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俺たち終戦四人組ー太平洋戦争を終結に導いた官僚たちの戦いー  作者: 房吉
第5章 海軍少将:高木惣吉編(昭和17(1942)年6月~)

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第43話「合法の道、伏見宮殿下へ届く」

【前書き】(細川護貞より)


 おれは細川護貞。明治四十五年、京都に生まれた。本年三十二だ。京都帝国大学の法学部を出て、いまは義父・近衛文麿の女婿として、また高松宮宣仁親王殿下の情報係として、宮中と政界の隙間を縫って走り回っている。


 肥後細川家の十七代目が、なぜ犬のように市中を駆けるのか。問う者もいる。だが、この国が崖から落ちかけているときに、家の格を抱えて座っていられるか。肥後五十四万石を背負う血だからこそ、おれは身を捨てて働く。それが当主の務めというものだ。


 今日は昭和十九年三月十八日、土曜日の午後。


 おれの手帳は、予定でびっしり埋まっている。


 午後二時半、朝日新聞論説委員の佐々弘雄を訪ね、陸軍の酒井鎬次中将と海軍の高木惣吉少将を引き合わせる段取りを詰める。午後四時には、目黒の海軍省第一分室、教育局長室へ。高木少将を極秘に訪ねる。


 高木少将とは、久しく顔を合わせていない。第二次近衛内閣で義父の秘書官を務めていた頃、海軍省で何度か言葉を交わした仲だ。あれから三年余り、互いに立場は変わったが、その名はいよいようるさいほど耳に入ってくる。


 軍令部出仕から突如、教育局長へ。海軍中央に楔を打ち込んだ男。海軍中堅きっての終戦工作家、と。義父の周辺でも、原田男爵でも、佐々でも、皆がその名を口にする。黒子として海軍長老と重臣・皇族の周りで糸を引いている、と。


 おれが今日もちかけるのは、陸軍の酒井中将との会談だ。酒井は皇道派の流れを汲む老将で、東條閣下に背を向け、早期講和を密かに望んでいる。陸海の反東條派が手を結ぶなら、いまをおいてない。


 ただ、高木少将がこの話に素直に乗るかどうか、おれには読めぬ。あの男の腹の底に何が据わっているのか。


 義父・近衛は言った。


「細川。高木少将は、おそらく皇道派の起用には反対だ。あの男は、阿南なり梅津なりを使って陸軍を全うすべしと考えている」


「では、酒井中将との会談は」


「会わせるだけは、会わせよ。あとは、高木少将の腹だ」


 おれはその言葉を懐に、目黒へ向かう。


 近頃は、おれの後ろにも東條の飼う憲兵がちらつく。だが、それがどうした。肥後五十四万石、細川九曜の紋を負う男が、市中を歩いて何が悪い。尾けたければ尾けるがいい。いざとなれば、こちらが奴の後ろを歩いてやる。困り果てた憲兵の顔を思い浮かべると、おれはひとり、笑いがこみ上げてくる。


 今日の午後、四つのことが動く。佐々との打合せ。高木少将への極秘訪問。そして同じ夜、海軍長老の岡田啓介大将が、伏見宮博恭王殿下へ二度目の伺候に上がる。四つめは――高松宮殿下と東條閣下が妥協するという、きな臭い噂への、おれの始末だ。


 合法の道は、ついに宮中の最高権威に届くのか。それとも、ここで絶たれるのか。



【本文】


 昭和十九年三月四日、土曜日。


 俺は午前八時半、教育局長室に出た。


 昨夜の桃の節句の送別会の余韻が、いまも腹の底に残っていた。


 南雲長官の白頭山節。「白木の箱か、男爵さまだ!」の自嘲気味の笑い。矢野英雄の「お前は戦後を見届けてくれ」の遺言。


 俺は窓辺に立った。


 目黒の三月の薄日が、街並みを白く照らしていた。


 扉が叩かれた。


「局長、神大佐です」


「お入りなさい」


 神大佐は静かに入ってきた。


「昨夜の送別会、いかがでしたか」


「重い夜であった」


「そうでしょうな」


 神大佐は卓の向こうに坐った。


 短い沈黙が流れた。


「神大佐」


「合法の道は、いま、本格化している」


「三月七日、岡田大将が伏見宮殿下に米内大将の現役復帰を進言される」


「お前は、引き続き中堅を抑えてくれ」


「分かりました」


「ただ――」


「合法の道が、いつまた絶たれるか分からぬ」


「分かっております」


「神大佐、お前の覚悟は変わらぬか」


 神大佐の眼の奥に、二月十五日と同じ光が宿った。


「局長、いつでも、お命じください」


 神大佐は深く一礼し、第一課長室へ戻っていった。


 俺は局長室の机に坐り、便箋を取り出した。


 細川護貞君への手紙を書く。


「拝啓。先日来のご奔走、心より感謝申し上げます。教育局長としての着任もようやく落ち着き、これより合法工作を本格化させる所存であります。岡田大将による伏見宮殿下への進言が、いよいよ三月七日に実現します。その結果については、追って、ご報告申し上げます――」


 俺はペンを置いた。


 窓の外の薄日が、机の上にひっそりと射していた。


 (合法の道、再構築の第一歩)


