第40話「合法の道の再構築――少しずつ風は吹く」
【前書き】(橋本正勝より)
自分は橋本正勝。陸軍少佐。参謀本部第二十班、戦争指導班。
今日は、昭和十九年二月二十三日、水曜日。
今朝、市ヶ谷台は冬晴れの底冷えに覆われている。
空は澄んで青い。風は鋭い。息が、白く凍る。
四日前――二月十九日の夜、目黒や麻布の街には、二、三寸の薄雪が降ったと聞く。
翌朝には晴れた。雪は溶けた。
あの薄雪を、自分は市ヶ谷台の窓から眺めていた。
あの夜、東條閣下と嶋田大臣の総長兼任が、宮中で正式に内定した。
翌々日、二十一日――兼任の正式発表。
あれから、二日。
自分は機密戦争日誌の頁を開く。
二月十一日の自分の書き込みが、いまも、頁に残っている。
「悲しむべき現象にして最早謂うべき辞なし」
「取らぬ狸の皮算用」
あの一行を書きつけたのは、十二日前のことであった。
それから十二日――。
国家は、独裁の完成へ、まっしぐらに突き進んだ。
松谷誠大佐殿が、いま、不在である。出張から戻られたら、班長は何と仰せになるか。
ただ、班長の腹の底にも、自分と同じ絶望が宿っていることを、自分は知っている。
海軍の高木少将は、いま、どうしておられるか。
兼任発表の翌日、二十二日――海軍中堅の同志から短い情報が伝わってきた。
「高木少将は、合法の道を、再構築しようとしておられる」
あの方は、絶望の中でも、諦めぬ方である。
冬晴れの底冷えの中、高木少将は、いまも、一人、戦っておられるのだろう。
そして自分は、市ヶ谷台で、機密戦争日誌に、その記録を書きつけ続けるのみ。
昭和十九年二月二十二日から、三月一日早朝まで――兼任発表の翌日から、高木少将が新しい月へと旅立つまでの、八日間の物語。
第三十九話の続きとして、お聴きいただきたい。
【本文】
昭和十九年二月二十二日、火曜日。晴。
俺は茅ヶ崎の自宅に、一日、いた。
兼任発表の翌日。
昨夜の神大佐との再対話の余韻が、いまも、腹の底に残っている。
書斎の窓の外、冬晴れの薄日が、松の枝を白く照らしていた。
俺は机に坐ったまま、長く、動かなかった。
(湯河原以来、四ヶ月)
心の中で呟いた。
(合法的弾劾の道は、絶たれた)
(古賀長官は、規律を越えてくださらなかった)
(東條は、兼任の暴挙で独裁を完成させた)
(俺の戦いは、いま、ふりだしに戻った)
ふと、三日前の夜の薄雪が、脳裏に浮かんだ。
あの夜――古賀長官との直話を終え、麻布の坂道を下る俺の頬に、冷たい雪片が触れた。
(あれが、海軍の合法の道の終焉を示す、天の徴であったか)
俺は窓の外を見つめた。
今日の空は、青く澄んでいる。雪の余韻はもう、どこにもない。
ただ、底冷えだけが、空気の中に残っていた。
静江が茶を運んできた。
「あなた、お顔の色が、また、悪うございます」
俺は茶を口に含んだ。
茶の温かさが、わずかに、腹の底に降りていった。
(明日から、また、動く)
心の中で呟いた。
(米内大将の現役復帰)
(岡田大将による伏見宮殿下への進言)
(重臣連合の活性化)
(皇族内閣の樹立)
(合法の道の、まだ残された全ての可能性を、最後まで歩む)
(そして、それでも駄目なら――神君の道に踏み込む)
俺は茶碗を置いた。
窓の外、冬晴れの薄日が、茅ヶ崎の松林を斜めに照らしていた。
*
二月二十三日、水曜日。晴。
午前八時二十九分、俺は茅ヶ崎発の上り列車に乗った。
空は澄んでいた。
冬の朝の冷気が、駅のホームに、ぴんと張っていた。
俺は列車に乗り込んだ。車内は空いていた。
窓の外、相模湾の海が銀色に光っていた。
列車は淡々と東京へ向かう。
