第42話「南雲忠一、最後の独白――白木の箱か、男爵さまだ」
【前書き】(南雲忠一より)
わしは南雲忠一。海軍中将。山形県米沢市出身。
今日は昭和十九年三月三日、桃の節句。
今朝、わしは米沢の老母に別れを告げ、東京へ出てきた。
老母はもう九十に近い。足は悪い。それでもわしの顔を見て深く頷いてくださった。
「忠さん、お前のなすべきことをなさい」
あの一言でわしの腹は決まった。
大正十四年の春、わしが海軍中佐の頃、上野駅のプラットホームで軍装のまま、足の悪い老母を背負って歩いたことがある。雑踏のなか、母が「みなの人が珍しがって見ている」と恥じらった。わしは「かまいませんよ」と歩き続けた。あの日の母の背の軽さを、わしはいまも忘れぬ。
明日、わしはマリアナ諸島の防衛のために新設される中部太平洋方面艦隊司令長官としてサイパンへ赴く。
マリアナの島々――サイパン、テニアン、グアム。米軍の機動部隊がいずれ必ず来る。
わしはそこで戦う。
ただ、サイパンには空母はない。航空支援もない。
わしは――おそらく戻らぬ。
米沢の老母とは今朝が今生の別れであった。
今夜、東京で最後の宴がある。
主催は米沢の旧家の幼馴染、下村正助中将。海兵三十五期。わしの一期上の先輩。子供の頃からわしを「忠坊」と呼んでくださる方。
集まるのは四人。
下村兄上。
矢野英雄少将。海兵四十三期。海大時代に下村兄上の薫陶を受け、ロンドン軍縮会議でも下村兄上のもとで仕事をされた。明日からわしの参謀長となる男だ。
そして高木惣吉少将。同じく四十三期。教育局長。
高木少将とはこれまで個人的な付き合いはない。ただ、海軍中堅きっての終戦工作家としてその名は聞いている。下村兄上とは軍政畑の先輩後輩の深い間柄と聞く。
四つの縁がこの一夜に結ばれる。
わしはミッドウェー以来、酒を断ってきた。
昭和十七年六月五日の朝――。赤城の艦橋から、加賀・蒼龍・飛龍が米軍の急降下爆撃機の前に一瞬で炎に包まれるのを見て以来、酒が喉を通らなくなった。
ただ、今夜は別だ。
下村兄上が「忠坊、今夜だけは飲んでくれ。本土で飲む最後の酒だ」と仰せになるだろう。
わしは下村兄上の盃を断ることはできぬ。
今夜、わしは酔うだろう。
酔って何を語るか――。
真珠湾、インド洋、ミッドウェー、南太平洋――。
わが機動部隊の栄枯盛衰のすべてを、わしは背負ってきた。
その重みを今夜、米沢の幼馴染と四十三期の二人の前で降ろすことができれば――。
第四十二話、「白木の箱か、男爵さまだ――南雲忠一、最後の独白」。
昭和十九年三月三日、桃の節句の夜――陸海軍集会所で四つの縁が交差する物語。
【本文】
三月三日、金曜日。晴。
俺は午前八時半、教育局長室に出た。
昨日初登庁したばかりの新しい机に、また坐った。
窓の外、目黒の三月の薄日が机の上に斜めに射していた。
扉が叩かれた。
「局長、神大佐です」
「お入りなさい」
神大佐は静かに入ってきた。
「今夜、陸海軍集会所で送別会があると伺いました」
「下村中将の主催と聞いております。新設される中部太平洋方面艦隊への赴任の壮行会ですな」
神大佐の眼の奥にわずかに影が差した。
「南雲長官と矢野参謀長、お二人とも――」
神大佐はその先を口にしなかった。
俺もしばし黙っていた。
窓の外の薄日がわずかに寒々しく感じられた。
「局長、お気をつけて」
「ありがとう」
神大佐は深く一礼し、第一課長室へ戻っていった。
俺は局長室で一人、書類を整えた。
ただ、心はどこか宙に浮いていた。
(今夜、四つの縁が結ばれる)
心の中で呟いた。
(米沢コンビの下村中将と南雲長官。海大の師弟でありロンドン軍縮の同僚であった下村中将と矢野。軍政畑の先輩後輩、下村中将と俺。そして四十三期の同期、俺と矢野)
(その四つの縁が桃の節句の夜、陸海軍集会所で交差する)
俺は深く息を吐いた。
*
午後六時、俺は教育局長室を出た。
灯火管制下の東京はすでに薄闇に包まれていた。
タクシーで陸海軍集会所へ向かった。
集会所の玄関で軍装の老紳士がわたしを待っていた。
下村正助中将。
「高木君」
「中将。お招きありがとうございます」
下村中将は深く頷かれた。
予備役の中将はいまも背筋がぴんと伸びている。海大時代の軍政教官として、山本五十六、古賀峯一、そしてご自身が築かれた軍政畑の系譜が、その姿勢に滲んでいた。
二人は応接間へと向かった。
廊下を歩きながら下村中将が低い声で仰った。
