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俺たち終戦四人組ー太平洋戦争を終結に導いた官僚たちの戦いー  作者: 房吉
第5章 海軍少将:高木惣吉編(昭和17(1942)年6月~)

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第37話「神がかりの男、神重徳大佐」


【前書き】(神重徳より)


 俺は神重徳。海軍大佐。海軍省教育局第一課長。


 今日は、昭和十九年二月十五日、火曜日。


 市ヶ谷台の海軍省第一分室、目黒。窓の外には冬の薄日が斜めに射している。


 俺の腹の底で、何かが、いまも、煮えたぎっている。


 五日前の、二月十日。あの四巨頭会談の結末を聞いた瞬間から、煮えたぎりっぱなしだ。


 「精神的努力で五割水増し」――東條閣下の口から、その一語が出たと聞いた時、俺は机を蹴り倒したい衝動を必死で抑えた。


 俺は鹿児島県出水郡高尾野村の出身じゃ。家は神焼酎の蔵元。父は焼酎屋の親父で、学はなか。


 俺が海軍兵学校に入る時、父はひと言だけ言った。


 「重徳、国を守る男になれ」


 あれが、俺の人生のすべてじゃ。


 海兵四十八期。最初の試験は落ちた。十月の補欠募集で、百六十六名中二十九番でようやく入校した。海大も三度目の受験で入った。卒業時には首席を取った。


 その後、ドイツに駐在した。ヒトラーの演説を、目の前で聞いた。背筋が震えた。あの男の力に、俺は本気で惚れた。だから日独伊三国同盟の最も熱心な賛成派になった。反対派の急先鋒であった軍務局長・井上成美少将(当時)――俺の上官だ――とは軍務局で何度も論争した。だが、ついに「剃刀」とあだ名される井上中将には勝てなかった。


 扶桑の分隊長時代、藤井斉という後輩がいた。五・一五事件の首謀者になった、あの藤井斉だ。事件の前に第一次上海事変で戦死したが、俺は扶桑の艦内で藤井と二人きりで何度も話した。国を憂えるあの男の純粋さを、俺は知っている。あの一途さを、ただの暴発に終わらせてしまったのは、いまも俺の胸に残る悔いだ。


 昭和十七年八月、俺は第八艦隊参謀として、一次ソロモン海戦を立案した。米軍の巡洋艦隊を撃破した。あん夜のソロモンの海を、俺は生涯忘れぬ。日本の兵は、世界一強か。指揮さえまともなら、必ず勝てる。


 ただ、いまの指揮は、まともじゃなか。


 第八十一号作戦(ビスマルク海海戦、あまりの損害にダンピールの悲劇と呼ばれた)では、半田参謀から「中止すべきです」と言われたが、俺は「命令だから全滅覚悟でやってもらいたい」と言った。駆逐艦四隻、輸送船八隻、将兵三千人を喪った。ニューギニアは崩れた。俺の腹の底にも、いまも血が滲んでいる。


 俺は陰で「神さん神がかり」と呼ばれている。「海軍の辻政信」とも呼ばれている。狂信的で、唯我独尊で、わがままで、しかし生一本で、明朗で、陽性で、万事に積極的――それが俺だ。


 いま、俺の腹の底で、ある一つの覚悟が、宿り始めている。


 このまま嶋田を海相の座に居座らせていては、海軍は腐る。東條の言いなりの男が、前線の将兵を見殺しにしている。


 部内では、嶋田のことを「東條の副官」と呼ぶ。もっとひどい者は「男妾のシマハン」とまで言う。陸海協調を口実に、海軍の血の出るような要望を、ことごとく東條に売り渡してきた男だ。


 しかも今年の二月、東條が参謀総長を兼ねるのに合わせ、嶋田は海相のまま軍令部総長まで握った。軍政と軍令を一人で握る――建軍以来の伝統を、平然と踏みにじった。それだけの権を握っておきながら、戦は一向に好転せん。