俺は窓に頭をもたせかけ、目を閉じた。
(合法の道の再構築。その第一歩は、海軍長老格への報告と説明だ)
心の中で呟いた。
(及川古志郎大将、吉田善吾大将。お二人に、兼任発表の経緯と、これからの再構築の構想を、お伝えする)
(その上で、米内大将の現役復帰について、岡田大将のお力を借りる手筈を、改めて整える)
列車が川崎を過ぎる頃、車窓の外に市街地が広がってきた。
冬晴れの日差しが、東京の街並みを白く照らしていた。
俺は東京駅で降りた。
海軍省・軍令部へ向かった。
軍令部の自分の机に着くと、若い参謀が報告に来た。
「高木少将、総長兼務の経緯について、軍務局から詳細が届いております」
俺は書類を受け取った。
二月十八日午後十時、東條が木戸内大臣を訪問。十九日午後二時の参内、奏上。陸軍三長官会議での杉山・山田の反対。「陛下は私の気持を既に御承知である」の強行突破。午後九時の御聴許。
書類を読み終えた俺は、深く息を吐いた。
(東條は、宮中を巧みに使った)
(伏見宮元帥のお墨付き、木戸内大臣の容認、陛下のお聴き入れ――)
(合法的弾劾の包囲網は、ここで完全に塞がれた)
(その包囲網を、別の形で、組み直す)
午後一時、俺は及川古志郎大将のお宅を訪ねた。
及川大将は、軍事参議官として、海軍現役士官の中の長老の一人。
応接室に通された俺は、深く一礼した。
「二十一日の兼任正式発表につき、ご報告申し上げます」
及川大将は深く頷いた。
「うむ。聞いておる」
「これは、東條閣下と嶋田大臣による独裁体制の完成です。海軍の独立性は、もう風前の灯火です」
及川大将のお顔に深い疲労が宿った。
「高木君、海軍は、どうすればよい」
「米内大将の現役復帰によって、嶋田更迭の道を、再度、模索せねばなりません」
「岡田大将に、伏見宮殿下への進言を、改めてお願い申し上げる手筈です」
及川大将は深く頷いた。
「分かった。わしも、できることがあれば、力を貸そう」
「ありがとうございます」
俺は及川邸を辞した。
続いて吉田善吾大将のお宅を訪ねた。
吉田大将は海軍大将。海軍大学校長。
「兼任の経緯は、お聞き及びでしょうか」
「聞いた」
「東條の独裁が完成しました。海軍は、独自の方策を、再構築せねばなりません」
吉田大将はしばし沈黙した。
「高木君、無理は、するな」
「ありがとうございます」
「ただ、海軍を、見捨てるな」
「決して」
吉田大将の眼に、深い深い信頼の色が宿っていた。
俺は深く頭を下げた。
吉田邸を辞した時、二月の冬晴れの薄日が、目黒の街並みを斜めに照らしていた。
俺は深く息を吐いた。
(長老格のお二人が、わたしの再構築の試みに、賛同してくださった)
(合法の道の再構築の、最初の一歩だ)
(次は、軍令部の中堅と、軍需省の同志の動きを、組み直す)
*
二月二十四日、木曜日。雨。
冷たい雨が、朝から降っていた。
俺は朝、千葉四郎氏の案内で、小田原大佐と共に、茅ヶ崎製作所を見学した。
工場の屋根を雨が叩いていた。
工員たちの手元には、潤沢な資材がなかった。
俺は工場を歩きながら、深く息を吐いた。
(紙の上では52,250機)
心の中で呟いた。
(実際には、半分も作れぬ)
(東條の「精神的努力で5割水増し」の正体が、ここに、ある)
(この工員たちが、いくら精神的努力をしても、ないものは作れぬ)
(前線の若い兵が、紙の上の数字に騙されて、ラバウルで、ソロモンで、十対一で戦って、死んでいる)
俺は工場の窓越しに、雨の降る空を見上げた。
灰色の雲が、低く垂れていた。
(古賀長官の嘆きが、いま、わたしの腹の底で、深く深く響いている)