 心の中で呟いた。


 (米内大将の現役復帰を起点として、海軍長老格、軍令部中堅、軍務局中堅、軍需省、宮中の同志を、すべて糸で結ぶ)


 (その糸の中心に、わたしが、坐る)


      *


 三月七日、火曜日。


 岡田啓介大将は、熱海の伏見宮博恭王殿下の別邸に伺候された。


 俺はその日、教育局長室で書類を整えながら、岡田大将の伺候の時刻を、しばし心に思い描いていた。


 翌三月八日、水曜日。


 俺は岡田大将のお宅を訪ねた。


 応接室に通された俺は、岡田大将と向かい合った。


「岡田大将」


 俺は深く一礼した。


「昨日のご伺候、まことにお疲れさまでございました」


 岡田大将はわずかに目を伏せた。


 七十六歳のお顔に、深い疲労が宿っていた。


「殿下のご反応は、いかがでしたか」


「難航した」


「殿下は、嶋田を強く擁護された」


「『嶋田は腹も据わっているし言葉少なで実行力が大だ。私は嶋田を推したし、いまでも最適任の海軍大臣と思っている』と仰せになった」


 俺は息を呑んだ。


「殿下のご信任は、いまもなお、嶋田に向かっておられる――」


「ただ、わしは退かなかった」


 岡田大将の眼に、ふと、光が宿った。


「『陸海軍の中堅層は首脳部に対して信頼を失い、前線と中央も離れている。嶋田は議会の答弁こそ良かったが、次第に評判が落ち、朦朧大臣や春風駘蕩居士と批判されている。東條と妥協して総長を兼任したと見られており、信頼を失っている』と」


「殿下は、しばしお黙りになった」


「わしは続けて、後任に豊田副武か、井上成美の名を挙げた」


 俺は身を乗り出した。


「殿下は、井上をどう仰せに」


「『井上はいかぬ。あれは学者だ。戦には不向きだ。珊瑚海海戦のとき、敵を更に追撃すべき時に空しく引返した』と一蹴された」


 俺は深く息を吐いた。


 (井上中将は、伏見宮殿下にも、難色を示されている)


 心の中で呟いた。


 (来週、俺は教育局長として江田島で井上中将に逢う。本省復帰を懇請する)


 (ただ、その懇請が殿下のお耳に届いた時、殿下は、また難色を示されるかもしれぬ)


「米内大将のお話は、いかがでしたか」


「即時更迭は困難と見て、わしは妥協案を出した」


「『人望の比較的多くある米内大将を現役に復帰せしむる必要がある。米内を軍事参議官として海軍省に送り込み、嶋田を牽制・補佐させる』と」


「殿下は、しばしお黙りになった」


「やがて、こう仰せになった。『岡田大将の米内を現役にするという考えは、一応道理があると思う』」


 俺は深く頷いた。


「『私が二十日か二十一日、卒業式のために東京に行くときに嶋田に言うのが一番善い。併し私にもなお考えさせてくれ』と」


「殿下は、考えさせてくれと仰せになった」


「ただ、米内現役復帰の余地は、得た」


 俺は深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 岡田大将はわずかに笑った。


「これは、お主が黒子として動いてくれたからだ。わしは表に立っているだけだ」


「岡田大将――」


「次は、十八日頃にもう一度、伏見宮殿下に伺候する」


「お願いします」


 俺は岡田大将のお宅を辞した。


 帰途、車のなかで俺は深く息を吐いた。


 (米内現役復帰の余地を得た)


 心の中で呟いた。


 (殿下のお心は、まだ嶋田に向かっておられる。ただ、米内復帰には道理を認めてくださった)


 (この感触を、いま、誰に流すべきか――)


 (高松宮殿下だ)


 (細川君を通じて、高松宮殿下に伝える)


 (高松宮殿下が動いてくだされば、伏見宮殿下のお心も、さらに動く)


      *


 三月十日、金曜日。


 俺は教育局長室で、細川護貞君への密書を書いた。


「拝啓。三月七日の岡田大将のご伺候の結果につき、ご報告申し上げます。伏見宮殿下は嶋田擁護のお気持ちは依然としてお持ちですが、米内大将の現役復帰については『一応道理がある』とお認めくださいました。この感触を、何卒、高松宮殿下のお耳にお入れ願いたく――」


 密書を封筒に入れ、信頼できる伝令に託した。


 二日後――。


 俺は細川君から短い返信を受け取った。


「拝復。お預かりした旨、高松宮殿下のお耳にお入れ申し上げました。殿下も深くお喜びの様子であります。詳細、近日中にお目にかかりお伝え致します。三月十二日 細川護貞」


 俺は便箋を見つめた。


 (高松宮殿下のお耳に届いた)


 心の中で呟いた。


 (三月十二日、わたしの情報が宮中の若い宮様のお手に渡った)


 (あとは、宮殿下が伏見宮殿下のお心をさらに動かしてくださることを、待つ)


 三月十三日、月曜日の夜。


 原田熊雄男爵から、ひそかな伝言が届いた。


「細川君が今日、高松宮殿下に拝謁した。殿下に向かって、こう申し上げたという――。『国民の大部分が東條内閣の打倒を念じているのに、東條自身は毫も反省の色がない。もはや尋常の手段では動かぬとまで言われている。陛下から御言葉を賜れば、最も円滑に更迭できる』と」