 前線帰りの者が、アッツやギルバートの玉砕を何とかならぬかと訴えれば、嶋田は言ったという。「島の一つや二つ取られても、驚くことはない」と。


 その一言を聞いた時、俺は腸が煮えくり返った。あの島々で、どれだけの戦友が死んだと思っているのか。


 嶋田を、引きずり下ろす。


 俺一人ではない。教育局にも、軍務局にも、煮えたぎっている中堅は大勢いる。あの連中の力を一つにまとめれば、嶋田の一人や二人、動かせぬはずがない。


 それが、いまの俺の覚悟だ。


 今日、海軍少将の高木惣吉氏が、教育局を訪ねてくるという噂がある。


 高木少将は、海兵四十三期。俺より五期上の先輩。海軍中堅きっての終戦工作家として、密かに名が知られている。


 あの方が、なぜ、俺のもとへ来るのか。


 俺には分からぬ。


 ただ、来られたら、率直に、腹の底を申し上げる。


 俺の覚悟を、隠さず、伝える。


 それで、あの方が俺を斬るならば、斬られればよい。


 ただ、もし、あの方が俺の覚悟を、別の形で活かしてくれるならば――。


 その時は、俺はあの方の刀となる。


 昭和十九年二月十三日から十五日まで――高木少将が「合法的弾劾」を準備する三日間と、俺と高木少将の運命の出会いの物語。



【本文】


 二月十三日、日曜日。晴。


 茅ヶ崎の自宅。


 朝、俺は書斎の机の前に坐った。


 窓の外、冬の日差しが松の枝を白く照らしていた。


 俺は便箋を広げた。ペンを取った。


 書く言葉は、すでに腹の底に組み上がっていた。


 第一線で連合艦隊を指揮しておられる古賀峯一長官に、いま、何を伝えるべきか。


 俺は書き始めた。


「拝啓。先日来の中央におけるご動向につき、内密にご報告申し上げたく――」


 ペンが紙の上を静かに走る。


 俺は淡々と、しかし切迫した筆致で、二月十日の四首脳会談の経緯を伝えた。


 海軍首脳部が陸軍に屈した経過。


 省部中堅層の険悪な空気。


 嶋田海相の続投に憤る中堅の動揺、矢牧大佐から聞いた、神大佐をはじめとする中堅の煮えたぎるような焦り。


 その全てを記した上で、俺は最も大切な一文を書きつけた。


「長官におかれましては、嶋田海相、永野総長に対し、強硬なる意見具申をお願い申し上げます。そのご返答次第によっては、断乎たる決意をご表明あらんことを、心より乞い願う次第であります――」


 ペンを置いた。


 しばし便箋を見つめた。


 (連合艦隊司令長官に、辞表を盾にとった抗議を促している)


 心の中で呟いた。


 (伝統の海軍の規律から見れば、これは越権の極みだ)


 (ただ、いまは国家興亡の分岐点だ)


 (古賀長官に、その覚悟を持っていただかねば、海軍の長老格の最初の声は上がらぬ)


 (最初の声が上がらねば、合法的弾劾の包囲網は組めぬ)


 俺は便箋を折り、封筒に入れ、糊で封をした。


 封筒の表に、宛名を書いた。


「連合艦隊司令長官 古賀峯一閣下」


 その下に、小さく、書き添えた。


「親展」


 封筒を、机の引き出しの奥に、しまった。


 古賀長官は、二月十日に戦艦「武蔵」を率いてトラックを出航され、十五日に横須賀に入港される予定。


 長官が横須賀に到着されたら、この手紙を、信頼できる将校を通じてお渡しする。


 俺は窓を見つめた。


 冬の日差しが、書斎に斜めに射していた。


 (古賀長官に、規律を越えていただく)


 (海軍の長老格が、最初の一歩を踏み出してくださる)


 (それが、合法的弾劾の道の、起点だ)


 俺は深く息を吸った。


 (神大佐をはじめ、中堅の憤りが、日に日に膨らんでいる)


 (その怒りが、暴発という形を取る前に、長老格の最初の声を上げさせる)