(世の中にもしも陸軍なかりせば、人の心はのどけからまし――)
工場を出る時、千葉氏が俺に言った。
「高木少将、本日はご足労ありがとうございました」
「現場の実情を、ご覧いただけて、よろしゅうございました」
「ありがとう」
俺は千葉氏に深く頭を下げた。
冷たい雨が、頬を濡らした。
*
二月二十五日、金曜日。晴。
朝八時二十九分、俺は茅ヶ崎発の上り列車に乗った。
昨日の雨は、もう、上がっていた。
空は、また、冬晴れの青を取り戻していた。
ただ、空気は、いっそう冷たくなっていた。
俺は海軍省に着くと、軍令部に廻った。
高松宮宣仁親王の御部屋に伺候した。
「殿下。兼任発表後の動きを、ご報告に参りました」
「海軍中堅は、限界を超えています。ただ、わたしは、なお合法の道の再構築を試みます」
高松宮殿下は深く頷いた。
「具体的には」
「米内大将の現役復帰を、岡田大将のお力で、伏見宮殿下に進言していただきます」
「米内大将が現役に復活されれば、嶋田更迭の最大の障壁が、取り除かれます」
「うむ。続けてくれ」
「ありがとうございます」
高松宮殿下は静かに頷いた。
御部屋を辞した俺は、軍令部の中の小会議室に向かった。
黒島亀人第二部長と、矢牧章軍務二課長が、すでに待っていた。
「高木さん」
矢牧大佐の声には、すでに、立ち直りの気配があった。
「これからの再構築につき、お話を伺いたく」
俺は卓に着いた。
「黒島さん、矢牧さん。米内大将の現役復帰、これに、すべてのエネルギーを集中する」
「岡田大将が、伏見宮殿下にご進言される。そのお膳立てを、われわれが整える」
「具体的には」
「海軍長老格の総意を、まとめる。米内大将復活への賛同の声を、伏見宮殿下のお耳に届く形で、集める」
「分かりました」
黒島部長が深く頷いた。
「軍令部の中堅の意見を、わたしの方でも、まとめておきます」
「お願いします」
「矢牧大佐、軍務局の方は、いかがか」
「軍務局の中堅も、米内復活には、ほぼ全員、賛成です。岡軍務局長だけが、東條閣下に追従しているため、軍務局長の頭越しに、動かねばなりません」
「その点、わたしの方で、岡局長を迂回する経路を、組み上げます」
俺は深く頷いた。
密議は一時間ほど続いた。
午後二時半、俺は軍令部を出た。
車に乗って、軍需省へ向かった。
軍需省の石川信吾少将の部屋に通された。
石川少将は海軍少将。軍需省の海軍側の窓口。終戦工作の重要な同志の一人。
「高木さん」
「石川さん」
「兼任発表、ついに来ましたな」
「いかがなさるおつもりですか」
「米内大将の現役復帰、これしか、道はない」
石川少将は深く深く頷いた。
「同感です」
「軍需省の側でも、米内復活への支援を、お願いしたい」
「分かりました。軍需省の中の海軍系の声を、まとめておきます」
俺は深く頭を下げた。
石川少将のお部屋を辞した時、二月の冬晴れの薄日が、霞が関の街並みを照らしていた。
俺は深く息を吐いた。
(合法の道の再構築の、骨組みが、ようやく、見えてきた)
(海軍長老格、軍令部中堅、軍務局中堅、軍需省中堅――)
(米内大将の現役復帰、ただ一点に、全エネルギーを集中する)
(その先で、伏見宮殿下のご決断を、お引き出しいただく)
*
二月二十六日、土曜日。晴。
朝七時五十九分、俺は茅ヶ崎発の上り列車で登校した。
大学校で午前を過ごし、正午、松平康昌秘書官長を訪ねた。
内大臣官邸の応接室で、松平閣下と中食を共にした。
「松平さん」
「兼任発表後、海軍中堅の空気は、煮えたぎっています」
「ただ、わたしは合法の道の再構築を、諦めません」
