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俺たち終戦四人組ー太平洋戦争を終結に導いた官僚たちの戦いー  作者: 房吉
第5章 海軍少将:高木惣吉編(昭和17(1942)年6月~)

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第39話「嶋田、軍令部総長を兼任す」

【前書き】(矢牧章より)


 俺は矢牧章。海軍大佐。海軍省軍務局第二課長。


 今日は昭和十九年二月二十二日、火曜日。


 昨日、東條閣下が陸軍参謀総長を兼任した。嶋田大臣が海軍軍令部総長を兼任した。


 陸海軍の最高政治職と最高軍事職が二人の手に集中した。独裁が完成した。


 俺の腹の底はいま、空っぽだ。


 二月十九日、高木さんは古賀長官と密室で向き合った。


 あの日の長官との直話の詳細は、まだ高木さんから直接、伺っていない。


 ただ、二月十九日の夜、高木さんが俺にぽつりと洩らされた一言が、俺の腹の底に刺さっている。


「長官は規律の中でしか生きられぬ方であった」


 その短い一言が、すべてを物語っていた。


 古賀長官は規律を越えてくださらなかった。海軍の長老格の最初の声は、ついに、上がらなかった。


 そして、その同じ日の夜――俺たちが何も知らぬ間に、宮中の奥座敷で、すでに東條閣下が陛下のお聴き入れを得ていた。


 二月十九日午後九時――兼任独裁の完成は、この瞬間、すでに決まっていた。


 翌二十日、その内定の報せが俺たちのもとに届いた時、俺は及川古志郎大将、吉田善吾大将のお宅に駆け込んだ。


 軍令部の黒島亀人第二部長。軍需省の石川信吾少将。海軍大学校の同僚たち――。


 俺たちは必死で動いた。長老格のお力で兼任強行を何としても止めていただかねば。


 ただ、間に合わなかった。


 伏見宮元帥と木戸内大臣のお墨付きを、すでに東條閣下が取り付けていた。


 昨日、二月二十一日――兼任の正式発表。


 合法的弾劾の道は今日、完全に絶たれた。


 高木さんはいま、どうしておられるか。


 俺には想像もつかぬ。


 ただ、ひとつだけ確信している。


 高木さんは、合法の道を最後まで歩まれるに違いない。


 ただ、その腹の底には別の覚悟がもう、宿り始めているのではないか。


 神大佐との出会いから、一週間。


 あのお二人の間で何が密かに語られたのか、俺には分からぬ。


 ただ、高木さんはもう、合法の道だけでは戦えぬのではないか。


 その予感が俺の腹の底でいま、ぐるぐると渦巻いている。



【本文】


 俺は当時、その奥底の動きを知らなかった。


 知ったのは、戦後のことであった。


 昭和十九年二月十八日、午後十時。


 東條英機首相は内大臣・木戸幸一を訪問した。


 参謀総長の兼任と内閣改造について、極秘に相談した。


 木戸内大臣はしばし沈黙した後、こう答えた。


「陛下のご意向を伺ってからにせよ」


 翌十九日、木戸内大臣から陛下の意向を聞いた東條は、午後二時に参内し、奏上した。


 午後五時半――東條から木戸に電話があった。


「杉山総長は承知せり」


 その電話が宮中の電話交換台を通った時、すでに陸軍の中枢では激しい激突が始まっていた。


 午後七時半――陸軍三長官会議。


 杉山元参謀総長と山田乙三教育総監が、東條の兼任に激しく反対した。


「総長の兼任は、陸軍の伝統に反する」


「統帥と政治の分離は、明治以来の鉄則ではないか」


 東條はしばし二人の反論を聞いていた。


 やがて、低く、しかし揺るぎない声で告げた。


「陛下は私の気持を既に御承知である」


 杉山と山田は沈黙した。


 陛下のお気持ちを、すでに東條が独占している。三長官会議で反対しても、もう、覆らぬ。


 午後九時、東條は参内した。


 お聴き入れを得た。


 兼任独裁の完成は、この瞬間、正式に決まった。


 その同じ夜、わたしは麻布の坂道に降りた薄雪の中で、古賀長官の歌を腹の底に刻みつけていた。


 わたしは何も知らずに帰宅した。


 二月十九日、夜。


 宮中の奥座敷ですべてが決まった夜。