 俺は息を呑んだ。


 (もはや尋常の手段では動かぬ、か)


 心の中で呟いた。


 (細川君が、宮殿下に直接、その言葉を申し上げた)


 (神大佐の腹の底の覚悟が、いま、宮中にまで滲んでいる)


 (陛下から御言葉を賜れば、合法的に更迭できる――これが、宮中の若い同志たちの本音だ)


 俺は深く息を吐いた。


 窓の外、目黒の夜が静かに更けていた。


 灯火管制下の街は、墨を流したように、真っ暗だった。


 三月十四日、火曜日の夜。


 原田男爵から、また伝言が届いた。


「細川君が今日、華族会館で近衛公と密談したという。昨日の高松宮殿下とのご対話の内容を、詳細にご報告したと聞く」


 俺は窓辺に立った。


 (網は、確実に張られつつある)


 心の中で呟いた。


 (岡田大将、伏見宮殿下、高松宮殿下、細川君、近衛公――糸は、すべて、わたしの手の中にある)


 (あとは、三月十八日の岡田大将による第二次進言を、待つ)


 俺はふと、地球儀の上に手を置いた。


 太平洋の上の、サイパン、テニアン、グアム――。


 南雲長官と矢野英雄が、明日にも、あの島々へ向けて発たれる。


 (あの方々が、第一線で戦っておられる間、わたしは、ここで、糸を引く)


 (黒子として、表に出ず、ただ、糸を引く)


 (その糸が、いつか、必ず、嶋田更迭という結節へ届く)