「最近の閣僚入れ替え、および大臣総長の一元化につき、ご見解を伺いたく」
松平さんはしばし、お黙りになった。
「高木さん」
「内大臣のお気持ちも、東條に対し、わずかに、変わりつつあります」
俺は息を呑んだ。
「それは本当ですか」
「兼任強行は、内大臣のお心の奥に、何かを残したらしい」
俺は卓の縁を、強く握った。
(木戸内大臣のお気持ちが、変わりつつある)
心の中で呟いた。
(陛下の御発言の盾を取り続けてこられた内大臣が、東條の暴挙によって、お気持ちを変えつつある)
(これは、合法の道の再構築の、大きな希望だ)
「いずれ、その変化が、合法的な倒閣の機会を生むかもしれません」
「その時を逃さずに、海軍内部の準備を整えておいてください」
「分かりました」
「閣僚入れ替えと、大臣総長の一元化――これらの構想を、内大臣のお耳に、少しずつ、入れて参ります」
「ありがとうございます」
松平閣下は深く頷いた。
俺たちは午後二時半まで密議を重ねた。
松平閣下のお声は、いつものように、品格に満ちていた。
俺は松平閣下のお部屋を辞した。
内大臣官邸を出た時、二月の冬晴れの薄日が、皇居の堀端の街路樹を、斜めに照らしていた。
俺は深く息を吐いた。
(合法の道は、絶たれた)
(ただ、その絶たれた道の上に、新しい道が、いま、芽生え始めている)
(木戸内大臣のお気持ちの変化、米内大将の現役復帰の機運、長老格と中堅の結束)
(これらが、いずれ、一つの道に、合流する)
*
二月二十八日、月曜日。
午後、俺は海軍省人事局に出頭した。
病臥明けの体はまだ重かった。ただ、三月一日付の異動内示が出るという報せが届いており、出頭せざるを得なかった。
人事局の若い少佐が、書類を差し出した。
「高木少将、明日付で、海軍省教育局長を発令されます」
俺は息を呑んだ。
しばし、書類の文字を見つめた。
(教育局長)
心の中で呟いた。
(軍令部出仕から、教育局長へ)
(予期せぬ異動だ)
俺は日記に短く書きつけた。
「人事局に出頭、三月一日附教育局長に内定せる旨を聞き、一寸阿然たるものあり」
「阿然」――唖然、というほど驚いた。
軍令部出仕という閑職に身を置いて静かに倒閣工作を進めてきた俺が、突然、海軍省の本流たる教育局長に充てられる。
前任の矢野志加三少将は、新設される電波本部の部長へ転じる由。
(嶋田大臣と岡敬純軍務局長は、何を考えておられるのか)
俺は廊下を歩きながら、深く考えた。
(俺を中央に置いて、目に見える場所で監視するつもりか)
(あるいは、教育局という閑職に閉じ込めて、与論収集の足を止めるつもりか)
(あるいは、海軍省の本流に俺を置くことで、東條の懲罰人事の標的から逃がそうとした、嶋田なりの庇いか)
いずれにせよ、与えられたのは、海軍省本省の中枢たる教育局長のポストであった。
俺は人事局を出て、その足で矢野志加三少将を訪ねた。
「矢野さん」
「うむ。聞いたか」
「ええ。明後日、二日に赴任することにします」
「拝命の打合せを、簡単にやっておこうか」
「お願いします」
矢野少将は淡々と仰った。穏やかな方であった。
短い引き継ぎの打合せが、その日のうちに済んだ。
(明日、三月一日――湯河原だ)
俺は心の中で呟いた。
(教育局長としての初登庁の前に、近衛公と原田男爵に逢っておかねばならぬ)
(兼任強行後の海軍部内の険悪な空気を伝え、これからの工作の段取りを、密かにすり合わせねばならぬ)
*
二月二十九日、火曜日。
俺はまた、東京の街を上京した。
朝、海軍省で矢牧大佐の軍政講義を傍聴した。続いて吉田善吾大学校長に赴任の挨拶を済ませた。