 ただ、わたしと矢牧大佐と神大佐と――海軍中堅は、まだ何も知らなかった。


      *


 二月二十日、日曜日。


 朝、わたしは早く目覚めた。


 茅ヶ崎の自宅の窓の外、二月の冷たい朝が広がっていた。


 昨日の薄雪は、もう、跡形もなかった。


 九時頃、矢牧大佐から短い電話があった。


「高木さん」


「昨夜、内定が出ました」


 俺は息を呑んだ。


「東條が参謀総長を、嶋田が軍令部総長を、それぞれ兼任すると」


「いつ正式発表だ」


「明日二十一日、月曜の予定です」


 俺は受話器を強く握った。


 (明日、独裁が完成する)


 心の中で呟いた。


 (昨日、古賀長官は規律を越えてくださらなかった。そして今日、東條は宮中のお墨付きを得てしまった)


 (合法の道は、もう、一日で潰える)


「矢牧、お前はどう動く」


「私はこれから及川古志郎大将と吉田善吾大将のお宅に駆け込みます。長老格のお力で何とか止めていただきたい」


「分かった」


「高木さんも、できれば長老格に説明に回ってください」


「俺も動く」


 電話を切った。


 俺は急ぎ茅ヶ崎の自宅を出た。


 東京へ向かう列車の中で、俺は手帳を開き、訪ねるべき長老格の名を書き出した。


 末次信正大将。


 下村正助中将。


 左近司政三中将。


 原田熊雄男爵。


 午前十時頃、東京に着いた俺は、まず下村正助中将のお宅へ向かった。


      *


 下村正助中将のお宅の応接間で、俺は中将と向き合った。


「高木」


「中将」


 俺は深く一礼した。


「東條・嶋田の兼任内定が、すでに陛下のお聴き入れを得ております」


 下村中将は深く息を吐かれた。


「いつから動いていたのだ」


「二月十八日の夜、東條が木戸内大臣を訪ねたところから動き始め、十九日午後九時に陛下のお聴き入れを得ております」


 下村中将はしばし沈黙された。


「高木」


「合法の道は、もう、塞がれたな」


「明日、正式発表ですか」


「明日、月曜日です」


 下村中将は卓を見つめた。


 二月の朝の薄日が、応接間の窓から斜めに射していた。


「高木」


「わしも長老格の意見を急ぎ取りまとめる。ただ、もう、間に合わぬかもしれぬ」


「東條が陛下のお気持ちを独占してしまった以上、わしらが何を言っても、もう、覆らぬ」


「それに――」


 下村中将の声がわずかに沈んだ。


「先日、わしは山本清伯爵に、お主が古賀長官に送った手紙の内容を、少し漏らしてしまったかもしれぬ」


 俺は息を呑んだ。


 (下村中将ご自身がそれを認められた)


 心の中で呟いた。


「高木、すまぬ」


「中将――」


「保身を超えて時局を憂えるあまり、山本伯爵に少し話してしまった。それが古賀長官邸に伝わり、堀中将が君を詰問する事態を招いた」


 俺は深く頭を下げた。


「中将。それは、わたしが堀中将にも申し上げたことです」


「保身を超えて時局を憂える至情は、いまの海軍には貴重であります。秘密漏洩の不都合よりも、その至情のほうを、わたしは買います」


 下村中将はしばし俺を見つめた。


 その眼の奥に、深い感謝と、わずかな安堵が宿った。


「高木、ありがとう」


「お主のその度量があるからこそ、海軍長老格はお主の側に立ち続けるのだ」


 俺は深く頷いた。


 下村中将のお宅を辞した俺は、続いて末次信正大将のお宅へ向かった。


      *


 末次信正大将のお宅では、大将は俺の話を黙って聞かれた。


 ただ、最後にぽつりと洩らされた。


「もう、間に合わぬ」


 原田熊雄男爵のお宅では、男爵は深く頷きながら聞かれた。


「君の動きは聞いている。ただ、宮中はすでに東條のものだ」


「近衛公とも、明日、相談する」


 左近司政三中将のお宅では、中将は俺の話を真剣に聞かれた後、こう仰せになった。


「永野前総長は、最近、わしに、こう述懐された」


「『海相から本問題を持ち出された時、制度としては反対であった。ただ、事は自分の一身に関するので、強いて反対すれば内閣に罅を入れることになる。故に、我慢した』と」


 俺は息を呑んだ。


 (永野総長ご自身が、制度としては兼任に反対しておられた)


