その夜の話を、松谷誠の口から、聞いてやってほしい。



【本文】


一 部長室の前で


 昭和十九年六月二十三日、午後五時半。


 市ヶ谷台、参謀本部、第一部長室の前。


 俺は扉を叩こうとして、手を止めた。


 扉の奥から、わずかに声が漏れていた。誰かと話しているのか。だがすぐに途切れた。ひとり言だったのかもしれない。


 廊下には、革靴の音が遠く響いていた。梅雨の湿った空気が、窓から重く流れ込んでいる。


 俺は深く息を吸い、扉を叩いた。


「松谷です。失礼します」


 しばし、間があった。やがて低い声が応えた。


「入りなさい」


 扉を開けた。窓辺に人影があった。


 真田穣一郎少将が、灰色の梅雨空を見つめていた。


 午前の合同研究のときとは、何かが違っていた。


 あの会議室でサイパン奪回作戦を断念すると告げた声の主とは思えぬほど、背中がわずかに小さく見えた。


 真田部長はゆっくりと振り返った。


「松谷君か」


 穏やかな声だった。だがその奥に、深い疲労と、もう一つ覚悟のような色がにじんでいた。


「戦争指導班の第三案、その改訂版について、口頭で意見具申します」


 真田部長はわずかに頷いた。


「机へ来なさい」


二 勝敗の山は見えた


 俺は机の前に立った。


 真田部長は机の向こうに坐り、両手を机の上で組んだ。その目を、俺の顔に向けた。


 九ヶ月前の、あの激しい眼光は、もうそこになかった。


 諦め、ではない。受容だ。


 長い半年の戦況悪化を、ゆっくりと腹の底に呑み込んだ人の目だった。


「松谷君。聞こう」


 俺は口を開いた。


「東も西も、戦争の勝敗の山は見えました。遺憾ながら、わが方の負けです」


 真田部長は目を閉じた。しばし黙った。


 俺は続けた。


「ドイツの崩壊は近い。ドイツが倒れたとき、わが国も終戦を図らねばなりません。戦況最悪の場合には、国体護持のみを条件として」


「対ソ外交を進め、ソ連を通じた対米英外交の足がかりを作らねばなりません。そのために、特派使節の派遣を御考量いただきたい」


 部屋に、深い沈黙が落ちた。


 窓の外で、夕の風が梅雨の空気を撫でて吹いた。


 真田部長は目を開けた。俺の顔をじっと見つめた。


 その視線は、九ヶ月前とは決定的に違っていた。


三 九ヶ月前


 九ヶ月前――昭和十八年九月。


 俺は「大東亜戦争終末方策」を、杉山元参謀総長に直接、具申した。


 あのとき、作戦課長だった真田大佐は激怒した。後になって、俺はその言葉を人伝に聞いた。


 自分の案が種本になって、松谷の和平論が総長に具申されたのは意外であり、甚だ遺憾である――。


 あのころの真田大佐は、必勝を期して長期の戦争指導計画を立てた作戦課長だった。その計画を土台に、まるで逆の結論、和平論が上奏された。怒って当然だった。俺はそれをわかっていた。


 だが俺は戦争指導を主務とする立場だ。広く、遠く、深く考えねばならない。それが俺の職責だった。俺は俺の職責を全うしたに過ぎない。


 真田さんは真田さんの職責から、激怒した。二人の職責の衝突だった。


 その九ヶ月後のいま、俺は再びこの人の前に立っている。だが目の中の色は、別のものに変わっていた。


四 趣旨に異存なし、されど


 真田部長はゆっくりと口を開いた。低く、しかし明瞭だった。


「松谷君。貴官の趣旨は、おおむね異存ない」


 俺は息を呑んだ。


 九ヶ月前なら、絶対に出てこなかった一句だ。だがいま、真田穣一郎少将は自分の口で敗北の現実と和平の必要を認めた。


 半年の戦況悪化が、この人の腹の底を変えた。


 二月の杉山総長の退任と、東條首相の総長兼任。三月の第三案。四月のインパールの行き詰まり。五月の山王ホテルの空襲被災。そして六月の、ノルマンディー上陸、サイパン来攻、マリアナ沖の壊滅、本日午前の合同研究――。