      *


 同じ三月の中旬――。


 市ヶ谷台、参謀本部第二十班、戦争指導班。


 俺は当時、その動きを知らなかった。


 知ったのは、戦後のことであった。


 三月十五日、水曜日。


 班員の橋本正勝少佐が、班長・松谷誠大佐の机に、一冊の書類を置いた。


「班長、完成いたしました」


 松谷大佐は書類を手に取った。


 表紙には、こう書かれていた。


「昭和十九年末を目途とする戦争指導に関する観察(第三案)」


 ソ連仲介和平の構想を含む、極秘の戦争指導案であった。


 松谷大佐は頁を捲った。


 しばし、無言で読んでいた。


 やがて、深く息を吐いた。


「橋本君」


「これは、いま、誰にも見せてはならぬ」


「陸軍内部では、まだ、絶対に出せぬ。東條閣下、杉山総長、陸軍の主戦派――この案を見せれば、俺は即、左遷される」


「机の引き出しの奥に、しまっておく」


「分かりました」


 松谷大佐は書類を引き出しの奥にしまった。


 その時、海軍の俺は、目黒の教育局長室で、岡田大将の第二次進言の手筈を整えていた。


 俺と松谷大佐は、まだ顔を合わせたこともない。


 ただ、それぞれの場所で、同じ方向を見ていた。


 ソ連仲介和平――。


 陸軍の松谷大佐と、海軍の俺。


 二つの工作が、同じ春の空の下で、別々に進んでいた。


 歴史というやつは、不思議なものだ。


      *


 虎ノ門の山王ホテル。


 毎週ないし月に二、三度、八人の佐官級参謀が集まっていた。


 陸軍からは四名――松谷誠、服部卓四郎、西浦進、二宮義清。


 海軍からは四名――藤井茂、大前敏一、山本祐二、矢吹哲堂。


 表向きは「陸海軍中堅幕僚懇談会」。陸海軍の作戦調整のための、私的な懇談の場と称せられていた。


 ただ、その本当の主催者は陸軍の松谷誠大佐であった。


 松谷大佐は山王ホテルの密室で、深更にまで及ぶ会合を巧みに誘導した。参加者の陸海軍幕僚たちに、徐々に、軍事情勢が全く絶望であることを悟らせていった。


 三月十六日、木曜日の夜の会合では、海軍の大前敏一の顔色が日ごとに暗くなっていた。


 三月十七日、金曜日の夜の会合では、山本祐二と矢吹哲堂が、無言で杯を傾けていた。


 戦後、加瀬俊一氏はこう書き残している。


 「彼等も最後にはこれを認めるに至った」


 俺は当時、こう思っただけだった。


 「軍令部の中堅も、ついに、第一線の絶望的な現実を、ご自分で悟り始めたのか」


 それが、まさか陸軍の松谷大佐の緻密な誘導の結果だったとは、思いも及ばなかった。


 海軍省の廊下を歩く俺。山王ホテルの密室で松谷大佐の言葉に耳を傾ける海軍作戦参謀たち。


 俺と松谷大佐は、まだ顔を合わせたこともない。


 ただ、それぞれの場所で、それぞれの方法で、同じ「終戦への種まき」を進めていた。


      *


 三月十八日、土曜日。午後四時。


 目黒の海軍省第一分室、教育局長室。


 扉が叩かれた。


「局長、細川護貞様がお越しです」


「お通ししなさい」


 扉が開いた。


 軍人ではない若い紳士が、深く一礼して入ってきた。


 京都帝大法学部卒、近衛公の女婿、高松宮殿下の情報係――細川護貞君。第二次近衛内閣の頃、海軍省で幾度か顔を合わせた仲だ。


「高木少将、ご無沙汰しております。細川護貞です」


「細川君、お待ちしておりました。近衛内閣以来ですな」


 俺は卓の前へ細川君を案内した。


 扉を閉めた。


 二人きりになった。


 細川君は卓の向こうに坐った。


 その物腰は柔らかく、洗練されていた。ただ、その眼の奥には、近衛公の女婿としての芯の強さが滲んでいた。


「高木少将、本日伺いましたのは、二つの件についてであります」


「一つは、陸軍の酒井鎬次中将との会談の件」


「酒井中将は、皇道派の流れを汲む老将。東條閣下に反対し、早期講和を密かに望んでおられます」


「私は本日午後二時半、朝日新聞論説委員の佐々弘雄氏を訪ね、酒井中将と高木少将を結びつける手筈を打ち合わせて参りました」


 俺はしばし黙っていた。


「細川君」


「酒井中将のお考えは、よく分かる」


「ただ、陸軍と海軍の反東條派を結ぶのは、いまの段階では、難しい」


「酒井中将は皇道派だ。皇道派の真崎甚三郎、小畑敏四郎、柳川平助――この方々を起用して陸軍を粛正させるという構想ですな」


「そのとおりです」


「俺はその構想に、反対する」


 細川君の眼の奥が、わずかに、見開いた。


「いまの事態で、皇道派による粛軍は、ただ混乱を招くのみで、実を挙げることは難しい」


「俺は、阿南なり梅津なりを使って、ともかく陸軍を全うして戦争を遂行させる方を選ぶ」


「柳川その人は立派と信ずる。ただ、真崎、石原は信を措くに足らず」


 細川君はわずかに頷いた。


「重臣の二、三も、わたしと同意見のはずだ」


「皇道派を用いるのは反対だ」


 短い沈黙が流れた。


 細川君はしばし卓を見つめた。


 その眼の奥に、若い知性家としての覚悟と、近衛公の女婿としての立場との葛藤が、滲んでいた。


「高木少将のお考え、しかと、承りました」


「ただ――」


 細川君は身を乗り出した。


「酒井中将とは、一度、お会いいただけませんか」


 俺はしばし沈黙した。


 (細川君の顔を立てる必要はある)


 心の中で呟いた。


 (ただ、皇道派と組む気はない。会談しても、結論は出ぬ)


 (俺は明日から江田島出張だ。木曜日――三月二十三日には、東京にいない)


「細川君、考えておくとしよう」


「ありがとうございます」


「ただ、結果はあまり期待されぬよう」


「承知しました」


 俺は卓の上で両手を組んだ。


「もう一つの件は」


「は。高松宮殿下と東條閣下の妥協の噂についてであります」


 俺は息を呑んだ。


「ここ最近、高松宮殿下が東條閣下を三度、私邸にお招きになり、長時間にわたる密談をされたと噂が立っております」


「海軍の若い将校たちは、殿下が東條閣下と妥協されたのではないかと心配しております」


 俺は卓の縁を強く握った。


 (海軍中堅の若い将校たち――神大佐をはじめとする連中だ)


 心の中で呟いた。


 (あの男たちは、嶋田更迭が一切の希望だ)


 (もし、高松宮殿下が嶋田留任で妥協されたのだとしたら――合法の道は、絶たれる)


「細川君」


「もし嶋田の留任で妥協されたのだとしたら、一切の希望は喪失する」


「この点について、近いうちに機会を見て、殿下に確かめてくれ」


「承知しました」


「俺たち海軍中堅にとって、これは、生命線の問題だ」


 細川君は深く頭を下げた。


 俺は卓の上の銚子を取り上げ、細川君と一杯の茶を交わした。


「細川君、本日はわざわざのご足労、感謝する」


「いえ、こちらこそ」


 細川君は立ち上がった。


 扉の前で深く一礼し、退室した。


 扉が閉まった。


 俺は局長室の窓辺に立った。


 三月の夕暮れの薄日が、目黒の街並みを橙色に染めていた。


 俺はしばし、無言で立っていた。


 心の中で呟いた。


 (皇道派と組む気はない)


 (これが俺の黒子の道だ。表向きは細川君の顔を立て、裏では決して動かない)


 (細川君、許してくれ。これも国家のためだ)


 俺は深く息を吐いた。


 (さて、いまから、岡田大将のお宅へ向かおう)


 (今夜、岡田大将は伏見宮殿下に二度目の伺候をされる)


 (その結果を、夜のうちに、聞いておかねばならぬ)


      *


 三月十八日、土曜日の夜。


 淀橋角筈、岡田啓介大将のお宅。


 俺は応接室で、岡田大将のご帰宅を待っていた。


 午後九時、岡田大将がご帰宅された。


 俺は深く一礼した。


「ご伺候の結果は、いかがでしたか」


 岡田大将は応接室の椅子に坐った。


 七十六歳のお顔に、深い疲労と、ふと、新しい光が宿っていた。


「高木」


「殿下が、ついに、お動きになった」


 俺は息を呑んだ。


「本当ですか」


「『米内を現役にすることは全然同意だ』と、はっきり仰せになった」


 俺は卓の縁を握った。


 (全然同意)


 心の中で呟いた。


 (伏見宮殿下が、米内大将の現役復帰を、はっきりとお認めくださった)


 (合法の道が、ついに、宮中の最高権威に届いた)