吉田大将は静かに頷かれた。
「高木君、教育局は、いまや動乱の中だ。気をつけて、しっかりやれ」
「分かりました」
午後、岡田啓介大将のお宅を訪ねた。
「大将。総長兼任の経緯と、その後の省部内の空気につき、改めてご報告申し上げます」
岡田大将は深く頷いた。
「うむ。聞こう」
俺は四首脳会談から兼任発表までの経過を、淡々と申し上げた。
岡田大将はしばしお黙りになった。
「高木君」
「教育局長として、海軍省の中枢に拠点を移すことになるな」
「これは、お前の工作にとって、悪い話ではない」
「同感です」
「ただ――」
岡田大将は静かにお眼を伏せた。
「嶋田と岡軍務局長は、お前を中央に置いて、目に見える場所で監視するつもりかもしれぬ」
「覚悟の上です」
岡田大将は深く頷かれた。
「ところで、大将。お願いがあります」
「伏見宮博恭王殿下に対する工作を、何卒、お引き受けください」
岡田大将はわずかに目を細めた。
「米内大将の現役復帰、ですな」
「ええ。海軍を立て直すためには、もはや米内大将のお力をお借りするほか、道はありません」
「分かった。三月七日に伏見宮殿下に伺候する手筈を、整える」
「ありがとうございます」
俺は深く頭を下げた。
岡田大将のお宅を辞したのは、夕刻に近かった。
帰途、車に乗って、目黒の海軍大学校へ向かった。
冬晴れの夕日が、淀橋角筈の街並みを赤く染めていた。
(合法の道の再構築の、最初の柱が、いま、立った)
心の中で呟いた。
(岡田大将による、伏見宮殿下への米内現役復帰進言)
(三月七日――その日が、第一の正念場だ)
(その日まで、海軍長老格、軍令部中堅、軍務局中堅、軍需省中堅――その全ての結束を、より強く、より深く、組み上げておく)
(そして、わたし自身は、教育局長として、海軍省の本流の中枢へ)
(神君が、わたしの直属の部下となる)
(重臣・宮中と、海軍中堅。上下から嶋田を挟む道が、いよいよ、動き始める)
*
三月一日、水曜日。早朝。
俺は午前五時半に起きた。
窓の外、まだ夜明け前の薄闇が、茅ヶ崎の松林を覆っていた。
静江が早朝の支度をしてくれていた。
「あなた、湯河原までの汽車賃を、ここに置いておきました」
「お疲れさまでございます」
俺は朝食を簡単に済ませ、家を出た。
茅ヶ崎の駅まで、暗い道を歩いた。
二月の朝の冷気が、頬を刺した。
駅のホームには、まだ誰もいなかった。
俺は冷たいベンチに腰を下ろし、列車を待った。
九時五十分の下り列車。
俺は湯河原へ向かう。
近衛文麿公と原田熊雄男爵に、お逢いするために。
兼任強行後の海軍部内の険悪な空気を伝え、これからの工作の段取りを、密かにすり合わせるために。
ホームの遠くから、列車の音が聞こえてきた。
俺は立ち上がった。
その時、ふと、視線を感じた。
振り返ると、ホームの反対側に、一人の男が立っていた。
軍服。ヒトラー風の髭。
神重徳大佐。
俺は息を呑んだ。
神大佐は深く一礼し、ホームを渡ってきた。
「高木少将」
「神大佐。なぜ、ここに」
「目黒から、汽車を乗り継ぎました」
「明日、三月二日、わたしの新しい上司として、海軍省の本流にお迎えします」
神大佐の声には、わずかに、温かみがあった。
「その前に、ひと言、お見送りしたく、参りました」
「神大佐――」
俺は神大佐の眼を見つめた。
その眼の奥には、十四日前――二月十五日、教育局の第一課長室で交わした覚悟と、同じ覚悟が、いまも、宿っていた。
「神大佐。湯河原で、近衛公と原田男爵に逢ってくる。合法の道の最後の砦、米内大将の現役復帰を、本格化させる」
「分かりました」
「お前は、引き続き、中堅を抑えてくれ」
