第55話「合法の道、尽きるーー俺は鬼になる」
◆ 前書き 神 重徳(かみ しげのり、海軍大佐・海軍省教育局第一課長)
おいは神重徳。海軍の大佐じゃ。
昭和十九年のあの夏のことを話そう。
サイパンが危なか。絶対国防圏の真ん中がもう敵の手に落ちようとしちょった。
じゃっどん東京の上の方はどげんもせん。大臣は省部の椅子にしがみつき、軍令部は飛行機が足りん油が足りんと、泣き言ばっかい並べちょる。
おいは毎日霞ヶ関を駆けずり回った。戦艦山城をサイパンの浜に乗り上げ、その主砲で米軍を撃つ。そげな捨て身の作戦でんやらんよりましじゃと上に説いて回った。
士官の中には神が神がかってきた、と笑う者もおった。笑いたければ笑え。島ではいまこの瞬間も味方が死んじょっとぞ。
おいは腹を決めちょった。合法の手が尽きたら最後は刃しかなか。
その刃を誰が握るか。おいは十二年前にそれをやってのけた男を知っちょった。
局長――高木さんはいつもおいを抑えた。軽はずみはならん、と。
じゃっどんおいは局長に問うた。東條と嶋田がどげんしても政権を放さんかったら、最後の決め手がありもすか、と。
局長は答えられんかった。
第五十五話。智将と呼ばれた男がついに鬼になるその日の話じゃ。
【本文】
一 六月十五日
昭和十九年六月十五日。
その朝、海軍省はいつもと変わらぬ顔をしていた。磨き込まれた廊下に、士官たちの革靴の音が規則正しく響いていた。インクと煙草の乾いた匂い。何ひとつ昨日と変わらない。
その変わらなさがかえって恐ろしかった。
俺の教育局長室に一枚の電報の写しが届いたのは午前のことだ。副官が無言でそれを置いていった。その顔つきで中身は読む前にわかった。
敵、サイパン西岸に上陸を開始せり。
短い一行だった。だがその一行が、半年かけて積み上げてきた前提を根こそぎ覆した。
上陸。
その二文字を俺は何度も読み返した。あり得ぬはずの二文字だった。
サイパンは上陸させない島のはずだった。
陸軍は水際撃滅に絶対の自信を持っていた。敵が舟艇で渚に取りつくその瞬間を、海岸に並べた火砲で叩き潰す。波打ち際を血の海にして、一兵も内陸へ入れぬ。それが絶対国防圏の根本の図だった。
東條さんは先月こう言ったと聞く。これでサイパンは難攻不落になった、と。一万の兵を送り込んだ満足が、その言葉ににじんでいた。
だがその図には、初めから穴が空いていた。
第一に、大本営は敵が来る場所を読み違えた。マリアナより先にパラオが狙われる。そう判断して、満州から抜いた虎の子の師団をパラオへ回してしまった。サイパンに残されたのは寄せ集めの守りだった。
第二に、敵の来る時期を甘く見た。来年か、早くて秋口か。皆がそう思っているあいだに、米軍は島づたいの前進をいくつも飛ばし、一気にマリアナへ跳んできた。蛙が間の石を飛び越えるように。
第三に、海が繋がっていなかった。後から送るはずの兵も武器も弾も、その多くが運ぶ途中で潜水艦に沈められた。島に着く前に、海の底だった。
穴の空いた図の上で、それでも陸軍は水際で阻めると信じていた。
その自信が四日で砕けた。
六月十一日から敵の艦載機が島を覆い、十三日からは戦艦の主砲が浜を耕した。渚に並べた火砲は、撃ち合う前に半分が吹き飛んだ。そして十五日の朝、傷ついた水際の陣地を敵の大群が乗り越えてきた。
波打ち際で皆殺しにするはずだった敵が、その日のうちに二万も島へ上がった。
絶対国防圏。
去年の秋、御前会議でここだけは死んでも守ると決めた線だ。その中核のサイパンにいま米軍が這い上がってきた。守るはずだった図面の、いちばん大事な一点が初日にあっさり破れた。
