第41話「海軍省教育局長就任――目黒の秘密アジト」
【前書き】(加瀬俊一より)
わたしは加瀬俊一。外務省外相秘書官です。重光葵大臣のもと、対米工作と終戦工作を密かに進めております。
今日は、昭和十九年三月初旬。
わたしの机の上には、東京商科大学の卒業証書はない。
あの大学を、わたしは卒業しなかった。
在学中に外交官試験に合格し、即、外務省に入省した。あれは、若き日の、ひとつの賭けであった。
大学を中退してまで、なぜ外交官の道を選んだのか――。
学窓の友人たちは、わたしを「変わり者」と呼んだ。
ただ、わたしには自分なりの確信があった。
日本という国はこれから先、世界と渡り合っていかねばならぬ。その渡り合いの最前線に、自分は立ちたい。学位の有無はわたしにとって第二義であった。
外務省に入って二十年余――。
ワシントンで、ロンドンで、わたしは英米の本当の力を、自分の眼で見てきた。
あの力を、軍人たちは、なぜ正しく見ぬのか。
精神論で米国に勝てると、なぜ本気で信じることができるのか。
わたしにはいまも、分からぬ。
二月十日――四首脳会談で、東條閣下が「精神的努力で五割水増し」の裁断を下した。
わたしはその報せを外務省の自分の机で聞いた。
頭を抱えた。
ただ、机を蹴ることはしなかった。外交官は感情を表に出してはならぬ。
その代わり、わたしは重光大臣に、対独・対ソ・対中、それぞれの和平の可能性について、より深く、より急いで検討するよう、進言した。
重光大臣は深く頷かれた。
「加瀬君。時間がない」
あれが、いまの外務省の、最も深い嘆きである。
海軍の高木惣吉少将――その名はわたしの耳にもすでに届いている。
松平康昌秘書官長を通じて密かに伝わってくる情報――高木少将は海軍中堅の同志を結束させ、米内大将の現役復帰を起点として、合法的弾劾の包囲網を組み上げようとしておられる、と。
そしてわたしの耳には、もうひとつ、極めて重要な報せが届いた。
三月一日付で、高木少将が海軍省教育局長に発令される、と。
あの方が海軍省本流の中枢に拠点を移される。重臣、宮中、陸軍、そして外務省――すべての結節点になる。
その日が、ついに来た。
高木少将と、わたしはまだ、お会いしたことがない。
ただ、いずれ必ず、お会いすることになる。その予感がわたしの腹の底にある。
海軍の高木惣吉。陸軍の松谷誠。外務省のわたし、加瀬俊一。そして、宮中の松平康昌――。
四つの輪がいつか、ひとつに重なり合う日が来るかもしれない。
その日まで、わたしは外務省という別の場所で、自分の戦いを進める。
第四十一話、「教育局長就任――合法工作のキックオフ」。
昭和十九年三月一日と三月二日――高木少将が湯河原で近衛・原田と密会し、教育局長に正式赴任した、運命の二日間の物語。
【本文】
話は二日前にさかのぼる。
二月二十八日、月曜日。午後。
俺は防空演習の待機のため、海軍省人事局に立ち寄った。
病臥明けの体はまだ重かった。
ところが人事局の若い少佐が、不思議そうな顔で俺に近づいてきた。
「高木少将、明日付の異動内示が出ております」
少佐が書類を差し出した。
俺は書類を受け取った。
しばし文字を見つめた。
「海軍省教育局長」
俺は息を呑んだ。
(教育局長)
心の中で呟いた。
(俺が教育局長に)
(軍令部出仕という閑職から海軍省本流の中枢へ)
その日の日記に、俺はこう書きつけた。
「人事局に出頭。偶然三月一日附教育局長に内定せる旨を聞き、一寸阿然たるものあり」
「阿然」――唖然と同じだ。予期せぬ異動への驚きを、そう書いた。
前任の矢野志加三少将は、新設される電波本部の総務部長へ転じる由。
(嶋田大臣と岡軍務局長は何を考えておられるのか)
俺は廊下を歩きながら深く考えた。
(俺を中央に置いて目に見える場所で監視するつもりか)
(あるいは教育局という閑職に閉じ込めて、与論収集の足を止めるつもりか)