「ただ、殿下は続けてこう仰せになった」


 岡田大将は淡々と続けた。


「『言いかたをよく言わぬと、嶋田が気を悪くするといかぬ。また、言った以上、実現せぬとなおさら行かぬ』と」


「さらに、『米内が先輩風を吹かせて指図しては困る』と」


「わしはこう答えた。『米内が指図したり監督したりするということではいけません。飽く迄も、嶋田を助けるのでなければなりません』と」


「さらに、わしはこう申し上げた。『嶋田が先例などを持ち出して復活を妨害したり、東條と結託して反対したりするという、二つの障害があります』と」


「殿下は、しばし、お黙りになった」


 岡田大将の眼に、ふと、確信の光が宿った。


「やがて、こう仰せになった。『嶋田が断行すれば良インダネ』と」


「わしは即座に答えた。『嶋田が断行すれば宜しいのでありまして、その外に障害はないと思います』と」


 俺は深く息を吐いた。


「合法の道が、ついに、伏見宮殿下のお心に届きました」


「殿下は嶋田に米内現役復帰をお伝えくださる」


「次の段階は、嶋田が断行するかどうかだ」


 岡田大将は深く息を吐いた。


「ただ、嶋田は動かぬだろう」


「あの男は、東條と結託している。米内復帰を、断行することは、まずない」


「殿下のお心が動いても、嶋田が動かねば、合法の道は、結局、潰える」


 俺は深く頷いた。


「わたしの読みも、同じです」


「ただ、伏見宮殿下のお心が動いたという事実は、極めて重い」


「この事実を、海軍長老格、軍令部中堅、軍務局中堅――すべての同志に流す」


「網は、ますます、強くなる」


 岡田大将は深く頷かれた。


「高木」


「お主の黒子の働きが、ついに、ここまで来た」


「岡田大将のお力です」


「いや、わしは表に立っているだけだ」


 岡田大将はわずかに笑った。


「わしのような老人にできることは、わずかだ」


「ただ、わずかなことでも、いまの局面では、海軍の運命を変える起点となりうる」


「二・二六事件の朝、わしの義弟・松尾大佐が、わしの身代わりに殉じてくれた。あれ以来、わしの命は『拾い物』だ」


「拾い物の命を、いま、伏見宮殿下のお心に届ける時が来た」


「お主が黒子として動いてくれるからこそ、わしの進言が殿下のお心に届く」


 俺は深く深く頭を下げた。


 応接室の窓の外、三月の夜が静かに更けていた。


 俺は岡田大将のお宅を辞した。


 車のなかで、俺は深く息を吐いた。


 (合法の道が、伏見宮殿下のお心に届いた)


 心の中で呟いた。


 (ただ、嶋田は動かぬ)


 (合法の道は、最後の一歩で、絶たれるかもしれぬ)


 (その時のために、神大佐に中堅を束ねさせ、嶋田更迭の圧力を、下から積み上げておく)


 (そして、もう一つの柱――井上中将を中央に呼び戻す)


 (明日から、江田島出張だ)


 俺は窓に頭をもたせかけ、目を閉じた。


      *


 三月十九日、日曜日。


 俺は午後、東京駅から急行で呉へ向かった。


 車窓の外、関東平野が、三月の薄日のなかに広がっていた。


 俺は窓を見つめながら、深く息を吐いた。


 (合法の道は伏見宮殿下に届いた)


 心の中で呟いた。


 (次は、江田島の井上中将に逢う)


 (米内大将と共に、井上中将も、本省に呼び戻したい)


 (米内大将と井上中将の二人が中央に揃えば、嶋田更迭は、必ず実現する)


 夕刻、列車は静岡を過ぎた。


 俺は寝台車に入り、しばし、目を閉じた。


 夜半過ぎ、列車は名古屋を過ぎた。


 三月二十日、月曜日。朝。


 俺は呉軍港に着いた。


 午前中、鎮守府などを回って、公式の用件を済ませた。


 午後、定期汽艇で江田島へ渡った。


 春の瀬戸内の海は、青く澄んでいた。


 汽艇の上で俺はしばし、海を見つめていた。


 (二十年前、わたしも江田島で少年として学んだ)


 心の中で呟いた。


 (あの時の海風と、いまの海風は、同じ匂いがする)


 午後三時頃、汽艇が江田島の桟橋に着いた。


 俺は海軍兵学校へ向かった。


 兵学校の正門で、軍装の校長が出迎えてくださった。


 井上成美中将。


 海軍兵学校長。


「高木少将、ご足労いただき、痛み入る」


「校長。本日は、お世話になります」


 俺は深く一礼した。


 井上校長のお顔は、相変わらず、透徹していた。三国同盟反対で米内・山本五十六と共に「良識派」と呼ばれた男の眼差しが、いまも変わらず、揺るぎなかった。


 ただ、お顔の奥に、教育者としての穏やかさが滲んでいた。中央の政治闘争から離れ、若き生徒たちの教育に殉じておられる方の顔。


「明日の卒業式、よろしくお願いします」


「教頭の高柳君から、本省の話を伺いたいと」


「分かりました」


 井上校長と高柳教頭、それから関連の方々と、公式の会談を済ませた。


 深い話は、できなかった。


 夕刻、俺は江田島の宿舎に入った。


 窓を開けると、江田島の松林の向こうに、瀬戸内の海が、夕日に光っていた。


 海風が、宿舎の障子を撫でた。


 俺は窓辺に立ち、深く息を吐いた。


 (明日の夜、井上閣下の官舎に、秘かに伺う)