俺はしばらく窓の外を見ていた。梅雨だというのに東京は嘘のような快晴だった。
胸の中は逆だった。灰色の雲が低く垂れこめていた。
机の上の電報の紙が指の下でかすかに湿っていた。俺の手が汗ばんでいた。
ここまで来た。
欧州ではドイツが崩れかけ、太平洋では島という島が呑まれていく。それが見えていながら、政府も軍の中央も、何ひとつ手を打たない。打とうともしない。
いや、手を打たなかったのではない。打った手がことごとく的を外していたのだ。読み違え、待ち構え、そして抜かれた。その無能を俺はいまさらのようにまざまざと突きつけられていた。
サイパンには同期がいる。
南雲忠一。中部太平洋方面艦隊の長官だ。矢野英雄。その参謀長だ。
矢野とは海兵の同期だ。少尉候補生のころ、練習艦の磐手に一緒に乗った。
あの頃の甲板の塩の匂いをいまでも覚えている。話題の豊富な男で座を持たせるのが上手かった。誰かがしくじって沈んでいると、いつのまにか矢野が横にいて皆を笑わせていた。
三月の送別会で白木の箱という冗談を漏らした、あの男だ。
その矢野がいまあの島で逃げ場のない死に向かっている。水際で阻めると信じた図が破れたいま、島は袋の鼠だ。海も繋がっていない。迎えに行く船もない。
俺は熊本の貧農の出だ。中学にも行けず、製本工場で紙を裁つ職工をしながら独学で兵学校に這い上がった。海軍では珍しい叩き上げだ。
恵まれた家の子らが、はじめから将校になる道を歩く。その中で俺は、入ったときは百人中の九十四番、びりに近い男だった。
その俺と机を並べた同期が、いま島で死のうとしている。教え子だった若い士官たちも、あちこちの海で骨になっていく。
齢は五十を過ぎた。級友や教え子が玉砕しているのに、机の前で手をこまねいているのが許されるのか。
事を成すかどうかは天が決める。だが、事を謀るのは人の責任だ。
いまは全力を、この命ごと、賭けるしかない時が来た。そう思った。
俺は机の上で両の拳を握った。
(泣き言はもう終わりだ)
春に俺は弱音を吐いた。役者を降りたい、と。その俺を矢部たちが受け止めてくれた。
だがもう弱音を吐いている場合ではない。島では矢野が死ぬ。内地にいる俺が命を懸けてやらねばならぬことがある。
二 惨憺たる結末
上陸を許したのは、海が決戦に敗れたからだ。
敵がマリアナへ跳んできたと知って、連合艦隊はなけなしの機動部隊を繰り出した。空母を集め、虎の子の搭乗員を乗せ、これに国運を賭けた。
その海の決戦が、いままさにサイパンの沖で始まろうとしていた。だが俺には結果が見えていた。搭乗員の腕は落ち、機の数も足りぬ。勝てる戦ではない。海が抜かれれば島は孤立する。島が孤立すれば、水際の図がどれほど立派でも、あとは干上がるのを待つだけだ。
上陸の報せの底にあったのは、その海の敗北の予感だった。
同じ日の午後。細川護貞が訪ねてきた。
高松宮さまの情報係だ。俺の見ているものをいちばん正しく宮に伝えてくれる男だった。
「高木さん。サイパンはどうなりますか」
細川は単刀直入に訊いた。
俺はしばらく黙っていた。言うべきか言わざるべきか。いやこの男になら言わねばならぬ。
「細川さん。正直に言う」
「はい」
「俺の見通しでは決戦も思うようにはいかない」
「……はい」
「かといって、酒井さんの言うような和平内閣もいまの陣容では作れない」
細川の顔がこわばった。
「結局、いちばん惨憺たる結末に終わる。俺はそう思っている」
細川は何も言えなかった。俺もそれ以上は言わなかった。
言葉にしてしまうと、本当にそうなりそうで恐ろしかった。だがそれが俺の正直な見通しだった。
合法の手はもうほとんど残っていない。