(あるいは海軍省本流に俺を置くことで、東條の懲罰人事の標的から逃がそうとした嶋田なりの庇いか)
いずれにせよ、与えられたのは海軍省本省の中枢たる教育局長のポストであった。
俺は人事局を出てその足で矢野志加三少将を訪ねた。
「矢野さん」
「うむ。聞いたか」
「拝命の打合せを、簡単にやっておこうか」
「お願いします」
矢野志加三少将は淡々と仰った。
俺と矢野志加三は海兵四十三期の同期である。江田島で共に少年であった仲だ。卒業して三十年近い。
ただ、この同期生に対して俺は、気安さよりも、わずかな警戒感を抱いてきた。
矢野志加三は「聡明才敏、目から鼻に抜ける」と評される切れ者であった。軍令部第三部長として情報を握り、いま教育局長として中央の要に坐っている。隙がない。
昨年十月、軍令部の第三部長室に俺が訪ねた時も、矢野志加三は「内外の情報で耳新しいものは取立ててない」と俺をはぐらかした。同期生としての気安さよりも、政治的な警戒感を、向こうも俺に持っているのだろう。
俺は局長就任にあたって、この男との関係を改めて考えた。
矢野志加三は本来、中部太平洋方面艦隊参謀長への内定があった。ところが嶋田海相の御声がかりで電波本部が急遽新設され、その総務部長に充てられた。
優秀ゆえに、中央の要職を渡り歩く。それがこの男だ。
その玉突きで、空いた中部太平洋方面艦隊参謀長の席に、同じ四十三期の同級・同姓の矢野英雄少将が当てはめられた。本来は軍政系の男だ。作戦畑ではない。
(同級・同姓で軍政系の矢野英雄が、身代わりに死地へ赴く)
俺は心の中で呟いた。
(制度も人事も、もう、出た所勝負か)
引き継ぎの打合せは淡々と進んだ。矢野志加三は要点を簡潔に伝え、不要なことは一切口にしなかった。
最後に俺は、短く礼を言った。
「お世話になりました。電波本部のお仕事、ご無事を祈ります」
「お主こそ」
矢野志加三はそれだけ言って、軽く頷いた。その眼の奥はいつもの通り、何の感情も映していなかった。
夜、自宅に戻った俺は静江に告げた。
「明日、目黒へ異動する。教育局長だ」
静江はしばし俺を見つめた後、深く頷いた。
「お疲れさまでございます」
俺は窓の外を見た。
二月の夜の闇が、茅ヶ崎の松林を覆っていた。
(教育局長というポスト、それは表の顔だ)
心の中で呟いた。
(裏では、これを倒閣工作の拠点とする)
(合法的弾劾の包囲網をここから組み上げる)
(明日、まず湯河原だ)
(近衛公と原田男爵に教育局長就任の報告と、これからの段取りを密かにすり合わせる)
*
昭和十九年三月一日、水曜日。晴。
朝五時半、俺は茅ヶ崎の自宅を出た。
駅まで暗い道を歩いた。三月の朝の冷気が頬を刺した。
午前九時五十分、東京発の下りに乗り換え、湯河原へ向かった。
車窓の外、相模湾の海が朝日に光っていた。
午前十一時前、俺は湯河原の駅に降りた。
駅から旅館までを歩いた。
近衛文麿公と原田熊雄男爵は、すでに旅館の応接間で俺を待っておられた。
昨年十月二十七日の三者会談以来、ちょうど四ヶ月ぶりの再会であった。
「高木君」
「公爵閣下、男爵閣下。本日はお時間を頂戴しまして、ありがとうございます」
俺は卓の前に坐った。
応接間の障子越しに、三月の薄日が斜めに射していた。
「君。教育局長に発令された、と聞いた」
「ええ。本日付であります」
近衛公の眼がわずかに輝いた。
「これは君の工作にとって悪い話ではない」
「同感です」
「海軍省本流の中枢に君の拠点が移る。これで重臣・皇族との連絡が、より円滑になる」
俺は淡々と、四首脳会談以来の海軍内部の動きを申し上げた。嶋田の盲従、岡軍務局長の追従、海軍中堅の険しい気勢、二十日の兼任阻止工作の挫折、二十一日の正式発表――。
近衛公はわずかに目を伏せた。
「米内大将の現役復帰の工作、岡田大将に依頼したか」
「ええ。三月七日に伏見宮殿下に伺候する手筈を整えていただきました」
近衛公は深く頷いた。
「政界・宮中側の動きもお伝えしておこう」