「高木君、今夜は四人だ。米沢の忠坊と、海大とロンドンの矢野君と、軍政の高木君と――四つの縁を結ぶ」
「承知しました」
「忠坊は今朝、米沢の老母に別れを告げてきたそうだ」
俺は息を呑んだ。
「九十近い老母だ。あれが今生の別れとなろう」
「だからこそ今夜の杯は重い」
下村中将は応接間の扉の前でしばし立ち止まった。
「高木君、忠坊はミッドウェー以来、酒を断ってきた」
「今夜、わしは忠坊に杯を勧める。本土で飲む最後の酒だ」
「忠坊が酔って何を語るか――それはわしにも分からぬ。ただ、語らせてやりたい。あの男が背負ってきたものを、今夜降ろさせてやりたい」
下村中将の声がわずかに低くなった。
俺は深く頷いた。
「中将のお心、しかと承りました」
下村中将は応接間の扉を静かに開けた。
*
応接間にはすでに矢野英雄少将が坐っていた。
「矢野」
「高木か。久しぶりだ」
矢野はわずかに笑った。
ただ、その笑みにはいつもの陽気さがなかった。
四十三期の同期生として、わたしと矢野は江田島で共に少年であった。卒業して三十年近い。階級も役職も変わってきたが、級会で会うたびに矢野はいつも話題が豊富で座持ちのよい男であった。
今夜は違った。
矢野の眼の奥に深い疲労と覚悟が滲んでいた。
「先生」
矢野が下村中将に深く一礼した。
「矢野君、よく来てくれた」
下村中将は矢野の肩に軽く手を置いた。
「ロンドン以来だな」
「あの頃からもう、十五年が経ちました」
短い沈黙が流れた。
その時、廊下から軍靴の音が近づいてきた。
扉が開いた。
軍装の中将が入ってきた。
南雲忠一中将。
俺は初めて間近に南雲長官を見た。
小柄であった。ただ、肩をいからせて歩く佇まいに、米沢武士の透徹した真剣味が滲んでいた。
水雷屋の猛将として知られたお顔は、いまや深く青ざめていた。
ミッドウェー以来、苦虫をかみつぶしたような表情が抜けないと聞いていた。なるほどまさにそのとおりであった。
ただ、その眼の奥には緻密さと小心さも滲んでいた。
「忠坊」
下村中将が立ち上がった。
「正助兄」
南雲長官の声は低かった。
二人の老提督が無言で卓越しに頷き合った。
米沢の旧家の幼馴染。海兵三十五期と三十六期。子供の頃から「忠坊」と「正助兄」で呼び合ってきた仲。
矢野と俺は立ち上がって深く一礼した。
「長官」
「矢野君。明日からよろしく頼む」
南雲長官は矢野に短く声をかけた。
次に俺へ眼を向けた。
「高木少将か。下村兄から、お主のことは聞いている」
「光栄です」
「四十三期の高木惣吉。海軍中堅きっての理論派、と」
俺は深く頭を下げた。
南雲長官はわずかに笑った。
「いまの海軍にお主のような男が必要なのだ。下村兄が見込んだ男だ」
「身に余るお言葉、痛み入ります」
四人が卓を囲んで坐った。
*
卓の上には銚子と、桃の節句にちなんだ料理が並んでいた。
下村中将が銚子を取り上げた。
「では、まず矢野君と高木君に」
下村中将が二人の盃に酒を注いだ。
俺と矢野はそれぞれの盃を受けた。
「下村兄上は」
南雲長官がふと口を開いた。
「正助兄、お主は飲まれるのか」
「わしはもちろん飲む」
下村中将は自分の盃にも酒を注いだ。
南雲長官の盃には水が注いであった。
四人は最初の杯を干した。
「忠坊」
下村中将がゆっくりと語り出した。
「覚えているか。子供の頃、米沢の冬は深かったな。膝まで埋まる雪のなかで、上杉鷹山公の話を聞いて育った」
南雲長官の眼の奥がわずかに和らいだ。
「正助兄、覚えていますとも」
「鷹山公の『なせばなる、なさねばならぬ何事も』――あの言葉がいまもわしの腹の底にある」
「同じく」
「ハワイへ出撃する時もその言葉を思い出した、と」
南雲長官はしばし沈黙した。
「正助兄、出撃前のわしはその言葉を思い出すどころか――」
南雲長官の口元に苦笑が浮かんだ。
「ぼうずの頃の雪合戦の方を思い出していた」
「米沢の雪の深さ。あの時わしと正助兄は、雪のなかで上杉の旧家の子供たちとぶつかり合った」
「あの時の雪のなかの怒声と、ハワイへ向かう艦橋の上の冷気が、不思議と重なって思い出された」
下村中将がわずかに笑った。
「忠坊、お主の根はいまも米沢のぼうずだ」
「正助兄、わしもそう思う」
二人の老提督が静かに笑い合った。
俺はその光景を深く目に焼きつけた。
四十年近い友情が、この一瞬の笑顔に凝縮されていた。
矢野がぽつりと口を開いた。
「先生」
下村中将が矢野に眼を向けた。
「海大の頃、先生からお教えいただいた『軍縮交渉と国家戦略』のご講義をいまも覚えております」