 その積み重ねが、この人の岩盤に亀裂を入れた。


「されど」


 真田部長は続けた。


「これを印刷に附すことは、不可だ」


 声は低い。だが断固としていた。


「貴官の手元にのみ留めおけ。ほかの幕僚に見せてはならぬ。文書として残してはならぬ」


 俺は深く頭を下げた。


「承知しました」


 真田部長は、わずかに目を伏せた。


五 時機を待て


「松谷君」


 声が低く続いた。


「東條閣下への報告についても、自重して、しばし時機を待ちなさい」


 俺は目を上げた。


 真田部長の目の奥に、疲れた光が宿っていた。


(部長は、もう察しておられる)


 俺は思った。


(俺がこの時機を、待たぬであろうことを)


 だが、口に出せば職務上の対立になる。真田部長は第一部長として最後の建前を守らねばならない。俺は戦争指導班長として職責を全うせねばならない。


 二人の間に、再び職責の壁が立った。


 だがその壁は、九ヶ月前のような激しい敵意の壁ではない。寂しい、互いに承知の壁だった。


「承知しました」


 俺は再び頭を下げた。だが心の中では、こう呟いていた。


(俺は、待てません)


(国家の危急存亡のさなかに、ご親情に甘えてこのまま過ごすことは、主務幕僚として申し訳ない)


(部長、お許しください)


六 わかってくれ


 扉を出ようとした俺の背に、真田部長の声が追ってきた。


「松谷君」


 俺は振り返った。真田部長は机の上の第三案の綴りに、目を落としていた。


「貴官の腹案、中身には異存はない」


「されど、わしの立場では、これを文書として残すことはできぬ」


 声がわずかに揺らいだ。


「わかってくれ」


 俺は深く頭を下げた。


「承知しました、部長」


(俺は、貴方を責めません)


(貴方は貴方の職責を全うしておられる。俺は俺の職責を全うするだけです。我々はただ、立場が違うのです)


 扉を閉めた。廊下に出ると、夕暮れの灯火が薄暗く灯っていた。


 俺はしばし、廊下に立ち尽くした。


(真田穣一郎)


 俺は心の中でその名を呟いた。


(貴方は、服部さんとは違う人だ)


 服部卓四郎は岩だった。どんな戦況の前でも揺るがぬ岩だった。だが真田さんは岩ではない。自分の腹の中で、半年の戦況を呑み込んだ人間だ。


 めどのない戦争は意義をなさぬ、と語った計画家のこの人が、いま自分の長期計画の根幹が崩れる音を聴いている。


 同じ主戦派と一括りにされる、真田さんと服部さん。だが二人はまるで違う人だった。


 俺はこの人を、嫌いにはなれなかった。


七 次長室


 俺は廊下を歩き、次長室の前に立った。深く息を吸い、扉を叩いた。


「松谷です。失礼します」


「入りなさい」


 扉を開けた。


 秦彦三郎中将が、机の前に坐っていた。顔はいつもよりわずかに青白く、目の下の隈が深く見えた。


 俺は机の前に立った。


「次長、戦争指導班の第三案、その改訂版について、口頭で意見具申します」


「うむ。聞こう」


 俺は真田部長の前で述べたのと同じ骨子を、もう一度述べた。


 勝敗の山は見えた。わが方の負けだ。ドイツ崩壊と同時に終戦を図らねばならぬ。国体護持のみを条件に。ソ連を通じた対米英外交の足がかりを作り、特派使節を派遣すべきだ――。


 秦次長は深く目を閉じた。顔の筋肉がわずかに動いた。


 長い沈黙のあと、目を開け、ゆっくりと口を開いた。


「松谷君。この策案にも、同意できる」


 俺は深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


「されど」


 秦次長の声は低かった。


「東條総長は、負けるなど少しも考えておられぬ。中身も非常に重大だ。いまこれを総長に出すのは、やめたほうがよい。しばらく時機を待ったらどうか」


 俺は目を上げた。


 秦次長は机の上で両手を組んでいた。その指先がわずかに震えていた。


「またこれを外部に漏らしては、絶対にならぬ」


 声に、強い厳命の響きがあった。


 だがその厳命の奥に、俺は別のものを感じた。


八 親情


(親情だ)