「お願いします」
「木戸内大臣は依然として陛下のご心痛を最も懸念しておられる。ただ、東條に対するご態度はわずかに変わりつつある」
「兼任強行は木戸さんのお心の奥に、何かを残したらしい」
近衛公はしばし卓の上に視線を落とした。
「いずれその変化が合法的倒閣の機会を生むかもしれぬ。その時を逃さずに、海軍内部の準備を整えておいてほしい」
「分かりました」
原田男爵が口を開いた。
「高松宮殿下も、海軍部内の動きを逐一お耳に入れたいと仰せだ」
「軍令部に伺候のおりに、引き続き殿下に奉答いたします」
中食が運ばれてきた。
俺たちは杯を交わしながら、政局の現状をじっくりとすり合わせた。
「高木君」
近衛公がふと低い声で仰った。
「君は教育局長として、本日から表の顔を持つ」
「裏では引き続き黒子に徹してくれ」
「分かりました」
「われわれは政界と宮中を動かす。君は海軍と陸軍中堅を動かす。外務省は重光さんが動く」
「いずれこれらの輪が一つに重なる日が来る」
俺は深く頷いた。
(四つの輪)
心の中で呟いた。
(重臣、宮中、海軍、外務省)
(そしていずれは陸軍も)
(その日までわたしは合法の道を最後まで歩む)
午後四時二十分、湯河原発の上り列車で俺は東京へ戻った。
車窓の外、相模湾の海が三月の薄日の下で銀色に光っていた。
俺は窓に頭をもたせかけ、目を閉じた。
(明日、教育局長として正式赴任する)
心の中で呟いた。
(神大佐がわたしの直属の部下となる)
(目黒の海軍省第一分室――あそこがわたしの新しい拠点だ)
(重臣・宮中と海軍中堅。上下から嶋田を挟む道が、いよいよ動き始める)
俺は深く息を吐いた。
三月の夕暮れの光が、車窓を斜めに照らしていた。
*
三月二日、木曜日。晴。
俺は午前九時、目黒の海軍省第一分室、教育局へ初登庁した。
目黒の街並みは、二月の冷気をまだ残していた。
ただ、空は澄みきっていた。
第一分室は海軍大学校の構内に置かれた、小さな建物であった。
俺の本務地であった海軍大学校とは、ほんの目と鼻の先。
通り慣れた道が、今日から「教育局長としての登庁路」となる。
矢野志加三少将が玄関で出迎えてくださり、応接室に通された。
数名の課長が並んでいた。
その中央に神重徳大佐が立っていた。
軍服の襟元がいつもと違って、きちんと整えられていた。
「教育局第一課長、神重徳大佐でごわす」
神大佐の声は二月十五日の出会いの時と同じ、朗々とした声であった。
ただ、その眼差しにはわずかに新しい色が宿っていた。
直属の上司を迎える、課長としての色。
「神大佐。今後、よろしく頼む」
「こちらこそ、ご指導のほど、よろしゅうお願いしもす」
ほかの課長たちとも挨拶を交わした。
俺は教育局の局長室に、初めて一人で坐った。
窓の外、目黒の三月の薄日が机の上に斜めに射していた。
部屋は狭くはなかった。ただ、整然と片付いていて、装飾は何もなかった。
机、椅子、書棚、そして窓辺の地球儀。
地球儀の上に太平洋がひっそりと広がっていた。
俺はしばし地球儀を見つめた。
太平洋の上には、ハワイ、ミッドウェー、ガダルカナル、ラバウル、トラック、サイパン、テニアン、グアム、フィリピン――わが連合艦隊が血を流してきた島々が、点々と散らばっていた。
(この地球儀を見ながら、わたしは戦争の終わらせ方を考える)
心の中で呟いた。
(教育局長の机から東條政治を倒し、戦争を終わらせる)
(黒子として表に出ず、ただ糸を引く)
扉が叩かれた。
「神大佐、入ります」
「お入りなさい」
神大佐は静かに入ってきた。
扉を閉めた。
二人きりになった。
神大佐は卓の向こうに坐った。
「局長」
神大佐の口から初めて「局長」と呼ばれた。
二月十五日の出会いから十五日。
俺たちの関係は、いま、新しい段階に入った。
「局長。本日よりわたしは局長の直属の部下となりもす」
「公式の場では『局長』とお呼びしもす。ただ、内密の対話ではこいまで通り、率直に申し上げもす」