 心の中で呟いた。


 (ただ、ご自分の一身に関するから、強いて反対せず、我慢されたと)


 (内閣に罅が入ることを恐れて、自ら身を引かれた)


「高木」


 左近司中将は深く息を吐かれた。


「永野総長は責任は局長、大臣であって総長ではない。大臣が代るというのなら判るが、総長が一人で飛び出す、或は追い出される――これは筋が違う」


「ただ、永野総長ご自身が反対されなかった以上、わしらも、もう、止めようがない」


 俺は深く頭を下げた。


 左近司中将のお宅を辞した俺は、霞が関の海軍省へ向かった。


 午後四時――海軍省の廊下で、矢牧大佐に会った。


「矢牧」


「高木さん」


「及川大将、吉田大将のお宅はどうだった」


 矢牧大佐の顔色が、深く沈んでいた。


「両大将とも、もう、間に合わぬと仰せでした」


「軍令部の黒島亀人第二部長、軍需省の石川信吾少将、海軍大学校の連中も――皆、動きました。ただ、すべて、間に合いませんでした」


 俺は深く頷いた。


「省部中堅奔走するも、及ばずか」


 俺は手帳に短く書きつけた。


「二〇 省部中堅奔走スルモ及バズ」


 矢牧大佐は俺の隣で深く息を吐いた。


「高木さん、もう、何も打つ手がありませんね」


「ただ――」


 俺は手帳を閉じた。


「明日、もう一つだけ、確かめねばならぬことがある」


「神大佐との約束だ」


 矢牧大佐の眼の奥に、わずかな影が差した。


「あの方は、何を考えておられるのですか」


「いまは言えぬ」


「ただ、明日の夜、神大佐と再度、会う」


「分かりました」


 矢牧大佐は深く頷いた。


      *


 二月二十一日、月曜日。晴。


 午前八時、俺は海軍大学校(目黒)に登校した。


 病み上がりの体に二月の朝の冷気が鋭く刺さった。


 大学校の研究部員室に着いた俺は机に向かって書類を整えていた。


 午前九時半過ぎ。


 突然、扉を叩く音がした。


「高木さん、森です」


 扉を開けると、森元治郎君が立っていた。同盟通信社の記者であり、終戦工作の同志の一人。


 森君の手に号外が握られていた。


「高木さん。いま、正式発表されました」


 俺は号外を受け取った。


 しばし文字を見つめた。


「東條首相、参謀総長兼任。嶋田海相、軍令部総長兼任」


 (兼任)


 心の中で呟いた。


 (東條が陸軍大臣と参謀総長を兼ね、嶋田が海軍大臣と軍令部総長を兼ねる)


 (陸海軍の最高政治職と最高軍事職が二人の手に集中する)


 (独裁が完成した)


「森君」


「内閣改造ではなく、兼任で済ませた、と」


「これは海軍内部からの合法的な弾劾の道が完全に塞がれたということだ」


 森君は深く頷いた。


「省部中堅は二十日に必死で奔走したと聞いています。ただ、間に合いませんでした」


 俺はしばし海軍大学校の窓の外を見た。


 二月の冷たい風が目黒の街路樹をわずかに揺らしていた。


      *


 森君が帰った後、俺の研究室の電話が立て続けに鳴った。


「一原です」


 最初に電話してきたのは一原道常氏。同盟通信社の幹部であり、情報ネットワークの一角を担う同志。


「兼任発表、ご存じですね」


「ええ。先ほど森君から号外を受け取りました」


「もはや合法的な政権交代の道は完全に絶たれましたね」


 一原氏は深く息を吐いた。


「これからの工作は、これまでとは違う次元のものになりますね」


 俺はしばし沈黙した。


 (一原氏も、その「違う次元」を予感しておられる)