「あの時、先生は仰せになりました。『軍縮とは敗北ではない。国力に応じた賢明な選択である』と」
「ロンドン軍縮会議のおりにも、先生はその信念を貫かれた」
「わたしは補佐官補として末席に坐っておりましたが、先生のお背中を見て、英米と戦ってはならぬという確信を抱きました」
下村中将はわずかに目を伏せた。
「矢野君、あの会議でわしも同じ確信を抱いた」
「ただ、海軍は組織としてその確信を持つことができなかった」
「わしもお主も声高に叫ぶことができなかった」
矢野が深く頭を下げた。
「先生、その負い目がいまもわたしの腹の底にあります」
「うむ。わしも同じだ」
下村中将が深く息を吐いた。
俺はその光景をまた深く目に焼きつけた。
ロンドン軍縮会議。あの時、英米の真の力を眼で見た日本海軍の智将たちが、組織としてその確信を貫けなかった負い目――。
その負い目がいま、桃の節句の卓の上にひっそりと降りていた。
*
下村中将が銚子を取り上げた。
南雲長官の前の盃にしばし視線を落とした。
「忠坊」
「ミッドウェー以来、お主は酒を断ってきた」
「……」
「もうすぐ2年だな」
「あの朝、お主が赤城の艦橋から歴戦の空母がが燃え落ちていくのを見て以来――」
南雲長官は黙って卓を見つめていた。
「忠坊、今夜だけは飲んでくれ」
下村中将の声がわずかに低くなった。
「本土で飲む最後の酒だ」
南雲長官はしばし沈黙した。
その眼の奥に何かが深く揺れていた。
ミッドウェー以来背負ってきた重みと、米沢の幼馴染が差し出す盃と――。
南雲長官はゆっくりと頷いた。
「正助兄の盃を断ることはできぬ」
下村中将が銚子を傾けた。
南雲長官の盃にゆっくりと酒が注がれた。
矢野と俺は息を呑んでその光景を見つめていた。
南雲長官は両手で盃を受けた。
しばし盃を見つめた。
そしてゆっくりと口へ運んだ。
南雲長官が二十一ヶ月ぶりに酒を口にした瞬間であった。
南雲長官は盃を干した。
眼を閉じた。
しばし何も仰せにならなかった。
やがて眼を開いた。
「正助兄」
「酒というのはこんなにも温かいものであったか」
下村中将は深く頷いた。
「忠坊、もう一杯どうだ」
「いただこう」
下村中将がまた酒を注いだ。
南雲長官の頬にわずかに赤みが差し始めた。
*
杯が進むにつれて、南雲長官の眼の奥が徐々に開かれていった。
二十一ヶ月、誰にも語らずに抱え込んできたものが、酒の力を借りてゆっくりと滲み出てきた。
「忠坊、真珠湾の話をもう一度聞かせてくれ」
下村中将がそう促した。
南雲長官はしばし卓の上の盃を見つめた。
「真珠湾か――」
南雲長官はゆっくりと語り出した。
「択捉島単冠湾を出撃したのは、昭和十六年十一月二十六日。氷雪の北太平洋を、わが機動部隊は突き進んだ」
「ただ、わしは――」
南雲長官の眼にわずかに苦笑が浮かんだ。
「出撃の途上、艦橋で草鹿(参謀長)にこっそり囁いた」
「『参謀長。ぼくはエライことを引き受けてしまった。ぼくがもうすこし気をきかせて、きっぱり断わればよかったと思う。出るには出たが、うまく行くかな――』」
南雲長官は自嘲気味に笑った。
「ハワイ海戦の英雄が出撃前に弱音を吐いていた。情けない話だ」
下村中将は深く頷いた。
「忠坊、それがお主だ。緻密で慎重な水雷屋だ。だから機動部隊を最後まで率いられた」
「正助兄――」
南雲長官は深く息を吐いた。
「もともとわしは航空戦の素人だ。水雷屋として駆逐艦を操ってきた男だ。なぜわしが第一航空艦隊の司令長官に任命されたのか――いまでも分からぬ」
「忠坊、それは責任感だ。お主の責任感が機動部隊を任された理由だ」
「かもしれぬ」
南雲長官は盃を呷った。
「ただ、その任命をわしは引き受けてしまった。山本長官への忠誠心と米沢武士としての責任感で」
「そして出撃した。北太平洋の怒涛狂乱を越えて」
南雲長官の眼の奥がふと輝いた。
「十二月八日の暁、わが機動部隊の艦載機がハワイの空を覆った時――『トラトラトラ』の電報が艦橋に届いた」
「わしと草鹿は涙を流して固く手を握り合った」
「あの瞬間、わしの腹のなかの不安はすべて吹き飛んだ」
南雲長官の口元にふと誇らしげな笑みが浮かんだ。
ただ、その笑みはすぐに消えた。
「正助兄、ただ――」
「ハワイの夜、もし戻れなかったら、わしは米沢の老母をどうしていたか」
南雲長官の眼がわずかに潤んだ。
「老母はもう九十に近い。足は悪い。あの時わしが戻らなかったら――」