「承知しました。中堅の暴発は、わたしが、絶対に、起こさせません」
「ありがとう」
「ただ――」
神大佐の眼の奥が、わずかに、光った。
「もし、米内復活工作も、頓挫した時は」
「その時は、わたしの方で用意した道を、いつでも、お見せできるよう、準備を進めておきます」
俺は深く頷いた。
「神大佐」
「俺と君は、これから、同じ場所で、二つの違う道を、進む」
「俺は重臣と宮中を動かし、上から嶋田を追い詰める。お前は中堅を束ね、下から支えてくれ」
「分かりました」
「ただし、中堅の暴発だけは、何としても抑えてくれ。一人でも先走れば、すべてが終わる」
「その日まで、わたしは、待ちます」
神大佐は深く深く頭を下げた。
列車が、ホームに入ってきた。
俺は神大佐の肩に、軽く手を置いた。
神大佐は、わずかに、頷いた。
「明日、海軍省で会おう」
「お待ちしております」
俺は列車に乗り込んだ。
窓から、神大佐の姿が見えた。
神大佐は深く一礼したまま、ホームに立ち尽くしていた。
列車が動き始めた。
茅ヶ崎の駅が遠ざかっていく。
車窓の外、相模湾の朝の海が、銀色に光っていた。
(世の中にもしも陸軍なかりせば、人の心はのどけからまし)
心の中で、もう一度、古賀長官の歌を呟いた。
(長官、わたしは、貴方の嘆きを、これから別の形で、引き継ぎます)
(合法の道の最後の砦、米内大将の現役復帰)
(岡田大将による伏見宮殿下への進言)
(重臣連合の活性化)
(そして、いずれは、皇族内閣の樹立)
(その全てを、これから、組み上げていく)
(三月、教育局長として、海軍省本流の中枢へ)
(神君が、わたしの直属の部下となる)
(重臣・宮中と、海軍中堅。上下から嶋田を挟む道が、いよいよ、動き始める)
俺は深く深く息を吸った。
冷たい空気が、肺に流れ込んだ。
昭和十九年二月、終わる。
昭和十九年三月、始まる。
いざ、新しい月へ。
【後書き】(松平康昌より)
僕の名は松平康昌。内大臣秘書官長。
僕の祖父は、幕末の四賢侯の一人――越前藩主の松平春嶽。
いま、僕は、木戸幸一内大臣の「女房役」として、宮中と政界、軍部、重臣の間の、複雑な連絡調整を担っております。
昭和十九年二月二十六日――。
僕は、内大臣官邸の応接室で、高木惣吉少将と中食を共にいたしました。
あの方は、兼任発表後の海軍中堅の空気を、淡々と、しかし切迫した筆致で、お伝えくださいました。
そして、合法の道の再構築について、ご相談くださいました。
あの方の、絶望の中での、なお諦めぬ姿勢に、僕は深い敬意を覚えました。
僕は、ただ一つの希望を、あの方に、お伝えしました。
「内大臣のお気持ちも、東條に対し、わずかに、変わりつつあります」
あの一言が、あの方の合法の道の再構築の、起点となったかもしれません。
木戸内大臣は、これまで、陛下の御発言の盾を取り、東條閣下を擁護してこられました。
ただ、二月二十一日の兼任強行は、内大臣のお心の奥に、何かを残しました。
「兼任は、行き過ぎである」――そう、内大臣は、僕に、ひと言、洩らされたことがあります。
その変化が、いずれ、合法的な倒閣の機会を生むかもしれない。
僕は、その機会を逃さぬよう、内大臣と海軍の高木少将、そして、いずれは外務省の同志――加瀬俊一氏とも、密かな連絡を保ち続けるつもりでおります。
高木少将、神重徳大佐、加瀬俊一氏、そして僕、松平康昌――。
四つの輪が、いつかどこかで、一つに重なり合う日が来るかもしれません。
その日まで、僕は、宮中の中で、静かに、待ち続けるのみです。
■ 人物紹介