 心の中で呟いた。


 (本省への復帰を、懇請する)


 (合法の道のもう一つの柱として――井上中将を中央に呼び戻す)


 (米内大将と井上中将の二人が中央に揃えば、嶋田更迭は、必ず実現する)


 俺は深く息を吸った。


 江田島の三月の夜風が、肺に流れ込んだ。


 二十年前、わたしも江田島で少年として学んだ。あの時の海風と、いまの海風は、同じ匂いがした。


 ただ、二十年前のわたしには、井上中将に「赤煉瓦はまっぴらごめんだ」と冷たく拒絶される運命は、想像もできなかった。


 昭和十九年三月二十日、夜。


 合法の道は、伏見宮殿下のお心に届いた。


 ただ、その合法の道のもう一つの柱――井上中将への懇請は、明日の夜、ひっそりと、潰える運命にあった。


 わたしは、そのことを、まだ、知らない。



【後書き】(岡田啓介より)


 わしは岡田啓介。海軍大将。すでに予備役に編入されて久しい。


 ただ、海軍の長老として、また、内閣総理大臣を務めた重臣の一人として、いまも、国家の行く末を案じておる。


 昭和十九年三月十八日、土曜日の夜――。


 わしは伏見宮博恭王殿下から、ついに、米内現役復帰へのご同意のお言葉を引き出した。


 「米内を現役にすることは全然同意だ」


 「嶋田が断行すれば良インダネ」


 あの二つのお言葉は、わしが二月以来、何度も心に思い描いてきた、宮中からの最大の成果であった。


 高木少将は、その夜、わしのお宅まで来てくれた。


 わしの報告を、深く頭を下げて聞いてくれた。


 あの男は黒子として、海軍長老格、軍令部中堅、軍務局中堅、そして宮中の細川君を通じて、糸を引き続けてきた。


 わしの三月七日の第一次進言、三月十八日の第二次進言――いずれも、あの男が事前に伏見宮殿下のお心を読み、最善の手筈を整えてくれたからこそ、成功した。


 あの男はいつも、こう言う。


「中将のお力です」


 わしはいつも、こう答える。


「いや、わしは表に立っているだけだ」


 ただ、これは謙遜ではない。事実だ。


 わしのような老人にできることは、わずかだ。


 二・二六事件の朝、わしの義弟・松尾大佐が、わしの身代わりに殉じてくれた。あれ以来、わしの命は「拾い物」だ。


 拾い物の命を、いま、国家のために使う。


 ただそれだけで、わしの役は終わる。


 高木少将は、まだ若い。五十一歳。これから、長い戦いがある。


 わしのような老人は、せいぜい、お主の進言を伏見宮殿下にお取り次ぎするくらいしかできぬ。


 ただ、それでも、お主の黒子の働きが、ついに、伏見宮殿下のお心に届いた。


 あの夜、お主が応接室を辞した後、わしは一人、深く深く、息を吐いた。


 ただ――。


 わしの腹の底には、もう一つの、暗い予感が宿っている。


 伏見宮殿下が動いてくださっても、嶋田は動くまい。


 あの男は、東條と結託している。米内復帰を、断行することは、まずない。


 殿下のお心が動いても、嶋田が動かねば、合法の道は、結局、潰える。


 ただ――。


 その時のために、高木少将は、また別の手を打ってくれるだろう。


 あの男なら、必ず、別の道を見つける。


 米内大将と共に、井上成美中将を中央に呼び戻す。明日、江田島で、井上中将に本省復帰を懇請する――と、お主はわしに語ってくれた。


 ただ、井上中将は、おそらく断られるだろう。


 わしは井上中将のお人柄を知っている。あの方は中央の泥沼の政治闘争を嫌悪し、若き生徒の教育に殉じておられる。


 お主の懇請は、ひっそりと潰える運命にある。


 お主はそれを知らずに、いま、江田島へ向かっている。


 ただ、それでも、お主は諦めまい。


 わしはそう信じている。


■ 人物紹介


細川護貞(ほそかわ・もりさだ、1912年〜2005年) ※本話の前書きの語り手

 元総理大臣・近衛文麿公の女婿。高松宮宣仁親王の情報係。京都帝国大学法学部卒、本話時32歳。上品で洗練された理知的な青年貴族。陸軍・酒井鎬次中将や朝日新聞論説委員・佐々弘雄ら、皇道派・反東條派と通じる広いネットワークを持つ。戦後『細川日記』を残し、この時代の重要史料として後世に伝えた。本話の3月18日午後4時、目黒の教育局長室に高木を極秘訪問。陸軍・酒井鎬次中将との会談を提案するが、高木の冷徹なマキャベリズム(皇道派粛軍構想への拒絶)を聞き、深い印象を受ける。


高木惣吉(たかぎ・そうきち、1893年〜1979年)

 本話の本文の語り手(「俺」)。海軍少将。教育局長。本話時51歳。本話で「情報センター」としての高木の姿を描出。岡田大将による伏見宮殿下への二度の進言を受け、その結果を細川護貞・原田男爵・神大佐ら多方面に流す。「黒子」として表に出ず、糸を引く政治家の姿が立体的に立ち上がる。