下村中将は深く頷いた。
「忠坊、お主は戻った。それでよい」
短い沈黙が流れた。
南雲長官はまた盃を呷った。
「ハワイの後、われわれは無敵であった」
「インド洋で、セイロン沖で、英軍の艦隊を叩いた。五ヶ月で五万カイリ。史上空前の大戦果であった」
「ただ――その大戦果がわれわれを驕らせた」
南雲長官の声が低くなった。
「敵を侮り油断した。日本の暗号が解読されていることなど微塵も疑わなかった」
「再びハワイ空襲の栄光を夢みて、わが機動部隊はミッドウェーへ出撃した」
南雲長官はしばし卓を見つめた。
その眼の奥に何かが深く揺れた。
「正助兄、ミッドウェーは――」
南雲長官の声が震え始めた。
「昭和十七年六月五日の朝。わしの旗艦・赤城の艦橋が大きな衝撃を受けた――」
南雲長官の眼が卓の遠くを見ていた。
「同時に、加賀、蒼龍、そして夕方には飛龍――わが四空母が米軍の急降下爆撃機の前に、一瞬で炎に包まれた」
「……」
「わしはただ見ていた。機動部隊が消えていくのを」
南雲長官の盃を持つ手がわずかに震えた。
「あの朝、日本海軍の運命は決まった」
「忠坊――」
下村中将が低く声をかけた。
南雲長官はしばし眼を閉じた。
深く息を吐いた。
「全作戦中止の命を受けた時、わしの心中は武士としての血が煮えくり返った」
「わしは自決を考えた」
矢野と俺は息を呑んだ。
「ただ、草鹿が止めた。『死によってこの重大責任から逃れるのは、無責任だ』と」
「わしは生きて、処分を山本長官に一任する覚悟を固めた」
南雲長官は眼を開いた。
「ただ、あれ以来わしは――」
「酒が喉を通らなくなった」
矢野と俺はまた深く眼を伏せた。
「飛行機、と聞くだけでいまも飛び上がる。ノイローゼ気味と皆に言われている。否定はせぬ」
南雲長官は自嘲気味に笑った。
矢野がぽつりと口を開いた。
「長官」
南雲長官が矢野に眼を向けた。
「それは長官お一人の責めではありません」
短い沈黙が流れた。
「日本海軍全体の油断と驕りの結果であります」
「矢野君――」
「あの時、わたしは戦艦長門の艦長として本土におりました」
「機動部隊が米軍と死闘を続けていた時、わが戦艦長門は後方で待機していた」
「保全艦隊主義に縛られて、戦艦は前線に出されず、空母だけが米軍と戦った」
「あれがわが海軍の限界でありました」
南雲長官は深く頷いた。
「矢野君、お主の言う通りだ」
「ただわしには、ミッドウェーの責任が生涯ついて回る」
矢野は深く頭を下げた。
俺もまた深く頭を下げた。
南雲長官はまた盃を呷った。
「正助兄、ミッドウェーの後、山本長官はわしの罪を許してくださった」
「『あの償いはさせてやる』と仰せになり、わしを第三艦隊司令長官に留めてくださった」
「わしは雪辱の一戦のため、昼夜を分かたぬ猛訓練に没頭した」
「そして十月二十六日――南太平洋海戦」
南雲長官の眼の奥にふと光が宿った。
「あの朝、わしの旗艦は空母翔鶴であった」
翔鶴といえば艦長は確か――
「翔鶴艦長は、お主たち四十三期はよく知っておろう」
矢野と俺は同時に頷いた。
「有馬正文」
俺と矢野の声が重なった。
南雲長官がわずかに笑った。
「あの男は強かった。攻撃精神の塊だ」
「敵陣が崩れて追撃の好機となった時、有馬がわしに進言してきた。『長官、是非もっと追撃を続けるべきです!』と」
南雲長官はしばし沈黙した。
「ただ、わしの司令部には『もうこれで十分だ』という空気が漂っていた」
「わしは――有馬の進言を聞かなかった」
矢野と俺は深く眼を伏せた。
(有馬――あの男は南雲長官にも追撃を諫めた)
俺は心の中で呟いた。
(来週、その有馬がダバオへ赴く前にわたしを訪ねてくる)
「翔鶴は敵の急降下爆撃で炎上した。わしは将旗を駆逐艦『嵐』に移した」
「草鹿が有馬に『翔鶴は一時トラックに回航せよ』と命じた」
「ところが有馬は――」
南雲長官の口元にふと苦笑が浮かんだ。
「『いや、飛行甲板がやられても、大砲は無傷ですから、これで最後まで戦います』と」
矢野と俺はわずかに笑った。
「最後は草鹿が『艦長――! トラックに回航!』と一喝して、ようやく退避に応じた」
「あれが有馬正文だ。お主たちの同期生だ」
俺と矢野は深く頷いた。
南雲長官は盃を呷った。
「南太平洋海戦でわれわれはホーネットを撃沈した。ミッドウェーの雪辱を見事に果たした」
「あの戦い終わった後の艦上での研究会で、わしは――」
南雲長官の眼にわずかに光が滲んだ。