「分かった」
俺は神大佐の眼を見た。
その眼の奥には、二月十五日と同じ覚悟が、いまも変わらず宿っていた。
「神大佐」
「合法の道の再構築はいま本格化している」
「昨日、湯河原で近衛公と原田男爵に逢ってきた」
「教育局長就任の報告と、これからの段取りのすり合わせをした」
「近衛公はわたしが本流の中枢に拠点を移すことを、強く歓迎してくださった」
「そいはよろしゅうごわした」
「三月七日、岡田大将が伏見宮殿下に米内大将の現役復帰を進言してくださる」
「お前は引き続き中堅を抑えてくれ」
「分かりました」
「ただ――合法の道がいつ、また絶たれるか分からぬ」
「分かっております」
「その時のための準備も、引き続き進めておいてくれ」
「承知しました」
神大佐は深く頷いた。
俺はわずかに笑った。
「神大佐。教育局という閑職の中で、二つの大きな仕事がこれから始まる」
「上から重臣・宮中を動かす道。下から中堅をまとめる道」
「その両輪をわたしと局長で回しもす」
神大佐は深く深く頭を下げた。
俺は神大佐の肩に軽く手を置いた。
神大佐が去った後、俺はまた局長室の机に一人坐った。
窓の外、三月の薄日が目黒の街並みを白く照らしていた。
俺はふと思った。
(この部屋をわたしは「秘密アジト」とする)
心の中で呟いた。
(細川護貞君、原田男爵、佐々弘雄君、岡田大将――重臣と政界の同志たちがここを訪ねてくる)
(神大佐は隣の第一課長室にいる。中堅の動きをここから抑え、操る)
(外務省の加瀬俊一君ともいずれここで会うことになろう)
(陸軍の松谷誠大佐ともいずれここで顔を合わせるかもしれぬ)
(この目黒の小さな部屋から東條政治を倒し、戦争を終わらせる)
俺は深く息を吐いた。
扉が再び叩かれた。
「局長、お電話です」
俺は受話器を取った。
「高木です」
「下村だ」
俺は息を呑んだ。
下村正助中将。予備役。海大時代の軍政教官の系譜の偉大な先輩であり、いまも国を憂える同志の一人。
「教育局長への発令、聞いた。よくぞ中央の中枢に拠点を持ったな」
「ありがとうございます」
「ところで、高木」
「明日、わしが主催で、南雲忠一中将と矢野英雄少将の送別会を開く」
「南雲が中部太平洋方面艦隊司令長官として、矢野が参謀長として、揃って赴任する。送別会というよりも、壮行会だ」
俺は短く息を呑んだ。
(下村提督と南雲中将は同郷――山形県米沢の出身。海兵三十五期と三十六期の先輩後輩)
心の中で呟いた。
(下村提督と矢野英雄は、海軍大学校の先生と生徒の関係。さらにロンドン軍縮会議でも一緒に仕事をされた間柄)
(そしてわたしと矢野英雄は、海兵四十三期の同期)
(下村提督が、その四人の縁を、最後に結びたいのだ)
「陸海軍集会所だ。明日の夕刻、来てくれ」
「承知しました。必ず参ります」
「南雲のやつは、ミッドウェー以来、酒を一切断ってきた」
「ただ、明日は本土で飲む最後の酒だ。久々に、杯を傾けさせてやろうと思う」
下村中将の声が、わずかに、低くなった。
「あの男も、矢野も、もう、本土には戻らぬかもしれぬ」
「だからこそ、最後に、四人で集まりたい。米沢と四十三期と海大と――それぞれの縁が、この一夜に結ばれる」
「承知しました」
俺は受話器を置いた。
しばし卓を見つめた。
(矢野英雄少将――)
(同じ海兵四十三期。柴崎、山形、伊集院、矢野、矢野英雄、岩淵、三好、有馬――われわれは江田島で共に少年であった)
(柴崎はタラワで玉砕した。山形はクェゼリンで散った。三好は陸奥で爆沈した)
(矢野志加三も矢野英雄も、わたしと同じ四十三期。三人とも、海兵の同期生だ)
(そして今度は矢野英雄がマリアナへ赴く)
(あの戦地はもう、生きて還れぬ任地だ)
窓の外、三月の薄日が目黒の街並みを照らしていた。
ただ、その薄日はどこか寒々しかった。
(明日、桃の節句)
心の中で呟いた。