 (中堅の力を、暴発ではなく、嶋田更迭の合法運動へと束ねねばならぬ)


 (俺の戦いは、時間との戦いだ)


      *


 二月十四日、月曜日。


 午後一時、内大臣官邸に松平康昌秘書官長を訪ねた。


「松平さん。十日の四首脳会談の結果、お聞き及びでしょうか」


「嶋田海相は、ついに陸軍の横暴に屈しました。水増しの52,250機。机上の空言です」


 松平さんは静かに頷いた。


「省部中堅は、もう限界です。罵声が飛び交っています」


「中堅の暴発を抑えつつ、嶋田を合法的に退かせる道筋を、わたしが立てねばなりません」


「岡田大将に、明日、急を告げます。海軍長老格から、嶋田・永野両首脳に弾劾の声を上げていただきます」


 松平さんは俺の話をじっと聞いていたが、しばし沈黙した。


 応接室の窓の外、二月の薄日が、内大臣官邸の中庭を斜めに照らしていた。


 松平さんが、ふと、声を低めた。


「高木さん――宮中側の動きを、お伝えしておかねばなりません」


 俺は息を呑んだ。


「九日に、陛下から木戸内大臣に、ご指示がありました」


 松平さんは卓の上で両手を組んだ。


「『内閣を更迭するようなことがあれば、対外的に不利になる。互譲の精神でとりまとめるように』と」


 俺は卓の縁を強く握った。


 (陛下の御発言)


 心の中で呟いた。


 (合法的な倒閣の道が、宮中側から塞がれかけている)


「木戸内大臣は、陛下のご心痛を、何より懸念しておられます」


「……」


「いま、内閣更迭を直接申し上げることは、難しい状況です」


 俺は深く息を吐いた。


「松平さん」


「ただ、わたしは合法の道を、最善まで歩みます」


「それが、わたしの『黒子の道』です」


 松平さんは静かに頷いた。


 俺は卓の縁から手を離した。


 胸の奥に、重く、何かが沈んでいた。


 (合法の道の入口に、すでに、陛下の御発言という大きな壁が立ちはだかっている)


 (嶋田の更迭は、木戸内大臣の壁を越えねば、実現せぬ)


 (内大臣の壁を越えるには、海軍長老格の総意の重みが要る)


 (その重みを、岡田大将と古賀長官のお力で、組み上げる)


 午後二時四十五分、俺は別室に移った。


 野村吉三郎大将の講演メモを、二時間にわたって聞いた。


 野村大将は、開戦時の駐米大使で、最後の最後まで日米交渉の最前線に立たれた方。


 メモは、痛烈であった。


「アメリカも二正面作戦はやりたくない」


「ハル国務長官曰く、日本大使は礼儀正しいが、要点になるとボーッとしている」


「敗けない限り、東洋から手を引く考えは毛頭ない」


 そして、最も重い一句。


「作戦目標は、侵略の潜在力としての日本帝国の永久的排除(permanent elimination of the Empire of Japan as a potential of aggression)」


 俺は卓の上で深く息を吐いた。


 (侵略の潜在力としての、日本帝国の永久的排除)


 (米国の対日基本方針は、それだ)


 (無条件降伏のさらに先――日本という国の枠組みそのものを解体する意志)


 (その米国を相手に、われわれは「精神的努力」で航空機を水増ししている)


 (紙の上では52,250機。実際には半分も作れぬ)


 (米国は空母を30隻、太平洋に展開している。ソ連武官が観察している通りだ)


 俺は両手で顔を覆った。


 しばし、何も見えなかった。


 二月の冷たい光が、官邸の窓から斜めに射していた。


 (明日、十五日)


 心の中で呟いた。


 (岡田大将を訪ねる。高松宮殿下に奉答する)


 (そして、教育局の神大佐に、会いに行く)


 (最も危険な男の腹の底を、自分の眼で見届ける)


 (彼の怒りを、合法的弾劾のエネルギーとして束ね直す)


 (それが、俺の明日の戦いだ)