岡田啓介(おかだ・けいすけ、1868年〜1952年) ※本話の後書きの語り手

 予備役海軍大将。第31代内閣総理大臣(1934-36)。本話の3月7日、伏見宮博恭王殿下に第一次進言(熱海の別邸)。「井上はいかぬ。あれは学者だ」「米内現役復帰は一応道理がある」の感触を得る。本話の3月18日夜、伏見宮殿下から呼び出され、第二次進言。「米内を現役にすることは全然同意だ」「嶋田が断行すれば良インダネ」の決定的なお言葉を引き出す。後書きで「拾い物の命」を国家のために使う決意と、高木への深い敬意を語る。


伏見宮博恭王(ふしみのみや・ひろやす、1875年〜1946年)

 海軍元帥。海軍の最高長老。本話で岡田大将の二度の進言を受ける重要人物。第一次進言では嶋田擁護のお気持ちを示すが、第二次進言で「米内を現役にすることは全然同意だ」「嶋田が断行すれば良インダネ」と、ついに合法の道を認めくださる。


高松宮宣仁親王(たかまつのみや・のぶひと、1905年〜1987年)

 昭和天皇の弟宮。海軍大佐。本話の3月12日、細川を通じて高木からの情報(米内現役復帰の感触)を受け取る。3月13日、細川に「陛下から御言葉を賜れば最も円滑に更迭できる」と語る。本話で東條閣下と妥協されているのではないかという噂が立つ。


神重徳(かみ・しげのり、1900年〜1945年)

 海軍大佐。教育局第一課長。本話の3月4日、教育局長室で高木と短い対話。「中堅を抑える」役を引き続き担う。


松谷誠(まつたに・せい、1903年〜1998年)

 陸軍大佐。参謀本部第二十班長(戦争指導班長)。本話の3月15日、「昭和19年末を目途とする戦争指導に関する観察(第三案)」を完成させる。机の引き出しの奥にしまう。3月16〜17日、山王ホテルで陸海軍中堅幕僚懇談会を主宰し、海軍中堅への終戦への種まきを続ける。


橋本はしもと 正勝まさかつ

 陸軍少佐。参謀本部第二十班員。本話の3月15日、第三案の完成書類を松谷大佐の机に置く。


服部 卓四郎/西浦 進/二宮 義清

 陸軍の参謀。本話の山王ホテル懇談会の陸軍側参加者。松谷大佐の同志。


藤井 茂/大前 敏一/山本 祐二/矢吹 哲堂

 海軍の参謀。本話の山王ホテル懇談会の海軍側参加者。松谷大佐の終戦への誘導の対象。顔色が日ごとに暗くなっていく。


原田熊雄(はらだ・くまお、1888年〜1946年)

 男爵。重臣連合の連絡役。本話の3月13日と14日、細川護貞の動きを高木に伝える。


近衛文麿(このえ・ふみまろ、1891年〜1945年)

 公爵。元内閣総理大臣。本話の前書きで細川護貞の口から「高木少将は、おそらく、皇道派の起用には反対だ」と語られる。3月14日、華族会館で細川と密談。


佐々 弘雄さっさ ひろお

 朝日新聞論説委員。近衛公の側近。本話の前書きで言及。3月18日午後2時半、細川と酒井中将・高木の会談調整について打ち合わせ。


酒井さかい 鎬次こうじ

 陸軍中将。皇道派の老将。東條閣下に反対し、早期講和を望む。本話で細川の口から名前のみ言及。第44話以降で本格登場予定。


井上成美(いのうえ・しげよし、1889年〜1975年)

 海軍中将。海軍兵学校長。本話の3月20日、海軍兵学校の正門で高木を出迎える。公式の挨拶のみ。翌3/21夜の極秘の懇請への助走。


矢野 英雄/南雲 忠一

 本話の3月初旬、桃の節句の送別会の余韻として、教育局長室で高木の独白に登場。


加瀬俊一(かせ・としかず、1903年〜2004年)

 外務省外相秘書官。本話の3月16〜17日の山王ホテル並行描写の中で、戦後の証言「彼等も最後にはこれを認めるに至つた」が引用される。


嶋田 繁太郎/東條 英機/杉山 元/米内 光政/豊田 副武/矢牧 章/黒島 亀人/石川 信吾/下村 正助/松平 康昌/木戸 幸一

 本話で言及される、合法工作の同志または対立者。


真崎 甚三郎/小畑 敏四郎/柳川 平助/石原 莞爾/阿南 惟幾/梅津 美治郎

 本話の3月18日の細川訪問の場面で、皇道派粛軍構想と高木の冷徹な拒絶の対象として言及される陸軍将官。


松尾 大佐

 岡田啓介の義弟。1936年の二・二六事件で岡田の身代わりとなって殉じた人物。本話の後書きで岡田の「拾い物の命」のエピソードとして言及。


■ 用語集


「合法の道」

 高木惣吉の倒閣工作の方法論の核心。海軍長老格・重臣・皇族の周辺から、合法的に嶋田海相の更迭と東條内閣の打倒を実現する道。本話で岡田大将による伏見宮殿下への二度の進言が、その最大の成果として描かれる。