 心の中で呟いた。


「一原さん」


「われわれはまだ、合法の道を諦めません」


「ただ、その合法の道の一つひとつが絶たれていく時、別の道も用意しておかねばならぬ」


「その時のために、わたしは動きます」


 一原氏は深く頷いた様子であった。


 電話を切った。


 次に下村正助中将から電話があった。


「高木か」


「ついに、やられたな」


「末次大将以下の長老の意見を急ぎ取りまとめる。ただ、もう嶋田を内部から弾劾する道はない」


「海軍は終わった。ここから先、われわれに何ができるか――」


 下村中将の声がしばし途切れた。


 俺もしばし無言で受話器を握っていた。


「中将」


「合法の道は絶たれました。ただ、合法の道が絶たれた後にも、必ず別の道があります」


「米内大将の現役復帰。岡田大将による伏見宮殿下への進言。皇族内閣の樹立――」


「わたしはこれらの道を、最後まで歩みます」


「中将、お力を貸してください」


 下村中将はしばし沈黙された後、低く呟かれた。


「分かった。高木、わしも最後まで付き合う」


 電話を切った。


 最後に原田熊雄男爵から電話があった。


「高木君」


 原田男爵の声はいつになく深く沈んでいた。


「兼任が正式発表された」


「近衛公はもはや高松宮を首班とする皇族内閣の樹立に活路を見出すしかないと言われている」


「君の合法工作はこれで一旦、頓挫したな」


「ただ、新しい道をまた探ろう」


 原田男爵は短く言って、電話を切った。


 三本の電話を切った後、俺はしばし研究室の窓辺に立った。


 二月の冷たい光が目黒の街並みの上にひっそりと差していた。


      *


 午後、俺は左近司政三中将に再度連絡を取った。


 昼食を兼ねて、海軍省の小さな会議室で向き合った。


「中将」


「高木」


「兼任が決まりました。ただ、わたしの腹の底には、もう、抑えきれぬ鬱屈があります」


 左近司中将は息を呑まれた。


「海軍の血の出るような要望は一つも東條に通ぜず、嶋田は海軍を犠牲にし、国家の運命を度外視して、ひたすら東條にサービスしている――というのが、部内部外の定論であります」

「嶋田の姿勢は上には当りが良く、下には強く出ております」


「海軍部内からの信頼は、もう、完全に失墜しております」


 左近司中将は深く頷かれた。


「高木、お主の腹の底のその鬱屈、わしも同じだ」


「四巨頭会談の責任は嶋田大臣と岡軍務局長にあります。にもかかわらず、永野総長一人が追い出される形になった」


「責任は局長、大臣であって、総長ではない。大臣が代るというのなら判るが、総長が一人で飛び出す、或は追い出される、何たることだと皆言っております」


「同感だ」


「永野総長が制度として反対だと信じておられたなら、堂々と反対が出来たはずです」


「ただ、内閣に罅を入れることを恐れて、我慢された。これは無責任です」


 左近司中将はしばし沈黙された。


「お主の言うことは、わしも分かる。ただ、永野総長は健康問題もあると述懐された」


「『自分は御信任の点につき自信がないのと、今一つは健康が悪いので辞退した』と」


 俺は卓の縁を強く握った。


 (健康と御信任を理由にされた)


 心の中で呟いた。


 (ただ、それは、本当の理由か)


 (事勿れ主義で、ご自分の天狗ぶりを保たれただけではないか)


 (永野総長は天狗で自惚れが強く、無責任で私心満々な方ではないか)