      *


 二月十五日、火曜日。晴。夕刻時雨。


 午前中、通信隊の病室で皮膚病の診察を受けた。十時半、海軍大学校に戻った。


 午後一時、淀橋角筈(現在の西新宿付近)の岡田啓介大将邸を訪ねた。


 応接室に通された俺は深く一礼した。


「大将。本日は時局の急変につき、ご相談に伺いました」


 岡田大将はしばし卓越しに俺を見つめた。七十六歳のお顔に、深い皺が刻まれていた。


「高木君。座りなさい」


 俺は座した。


「十日の四首脳会談で、嶋田海相は陸軍に完全に屈しました」


「水増しの52,250機。海軍機は陸軍機を、紙の上でも下回りました。海軍の独立性は、もう風前の灯火です」


 岡田大将はわずかに目を細めた。


「省部中堅は、もう収まりません。中堅の暴発を抑えつつ、嶋田・永野両首脳の更迭を、何としても実現せねばなりません」


「君は、ここに至るまで、どう動いてきたのか」


「合法的に黒子として、海軍長老格と重臣・皇族の周辺から、静かに包囲してきました」


「ただ、十日の会談で、嶋田に対するわたしの一縷の望みは砕かれました」


「大将。海軍の長老格として、嶋田・永野両首脳の弾劾に、お力を貸してください」


 岡田大将はしばし沈黙した。


 応接室の窓の外、二月の薄日が、淀橋角筈の街並みを照らしていた。


「高木君」


「事態の険しさは、薄々承知している」


「ただ、即答は控えたい」


「……」


 岡田大将は静かに尋ねた。


「海相の後任には、君は誰を考えているのか」


 俺は深く息を吐いた。


「衆望は、豊田副武大将です」


 岡田大将は深く頷いた。


 即答はしなかった。ただ、その頷きの中に、嶋田更迭への賛同の気色が確かに見えた。


「君の腹の底は、よく分かった」


「ありがとうございます」


「ただ、まずは情勢をしばし見守ろう。後任の人事も、海軍内部の意見集約が要る」


「君は、引き続き、中堅を抑えてくれ」


「分かりました」


 俺はしばし卓を見つめた。


 そして、低く、付け加えた。


「大将。実は、もう一つ、ご報告したいことが」


「省部の中堅の中に、不穏な空気が出始めています」


 岡田大将のお顔がわずかに引き締まった。


「不穏な空気、とは」


「『嶋田がこのまま居座る限り、海軍はもたぬ。合法の手続きを待っていては間に合わぬ』――そういう焦りの声が、中堅から漏れ始めています」


 岡田大将は深く息を吐いた。


「中堅が、焦れておるか」


「これは、本当に危ういな」


「これから、その『最も荒れている男』に、直接会いに行きます。腹の底を、自分の眼で見届けてきます」


 岡田大将は深く頷いた。


「高木君。無理はするな」


「ありがとうございます」


 岡田大将邸を辞したのは、午後二時半近くだった。


 俺は車に乗り、軍令部に向かった。


 軍令部。午後二時半。


 俺は高松宮宣仁親王の御部屋に伺候した。


「殿下。本日は局面展開につき、申上げに参りました」


「十日の四首脳会談で、海軍は陸軍に屈しました。航空機資材の五割水増しという、机上の空言で決着しています」


「嶋田海相は、何の抗議も致しませんでした」


 高松宮殿下は深く目を伏せた。


「省部中堅は、もう収まりません。中堅の暴発を抑えつつ、嶋田・永野両首脳の更迭を、何としても実現せねばなりません」


「殿下。海軍の独立性を守るためには、嶋田・永野両首脳の更迭が、必要です」


 俺は卓上で両手をつき、深く頭を下げた。


「いずれ、皇族のお手をお借りせねばならぬ日が参ります。その日のために、いま、海軍長老格と重臣の動きをわたしが組み上げています」


「わかった。続けてくれ」


「ありがとうございます」


 高松宮殿下は静かに頷いた。


 御部屋を辞した後、俺は軍令部を出た。


 車に乗り込みながら、俺は心の中で呟いた。


 (さあ、いよいよだ)