 俺は心の中で噛みしめた。


 秦彦三郎という人は、こういう人だった。


 強硬論が吹き荒れる陸軍中枢で、俺の現実的な終戦構想に理解を示してくれる、数少ない上官の一人だ。


 四月にも、こう語った。もし独ソの和平が成れば、欧州の和平となり、世界の和平へ動く公算がある。去年の御前会議のころとは情勢も変わっているのだから、この際、頭を切り替えねばなるまい、と。


 その一句を、俺はいまでも忘れない。あのときから秦次長は、俺たち戦争指導班の終戦研究を自分の責任の下で進めさせてくれた。いまもまた、進めさせてくれている。


 だが、東條閣下への直訴は止める。


 なぜか。俺はすでに答えを知っていた。


 秦次長は、俺を庇おうとしている。


 東條閣下に直訴すれば、激怒を買い、戦死の確率が高い最前線に左遷される。


 塚本少佐の例がある。陸軍省の塚本清彦少佐は、六月十一日、政治と軍事を切り離すよう直訴した。そして六月十八日付で激戦地サイパンの第一線へ転出を命じられた。


 俺もまた、同じ運命を辿るかもしれない。秦次長はそれをわかっている。だから止める。止めるその声の奥に、庇いの心がある。


(次長)


 俺は心の中で頭を下げた。


(ありがとうございます。されど、わたくしは貴方の親情に甘えるわけにはいきません)


(国家の危急存亡のさなかに、次長と部長の親情に甘えてこのまま過ごすことは、主務幕僚として申し訳ない。お許しください)


 俺は深く頭を下げた。


「承知しました、次長」


 秦次長は、俺の顔をじっと見つめた。俺の腹の中を見透かすような目だった。


九 拳銃を持ちなさい


「松谷君」


 扉に手をかけようとした俺の背に、秦次長の声が追ってきた。


「お前、拳銃を持っておるか」


 俺は振り返った。秦次長は机の向こうから、俺を見つめていた。


「いえ、まだ」


「持ちなさい」


 声は短かった。


「青年将校に狙われるかもしれぬ。身を守るために、持ちなさい」


 俺は深く頭を下げた。


「承知しました」


「松谷君」


「生きて、帰ってこい」


 声に、わずかに震えがあった。俺は目を上げた。


 秦次長は両手を、机の上で握り締めていた。手の甲に、血管が浮き出ていた。


(次長――)


 俺は立ち尽くした。しばらく、何も言えなかった。


 やがて深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 扉を開けた。廊下に出た。扉が閉まる音が、いつもより重く響いた。


十 二人の壁


 廊下に出た俺は、しばし立ち尽くした。


 夕闇が、市ヶ谷の廊下に忍び込んでいた。窓の外、梅雨の空気が重く淀んでいた。


(親情)


 俺は心の中で、その二文字を噛みしめた。


 真田部長の、わかってくれ。秦次長の、生きて帰ってこい。


 二人の上官の、庇いの心。俺はそれを骨の髄まで感じた。だが俺は、それを振り切らねばならない。


(国家の危急存亡のさなかに、ご親情に甘えてこのまま過ごすことは、主務幕僚として申し訳ない)


 その一句を、俺は自分自身に向けて繰り返した。


 親情を振り切る。振り切って、東條閣下に直訴する。左遷されることはわかっている。殺されるかもしれぬことも、わかっている。


 それでも、俺は行く。国を救うために。


十一 指導班室


 俺は戦争指導班室に戻った。


 扉を開けると、橋本と種村が机の上の書類を整理していた。二人は俺の顔を見ると、立ち上がった。


「課長」


「いかがでしたか」


 俺は机の前に立った。しばし黙していた。やがて低く言った。


「真田部長は、趣旨に同意。されど印刷は不同意。東條閣下への報告は自重せよ、とのお達しだった」


「秦次長も策案に同意。されど総長への提出は待て、とのご厳命だった。さらに、外部への漏洩は絶対に許さぬ、と」


 橋本は深く息を吐いた。


「課長、それで……」


「俺は行く」


 短く言った。橋本の顔色が変わった。


「課長、それは……」


「総長への面会を、正規に申し入れる。秘書官を通してな」


 俺は言った。


 陸軍省の大臣室に押しかけて喚くつもりはない。それでは塚本少佐と同じだ。総長は首相と陸相と参謀総長を兼ねておられる。お会いするには秘書官に取り次いでもらうのが筋だ。