 俺はその痛切な思いを、腹の底に押し込んだ。


「中将。さらに、もう一つ、わたしの予測があります」


「東條、嶋田の組合せでマリアナが確実に守れるという保証は、どこにもありません」


「却って東條、嶋田は一〇〇%マリアナを失陥することは、火を睹るよりも明らかです」


「もしこのままで東條、嶋田が居据ったならば、恐らく重大なる結果を惹起し、海軍部内も一大混乱を招来する惧れがあると信じます」


 左近司中将は深く頷かれた。


「高木、お主の予測は、おそらく当たるだろうな」


「マリアナ失陥の時には、海軍部内も一大混乱に陥る」


「その時のために、われわれは今から準備をしておかねばならぬ」


「中将のお考えと、わたしのお考えは一致しております」


 俺は深く頭を下げた。


 左近司中将は俺の手を強く握られた。


「高木、お前は黒子として動いてくれ。わしは長老格の側で、お前の動きを助ける」


「ありがとうございます」


 俺は深く深く頭を下げた。


      *


 その夜、俺は教育局へ向かった。


 神大佐に会わねばならなかった。


 六日前の二月十五日、教育局の第一課長室で交わした約束を、いま果たすべき時だった。


 目黒の第一分室の入口で、神大佐が一人立っていた。


 俺の姿を認めると、神大佐は深く一礼した。


「高木少将、お待ちしておりました」


 俺は深く頷いた。


 二人は誰もいない第一課長室に入った。


 扉を閉めた。


 神大佐は卓の前に立った。


「高木少将」


「合法の道は今夜、ほぼ絶たれましたな」


 俺は窓の外を見た。


 二月の冷たい夜が目黒の街並みに降り始めていた。


「神大佐。お前の言う通りだ」


 神大佐の眼の奥が再び光った。


「高木少将、その時の準備は、わたしの方でいまから進めておきます」


 俺は深く頷いた。


「神大佐」


「俺はまだ、合法の道を諦めぬ」


「米内大将の現役復帰。岡田大将による伏見宮殿下への進言。重臣連合の活性化。皇族内閣の樹立――」


「俺は合法の道の、まだ残された全ての可能性を最後まで歩む」


「分かりました」


「ただ――」


 俺は神大佐の眼をまっすぐに見た。


「もし、その全てが頓挫した時は」


「その時は、お前の道を相談しよう」


 神大佐は深く深く頭を下げた。


「分かりました」


「ただし、いまはまだ口に出してはならぬ。中堅の暴発を、何としても抑えてくれ」


「承知しました」


 俺は神大佐の肩に軽く手を置いた。


 神大佐はわずかに頷いた。


 二月の冷たい夜風が教育局の窓をひっそりと撫でていった。


 神大佐と別れた後、俺は一人、目黒の坂道を下りた。


 夜空には星が一つも見えなかった。


 灯火管制の街は、墨を流したように真っ暗だった。


 俺はふと立ち止まった。


 胸の奥で二日前の古賀長官の歌が再び響いていた。


 (世の中にもしも陸軍なかりせば、人の心はのどけからまし)


 (長官、わたしは貴方の嘆きを、いま別の形で引き継ぎます)


 (合法の道を最後まで歩み、それでも駄目なら神大佐の道に踏み込む)


 (貴方が越えられなかった規律を、わたしは別の道で越えてみせます)


 俺は深く深く息を吸った。


 冷たい夜風が肺に流れ込んだ。


 昭和十九年二月二十一日、夜――。


 合法の道は絶たれた。


 ただ、その絶たれた道の上に、わたしは新しい道を敷き直す。


 古賀長官の歌がわたしの腹の底で、新しい決意となって芽生え始めていた。



【後書き】(永野修身より)


 わしは永野修身。海軍大将。


 昭和十九年二月二十一日、わしは軍令部総長の職を解かれた。


 翌二十二日付で、元帥に祭り上げられた。


 ただ、わしの腹の底には、いまも晴れぬ重いものが宿っている。


 二月のある日、嶋田海相がわしのところに来てこう言った。


「総長兼任のお話を、東條閣下から拝命しております」


 わしは黙ってその言葉を聞いた。


 制度としては、わしは反対であった。


 軍政と軍令の分離は、海軍の伝統である。大臣と総長が一人の人物に集中することは、海軍の規律を根本から覆す。


 ただ――。


 事は、わしの一身に関することであった。


 もしわしが強いて反対すれば、内閣に罅を入れることになる。陸軍は東條閣下が兼任することがすでに決まっておった。海軍だけ反対すれば、東條閣下とその一派から「永野は陸海軍の連携を妨げる」と非難されるだろう。