(陸海軍集会所で、わたしは同期親友と、機動部隊の伝説の長官と、再会する)
(最後の再会となるのかもしれぬ)
俺は深く息を吐いた。
三月二日の夕暮れが、目黒の街並みにひっそりと降り始めていた。
【後書き】(矢野英雄より)
俺は矢野英雄。海軍少将。海兵四十三期。
今日は昭和十九年三月二日。
明日、陸海軍集会所で、俺の送別会が開かれる。
俺の出席する最後の集まりとなるだろう。
俺は中部太平洋方面艦隊参謀長としてマリアナへ赴く。
本来あの席は、前教育局長の矢野志加三少将が行くはずだった。志加三も俺と同じ海兵四十三期の同期だ。江田島で共に少年であった仲。
ところが嶋田海相の御声がかりで電波本部が急遽発足することになり、志加三が総務部長に横滑りした。
その空いた穴を埋めるために選ばれたのが、たまたま同期で同じ姓を持つ、海軍報道部長の俺だった。
俺は本来、軍政畑の男だ。作戦畑ではない。中部太平洋方面艦隊の参謀長として、米軍の機動部隊と戦うべき男ではない。
ただ海軍中央は、急に空いたポストを埋めるために、同級・同姓の俺を安易に当てはめた。
俺は不平を言うつもりはない。軍人とはそういうものだ。
ただ、おかしくはないか。
国家の運命を左右する将官の人事が、慎重な適性の見極めもないまま、急場しのぎで決まる。
制度も人事も、もう、出た所勝負か。
俺はそう思った。
明日の送別会は、下村正助中将が、わざわざ主催してくださる。
下村提督は、米沢出身。南雲忠一中将も米沢出身。米沢コンビは海兵三十五期と三十六期。年齢も近い。郷里からの長い友情だ。
わたしと下村提督も、深い縁がある。
わたしが海軍大学校で学んだ時、下村提督は教官のお一人であった。先生と生徒の間柄であった。
さらに、ロンドン海軍軍縮会議の折にも、下村提督のもとで一緒に仕事をさせていただいた。
あの会議で、わたしは英米の海軍の実力を、自分の眼で見た。
あの時、わたしは確信した。日本は英米と戦ってはならぬ、と。
ただ、海軍は、その確信を、組織として持つことができなかった。
わたしも下村提督も、その確信を、声高に叫ぶことが、できなかった。
その負い目が、いまも、わたしの腹の底にある。
俺は海兵四十三期。
そしてもう一人、四十三期の同期生が来てくれる。
高木惣吉。
軍令部出仕兼海軍大学校研究部員。今日付で教育局長に就任した男。
あの男は級会ではあまり目立たぬ静かな男であった。
ただ、いつも何かを深く考えている眼をしていた。
そして明日の主役、南雲忠一中将。
あの方は、ミッドウェー以来、酒を一切断ってこられた。
六月五日の朝、赤城・加賀・蒼龍・飛龍が一瞬で炎に包まれていく光景を見て以来、酒を一滴も、口にされていない。
ただ、明日は本土で飲む最後の酒だ。
下村提督が「久々に杯を傾けさせてやろう」と仰せになった。
南雲閣下は、明日、酔われることだろう。
酔って、何を語られるか――。
俺はあの男にひとつだけ伝えたい言葉がある。
「高木よ。お前は戦後を見届けてくれ」
俺はおそらく、サイパンか、テニアンか、グアムで命を落とす。
もはや米軍の物量の前で、わが海軍の機動部隊は戦えぬ。
ただ戦後の日本を、誰かが見届けねばならぬ。
その誰かは第一線で散る者ではない。海軍中央で絶望を見ながら、なお生きて、戦後を組み立てる者だ。
高木よ。お前がその役だ。
俺がお前に最後に渡せるのは、その役目だ。
明日、お前にそれを伝える。
■ 人物紹介
加瀬俊一(かせ・としかず、1903年〜2004年) ※本話の前書きの語り手
外務省外相秘書官。1903年生まれ。東京商科大学(現・一橋大学)在学中に外交官試験に合格し、大学を中退して外務省に入省したエリート中のエリート。重光葵外相の腹心。英米通。ワシントン・ロンドン駐在経験。本話前書きで、後の四人組(高木、松谷、加瀬、松平)への伏線を張る。
高木惣吉(たかぎ・そうきち、1893年〜1979年)