 東條閣下の秘書官は、赤松貞雄大佐だ。俺は赤松さんに、戦争指導班長として総長に意見具申したい旨を正式に申し入れた。


 赤松さんは渋い顔をしたが、手続きは手続きだ。総長の御都合を繰り合わせ、日取りを調整してくれた。


「六月二十九日。まず後宮高級次長に。その足で、市ヶ谷の大臣室で東條総長に。お二人へ、口頭で進言する」


 裏から忍び込むのではない。正規の筋を通し、正面から申し入れて、許された日だ。


 種村が目を見開いた。


「松谷さん……」


「左遷されるだろう。最悪、命を失うかもしれん。されど、俺は行く」


 俺は自席の引き出しを開けた。奥に、油紙に包んだ拳銃がしまってあった。


 数年前、上海に勤めていたころ、護身用として軍から支給された官給品だ。帰国後ずっと引き出しの奥で眠っていた。


 俺はそれを取り出し、軍服の内ポケットにしまった。


 官の品だ。俺が勝手に買ったものではない。上官の指示で、身を守るために正規に持つ。


「秦次長から、お達しがあった。青年将校に狙われるかもしれぬから、持っておけ、と」


 暗殺のための凶器ではない。殺されぬための備えだ。同じ鉄でも、まるで違う。俺は内ポケットの硬さを、そう胸の中で確かめた。


 橋本の目に、光るものがにじんだ。夕闇のせいだったかもしれない。だが俺の目には、それが橋本の心の滲みのように映った。


「課長」


「承知しました」


 橋本は深く頭を下げた。種村もまた、深く頭を下げた。


十二 六日後へ


 夜更け。


 俺は市ヶ谷台の窓辺に、ひとり立った。


 窓の外、東京の夜は灯火管制の闇に沈んでいた。遠くで、空襲警報のサイレンの予兆がわずかに鳴っていた。


 俺は軍服の内ポケットに手を当てた。拳銃の硬さが、指先に伝わった。


(親情を、振り切る)


 俺は心の中で呟いた。


(真田部長、秦次長、貴方たちのご親情を振り切ります。国を救うために。お許しください)


 夜風が市ヶ谷台に吹いた。梅雨の湿った夜風だった。


 俺は深く息を吸った。


 六日後――。


 赤松大佐が繰り合わせてくれた、その六月二十九日。


 俺は後宮高級次長を訪ね、その足で、市ヶ谷の陸軍省大臣室で東條英機参謀総長に直訴する。


 東も西も、戦争の勝敗の山は見えました。遺憾ながら、わが方の負けです――。


 その一句を、東條閣下の前で申し上げる。


 そのとき、俺の運命は決まる。



◆ 後書き 加瀬 俊一(かせ としかず、外務省・外相秘書官)


 六月二十三日の夜更け、僕は外務省で、松谷さんからの伝言を受け取った。


 秦次長のお達しにより、拳銃を携行することになった――。


 わずか一行の伝言だった。


 だがその一行を読んで、僕はしばし机に突っ伏した。


(松谷さん、貴方は本当に行くのか)


 僕は心の中で叫んだ。


(やめてください。東條閣下は、貴方を必ず左遷する。あるいは、それ以上の処置をなさるかもしれない)


 僕はすぐに返信を書いた。直訴はお控えください、東條閣下の忌諱にふれます、と。短く、しかし強く書いた。


 だが僕は知っていた。松谷さんは止まらない。あの人は自分の腹の底で、もう決めている。僕の忠告を聞きはしないだろう。


 松谷誠という男は、職業軍人にしては珍しく、大局を見る目を持っていた。そして、これほど直言する人物も珍しかった。賞賛すべき勇気と、性格だった。


 その勇気が、いま、この人を最前線へ追いやろうとしている。


 あの夜、僕が流した涙のことを、松谷さんは戦後も、何度も話してくれた。あのときの僕には、止めることも、ともに行くこともできなかった。ただ、見ているしかなかったのだ。