 わしは我慢した。


 強いて反対せず、自ら身を引いた。


 あの時、わしが堂々と反対していたならば――歴史は、変わったかもしれぬ。


 ただ、わしには、できなかった。


 もう一つ、わしには別の理由があった。


 わしは天皇陛下の御信任に、自信がなかった。


 昭和十六年十一月、わしは陛下に開戦を奏上した。「全身の血液が漸次欠乏し、今日余力ある際に戦はざれば遂には死に瀕する」と。


 あの時、わしは陸軍の杉山総長の助け舟を出したのである。陛下の御前で、戦争の決意を後押しした。


 あれから二年と数ヶ月――。


 マリアナの海岸線が、いま、米軍の手に落ちようとしている。タラワが玉砕した。クェゼリンが玉砕した。トラックが叩かれた。


 わしの開戦奏上の責任は、すでに証明されつつある。


 陛下は、わしを、もう、お信じになっておられぬかもしれぬ。


 わしはそう感じていた。


 それから、健康問題もあった。


 わしの体は、もう、軍令部総長としての激務に耐えられぬところまで来ていた。


 わしは沢本次官と左近司中将に、こう述懐した。


「自分は御信任の点につき自信がないのと、今一つは健康が悪いので辞退した」


 あれが、わしの本心であった。


 ただ、戦後、わしは米国戦略爆撃調査団の喚問でこう証言することになる。


「真珠湾以来、三年間の長きにわたって、嶋田は東条の言いなり放題になつていました」


「海軍はこの唯々諾々には全くがつかりさせられたのです。これでは海軍独自の立場はなくなる、嶋田はあまり東条に追従しすぎると言って不平たらたらでした。そしてこの感情が積りつもつて、嶋田に勇退を迫ったのです」


 嶋田を東條の追従者として痛烈に批判した、戦後のわしの言葉。


 ただ、その嶋田を許して総長兼任を受け入れたのは、他ならぬわし自身であった。


 わしの矛盾は、いまも、わしの腹の底に重く沈んでいる。


 高木少将は、おそらく、わしを「無責任」と評しておられることだろう。


「総長兼任が制度として反対だと信じておったなら、堂々と反対が出来たはずだ」


「内閣に罅を入れることを恐れて我慢したのは無責任だ」


「永野は天狗で自惚れが強く、無責任で私心満々だ」


 高木少将のあの痛烈な批判の言葉が、いま、わしの耳に届いておる。


 わしは反論できぬ。


 高木少将の言うことは、おそらく、正しい。


 わしは事勿れ主義で、自ら身を引いた。陛下の御信任と健康の問題を理由にして、自分の体面を保ったまま身を退いた。


 わしは元帥に祭り上げられた。


 ただ、それは祭り上げであって、もう、何の権力もない。


 わしは今夜、自宅で一人、深く深く息を吐いている。


 高木少将は今夜、目黒の教育局で神大佐と会っておられることだろう。


 あの男は重臣と宮中を動かして上から嶋田を追い詰め、神大佐に中堅をまとめさせて下から支えさせようとしている。


 あの男の覚悟と、わしの事勿れ主義――。


 その差は、絶望的なほど大きい。


 ただ、ひとつだけわしは確信している。


 あの男は、わしのように、内閣に罅を入れることを恐れて自ら身を引くことは、決して、ない。


 あの男はわしが越えられなかった規律を、別の形で、必ず越える。


 わしはその時、元帥府の片隅で、ただ、あの男の覚悟を遠くから見守るしかないのだろう。


■ 人物紹介


矢牧章(やまき・あきら、1894年〜1982年) ※本話の前書きの語り手

 海軍大佐。海軍省軍務局第二課長。海軍中堅きっての終戦工作の同志。本話前書きで2月22日の絶望を独白。本文の2月20日に及川大将・吉田大将のお宅に駆け込む。


高木惣吉(たかぎ・そうきち、1893年〜1979年)

 本話の本文の語り手(「俺」)。海軍少将。本話で兼任独裁完成の経緯を内側から知らされ、合法の道の絶たれる瞬間を経験。神大佐との再対話で「合法の道を最後まで歩み、それが絶たれた時は神大佐の道に踏み込む」決意を固める。


永野修身(ながの・おさみ、1880年〜1947年) ※本話の後書きの語り手

 海軍大将(本話の2月22日に元帥昇任)。高知県出身、海兵28期。本話の2月21日、軍令部総長の職を解かれる。後書きで「制度としては反対だったが、強いて反対せず我慢した」と自己弁明と内省を語る。戦後A級戦犯として起訴され、東京裁判中の1947年1月に病死。