 (最も危険な男の腹の底を、自分の眼で見届けに行く)


 目黒の海軍省第一分室。


 海軍大学校に隣接する小さな分室の中に、教育局がある。


 俺の本務地である海軍大学校とは、ほんの目と鼻の先だ。


 教育局第一課長――神重徳大佐。


 海軍兵学校四十八期。鹿児島県出水郡高尾野村の出身。神焼酎の倅。海軍大学校甲種首席。ドイツ駐在の経験者。第八艦隊参謀として一次ソロモン海戦を立案し、ガダルカナル戦の戦勲者。


 俺より五期下。実戦経験豊富な熱血漢。


 矢牧大佐が「最も荒れている男」と警告した、その人。


 俺は教育局の入口で訪いを告げた。


「軍令部出仕、高木惣吉です。教育局第一課長、神大佐にお取次ぎを」


 しばし待った後、若い参謀が戻ってきた。


「神大佐がお迎えに参られます」


 ほどなく、軍服の襟元をわずかに整えた一人の大佐が、ヒトラー風の髭を蓄えた顔をのぞかせた。眼差しが鋭く、しかし開放的だった。


「高木少将、わざわざのお越し、痛み入いもす。神重徳でごわす」


 声は朗々として、装飾がなかった。


「神大佐。少し時間を頂戴できるか」


「もちろんでごわす。第一課長室へお通ししもす」


 第一課長室は狭く、雑然としていた。書棚に作戦地図が乱雑に積まれ、卓の上には半ば飲みかけの茶碗が置かれていた。


 神大佐は俺を椅子に勧めた。


 扉を閉めた。


 二人きりになった。


「神大佐」


「いきなり訪ねて、すまぬ」


「いえ、高木少将のお名前は、かねがね伺っちょりもす」


 神大佐は深く頭を下げた。


 俺は神大佐の眼をじっと見た。


 その眼の奥に、矢牧大佐が「煮えたぎっている」と言った何かが、確かに揺れていた。


「神大佐。教育局の現場の空気を、肌で感じておきたくてな」


 神大佐は深く頷いた。


「ありがたいお言葉でごわす」


 しばし沈黙が流れた。


 神大佐は卓の上で両手を組んだ。


 その指先がわずかに震えていた。


 怒りの震えだった。


「高木少将」


「不躾を承知で申し上げてもよろしいでしょうか」


「うむ。申せ」


 神大佐は深く息を吸った。


 そして、一気に言葉を吐き出した。


「五日前の、四巨頭会談――あん結果を聞いた瞬間、わたしの腹の底で何かが決壊しもした」


「『精神的努力で五割水増し』――あん一語を、東條閣下の御口から聞いた瞬間、わたしは机を蹴り倒したか衝動を必死で抑えもした」


 神大佐の声がわずかに震えた。


「高木少将。前線ではラバウルで、ソロモンで、若い兵が十対一で戦っちょります。彼らは紙の上の数字じゃなか。生身の人間でごわす。腹を空かせ、夜露に濡れ、それでも敵に向かっちょります」


「その彼らに送るべき航空機を、東條は『精神的努力で水増し』しもした。嶋田大臣はそいを呑んだ。永野総長すら、最後には従った」


 神大佐は卓の上の指先を強く握りしめた。


「高木少将。海軍は、もはや終わりでごわす。このままでは」


「神大佐」


「いや、海軍だけじゃなか。日本そのものが、終わりでごわす」


「わたしは、海軍兵学校に入った時、こう誓いもした。この身を国に捧げる、と。父は焼酎屋の親父でごわす。学はなか。ただ、息子を海軍に送り出す時、ひと言、こう申しもした。『重徳、国を守る男になれ』」