【執筆者補記】


 ■ 史実と創作の区別


 【史実に基づく部分】


 昭和十九年六月二十三日、大本営陸海軍部の合同研究でサイパン奪回の企図放棄が実質的に決まったこと。同日、松谷誠が真田穣一郎第一部長と秦彦三郎次長に、早期終戦を口頭で意見具申したこと(松谷誠『大東亜戦争収拾の真相』、『機密戦争日誌』)。


 松谷の具申の骨子――『勝敗の山は見えた。遺憾ながらわが方の負けである。戦況最悪の場合は国体護持に止むべし。対ソ外交を促進し、ソ連を通ずる対米英外交の基礎を作る。特派使節を派遣すべし』(松谷『大東亜戦争収拾の真相』)。


 真田・秦が趣旨には同意しつつ、東條総長への提出は時期尚早として制止し、『絶対に外部に出すな、これは命令だ』と厳命したこと(松谷『大東亜戦争収拾の真相』、『機密戦争日誌』)。


 昭和十八年九月、松谷が『大東亜戦争終末方策』を杉山総長に具申し、当時作戦課長だった真田が『私の案が種本になって松谷の和平論が総長に具申されたのは意外であり甚だ遺憾』と反発したこと。


 真田穣一郎が対米決戦を一九四七〜四八年と想定する五ヵ年長期戦争指導計画の立案者であり、それが昭和十八年九月の絶対国防圏設定の母体となったこと。九月案を種本にされた経緯から松谷の和平論に反発したが、戦況悪化のなかで第三案には『趣旨は同意、されど印刷は不同意』という立場を取ったこと(真田『太平洋戦争における戦争指導について』、種村『大本営機密日誌』、松谷『大東亜戦争収拾の真相』)。秦彦三郎が中国通で、四月二十五日ごろに『独ソ和平が成立すれば世界の和平に推移する公算がある。御前会議決定当時とは情勢も変わっているので頭を切り替えねばなるまい』と語ったこと。


 塚本清彦少佐が六月十一日ごろ、内大臣木戸幸一邸を訪ね、次いで東條首相に近衛入閣・挙国一致内閣を直訴して『帰ってよし』と一喝されたこと。六月十四日に陸軍省整備局から第三十一軍参謀に補職され、空路フィリピン経由でパラオへ、さらにサイパン突入が叶わずグアムへ転じ、八月十一日のグアム玉砕に殉じたこと。種村佐孝がこれを『罪な人事であった』と記したこと(吉松『東條英機暗殺の夏』、種村『大本営機密日誌』、戦史叢書『中部太平洋陸軍作戦』)。この直前の見せしめ人事が、秦が松谷を強く制止し外部漏洩を恐れた背景にあったこと。


 松谷が『この戦局急変、国家の危急存亡の真っ只中に、次長および部長の親情に甘えてこのままぐずぐず過ごすことは、戦争指導に関する主務幕僚として申しわけない』と決意し、六月二十九日に後宮次長と東條総長に直訴したこと。東條が進言に対し『実にいやな顔をして何も意見を述べなかった』こと(松谷『大東亜戦争収拾の真相』)。


 加瀬俊一が松谷を『職業軍人にしては珍しく大局を見る明があった』『これほど直言する人物は珍しかった』『賞賛すべき勇気と性格』と評していたこと(加瀬俊一の回想)。


 【創作部分】


 高木の前書きの独白、本文の松谷の心中・所作・情景描写、班員(橋本・種村)とのやりとりの細部はオリジナルです。


 真田・秦との会話は、史料に残る具申の骨子・制止の趣旨・実発言を芯にしつつ、室内の所作や間、表情、松谷の内面はすべて創作で肉付けしました。


 拳銃携行は史実(秦の指示により護身用に携行)ですが、上海勤務時代に官給品として支給され引き出しに眠っていた、という来歴の細部は創作です。この官給品の拳銃は、前話(第55話)で高木が机の奥から取り出すパリ購入の私物の拳銃との対比を意図しています。高木の私物の拳銃は非合法な暗殺のための書類に載らぬ凶器、松谷の官給品の拳銃は合法の道を行く者が上官の指示で正規に支給された官品で身を守るためのもの、という二挺の拳銃の対照で、二人の道の違いを象徴させました。