「黒子の道」

 高木惣吉の倒閣工作の方法論。表に出ず、黒子として、糸を引く方法。本話で「情報センター」としての高木の姿が立体的に描出される。


「情報センター」

 本話で確立する高木の役割。岡田大将や細川護貞といった同志から情報を吸い上げ、また彼らを動かすための情報を与える「扇の要」として機能する。


「全然同意だ」

 昭和19年3月18日、伏見宮博恭王殿下が岡田大将の第二次進言を受けて、ついに発した米内現役復帰へのご同意のお言葉。「米内を現役にすることは全然同意だ」。合法の道が宮中の最高権威に届いた瞬間。


「嶋田が断行すれば良インダネ」

 同日、伏見宮殿下が岡田大将の説明を聞いて発した決定的なお言葉。嶋田海相が米内現役復帰を断行すれば良い、という意。合法工作の最大の成果。


「米内が先輩風を吹かして指図しては困る」

 昭和19年3月7日と3月18日、伏見宮殿下が米内現役復帰に懸念を示したお言葉。米内が嶋田の先輩としての地位を利用して指図することへのご懸念。


「井上はいかぬ。あれは学者だ」

 昭和19年3月7日、岡田大将が後任候補として井上成美中将の名を挙げた際、伏見宮殿下が一蹴したお言葉。「珊瑚海海戦のとき、敵を更に追撃すべき時に空しく引返した」と続いた。


「真崎、石原は信を措くに足らず」

 昭和19年3月18日午後4時、細川護貞の極秘訪問の場面で、高木が皇道派粛軍構想を冷徹に拒絶した言葉。「柳川その人は立派と信ずる。ただ、真崎、石原は信を措くに足らず」。高木のマキャベリスト的政治判断を象徴する一言。


「阿南なり梅津なりを使う」

 同じ場面で、高木が陸軍の主流派を使ってともかく陸軍を全うして戦争を遂行させる方を選ぶと語った構想。皇道派の異端を起用すれば陸軍内部が分裂して収拾がつかなくなるという、高木の冷徹なリアリズム。


「もはや尋常の手段では動かぬとまで言われている」

 昭和19年3月13日、細川護貞が高松宮殿下に拝謁した際に申し上げた言葉。東條内閣打倒を望む声が世間に満ち、宮中にまでその切迫が滲んでいた事実を示す。


「網は、確実に張られつつある」

 昭和19年3月14日夜、原田男爵からの伝言(細川が華族会館で近衛公と密談)を聞いた後、高木が局長室の窓辺で呟いた独白。岡田大将、伏見宮殿下、高松宮殿下、細川、近衛公――糸がすべて高木の手中に集まりつつあることを示す。


「拾い物の命」

 1936年の二・二六事件の朝、岡田啓介の義弟・松尾大佐が岡田の身代わりとなって殉じたことから、岡田が自らの命を「拾い物」と表現するエピソード。本話の後書きで岡田が「拾い物の命を、いま、国家のために使う」と決意を語る。


第三案

 陸軍参謀本部第二十班(戦争指導班)が、昭和19年3月15日に完成させた「昭和19年末を目途とする戦争指導に関する観察」。班長・松谷誠大佐の主導。ソ連仲介和平の構想を含む。本話の3月15日、橋本少佐が松谷大佐の机に置き、松谷が机の引き出しの奥にしまう。


「彼等も最後にはこれを認めるに至つた」

 戦後、加瀬俊一が『ミズリー号への道程』で記した、山王ホテル懇談会の海軍側参加者たちが、松谷大佐の誘導により、軍事情勢の絶望を認めるに至った経緯を示す証言。本話で引用される。



■ 史実と創作について


【史実に基づく部分】

・昭和十九年三月、海軍長老の岡田啓介や高木惣吉らが、嶋田繁太郎海相の更迭を軸とした合法的な打開を、重臣・皇族を通じて働きかけ続けたこと(伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報』、岡田啓介『岡田啓介回顧録』、細川護貞『細川日記』)。

・三月七日に岡田啓介が伏見宮博恭王を訪ね、米内光政の現役復帰を進言したこと。伏見宮博恭王が元軍令部総長として海軍部内で大きな影響力を保持しており、嶋田更迭の鍵を握る存在であったこと。

・細川護貞が高松宮宣仁親王のもとで情報収集にあたり、東條内閣打倒を望む世論の切迫を宮中へ伝えていたこと(細川護貞『細川日記』)。

・高木惣吉が海軍中堅層の神重徳大佐らと連携しつつ、長老を前面に立てた合法的な倒閣・更迭運動を支えていたこと。山王ホテルで陸海軍中堅幕僚が情勢を語り合う会合が持たれていたこと(伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報』)。

・戦後、加瀬俊一が『ミズリー号への道程』で、山王ホテル懇談会の海軍側参加者が松谷誠の誘導により軍事情勢の絶望を認めるに至った経緯を証言していること。


【創作部分】

・細川護貞の前書きの独白、合法工作をめぐる高木と神大佐らのやり取り、岡田啓介の後書きの語りや内面、各場面の情景描写は、史実の趣旨を踏まえて本作で構成した創作です。


■ 参考文献


伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報(上・下)』みすず書房、2000年

岡田啓介『岡田啓介回顧録』中公新書、2015年

細川護貞『細川日記』中央公論社、1978年

加瀬俊一『ミズリー号への道程』文芸春秋新社、1951年


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