重臣に頼んでも動きは鈍い。大臣を代えようにも、嶋田は伏見宮さまの後ろ盾でびくともしない。
扉が一つずつ閉じていく音がした。
窓の外の東京も、じわじわと首を絞められていた。
新聞は相も変わらず勝ち戦さの記事ばかりだ。天気予報すら、敵に利するという理由で消えた。昨日どこが晴れたかさえ秘密だという。
配給だけでは食えず、闇でなければ物は手に入らぬ。夜は灯火管制で、窓という窓に黒い幕が垂れる。それでも空襲の予兆は夜ごと近づいてきた。
そんな中で政府は、気に入らぬ雑誌に廃業を申し渡し、口をふさいでいく。負けの色が濃くなるほど、上は事実を隠し、民の口を閉じさせる。
これが、絶対国防圏の中核を破られた国の、ほんとうの姿だった。
三 神がかり
六月二十二日。俺は朝から海軍の長老の家を回って歩いた。
巣鴨の鈴木貫太郎大将。新宿の岡田啓介大将。麹町の米内光政大将。
三人に高松宮さまの御意向と俺自身の考えを述べた。サイパンを失うことがどれほど重い分かれ目か。その奪回のために部内で運動を起こすから、大将がたも力を貸してほしい、と。
頭を下げて頼んで回った。だが手応えは薄かった。
その間、海軍省では神重徳が狂ったように走り回っていた。
神は軍令部の中沢作戦部長にこう願い出ていた。自分を戦艦山城の艦長にしてくれ、と。山城をサイパンの浜に乗り上げ、その主砲で米軍を撃つ、と。
むろんまともな作戦ではない。
援護のない戦艦が敵の制空権の下をサイパンまで行けるはずがない。行けばただ将兵を犬死にさせるだけだ。
神の頭の中で、その捨て身の絵は日に日に大きくなっていった。
大和、武蔵をはじめ、ありったけの戦艦をテニアンの礁に乗り上げ、主砲を連ねて島を撃つ。なけなしの空母にゼロ戦をかき集め、制空権を奪い返す。その間に陸兵を上げて、一気に米軍を追い落とす。
特攻と変わらぬ思想だった。
士官の中にはこう陰口を叩く者もいた。
「神さんが、とうとう神がかってきた」
神は気にも留めなかった。
あの男は、もとから一筋縄ではいかなかった。
海軍大学を恩賜の刀で出た、海軍きっての秀才だ。鉄砲屋として、ドイツにも長くいた。頭の回転は、誰より速い。だが、その才を、いつも斜め上の方角へ全力で振り回す。
かつて軍務局にいた頃、上司の井上成美さんとよくやり合ったと聞く。井上さんは理詰めの人だ。神が外務省への使いを嫌がって食ってかかると、井上さんは静かにこう言ったそうだ。私は局長で、君は局員だ、指図に従わぬなら従う者に代えるまでだ、と。
神はしぶしぶ折れた。だが、あとで仲間にこぼした。局長は椅子に座って、こっちは立って議論するから負けるのだ、と。
理屈では負ける。だが己は曲げない。そういう男だ。
その曲がらなさが、いまサイパンの一点にまっすぐ向いていた。
俺はその神を危ういと思っていた。あの男の純粋さはまっすぐ過ぎて、いつか刃になる。
その予感は翌日現実になった。
四 最後の決め手
六月二十三日。
その日の午前、市ヶ谷台で陸海軍の合同研究が開かれ、サイパン奪回の断念が決まった。むろん当時の俺はそれを知らない。海軍省にいた俺の耳に届いたのは、ただ軍令部の空気がいよいよ冷えてきた、という断片だけだった。
夕刻。神が教育局長室に入ってきた。
いつもの勢い込んだ顔ではなかった。むしろ静かだった。その静けさがかえって不穏だった。
扉を閉める音がやけに大きく聞こえた。
「局長」
「どうした、神大佐」
「ゆうべ、ある男に会いもした」
「ある男」
「三上卓に」
その名が部屋の空気を止めた。
窓から差す午後の光の中で、埃がゆっくりと舞っているのが見えた。
三上卓。
十二年前、この東京で犬養総理を撃った男だ。五・一五の、あの三上だ。