 東條への直訴の日取り(六月二十九日)を、秘書官の赤松貞雄大佐に正規の面会を申し入れて調整してもらった、とする経緯は創作です。松谷が六月二十九日に後宮次長と東條総長へ直訴したこと自体は史実ですが、面会に至る手続きの描写は、松谷が裏ではなく正規の筋を通す『表の道』の人であることを示すための創作です。


 真田と服部卓四郎を対比させる松谷の内省は、両者の立場の違い(長期持久計画の立案者と、揺るがぬ作戦課長)という史実を踏まえた演出です。


 加瀬の後書きの『涙』『一行の伝言』も創作的描写です。


【人物紹介】


 ■ 松谷 誠(まつたに せい、1903-2000)


 陸軍大佐。参謀本部戦争指導班長。本作の主人公。客観的な情勢分析に基づき早期終戦を主張し、抗戦一色の陸軍中枢で孤立しながらも信念を貫いた。本話では、上官の親情を振り切って東條への直訴を決意する。


 ■ 真田 穣一郎(さなだ じょういちろう、1897-1957)


 陸軍少将。本話時、参謀本部第一部長(作戦部長)。長野県出身、陸士31期・陸大39期。対米決戦を一九四七〜四八年と想定する長期戦争指導計画の立案者。本話では松谷の和平論に『趣旨同意』しつつ『印刷不同意』を貫く、複雑な立場の人物として描かれる。同年十二月に陸軍省軍務局長へ転じる。


 ■ 秦 彦三郎(はた ひこさぶろう、1890-1959)


 陸軍中将。本話時、参謀本部次長(次級次長)。三重県出身、陸士24期・陸大36期。中国通として知られる。松谷の終戦構想に理解を示しつつ、東條の逆鱗を恐れて直訴を制止する『親情の人』。『生きて帰ってこい』『拳銃を持ちなさい』と部下を案じた。翌年、関東軍総参謀長として対ソ停戦交渉に従事、シベリア抑留を経て帰国。


 ■ 塚本 清彦(つかもと きよひこ、生年不詳-1944)


 陸軍少佐。本話時、陸軍省整備局戦備課の物動主任。六月十一日ごろ、内大臣木戸幸一邸と東條首相に近衛入閣・挙国一致内閣を直訴し、東條に『帰ってよし』と一喝された。六月十四日に第三十一軍参謀へ補職され、パラオ経由でグアムへ赴任、八月十一日のグアム玉砕に殉じた。種村佐孝はこの人事を『罪な人事であった』と記す。本話では東條の報復人事の生々しい先例として、秦が松谷を案じる伏線に置かれる。


 ■ 赤松 貞雄(あかまつ さだお、1900-1982)


 陸軍大佐。東條英機首相の秘書官。本話では言及のみ。松谷が総長への直訴の面会を正規に申し入れる窓口として登場し、その手続きを経て六月二十九日の直訴が実現する、という流れに置かれる(面会の取り次ぎの経緯は創作)。


 ■ 後宮 淳(うしろく じゅん、1884-1973)


 陸軍大将。本話時、参謀本部高級次長。東條の参謀総長兼任に伴い参謀次長が二名制となった際の名目上のナンバー2。本話では言及のみで、松谷が六月二十九日に直訴する相手の一人として登場予定。


 ■ 橋本はしもと 正勝まさかつ


 陸軍少佐。本話時、参謀本部戦争指導班員。本話では班室で松谷の帰りを待ち、その決意を共有する。


 ■ 種村 佐孝(たねむら さたか、1903-1966)


 陸軍大佐(昭和十九年三月一日付で中佐から進級)。本話時、参謀本部戦争指導班員。『機密戦争日誌』の主要な記録者の一人。本話では橋本と並び、松谷の決意を見守る。のち松谷の後任として戦争指導班長を継ぐ。


 ■ 加瀬 俊一(かせ としかず、1903-2004)


 外務省・外相秘書官。英米通の外交官で、松谷の盟友。本話の後書きの語り手。松谷の直訴を案じ、思いとどまるよう書き送る。のちに四人組の一人として終戦工作に奔走する。


 ■ 高木 惣吉(たかぎ そうきち、1893-1979)