「父のあん一言が、わたしのすべてでごわす」


 神大佐の眼の奥にわずかに涙が滲んだ。


 いや、夕方の光のせいだったのかもしれない。


 しかし俺の眼には、それが神大佐の心の滲みのように映った。


「高木少将、率直に申し上げもす」


「もはや通常の議論や、合法的な手続きでは、東條の横暴は止められもはん」


 俺は神大佐の眼をじっと見つめた。


 (矢牧大佐の警告通りだ)


 (この男の腹の底には、嶋田への、煮えたぎるような怒りが渦巻いている)


「高木少将、わたしはガダルカナルで、第八艦隊参謀として第一次ソロモン海戦を立案しました。そして重巡洋艦「鳥海」に乗り、日本海軍のお家芸である夜戦をしかけることで、米軍の巡洋艦隊をほぼ一方的に撃滅しました。あの夜のソロモンの海を、わたしは忘れません」


「あん夜、わたしは確信しもした。日本の兵は、世界一強か。指揮さえまともなら、必ず勝てる。ただ、いまの指揮はまともじゃなか」


「東條が陸海軍の頂点におる限り、われわれは負けもす。確実に負けもす。そして、その東條に唯々諾々と従う嶋田が海相でおる限り、海軍は声ひとつ上げられん」


 神大佐の声に強い覚悟が宿っていた。


「高木少将。いざとなれば――」


 神大佐はしばし卓を見つめた。


 長い沈黙のあと、低く、ぽつりと口を開いた。


「中堅が、黙っちょりもはん。嶋田を引きずり下ろすためなら、何でんやっと息巻く者が、教育局にも軍務局にもおります」


 神大佐はその先を口にしなかった。


 ただ、卓の上の指先が白くなるほど強く握りしめられていた。


 俺は息を呑んだ。


 (中堅の憤りが、ここまで煮えたぎっていたか)


 神大佐は戦艦「扶桑」分隊長時代に、五・一五事件首謀者の藤井斉少尉と同僚だった。事件の前に第一次上海事変で戦死した藤井とは、扶桑の艦内で何度も二人きりで話したという。


 神大佐の腹の底には、藤井斉から受け継いだ憂国の情が、いまもなお伏流している。


 その血がいま、嶋田への怒りとなって噴き上げようとしていた。


 俺はしばし神大佐の眼を見つめた。


 眼の奥の、煮えたぎる怒りと、しかし純粋な憂国の情。


 そして俺はゆっくりと口を開いた。


「神大佐」


「お前の話、骨身に染みる」


 神大佐の眼がわずかに見開いた。


「俺もな、湯河原以来、ずっと同じことを考えていた」


「高木少将――」


「実は、本日――」


 俺はしばし卓を見つめた。


「本日、午後一時、岡田大将邸を訪ねた。嶋田更迭の進言をした」


「その足で、軍令部に高松宮殿下を訪ね、局面展開の奉答をした」


 神大佐の眼の奥が光った。


「岡田大将は即答を避けられた。ただ、後任に豊田大将と申し上げると、深く頷いてくださった」


「合法の道はまだ生きている。米内大将の現役復帰、伏見宮殿下への進言、重臣連合の活性化――まだ打つ手はある」


「俺は、その合法の道を最後まで歩む」


 神大佐は深く頷いた。


 俺は神大佐の眼をまっすぐに見た。


「ただ、神大佐。お前の言う通り、合法の道は、容易ではない。嶋田は東條の信任が厚い。簡単には動かん」


「その嶋田を、正面から、合法の手続きで引きずり下ろす。それが俺の道だ」


 俺はしばし息を吸った。


「だからこそ、お前に頼みたいことがある」


 神大佐は深く頷いた。


「中堅を、抑えてくれ」


 神大佐の眼が見開いた。


「お前は中堅の人望が厚い。お前が一声かければ、若い連中は動く。だが、いまそれをやれば、海軍は内側から割れる。嶋田を討つどころか、われわれが軍規違反で潰される。東條の思う壺だ」