海軍の軍服を着た青年士官が現職の総理大臣を官邸で撃ち殺した。禁錮十五年の刑も恩赦で疾うに明け、いまは右翼の旗頭として大手を振って歩いている。
俺は息を呑んだ。
「神大佐。貴公たちは何を相談した」
「局長は、おいたちが何を相談したと思っちょっとですか」
神はまっすぐ俺を見ていた。逃げない目だった。
「軽はずみなことはするな。軽挙妄動は損が多い」
「不穏な計画じゃなかなら、咎めはせん」
俺はそう言うのが精一杯だった。
「いや不穏な計画ですよ」
神は低く言った。
「おいたちが相談しちょるのは。嶋田と東條を撃沈しようという相談です」
撃沈。艦ではない。人を、だ。
俺は言葉を失った。
「局長」
神は追い討ちをかけてきた。一歩、机に近づいた。
「東條と嶋田がどげんしても政権を放さんかったら、最後の決め手がありもすか」
俺は答えられなかった。
その問いは俺自身が何度も自分に発してきた問いだった。
合法の手をすべて並べ、すべて潰してきた。重臣も、長老も、皇族の御忠告すら嶋田には通じない。
決め手は、あるか。
ない。俺はその答えをずっと持てずにいた。
神はそんな俺をじっと見ていた。俺が逃げ場を失うのを待つように。
「局長。おいたちの暗殺の段取りを、ちっと聞いてくいやい」
神は声を落とした。
「人ひとり殺すのは易しか見えて、いざ具体的にやるとなると難しかもんです」
俺の胸の奥で、何かに火が点いた。
ずっと湿った薪のように燻っていただけのものだ。それが三上卓という名の一点から、ぼうと赤く燃え上がった。
鼓動が速くなっていた。自分でもそれがわかった。
もう研究ではない。あの男の名が出た瞬間、これはただの研究ではなくなった。
(やるか)
俺は目を閉じた。一度だけ深く息を吸った。
「神大佐」
「は」
「その段取り、聞かせてくれ」
神の目にぎらりと光が宿った。
五 鬼火
その夜。俺は教育局長室にひとり残った。
灯火管制の窓の外は、墨を流したような闇だった。机の上の電灯だけがぽつりと紙の上を照らしていた。
俺は自分の考えを冷たく組み立てていた。胸の火とは裏腹に、頭の芯は氷のように醒めていた。
暗殺は感情でやるものではない。
過去のクーデターはたいてい目標を欲張りすぎて潰れている。政権を倒したあとの絵まで描こうとして、秘密が漏れ、わずかな手違いで全部が崩れる。
ならば的は一点に絞る。
東條を消す。それだけだ。あとの始末は重臣と側近に任せればいい。
東條と嶋田が居座る限り、和平は永遠に来ない。俺はそう信じていた。
俺がすべての責任を負う。最高責任者として現場に残る。これで日本が救えるなら、絞首刑になろうと銃殺になろうと、悔いはない。
そう腹を決めた。
死ぬのは、怖くない。
俺は十二年前、上海の事変のときに血を吐いた。あのとき一度死にかけた。それからの命は拾いものだ。いまさら惜しいものも、欲しいものもない。
だが、ここが肝心なところだ。死を恐れていては、大事は何ひとつ成せない。かといって死んでしまっては、これもまた何も成せない。
いま陸でも海でも、若い者が死ぬことそのものを手柄のように思いはじめている。一機もろとも体当たりし、島で玉と砕ける。それを潔いと讃える声が満ちている。
俺は、そうは思わない。
死ぬのはたやすい。難しいのは、死なずに生きて目的を遂げることだ。東條を消したあと、この国をどう畳み、どう立て直すか。それを見届ける者が、要る。
だから俺は、現場に残って罪を一身に背負う覚悟は決めたが、ただ犬死にするつもりはない。最後の最後まで盤面を握っていたい。
おかしなものだ、と思った。
春に俺は役者を降りたいと泣き言を吐いた。生きろという声に支えられてようやく立ち直った。その俺がいま人を殺す算段をしている。