「開戦以来初めて笑顔を見せましたね、と幕僚たちが言った」
「そして十一月十七日――わしは天皇陛下に拝謁し、開戦以来の作戦を自ら奏上した」
南雲長官の声がわずかに誇らしげになった。
「あれがわしの生涯、最大の光栄の日であった」
短い沈黙が流れた。
南雲長官はしばし目を伏せた。
「ただ――」
「あの戦いでわしは、なけなしの精鋭パイロットを使い果たしてしまった」
「ミッドウェーを生き延びた貴重な熟練パイロットの多くが、南太平洋で散った」
「米軍は急速にパイロットを補充できた。ただ、わが海軍はできなかった」
「あれ以来、わが海軍は二度と、十分な母艦作戦を行えなくなった」
南雲長官は深く息を吐いた。
「南太平洋の勝利は――皮肉にも、わが機動部隊の終焉の始まりであった」
矢野と俺は深く頭を下げた。
俺は心の中で呟いた。
(南太平洋海戦の勝利が、わが機動部隊の終焉の始まり)
(南雲長官ご自身がそれをはっきりと自覚しておられる)
(この男の背負ってきた重みは、想像を絶する)
「その後――」
南雲長官は淡々と続けた。
「ガダルカナル撤退、アッツ玉砕、タラワ・マキン玉砕、クェゼリン玉砕、二月のトラック空襲――」
「われわれはただ削られ続けてきた」
「そしてわしはいま、サイパンへ赴く」
南雲長官は卓の上の盃を見つめた。
「あの島には空母はない。航空支援もない」
「米軍の機動部隊がいずれ必ず来る」
「わしはそこで――」
南雲長官はその先を口にしなかった。
ただ深く深く息を吐いた。
*
南雲長官は盃をぐっと呷った。
頬がいっそう赤くなった。
ふと不意に笑った。
「正助兄、暗い話ばかりで、すまぬ」
「忠坊、いやいや、よく語ってくれた」
「桃の節句の夜だ。最後にわしが作った歌を歌わせてくれ」
下村中将はわずかに笑った。
「うむ。存分に歌ってくれ」
南雲長官は背筋を伸ばした。
米沢武士の透徹した姿勢が戻った。
そして低く朗々と歌い出した。
白頭山節――その節回しに南雲長官自作の歌詞が乗った。
「千島択捉 吹雪激しく
怒涛狂乱 波濤を越えて
皇国興廃 この一戦
意気で乗り出す 機動部隊」
矢野と俺は息を呑んで聴いた。
南雲長官の声は低く太く、米沢武士の根を滲ませていた。
単冠湾を出撃する機動部隊の重圧と、北太平洋の怒涛が、その節回しに乗っていた。
南雲長官はしばし間を置いた。
「暁闇破りて
荒鷲たてば そこはハワイ・真珠湾
『トラトラトラ』の電波を背にして
還る母艦には あさひ影」
下村中将は深く頷いた。
南雲長官はまた背筋を伸ばした。
そして三番を歌い出した。
「積もる無念を 杯に込め
ここぞサイパン 死地と知る
友よ男男子の 意気血に燃えて
散りぬる命も 顧みず」
矢野と俺は深く眼を伏せた。
サイパンへ赴く老提督の覚悟が、その節回しに凝縮されていた。
南雲長官は歌い終えた。
眼をしばし閉じた。
そして開いた。
ふと自嘲気味に笑った。
「正助兄、矢野君、高木君――」
南雲長官は盃を取り上げた。
「いよいよ今度という今度は、白木の箱か、男爵さまだ!」
そういうと、南雲長官はぐいっと盃を勢いよく飲み干した。
その一言は、桃の節句の集会所に静かに響いた。
下村中将は目を伏せた。
矢野は無言で杯を傾けた。
俺は深く頭を下げた。
(征く者は、いずれも変わらぬ思いだろう)
心の中で呟いた。
(白木の箱で還るか、武功を立てて男爵を賜るか。ただ、二つに一つ)
(南雲長官と矢野――お二人はいま、その二つの道の前に立っておられる)
夜は深まった。
四人は集会所を出た。
灯火管制下の街は墨を流したように真っ暗だった。
外で矢野がわたしに向き直った。
「高木」
「お前に最後に伝えておきたい」
「俺はおそらく戻らぬ」
俺は息を呑んだ。
「サイパンか、テニアンか、グアムで――俺は命を落とす」
「矢野――」
「ただ、戦後の日本を誰かが見届けねばならぬ」
「その誰かは第一線で散る者ではない。海軍中央で絶望を見ながら、なお生きて戦後を組み立てる者だ」
「矢野――」
「高木、お前がその役だ」
矢野は俺の手を強く握った。
「お前は戦後を見届けてくれ」
俺は深く頷いた。
「分かった」
「俺がお前に最後に渡せるのは、その役目だ」
「頼んだぞ、高木」
矢野は俺の手を離した。
そして下村中将と南雲長官の方へ歩いていった。
下村中将は南雲長官の肩を支えながら車に向かわれていた。
矢野は深く一礼し、南雲長官の傍に立った。
四人は灯火管制下の薄闇のなかで別れた。
下村中将と南雲長官の車が走り去った。