「お前の怒りを、暴発ではなく、嶋田更迭の合法運動の力に変えてくれ。中堅の声を一つにまとめ、しかし決して、暴れさせるな」


 神大佐はしばし、卓を見つめた。


 俺は続けた。


「嶋田を辞めさせる。そのために、海軍中堅の総意を、静かに、しかし確実に積み上げる。お前がその要だ」


 神大佐は深く深く頭を下げた。


「分かりました」


「ただし、若い連中の暴発だけは、何としても抑えてくれ。一人でも先走れば、すべてが終わる」


「承知しました」


 俺は神大佐の眼をまっすぐ見た。


「俺と君は、それぞれの持ち場で、同じ仕事を進める。俺は重臣と宮中を動かし、お前は中堅をまとめる。上と下から、嶋田を、そして東條を追い詰める」


 神大佐は深く頷いた。


「その日まで、わたしは中堅を抑え、力を蓄えもす」


 俺は卓の上で両手を組んだ。


 (神重徳大佐)


 心の中で呟いた。


 (この男は、本物だ)


 (熱い男だ。純粋な男だ。そして、危険な男だ)


 (ただ、いまの俺には、この男が必要だ)


 (中堅の怒りを束ね、しかし暴発させずに抑えうるのは、この男をおいてほかにない)


 (俺はその男に、海軍の屋台骨を支える役を預ける)


 神大佐は俺の眼を見て、ふとわずかに笑った。


「高木少将」


「今日、お会いできて光栄でした」


「俺もだ」


「今後、何かあれば、いつでもお声をかけてください。わたしは、高木少将の刀となります」


「ありがとう」


 俺は神大佐の肩に軽く手を置いた。


 神大佐は深く頷いた。


 第一課長室を出た時、外はすでに時雨が降り始めていた。


 俺は傘を借りて、海軍大学校の正門を出た。


 冷たい雨が二月の目黒の街並みを濡らしていた。


 (上と、下から)


 心の中で呟いた。


 (俺は重臣と宮中を動かし、嶋田と東條を、上から追い詰める)


 (神君は、煮えたぎる中堅を束ね、下から支える)


 (俺はその男に、海軍の屋台骨を預ける)


 俺は傘を傾けた。


 冷たい雨が頬に当たった。


 (明後日、十七日――トラックの悲報を、俺はまだ知らない)


 (その翌々日、十九日――俺は古賀長官と直話することになる)


 (その時、長官の口から何が洩れるか、俺はまだ知らない)


 (ただ、いま、俺の腹の底に、確かな手応えが芽生え始めている)


 (重臣・宮中と、海軍中堅。上下から嶋田を挟む道)


 (教育局という閑職の中で、海軍の運命と、東條政治の運命が、いま、動き始める)



【後書き】(岡田啓介より)