橋本 正勝(はしもと まさかつ/推定1907年頃-?) ※本話の前書きの語り手
陸軍少佐。陸軍士官学校三十九期。参謀本部第二十班(戦争指導班)員。班長は松谷誠大佐。本話の2月23日朝、市ヶ谷台の冬晴れの中で機密戦争日誌を見つめ、海軍の高木少将への想像を独白する。
高木惣吉(たかぎ・そうきち、1893年〜1979年)
本話の本文の語り手(「俺」)。海軍少将。本話時、軍令部出仕兼海軍大学校研究部員(〜2月29日)。3月1日付で教育局長に内定。
松平康昌(まつだいら・やすまさ、1893年〜1957年) ※本話の後書きの語り手
侯爵。内大臣秘書官長。本話の2月26日、内大臣官邸で高木と密談、木戸内大臣のお気持ちの変化を伝える。後書きで後の四人組(高木、神大佐、加瀬俊一、松平自身)への伏線を張る。
神重徳(かみ・しげのり、1900年〜1945年)
海軍大佐。海軍省教育局第一課長。本話の3月1日早朝、茅ヶ崎駅頭で高木を見送る。「もし、米内復活工作も頓挫した時は、わたしの方で用意した道を、いつでもお見せできるよう、準備を進めておきます」と語る。
矢牧章(やまき・あきら、1894年〜1982年)
海軍大佐。海軍省軍務局第二課長。本話の2月25日、軍令部の小会議室で黒島部長と共に高木との密議に参加。「軍務局長を迂回する経路を組み上げる」と協力。
岡田啓介(おかだ・けいすけ、1868年〜1952年)
予備役海軍大将。本話の2月29日、高木の依頼を受け、「三月七日に伏見宮殿下に伺候する手筈を整える」と確約。米内復活工作の核心。
黒島亀人(くろしま・かめと、1893年〜1965年)
海軍少将。軍令部第二部長。本話の2月25日、高木と矢牧大佐と共に密議。軍令部中堅の意見を集約する役回り。
石川信吾(いしかわ・しんご、1894年〜1964年)
海軍少将。軍需省。本話の2月25日、高木を迎え、米内復活への支援を約束する。
高松宮宣仁親王(たかまつのみや・のぶひと、1905年〜1987年)
昭和天皇の弟宮。海軍大佐。本話の2月25日、軍令部で高木の合法の道再構築の構想を聞く。
及川古志郎(おいかわ・こしろう、1883年〜1958年)
予備役海軍大将。海軍軍事参議官。本話の2月23日、高木の報告を受け、「わしも、できることがあれば、力を貸そう」と賛同。
吉田善吾(よしだ・ぜんご、1885年〜1966年)
海軍大将。海軍大学校長。本話の2月23日、高木の報告を受け、「無理はするな、ただ海軍を見捨てるな」と励ます。
矢野志加三(やの・しかぞう、1889年〜1955年)
海軍少将。前任の教育局長。本話の2月28日、高木と引き継ぎ打合せ。新設電波本部の部長へ転出。
千葉 四郎
茅ヶ崎製作所の関係者。本話の2月24日、高木の工場見学を案内する。
小田原 大佐
海軍大佐。本話の2月24日、高木と共に茅ヶ崎製作所を見学。
木戸幸一(きど・こういち、1889年〜1977年)
内大臣。本話で、東條に対するお気持ちがわずかに変化しつつある人物として、松平閣下の口から間接的に登場。
近衛 文麿/原田 熊雄/古賀 峯一/松谷 誠
本話で言及される人物。
嶋田 繁太郎/岡 敬純/米内 光政/伏見宮 博恭王
本話で言及される海軍の関係者。
加瀬俊一(かせ・としかず、1903年〜2004年)
外務省外相秘書官。本話の後書きで、後の四人組の一人として、松平閣下の口から間接的に登場。
静江
高木惣吉の妻。
■ 用語集
教育局長
海軍省教育局の長。海軍中将職(高木は少将で就任)。海軍兵学校、機関学校、経理学校の生徒採用事務と新兵教育を管轄。本話の2月28日、高木が3月1日付で発令される。海軍省の本省内に位置し、重臣・皇族・省部中堅と接触するに極めて有利なポストとなった。