矛盾している。わかっている。
だが島では、矢野が南雲が名も知らぬ何万の将兵がいまも死んでいる。その死をこれ以上続けさせるわけにはいかない。
机の上で自分の手を見た。
製本工場で職工をしていた頃の節くれだった手だ。独学で兵学校に這い上がりここまで来た手だ。
その手がいま人を殺す手配をしている。
俺は机の鍵を開け、いちばん奥の抽斗から布に包んだものを取り出した。
古い拳銃だ。何年も前に欧州へ渡ったとき、パリの店で自分の金で買った私物だ。海軍が支給したものではない。書類のどこにも載らぬ、俺だけの一挺だ。
布を開くと、鈍い鉄の匂いがした。掌にのせると、ずしりと重い。
こんなものをなぜあのとき買ったのか、自分でもよくわからなかった。ただ、いつかこれを使う日が来る気がした。その日が、いま来た。
官の品ではない。命じられて持つのでもない。誰の許しも要らぬ、俺ひとりの覚悟の鉄だ。
非合法。その三文字を、俺は掌の重さで確かめた。
俺は拳銃を布に包み直し、抽斗の奥へ戻した。鍵をかけた。
合法の道は、尽きた。
ならば俺が鬼になる。
俺は目を開けた。
窓の外の闇の奥で、空襲警報のサイレンの予兆が遠く低く鳴っていた。
昭和十九年六月二十三日。俺が鬼になると決めた、夜のことだ。
◆ 後書き 高木 惣吉(晩年の回想)
戦が終わってずいぶん長い歳月が過ぎた。
俺はいまでもあの六月二十三日の夜をよく思い返す。人を殺す覚悟を固めた夜だ。
いまの世の人は海軍の少将が首相の暗殺を企てたと聞けば、正気の沙汰ではないと言うだろう。返す言葉はない。
だがあの夏の東京にいた者なら、わかってくれるはずだ。合法の手は、すべて尽きていた。重臣は動かぬ。皇族は慎重だ。大臣は椅子にしがみつき、長老は昼寝でもするしかないと笑った。そして島では、同期の男たちが白木の箱になっていく。
俺の前にあったのは劇薬しか残っていない薬箱だった。
あとになって戦が終わってから、俺は不思議なことに気づいた。
俺が鬼になると決めた、まさにその同じ日。市ヶ谷台では陸軍のひとりの大佐が俺とはまるで正反対の道を歩いていた。
松谷誠。参謀本部の戦争指導班長だ。
あの男も俺と同じものを見ていた。戦争はもう負けだ。早く終わらせねば国が滅ぶ。
だが選んだ道が逆だった。
俺は裏から刃を取った。あの男は表から言葉を選んだ。
俺が三上の刃を握ろうとしていたその同じ日、あの男は最高権力者の前にまっすぐ進み出て、負けです、と言う道を選んでいた。
暗殺ではない。直言だ。
そしてその代償に、あの男は都を追われた。俺は海軍に残った。
同じ日、同じ国を思い、正反対の崖を二人で登っていた。
もっとも、俺がその名を知るのはずっと後のことだ。あの男と俺が同じ部屋で顔を合わせるのは、半年以上も先の昭和二十年の冬になる。
あの夏、俺たちは互いを知らなかった。
俺の海軍の話は、ここでいったん筆を擱く。
【次回予告】
俺が鬼になると決めた、その先に何が起きたのか。三上卓の刃は本当に東條に届くのか。神大佐はどうなるのか。
それはまだ語らない。
物語はここで海軍を離れ、陸軍へ移る。
同じ昭和十九年六月二十三日。市ヶ谷台。戦争指導班長・松谷誠は、午前の合同研究でサイパン奪回の断念を見届けたところだった。その夕暮れ、彼は二人の上司の前に立つ。真田穣一郎部長、秦彦三郎次長。二人とも松谷を案じ、止めようとする。時機を待て、生きて帰ってこい、と。
だが松谷は待たない。
海の高木が刃を研ぐその夜、陸の松谷は言葉の刃を懐に、最高権力者への道を歩き出す。
次回、「上司たちの制止」。二人の男が再び交わるまで、あと半年。