 海軍少将。海軍省教育局長。本話の前書きの語り手。第55話で東條暗殺を決意した『海の急先鋒』として、同じ六月二十三日に逆の道を歩む松谷へ視点を渡す。松谷との初対面は翌年一月。


【用語集】


 ■ 親情しんじょう


 目下の者を、わが子のように案じ庇おうとする上官の温かい心。本話の真田の『わかってくれ』、秦の『生きて帰ってこい』『拳銃を持ちなさい』がこれにあたる。松谷は戦後の回想で、この二人の親情を生涯忘れぬと述べている。本話の構造的な中核。


 ■ 印刷不同意いんさつふどうい


 趣旨は認めつつ、文書化・配布は拒む対応。陸軍中央の主戦派指導者が示しうる、最大限の容認の作法。和平論を文書に残せば責任問題になり、本人も危うくなるため、口頭の合意に留めた。本話では真田が二度目の『印刷不同意』を発する。


 ■ 第三案だいさんあん


 戦争指導班がまとめた終戦構想の案の一つ。本話ではその改訂版を、松谷が真田・秦に口頭で具申する。文書化は許されず、松谷の手元のみに留めおかれた。


 ■ 大東亜戦争終末方策だいとうあせんそうしゅうまつほうさく


 昭和十八年九月、松谷が杉山総長に具申した、戦争終結に向けた構想。真田作戦課長の長期戦計画を土台にしながら逆の結論(和平)を導いたため、真田の激怒を買った。本話の九ヶ月前の因縁として回想される。


 ■ 次級次長・高級次長じきゅうじちょう・こうきゅうじちょう


 昭和十九年二月、東條の参謀総長兼任に伴い参謀次長が二名制となった際の役職。高級次長が名目上のナンバー2(本話時は後宮淳)、次級次長が実務上のナンバー2(本話時は秦彦三郎)。参謀本部は東條総長と二人の次長の三人体制で動いたが、実務は実質的に秦が担った。


 ■ 報復人事ほうふくじんじ


 東條英機が、自らに反対する将校や政治家を、最前線への左遷や懲罰召集で弾圧した人事手法。本話の塚本少佐の激戦地行きのほか、松谷の師・酒井鎬次中将の召集解除、批判記事を書いた新聞記者の懲罰召集など、多くの例がある。


 ■ 主務幕僚しゅむばくりょう


 特定の任務(主務)を担当する参謀。松谷は戦争指導班長として、戦争全体の方向性の判断と終戦の研究を主務とした。本話で松谷が『主務幕僚として親情に甘えるわけにはいかぬ』と決意するのは、自らの職責を全うするという覚悟の表明。


 ■ 青年将校せいねんしょうこう


 二十代後半から三十代前半の将校。本話の時点で、サイパン陥落後の戦況悪化に憤激し、和平派将校への暗殺の脅威となっていた。秦が松谷に拳銃携行を命じたのは、この暴発を懸念してのこと。翌年八月の宮城事件に至るまで、青年将校の暴発は終戦工作の最大の物理的脅威であり続けた。


【参考文献】


 ■ 一次史料・回想録


 松谷誠『大東亜戦争収拾の真相』芙蓉書房、1980年


 種村佐孝『大本営機密日誌』ダイヤモンド社、1952年


 参謀本部編『機密戦争日誌』(大本営陸軍部戦争指導班)


 ■ 二次史料・研究


 吉松安弘『東條英機暗殺の夏』新潮社、1989年


 吉見直人『終戦史――なぜ決断できなかったのか』NHK出版、2013年


 山本智之『主戦か講和か――帝国陸軍の秘密終戦工作』新潮社、2013年


 鈴木多聞『「終戦」の政治史 1943-1945』東京大学出版会、2011年


 防衛庁防衛研修所戦史室編『戦史叢書 中部太平洋陸軍作戦』朝雲新聞社、1967年


(注)本話の会話・心理・情景は当方の創作です。松谷誠『大東亜戦争収拾の真相』ほかの史料に残る実発言は趣旨を保持しつつ、本作の文体に直しました。



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