矢野の車も走り去った。
俺は一人、灯火管制の街を歩き始めた。
夜空には星がわずかに瞬いていた。
雲のない夜空であった。
三月の冷たい風が頬を撫でた。
桃の節句の名残の篝火が、どこかの邸の入口にひっそりと灯っていた。
俺は深く息を吐いた。
(南雲長官と矢野――)
心の中で呟いた。
(お二人は明日からマリアナへ赴かれる)
(そして四ヶ月後の七月、二人ともサイパンで――)
俺はその先を心の中で言葉にしなかった。
ただ、矢野の最後の握手の温もりがいまもわたしの掌に残っていた。
(矢野、わたしはお前の願いを必ず果たす)
(戦後の日本を見届ける)
(そのためにわたしは合法の道を最後まで歩む)
(神大佐に中堅をまとめさせ、下から支えさせる)
(米内大将復活工作を岡田大将と組み上げる)
(来週、有馬正文がダバオへ赴く前にわたしを訪ねてくる)
(南太平洋海戦で南雲長官に追撃を諫めた、あの男だ)
(その有馬とわたしは何を語るか――)
俺は深く息を吸った。
三月の冷たい夜風が肺に流れ込んだ。
昭和十九年三月三日、桃の節句――夜。
四つの縁が結ばれ、そしてほどけていった夜。
南雲長官の白頭山節がいまもわたしの腹の底で、低く響いていた。
【後書き】(矢野英雄より)
俺は矢野英雄。海軍少将。海兵四十三期。
今夜は昭和十九年三月三日。桃の節句。
陸海軍集会所での送別会から、たったいま戻ってきた。
明日、俺はマリアナへ赴く。
南雲長官の参謀長として。
今夜、わたしは三つのことを心に刻みつけた。
一つ。下村先生のお背中を、最後に拝見できたこと。
海大時代のあの教官のお背中を、ロンドン軍縮会議のあの先輩のお背中を、今夜最後に拝見できた。
あの会議でわたしは英米の真の力を、自分の眼で見た。日本は英米と戦ってはならぬという確信を抱いた。
ただ、海軍は組織としてその確信を持つことができなかった。
わたしも先生も声高に叫ぶことができなかった。
その負い目を今夜、先生と二人でひっそりと共有できた。
二つ。南雲長官の真実を聞けたこと。
ミッドウェー以来、二十一ヶ月、お一人で背負ってこられた重み。
真珠湾の弱音、ミッドウェーの惨劇、南太平洋の雪辱と代償、サイパンへの覚悟――。
あの方が今夜、酒の力を借りてすべてを語ってくださった。
あの方の重みをわたしはこれからサイパンで、参謀長として共に背負う。
三つ。高木に遺言を伝えられたこと。
「お前は戦後を見届けてくれ」
あの言葉をわたしは高木に伝えられた。
高木はわが四十三期のなかで、唯一戦後を組み立てられる男だ。
軍令部出仕兼海軍大学校研究部員から、教育局長へ。海軍中央に拠点を持った男。
あの男ならたとえこの戦争が絶望的に終わっても、戦後の日本を組み立てることができる。
わたしが第一線で散ることに悔いはない。
ただ、第一線で散る者の名誉を、戦後に誰かが伝えてくれねばならぬ。
その役は高木のものだ。
高木よ。お前は戦後を見届けてくれ。
わたしはサイパンで、わが戦艦長門艦長としての悔恨を贖う。
大艦巨砲主義に縛られて、機動部隊を後方から見送るしかなかったあの戦艦長門艦長としての悔恨を。
マリアナで最前線に立ち、最後の一兵まで戦って贖うのだ。
南雲長官と共に。
四ヶ月後の七月――。
わたしと南雲長官は、おそらくサイパンで共に果てることになる。
ただ、それでよい。
戦後を見届けるのは高木の役目だ。
わたしは第一線で散る者の役目を果たすのみ。
■ 人物紹介
南雲忠一(なぐも・ちゅういち、1887年〜1944年) ※本話の前書きの語り手・本文の中心人物
海軍中将。山形県米沢市出身。海兵36期。「水雷屋」として駆逐艦戦術の第一人者として育つ。真珠湾攻撃時の第一航空艦隊司令長官として、機動部隊を率いて大戦果を挙げる。ただし出撃時には草鹿龍之介参謀長に「ぼくはエライことを引き受けてしまった」と弱音を漏らした史実がある。ミッドウェー海戦で大敗北を喫し、自決を考えるも草鹿らに止められる。以後酒を断ち、苦虫をかみつぶした表情で第三艦隊司令長官として南太平洋海戦で雪辱を果たす。1942年11月17日に天皇陛下に拝謁し開戦以来の作戦を自ら奏上――「生涯最大の光栄」。ただし南太平洋海戦で精鋭パイロットを使い果たし、機動部隊の終焉の始まりとなる。本話時、3月3日付で中部太平洋方面艦隊司令長官として赴任予定。1944年7月6日、サイパンで自決。本話の前書きで人物像を立ち上げ、本文の南雲独白で日本海軍機動部隊の盛衰そのものを背負った男の最後の証言を描出。