本話の本文の語り手(「俺」)。海軍少将。本話時、3月1日付で海軍省教育局長に発令される。本話で2月28日の内命の振り返り、3月1日の湯河原会談、3月2日の教育局長就任を経験する。
矢野英雄(やの・ひでお、1894年〜1944年) ※本話の後書きの語り手
海軍少将。海兵43期、高木の同期生。元海軍報道部長。海軍大学校時代は下村正助中将(当時教官)の生徒。ロンドン海軍軍縮会議では下村のもとで一緒に仕事をした経歴を持つ。本話時、3月3日付で中部太平洋方面艦隊参謀長として赴任予定。1944年7月8日、サイパン玉砕で戦死。本話後書きで、サイパン玉砕への伏線と、高木への遺言「お前は戦後を見届けてくれ」を布石として置く。
矢野志加三(やの・しかぞう、1889年〜1955年)
海軍少将。前任の教育局長。高木と同じ海兵43期の同期生。「聡明才敏、目から鼻に抜ける」と高木に評された切れ者で、軍令部第三部長(情報担当)時代には、高木に対しても容易に情報を漏らさぬ「警戒される」関係であった。本話の2月28日に高木と引き継ぎ打合せ、3月2日に新設電波本部の総務部長へ転出。本来は中部太平洋方面艦隊参謀長に内定していたが、電波本部の急設で横滑り。同級・同姓の矢野英雄が「身代わり」でマリアナへ赴くという玉突き人事の起点となった。
近衛文麿(このえ・ふみまろ、1891年〜1945年)
公爵。元内閣総理大臣。本話の3月1日、湯河原で高木と原田男爵と会談。「教育局長就任は、君の工作にとって悪い話ではない」と強く歓迎。「四つの輪がいずれ、一つに重なる日が来る」と四人組への伏線を張る。
原田熊雄(はらだ・くまお、1888年〜1946年)
男爵。重臣連合の連絡役。本話の3月1日の湯河原会談に同席。高松宮殿下への伝言役。
神重徳(かみ・しげのり、1900年〜1945年)
海軍大佐。海軍省教育局第一課長。本話の3月2日、高木の直属の部下として正式に上下関係がスタート。これまでの「高木少将」呼びから「局長」呼びへ変化。「公式の場では『局長』、内密の対話では率直に」と関係性の新しい段階を示す。
下村 正助 ※本話で電話により登場
海軍中将(予備役)。山形県米沢市出身。海兵35期。海軍大学校軍政教官として、山本五十六・古賀峯一らと並ぶ海軍政策の偉大な先輩。高木とは「軍政畑の先輩後輩」として深い信頼関係にあり、昭和16年8月14日には帝国ホテルで中食を共にする間柄。昭和19年2月の古賀長官極秘上京情報を高木から共有されていた。
南雲忠一中将とは同郷・同窓の旧知(海兵35期と36期)。矢野英雄少将とは海軍大学校時代の教官と生徒、さらにロンドン海軍軍縮会議の同僚という関係。本話で3月3日の矢野英雄送別会の主催者として高木に電話。米沢・四十三期・海大・ロンドン軍縮の四つの縁を最後に結ぶ場として、壮行会を企画。
南雲忠一(なぐも・ちゅういち、1887年〜1944年)
海軍中将。山形県米沢市出身。海兵36期。下村正助中将の同郷後輩。本話で3月3日の矢野英雄送別会の主賓として、下村中将の電話により言及。中部太平洋方面艦隊司令長官として赴任予定。ミッドウェー海戦の朝以来、酒を一切断ってきたが、明日が「本土で飲む最後の酒」となる。後の話で本格的に登場する。
静江
高木惣吉の妻。本話の2月28日夜、高木の異動を聞き、深く頷く。
重光葵(しげみつ・まもる、1887年〜1957年)
外務大臣。本話の前書きで加瀬俊一の上司として登場。「加瀬君。時間が、ない」と進言を受ける。
柴崎 恵次/山形 政二/三好 輝彦
高木の海兵43期同期生で、すでに戦死した者。本話の3月2日、矢野英雄の送別会への招きを受けた高木が、独白で同期の運命を回想する。
■ 用語集
教育局長
海軍省教育局の長。海軍中将職(高木は少将で就任)。海軍兵学校、機関学校、経理学校の生徒採用事務と新兵教育を管轄。本話の3月1日付で高木が発令される。霞が関の本省ではなく、目黒の海軍省第一分室(海軍大学校構内)に位置し、重臣・皇族・省部中堅と接触するに極めて有利なポストとなる。