東條英機(とうじょう・ひでき、1884年〜1948年)

 内閣総理大臣兼陸軍大臣。本話の2月18日夜10時に木戸内大臣を訪問、2月19日午後9時に陛下のお聴き入れを得て、参謀総長兼任を強行突破。


嶋田繁太郎(しまだ・しげたろう、1883年〜1976年)

 海軍大臣(本話の2月21日付で軍令部総長兼任)。高木の痛烈な批判「東條の男妾」「海軍を犠牲にし国家の運命を度外視」の対象。


杉山元(すぎやま・げん、1880年〜1945年)

 陸軍参謀総長(本話の2月21日に兼任により解任)。陸軍三長官会議で東條の兼任に反対するが、「陛下は私の気持を既に御承知である」の一言で沈黙。


山田やまだ 乙三おとぞう

 陸軍教育総監。陸軍三長官会議で杉山と共に東條の兼任に反対する。


木戸幸一(きど・こういち、1889年〜1977年)

 内大臣。本話の2月18日夜10時、東條から兼任の相談を受ける。2月19日、東條に陛下の意向を伝える役回り。


伏見宮ふしみのみや 博恭王ひろやす

 海軍元帥。海軍の最高長老。東條の兼任にお墨付きを与える役回り。


下村しもむら 正助まさすけ

 予備役海軍中将。海軍長老格をまとめる役回り。本話の2月20日に高木と対話、山本清伯爵への手紙内容漏洩を懺悔する。


末次信正(すえつぐ・のぶまさ、1880年〜1944年)

 予備役海軍大将。本話の2月20日午後、高木が訪問。「もう間に合わぬ」と短く返答。


左近司さこんじ 政三せいぞう

 予備役海軍中将。本話の2月20日と21日、高木と対話。永野総長の述懐を高木に伝える役回り。本話後半で高木の嶋田批判と「マリアナ失陥」予測を聞く重要人物。


原田熊雄(はらだ・くまお、1888年〜1946年)

 男爵。重臣連合の連絡役。本話の2月20日に高木を訪問し、2月21日に高木に電話で近衛公の「皇族内閣」構想を伝える。


近衛 文麿

 公爵。本話で原田男爵を通じて「高松宮を首班とする皇族内閣樹立」の構想を伝える。


もり 元治郎もとじろう

 同盟通信社記者。終戦工作の同志。本話の2月21日朝、海軍大学校の高木の研究部員室に号外を持って駆け込む。


一原いちはら 道常みちつね

 同盟通信社幹部。情報ネットワークの同志。本話の2月21日朝、高木に電話。


かみ 重徳しげのり

 海軍大佐。本話の2月21日夜、目黒の第一課長室で高木と再対話。「合法の道は今夜、ほぼ絶たれましたな」「その時の準備は、わたしの方でいまから進めておきます」と語る。


黒島 亀人/石川 信吾

 本話の2月20日の中堅奔走の同志。


及川 古志郎/吉田 善吾

 予備役海軍大将と海軍大将。本話の2月20日に矢牧大佐が駆け込む海軍長老。


沢本 頼雄

 海軍次官。永野総長の述懐を共有した一人として、後書きで言及。


山本 清

 伯爵。古賀長官の海兵時代の級友。本話の下村中将の懺悔の中で言及。


岡 敬純

 軍務局長。本話で高木の批判の中で「四巨頭会談の責任は嶋田大臣と岡軍務局長にあり」として言及。


岡田 啓介

 予備役海軍大将、第三十一代内閣総理大臣。海軍長老の一人。


■ 用語集


「兼任独裁」

 昭和19年2月21日に正式発表された、東條英機首相による陸軍参謀総長兼任、嶋田繁太郎海相による海軍軍令部総長兼任の体制。陸海軍の最高政治職と最高軍事職が二人の手に集中する独裁体制の完成。海軍内部からの合法的弾劾の道が完全に絶たれる。