今回の飲み会はフィクションではなく、実際に1944年3月3日に下村、南雲、矢野、高木の4人で開かれたもので、高木日記に記載がある。どのような会話がなされたのかの多くは筆者の創作だが、高木日記には、南雲が「愈々、今度という今度は、白木の箱か、男爵さまだ!」という発言をしたこと、高木が「征く者いずれも変らぬ思いであろう」という感想を持ったことが記録されている。
高木惣吉(たかぎ・そうきち、1893年〜1979年)
本話の本文の語り手(「俺」)。海軍少将。教育局長。本話の3月3日、下村中将主催の送別会に出席。南雲長官の長い独白を聞き、サイパンへ赴く老提督への深い敬意と哀惜を抱く。矢野英雄からの「お前は戦後を見届けてくれ」の遺言を受け取る。
下村 正助 ※本話の中心人物の一人
海軍中将(予備役)。山形県米沢市出身。海兵35期。南雲忠一中将の同郷・同窓の旧家からの幼馴染。海軍大学校軍政教官として、矢野英雄を含む多くの海軍将校を育てた。ロンドン海軍軍縮会議では矢野英雄と同僚として勤務。高木とは「軍政畑の先輩後輩」として深い信頼関係。本話の3月3日、送別会を主催。南雲を「忠坊」と呼び、米沢の旧家の幼馴染としての絆を最後に結ぶ。南雲のミッドウェー以来の禁酒を破らせ、本土で飲む最後の酒を勧める。
矢野英雄(やの・ひでお、1894年〜1944年) ※本話の後書きの語り手
海軍少将。海兵43期、高木の同期生。元戦艦長門艦長(南太平洋海戦時、本土待機)。元海軍報道部長。海大時代に下村正助の薫陶を受け、ロンドン海軍軍縮会議でも下村のもとで勤務した経歴。本話時、3月3日付で中部太平洋方面艦隊参謀長として赴任予定。1944年7月8日、サイパン玉砕で戦死。本話の3月3日、送別会で下村への深い敬意を表し、南雲長官のミッドウェー独白に対して「日本海軍全体の油断と驕りの結果」と短く慰める。後書きで「四ヶ月後の七月、わたしと南雲長官はサイパンで共に命を落とすであろう」と本人がサイパン玉砕を予感する独白を行い、高木への遺言「お前は戦後を見届けてくれ」を布石として置く。
今回の壮行会では、「級会では常に話題の豊富で座持ちの上手な矢野少将が、今日は少しも弾んでいなかった。」と沈痛な雰囲気であったと高木は書き留めている。
神重徳(かみ・しげのり、1900年〜1945年)
海軍大佐。海軍省教育局第一課長。本話の3月3日朝、教育局長室で高木と短い対話。「あの島はもう生きて還れぬ任地ですな」と憂える。
有馬正文(ありま・まさふみ、1895年〜1944年) ※本話で南雲長官の独白の中で登場
海軍少将。海兵43期、高木と矢野英雄の同期。南太平洋海戦時の翔鶴艦長として、南雲長官に「もっと追撃を続けるべし」と進言。聞き入れられず、翔鶴炎上時には「飛行甲板がやられても、大砲は無傷ですから、これで最後まで戦います」と強気に反発し、草鹿参謀長に「艦長――。トラックに回航!」と一喝されてようやく退避に応じた。本話の南雲長官の独白で「あれが有馬正文だ。お主たちの同期生だ」と評される。1944年10月15日、台湾沖航空戦で壮絶な死を遂げる。
草鹿 龍之介
南雲長官の参謀長。本話で南雲長官の独白の中で登場。真珠湾出撃時に南雲長官から「ぼくはエライことを引き受けてしまった」と弱音を打ち明けられた人物。ミッドウェー敗戦後、南雲の自決を止め、「死によってこの重大責任から逃れるのは無責任だ」と諭した人物。
山本五十六(やまもと・いそろく、1884年〜1943年)
連合艦隊司令長官。本話で南雲長官の独白の中で登場。ミッドウェー海戦後、南雲を罰せず「あの償いはさせてやる」として第三艦隊司令長官に留めた人物。1943年4月18日、ブーゲンビル島上空で戦死。
南雲の老母
米沢の旧家にお住まいの足の悪い高齢の母堂。大正14年に南雲が中佐の頃、上野駅のプラットホームで軍装のまま背負って歩いた。本話の3月3日朝、南雲はサイパン赴任前の今生の別れを告げた。
■ 用語集
桃の節句
3月3日の節句、雛祭り。本話の舞台となる日。陸海軍集会所での送別会が開かれる夜の日付として、物語の象徴的な意味を持つ。
陸海軍集会所
戦前の東京にあった、陸軍と海軍の士官たちが集う高級な会場。本話で下村正助中将主催の送別会の場として登場。
「忠坊」(ちゅうぼう)
下村正助中将が南雲忠一中将を呼ぶ呼び方。米沢の旧家の幼馴染としての、子供の頃からの愛称。