「一寸阿然」
2月28日、高木が人事局で教育局長への内定の報を聞いた時の心境を、自分の日記に書きつけた言葉。「阿然」は唖然と同義。予期せぬ異動への驚きを表す。
「合法の道の再構築」
本話の物語の核。第39話で完全に絶たれた合法的弾劾の道を、別の形で組み直す高木の戦略。具体的には、米内大将の現役復帰を起点として、海軍長老格・軍令部中堅・軍務局中堅・軍需省中堅・宮中の同志の結束を組み上げる。
「米内大将復活」
米内光政大将を予備役から現役に復帰させ、嶋田の後任海相に擁立する工作。3月7日に岡田大将が伏見宮に進言する手筈となる。
「岡軍務局長」
岡敬純海軍中将。海軍省軍務局長。東條に追従する人物として、海軍中堅から忌避されていた。高木の倒閣工作の障壁となる存在。
「内大臣のお気持ちの変化」
昭和19年2月下旬、これまで東條閣下を擁護してこられた木戸幸一内大臣のお気持ちが、東條の総長兼任強行によって、わずかに変化し始めた事実。松平閣下が高木に伝える。後の合法的倒閣の機会を生む萌芽。
「黒子の道」
高木惣吉の倒閣工作の方法論。表に出ず、黒子として、海軍長老格・重臣・皇族の周辺から静かに包囲する方法。
四人組(後の言及)
松谷誠(陸軍)、高木惣吉(海軍)、加瀬俊一(外務省)、松平康昌(宮中)の四人の終戦工作家。本話の後書きで、松平閣下が後の四人組への伏線を張る。
参謀本部第二十班「第三案」
陸軍参謀本部第二十班(戦争指導班)が、昭和19年3月15日に完成させた「昭和19年末を目途とする戦争指導に関する観察(第三案)」。班長・松谷誠大佐の主導により、ソ連仲介和平の構想を含む内容。
■ 史実と創作について
【史実に基づく部分】
・東條英機・嶋田繁太郎の兼任独裁が成立した後も、海軍長老の岡田啓介や高木惣吉らが、重臣・皇族を通じた合法的な打開の道を粘り強く模索し続けたこと(伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報』、岡田啓介『岡田啓介回顧録』)。
・岡田啓介が伏見宮博恭王へ嶋田繁太郎の更迭を働きかけたこと。伏見宮が海軍部内で大きな影響力を保持していたこと。
・東條の参謀総長兼任が、二月十八日夜の木戸内大臣訪問に始まり、十九日の参内・奏上、陸軍三長官会議での杉山元・山田乙三の反対を押し切っての強行、同日午後の天皇の聴許という経過をたどったこと(木戸日記研究会編『木戸幸一日記』、伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報』)。
・高木らが、米内光政の現役復帰を軸として嶋田更迭の道を再構築しようとしたこと。これが後の小磯・米内内閣での米内海相実現へとつながっていくこと(伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報』)。
【創作部分】
・合法工作の再構築をめぐる場面の情景、高木の内面描写、登場人物の会話の細部は、史実の趣旨を踏まえて本作で構成した創作です。
・前書き・後書きの語りや内面、各場面の情景描写は創作です。
■ 参考文献
伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報 下』みすず書房、2000年
木戸日記研究会編『木戸幸一日記 下巻』東京大学出版会、1966年
岡田啓介『岡田啓介回顧録』毎日新聞社、1950年