「陛下は私の気持を既に御承知である」

 昭和19年2月19日午後7時半の陸軍三長官会議で、東條が杉山参謀総長と山田教育総監の反対を黙らせた一言。陛下のお気持ちをすでに東條が独占している事実を示す。


「省部中堅奔走スルモ及バズ」

 2月20日、東條・嶋田の総長兼任を阻止しようと海軍省・軍令部の中堅将校が必死に奔走したものの、間に合わなかった事実を示す高木の覚書。


「制度としては反対であるが、事は自分の一身に関するので強いて反対すれば内閣に罅を入れることになる故我慢した」

 永野修身軍令部総長が左近司政三中将に語った述懐。総長兼任に対する自身の消極的態度の理由を、永野自身の言葉で説明したもの。本話の後書きで永野自身の独白として再構成。


「嶋田は東條の男妾」

 昭和19年2月以降、海軍内部で広く流布された嶋田海相への痛烈な悪口。高木自身が左近司中将に「世間ではこう言われている」として語った言葉。


「責任は局長、大臣であって、総長ではない」

 永野総長一人が更迭された理不尽さを批判する高木の言葉。四巨頭会談の責任は嶋田海相と岡軍務局長にあるのに、永野総長が一人で追い出される筋の通らなさを糾弾する。


「東條、嶋田は一〇〇%マリアナを失陥することは、火を睹るよりも明らか」

 高木が左近司中将に予測した、東條・嶋田体制でのマリアナ失陥の予測。本話の重要な伏線。後の史実によりこの予測は的中する。


「真珠湾以来、三年間の長きにわたって、嶋田は東条の言いなり放題になつていました」

 戦後、永野修身が米国戦略爆撃調査団(USSBS)の喚問で証言した、嶋田への痛烈な批判。本話の後書きで永野自身の言葉として再構成。


「全身の血液が漸次欠乏し、今日余力ある際に戦はざれば遂には死に瀕する」

 昭和16年9月6日の御前会議で、永野修身軍令部総長が陸軍の杉山参謀総長を助けて陛下の御前で唱えた「ジリ貧論」。開戦決定の理論的補強として、戦後まで永野の代表的な発言として記録される。


「中堅の統制」

 高木惣吉が神重徳大佐に託した役割。嶋田更迭をめぐって沸騰する海軍中堅層を、暴発させることなく合法の更迭運動へと束ねること。高木が重臣・宮中を通じて上から、神大佐が中堅を率いて下から、嶋田を挟む構図を指す。


「皇族内閣」

 近衛公が2月21日の兼任発表後に活路として見出した構想。高松宮宣仁親王を首班とする内閣の樹立。本話末で原田男爵が高木に伝える。



■ 史実と創作について


【史実に基づく部分】

・昭和十九年二月、東條英機首相(陸相)が参謀総長を兼任し、嶋田繁太郎海相が軍令部総長を兼任したこと。これが軍政(大臣)と軍令(総長)を分離してきた建軍以来の伝統を破るものであったこと(阿川弘之『米内光政』『井上成美』、戸髙一成編『証言録 海軍反省会』)。

・この兼任が、二月十八日夜に東條が木戸幸一内大臣を訪ねたところから動き始め、十九日の参内・奏上を経て、同日中に天皇の聴許を得るという急展開で決したこと(木戸日記研究会編『木戸幸一日記』、伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報』)。

・陸軍三長官会議で杉山元参謀総長や山田乙三らが東條の参謀総長兼任に反対したこと。それでも東條が「陛下は私の気持を既に御承知である」として押し切ったこと。

・この兼任独裁が陸海軍中堅層の強い反発を招き、倒閣の動きを加速させたこと。


【創作部分】

・兼任決定をめぐる場面の情景、永野修身の後書きの内面の独白、関係者の会話の細部は、史実の趣旨を踏まえて本作で構成した創作です。

・高木が古賀長官の歌を心に刻む場面、前書き・後書きの語りや内面、各場面の情景描写は創作です。


■ 参考文献


伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報 下』みすず書房、2000年

木戸日記研究会編『木戸幸一日記 下巻』東京大学出版会、1966年

阿川弘之『米内光政』新潮社、1978年

阿川弘之『井上成美』新潮社、1986年

戸髙一成編『[証言録]海軍反省会』PHP研究所、2009年


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