「一寸阿然たるものあり」
2月28日、高木が人事局で教育局長への内定の報を聞いた時の心境を、自分の日記に書きつけた言葉。「阿然」は唖然と同義。予期せぬ異動への驚きを表す。
湯河原会談(昭和19年3月1日)
高木惣吉、近衛文麿、原田熊雄の三者が湯河原で行った会談。教育局長発令当日に高木が湯河原へ赴き、合法的弾劾の包囲網の本格化のための「キックオフ」を切った場。昨年10月27日の三者会談(昭和18年)以来、ちょうど4ヶ月ぶり。
「目黒の秘密アジト」
高木が教育局長として拠点を移した目黒の海軍省第一分室(海軍大学校構内)の教育局長室。表向きは新兵教育や生徒採用を管轄する閑職の局長室だが、裏では細川護貞・原田男爵・佐々弘雄ら重臣と政界の同志、岡田大将ら海軍長老格、神大佐ら海軍中堅が密かに集う、東條内閣打倒の秘密アジトとして機能した。
「身代わり人事」
昭和19年3月の中部太平洋方面艦隊参謀長の発令経緯。本来、前教育局長の矢野志加三少将が同職に内定していたが、嶋田海相の御声がかりで電波本部が急設されたため、矢野志加三が電波本部総務部長へ横滑り。その結果、海軍報道部長であった同姓の矢野英雄少将が、身代わりとして死地マリアナへ赴くことになった。矢野英雄は1944年7月8日、サイパンで玉砕。
「黒子の道」
高木惣吉の倒閣工作の方法論。表に出ず、黒子として、海軍長老格・重臣・皇族の周辺から静かに包囲する方法。教育局長就任により、「表の顔(局長)」と「裏の顔(黒子)」の二面性が確立する。
四人組(後の言及)
松谷誠(陸軍)、高木惣吉(海軍)、加瀬俊一(外務省)、松平康昌(宮中)の四人の終戦工作家。本話の前書きで加瀬俊一の口から、本文で近衛公の口から、それぞれ「四つの輪が一つに重なる日が来る」と伏線が張られる。
■ 史実と創作について
【史実に基づく部分】
・高木惣吉が昭和十九年三月一日付で海軍省教育局長に就任したこと。これが軍令部出仕という閑職から海軍中央の一角へ拠点を移すものであったこと。本話で引いた「人事局に出頭。偶然三月一日附教育局長に内定せる旨を聞き、一寸阿然たるものあり」が高木の日記の記述に基づくこと(伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報』、高木惣吉『自伝的日本海軍始末記』)。
・教育局長が、海軍部内の教育・人事に関わりつつ、中央の情報に触れうる立場であったこと。前任の矢野志加三が情報畑出身の切れ者であったこと。
・加瀬俊一が重光葵外相の秘書官として、対独・対ソ・対中それぞれの和平の可能性を探る早期和平の問題意識を抱いていたこと(加瀬俊一『加瀬俊一回想録』、吉見直人『終戦史』)。
・松谷誠(陸軍)・高木惣吉(海軍)・加瀬俊一(外務省)・松平康昌(宮中)の四者が、それぞれ和平に向けて動いていたこと。ただし四者が直に結ばれて「四人組」として連携するのは翌昭和二十年一月のことであり、本話の時点(昭和十九年三月)ではまだ各自が個別に動いていた段階であること。
【創作部分】
・加瀬の前書きの独白、目黒の秘密アジトの設定、高木の教育局長就任をめぐる場面のやり取りや心理描写は、史実の趣旨を踏まえて本作で構成した創作です。
・矢野英雄の後書きの語りや内面、各場面の情景描写は創作です。なお、矢野英雄は南雲忠一の参謀長として、のちにサイパンで南雲とともに斃れる人物です。
■ 参考文献
伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報(上・下)』みすず書房、2000年
高木惣吉『自伝的日本海軍始末記』光人社、1971年
加瀬俊一『加瀬俊一回想録 上』山手書房、1986年
吉見直人『終戦史 なぜ決断できなかったのか』NHK出版、2013年