【執筆者補記】
■ 史実と創作の区別
【史実に基づく部分】
6月15日の米軍サイパン上陸と、絶対国防圏の中核破綻。同日、高木が無策な政府・軍中央を前に深い絶望(デスペレートな気分)に沈んだこと。
陸軍が島嶼防衛で『水際撃滅』を基本構想としていたこと。東條首相が5月の増援を受けて『これでサイパンは難攻不落になった』と語ったこと。
大本営が米軍の来攻方面を読み違え、『マリアナよりパラオが先』と判断して第14師団をパラオへ転用し、北部マリアナには第43師団を配したこと。米軍のマリアナ侵攻前倒し(中間の島を飛ばす蛙飛び)は日本側にほぼ予想できなかったこと。後続増援部隊の多くが輸送中に米潜水艦に撃沈され、兵力増強が計画どおり進まなかったこと。
6月11日からの空襲、13日からの艦砲射撃で水際陣地の火砲の半数が破壊され、15日の上陸初日に米軍が約2万を揚陸、守備隊が数日で戦闘力を失ったこと。サイパン失陥の直接原因が、マリアナ沖海戦の大敗による制海・制空権の喪失であったこと。
同日ごろ、高木が細川護貞に『決戦も思うようにいかず、和平内閣も作れず、結局いちばん惨憺たる結末に終わる』と語ったこと(細川日記、吉松安弘『東條英機暗殺の夏』)。
6月22日、高木が鈴木貫太郎・岡田啓介・米内光政の三大将を歴訪し、サイパン奪回運動への協力を懇願したこと(高木惣吉日記)。
神重徳が戦艦山城をサイパンに擱座させる作戦を中沢作戦部長に願い出たこと、『神がかってきた』と冷笑されたこと、大和・武蔵を礁に乗り上げる殴りこみ奪回を構想したこと(吉松)。
6月22日夜、神が五・一五事件で犬養首相を撃った三上卓と密会し、翌23日その報告を受けた高木が暗殺計画の具体化を即断したこと(川越重男『救国・聖断の史』、高木『高木海軍少将覚え書』)。
神が高木に『東條・嶋田があくまで政権を離さない場合、最後の決め手があるか』と反問し、高木が答えられなかったこと(高木『覚え書』)。
高木が暗殺を『東條消却の一点に焦点をしぼり、事後の処理は重臣・側近に任せる』方針で組み立て、自らが全責任を負い『絞首刑になっても銃殺刑にされても悔いはない』と覚悟したこと(高木『覚え書』、文藝春秋1964年9月号回顧談/川越)。
高木が玉砕・特攻に酔うのとは異質の死生観を持っていたこと。『大事は死を恐れては何も出来ない、しかし死んではこれまた何も出来ない』(川越重男『救国・聖断の史』)、『上海事変で血を吐いた時すでに死んだ躰』『今更欲しいものも惜しいものもない』と神大佐をなだめたこと(高木『覚え書』)、『事を成すは天に在れども、事を謀るは人の責任』(同・序文の趣旨)。本話第五章の死生観の描写はこれらに基づく。
高木が熊本の貧農の出で中学に進めず、製本工場の職工をしながら独学で兵学校に合格した叩き上げであったこと、入校時は成績下位だったこと、教育局長として兵学校の無試験採用方針に自らの出自を引いて反発したこと、級友や教え子の戦死を前に拱手傍観できぬという責任感を抱いていたこと(高木『覚え書』)。
神重徳が海軍大学を恩賜で出た砲術の俊才でドイツ駐在経験があったこと、軍務局員時代に上司の井上成美と論争し『局長は座って議論するから負ける』とこぼしたこと(阿川弘之『井上成美』ほか)、天才肌だが独断専行で『内地では強気、戦場では弱気』とも評されたこと(『海軍反省会』の証言群)。本話の神の人物像はこれらを踏まえた造形。
1944年6月の東京の空気――新聞が戦況の実相を伝えず天気予報すら禁じられたこと、食糧難と闇取引、灯火管制、政府が中央公論・改造の両社に廃業を申し渡した言論弾圧(『細川日記』『矢部貞治日記』ほか)。本話第二章の情景描写はこれらに基づく。