「正助兄」(しょうすけあに)
南雲忠一中将が下村正助中将を呼ぶ呼び方。米沢の幼馴染の年上への、伝統的な呼びかけ。
「なせばなる、なさねばならぬ何事も」
米沢藩主・上杉鷹山公の有名な言葉。本話で下村中将と南雲長官が米沢の旧交を温める場面で言及される、米沢武士の精神の象徴。
「ぼくはエライことを引き受けてしまった」
昭和16年11月、真珠湾攻撃へ向かう艦上で、南雲忠一第一航空艦隊司令長官が草鹿龍之介参謀長に小声で囁いた弱音。「ぼくがもうすこし気をきかせて、きっぱり断わればよかったと思う。出るには出たが、うまく行くかな――」と続く。史料の原文通り。本話で南雲自身が回想として語る。
「トラトラトラ」
昭和16年12月8日、真珠湾攻撃で奇襲成功を告げる電文。「我奇襲ニ成功ス」の暗号。本話で南雲が回想として語る。
「あの償いはさせてやる」
ミッドウェー海戦の大敗北後、山本五十六連合艦隊司令長官が南雲忠一中将への処分を一任された際、自らに言い聞かせるように漏らされた言葉。山本長官は南雲を罰せず、第三艦隊司令長官として再起の機会を与えた。本話で南雲が回想として語る。
「白木の箱か、男爵さまだ!」
昭和19年3月3日の送別会で、南雲忠一中将が漏らした史実の一言。「白木の箱」は戦死して遺骨になること、「男爵さま」は生還して大武功を立て爵位を得ること。死地サイパンへ赴く老提督の悲壮な覚悟を、自嘲気味に表現した。本話のタイトルに採用。
「白頭山節」(ハワイ海戦編)
戦時下に流行した俗謡の節回し「白頭山節」に、南雲忠一が「ハワイ海戦」の情景をうたい込んだ自作の歌詞を乗せた歌。サイパン赴任後、角田覚治中将らと水交社で歌った史実がある。本話では送別会で南雲が一番(出撃の重圧)と三番(サイパンでの覚悟)を歌う。歌詞は史料に残されておらず、作者による創作。七・七・七・五調。
「機動部隊の栄枯盛衰」
日本海軍機動部隊の盛衰。昭和16年12月の真珠湾攻撃の絶頂から、昭和17年4月のインド洋作戦の最盛期を経て、昭和17年6月のミッドウェー敗北で運命が決まり、昭和17年10月の南太平洋海戦の雪辱で短い回復を見たが、貴重なパイロットの大量喪失により以後二度と十分な母艦作戦を行えなくなった。南雲忠一はその全期間を司令長官として背負ってきた。
■ 史実と創作について
【史実に基づく部分】
・南雲忠一が真珠湾攻撃やミッドウェー海戦で機動部隊を率いた提督であったこと。ミッドウェーの敗北以来ふさぎがちであったと伝わること(松島慶三『悲劇の南雲中将 真珠湾からサイパンまで』)。
・南雲が昭和十九年に中部太平洋方面艦隊司令長官として最前線のサイパンへ赴いたこと。同年七月、サイパン島で第四十三師団長・齋藤義次中将らとともに自決して果てたこと。
・南雲が山形県米沢の出身であったこと。矢野英雄が南雲の参謀長としてサイパンへ同行し、のちに南雲とともに斃れること。
・本話の表題「白木の箱か、男爵さまだ」が、南雲が高木との会合で漏らしたとされる言葉として高木の日記に記録されていること、矢野の元気がなかったこと、高木が「征く者いずれも変らぬ思いであろう」という感想を抱いたことが記録されていること(伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報』)。
・南雲・下村正助・矢野英雄・高木の四人が、昭和十九年三月三日に送別会を持ったことが高木の日記に記載されていること(伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報』)。
【創作部分】
・桃の節句の送別会という場面の設定、四人が陸海軍集会所で会したという情景、その席での会話や南雲の独白、「白木の箱か、男爵さまだ」に込めた心境の描写は、上記の史実を踏まえて本作で構成した創作です。
・南雲の心情やエピソードの肉付けには松島慶三『悲劇の南雲中将』を参考にしています。米沢の幼馴染である下村正助との関係を軸とした描き方は、本作の高木弧における造形です。前書き・後書きの語りや内面、各場面の情景描写は創作です。
■ 参考文献
松島慶三『悲劇の南雲中将 真珠湾からサイパンまで』徳間書店、1967年
伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報(上・下)』みすず書房、2000年
高木惣吉『自伝的日本海軍始末記』光人社、1971年