【創作部分】
神の前書きの独白、本文の高木の心中・所作・情景はすべてオリジナルです。
吉松『東條英機暗殺の夏』の脚色された会話や地の文(神と三上の密談の科白、神と高木の室内のやりとり、『赤い炎』の描写など)は引き写さず、史実の趣旨に沿って当方の言葉で組み直しました。神の薩摩弁も、吉松の文をなぞらず、当方で起こしたものです。
神と三上が会ったこと自体は史実ですが、密談の具体的な科白は記録になく、創作です。神が藤井斉(五・一五の首謀者)と親しかった縁で旧維新派に通じていたことは史実で、これを神と三上をつなぐ素地としました。
矢野・南雲を『島の同期』として高木の動機に重ねたのは、史実(高木の同期戦死者への思い)を踏まえた演出です。
第五章で高木が机の奥から私物の拳銃(パリで自費購入したもの)を取り出す所作は創作です。これは次話(第56話)で松谷が官給品の拳銃を護身用に携行する場面との対比を意図したものです。高木の私物の拳銃は非合法な暗殺のための、書類に載らぬ私的な凶器、松谷の官給品の拳銃は合法の道を行く者が正規に支給された官品で身を守るためのもの、という二挺の拳銃の対照で、二人の選んだ道の違いを象徴させています。
【人物紹介】
■ 神 重徳(かみ しげのり、1900-1945)
海軍大佐。海軍省教育局第一課長。鹿児島県出身、海兵48期。剛直で熱血漢。戦艦山城のサイパン擱座案や大和・武蔵による殴りこみ奪回を唱え、東條暗殺計画には実行メンバーの一人として加担した。戦艦扶桑時代に五・一五事件の首謀者・藤井斉と親しかった縁で旧維新派に通じ、三上卓を計画に引き入れる。本話の前書きの語り手。終戦直後の昭和20年9月15日、海軍機の事故で殉職した。
■ 高木 惣吉(たかぎ そうきち、1893-1979)
海軍少将。海軍省教育局長。本作の主人公格。本話の本文・後書きの語り手。合法的な倒閣工作の手をすべて尽くした末、6月のサイパン失陥を契機に東條暗殺を決意する。
■ 三上 卓(みかみ たく、1905-1971)
元海軍中尉。佐賀県出身、海兵卒。昭和7年の五・一五事件で、海軍の青年士官として首相官邸を襲い、犬養毅首相を射殺した。禁錮十五年の判決を受けるが恩赦で出獄。本話時は皇道翼賛青年連盟の委員長で、近衛文麿のブレーンの一人でもあった。『青年日本の歌(昭和維新の歌)』の作詞者。神を通じて高木の暗殺計画に関わる。
■ 細川 護貞(ほそかわ もりさだ、1912-2005)
近衛文麿の女婿、高松宮宣仁親王の情報係。本話では、高木の絶望的な戦局見通しを聞き取る相手として登場。
■ 鈴木 貫太郎(すずき かんたろう、1868-1948)
予備役海軍大将、元侍従長。海軍の最長老の一人。本話で高木の歴訪を受ける。翌昭和20年4月、終戦内閣の総理大臣となる。
■ 岡田 啓介(おかだ けいすけ、1868-1952)
予備役海軍大将、元総理。倒閣工作の重鎮。本話で高木の歴訪を受ける(6月24日の『大楠公』論争は、後の海軍視点回で描く予定)。
■ 米内 光政(よない みつまさ、1880-1948)
予備役海軍大将、元総理。本話で高木の歴訪を受ける。のちに小磯内閣・鈴木内閣の海相として終戦に尽力する。
■ 中沢 佑(なかざわ たすく、1894-1977)
海軍少将、軍令部第一部長(作戦部長)。本話では、神の山城擱座案を退ける立場で言及される。
■ 矢野 英雄(やの ひでお、1894-1944)
海軍少将、中部太平洋方面艦隊参謀長。高木の海兵43期同期。サイパンで南雲長官とともに最期を迎える。本話では、高木が倒閣・暗殺に命を懸ける動機の象徴として言及される。
■ 松谷 誠(まつたに まこと、1903-1998)
陸軍大佐、参謀本部戦争指導班長。本話には登場せず、後書きと次回予告で名のみ言及される。次話の主人公。高木とは正反対に、合法の直訴の道を選び、その代償に中国へ左遷される。
【用語集】
■ 絶対国防圏
昭和18年9月の御前会議で決定された、絶対に守り抜くとされた防衛線。サイパンを含むマリアナ諸島はその中核。本話の6月15日、その中核が破られようとする。
■ 水際撃滅
島嶼防衛の基本構想の一つ。上陸してくる敵を、舟艇が渚に取りつくその瞬間に、海岸沿いに並べた火砲で叩き潰し、内陸に入れずに殲滅する戦法。陸軍はこれに強い自信を持っていたが、サイパンでは上陸前の数日間の空襲と艦砲射撃で水際の火砲の半数が破壊され、構想は初日に破綻した。
■ 蛙飛び作戦(かえるとびさくせん/リープフロッグ)
米軍が太平洋で採った進攻法。日本軍が固めた島を正面から攻めず、間の島を飛び越えて、より奥の要地に一気に上陸する。マリアナ侵攻は中間の島々を三段跳びに飛ばす前倒し作戦で、日本側はほぼ予想できなかった。大本営が『マリアナよりパラオが先』と読み違えた一因でもある。
■ 戦艦山城の擱座
神重徳が唱えた決死の作戦。戦艦山城をサイパンの海岸にわざと乗り上げ(擱座させ)、動かぬ砲台としてその主砲で米軍の上陸地点を撃つ、というもの。実行すれば艦と乗員の全滅は確実で、特攻に等しかった。
■ 殴りこみ奪回作戦
神が構想した、サイパン奪回のための捨て身の作戦。大和・武蔵をはじめ現有の戦艦を総出動させてテニアンの礁に乗り上げ、主砲を連ねて島を砲撃し、かき集めた航空機で制空権を奪い、その間に陸兵を上げて米軍を追い落とす、という壮大かつ無謀な計画。
■ 五・一五事件
昭和7年5月15日、海軍の青年将校と陸軍士官候補生らが起こした反乱事件。三上卓らが首相官邸を襲い、犬養毅首相を射殺した。実行者には『愛国の真情』として減刑の嘆願が殺到し、三上の刑は禁錮十五年と寛大なものだった。本話で高木が『現職の総理を撃った海軍士官が、国民に赦された』前例として想起する。
■ 皇道翼賛青年連盟
三上卓が委員長を務めた右翼団体。三上は五・一五事件後、恩赦で出獄してのちこの種の運動の旗頭となり、近衛文麿のブレーンの一人ともなっていた。
■ 海兵43期
海軍兵学校第43期。高木惣吉の同期。矢野英雄・有馬正文・大林末雄・中沢佑ら。多くが第一線で戦死し、その死が高木を倒閣・暗殺へ駆り立てる最大の動機となった。
■ 劇薬
本話の後書きで高木が用いる比喩。合法の手段がすべて尽き、暗殺という危険きわまる非常手段しか残っていない状況を、『劇薬しか残っていない薬箱』と表現した。
【参考文献】
■ 一次史料・回想録
高木惣吉『高木海軍少将覚え書』毎日新聞社、1979年
高木惣吉『高木惣吉 日記と情報』みすず書房、2000年
細川護貞『細川日記』中央公論社、1978年
矢部貞治『矢部貞治日記』読売新聞社、1974年
高松宮宣仁親王『高松宮日記 第七巻』中央公論社、1997年
■ 二次史料・研究
吉松安弘『東條英機暗殺の夏』新潮社、1989年
川越重男『救国・聖断の史』人吉中央出版社、2003年
阿川弘之『井上成美』新潮社、1986年
戸髙一成編『証言録 海軍反省会』PHP研究所、2009年
山本智之『「聖断」の終戦史』NHK出版、2015年
(注)神の薩摩弁、本文の会話・心理・情景は当方の創作です。吉松『東條英機暗殺の夏』の地の文・脚色会話は引き写さず、史実の趣旨に沿って組み直しました。