 わしは岡田啓介。海軍大将。すでに予備役に編入されて久しい。


 ただ、海軍の長老として、また、内閣総理大臣を務めた重臣の一人として、いまも、国家の行く末を案じておる。


 昭和十九年二月十五日、午後一時――。


 わが家の応接室に、高木少将が来た。


 あの男の眼差しを、わしは生涯忘れぬ。


 あの男は、海軍中堅の絶望と、海軍の独立性の危機と、そして自分自身の決意を、まっすぐにわしに伝えた。


 「嶋田・永野両首脳の弾劾に、お力を貸してください」


 あの一言は、軍人として越えてはならぬ一線を、半歩、踏み出した言葉であった。


 部下が、上司の更迭を、長老格に直接訴える。これは、軍の規律から見れば、極めて危険な行為である。


 ただ、わしは、あの男の眼差しを見て、悟った。


 あの男は、自分の身の危険を顧みず、海軍と国家の運命のために、その一線を越えてきたのだ。


 わしは即答を控えた。


 ただ、後任に豊田副武の名が出た時、わしは深く頷いた。


 その頷きが、あの男に何を伝えたか、わし自身、はっきりとは分からぬ。


 ただ、わしの腹の底に、ある一つの覚悟が、その時、宿り始めていたのは確かである。


 二・二六事件の朝、わしの義弟・松尾大佐が、わしの身代わりとなって死んでくれた。あの朝以来、わしの命は、すでに「拾い物」である。


 拾い物の命を、いま、もう一度、国家のために使う時が来た。


 わしのような老人にできることは、わずかだ。ただ、わずかなことでも、いまの局面では、海軍の運命を変える起点となりうる。


 高木少将は、わしの応接室を辞した後、軍令部の高松宮殿下を訪ねたと聞く。


 そして、その足で、目黒の教育局に立ち寄ったとも聞く。


 教育局の第一課長――神重徳大佐。


 あの男の名は、わしも以前から聞いていた。実戦経験豊富な熱血漢。鹿児島の焼酎屋の倅。海大首席。「神さん神がかり」の異名。


 高木少将は、なぜ、神大佐を訪ねたのか。


 わしには、その時、はっきりとは分からなかった。


 ただ、後に、すべての歴史が動き終わった後――。


 あの二月十五日の夕刻、高木少将と神大佐の間で、嶋田更迭をめぐって沸き立つ海軍中堅を、暴発させず合法の運動へと束ねる――その密かな約束が交わされていたことを、わしは知ることになる。


 高木少将が、重臣と宮中を動かして上から嶋田を追い詰め、神大佐が、煮えたぎる中堅を抑えながら下から支える――。


 その二つの力が、後の六月、思いもよらぬ激流へと姿を変えていくのだが、それは、まだ先の話だ。


 わしのような老人には、合法の道しか、進めぬ。


 ただ、高木少将は、上からの工作と、下の中堅の統制と、その両方の輪を回す覚悟を、あの二月十五日に固めていた。


 あの男の覚悟の深さに、わしは、ただ、頭が下がる。


■ 人物紹介


神重徳(かみ・しげのり、1900年〜1945年) ※本話の前書きの語り手

 海軍大佐。海軍兵学校四十八期。鹿児島県出水郡高尾野村出身(神焼酎の倅)。海軍大学校甲種首席卒業。ドイツ駐在経験、親ナチス、ヒトラー髭で知られる。日独伊三国同盟賛成派の急先鋒。扶桑分隊長時代に五・一五事件首謀者・藤井斉と同僚。第八艦隊参謀として一次ソロモン海戦を立案、ガダルカナル戦の戦勲者。第八十一号作戦の「全滅覚悟」発言。「神さん神がかり」「海軍の辻政信」の異名。本話時、海軍省教育局第一課長。本話の2月15日、初対面の高木に対し四巨頭会談への怒りを爆発させる。高木との意気投合により、嶋田更迭をめぐって沸騰する中堅層を暴発させず、合法の運動へとまとめる役割を引き受ける。


高木惣吉(たかぎ・そうきち、1893年〜1979年)

 本話の本文の語り手(「俺」)。海軍少将。本話時、軍令部出仕兼海軍大学校研究部員。本話の2月13日に古賀長官への手紙、14日に松平さんとの密談、15日に岡田大将への進言と高松宮殿下への奉答、そして神大佐との運命の出会いを果たす。


岡田啓介(おかだ・けいすけ、1868年〜1952年) ※本話の後書きの語り手

 予備役海軍大将。第31代内閣総理大臣(1934-36)。1936年の二・二六事件で襲撃され、義弟の松尾大佐が身代わりとなって死亡。海軍の長老。重臣連合の中心人物。本話の2月15日、自邸で高木の首脳刷新進言を聞き、後任に豊田副武の名で深く頷く。


松平康昌(まつだいら・やすまさ、1893年〜1957年)

 侯爵。内大臣秘書官長。本話の2月14日、内大臣官邸で高木と密談。陛下の2月9日御発言「内閣を更迭するようなことがあれば、対外的に不利になる。互譲の精神でとりまとめるように」を高木に伝える。


野村吉三郎(のむら・きちさぶろう、1877年〜1964年)

 予備役海軍大将。開戦時の駐米大使。日米交渉の最前線に立った人物。本話の2月14日、内大臣官邸で講演メモを通じて、ハル国務長官の人物評と、米国の対日作戦目標「侵略の潜在力としての日本帝国の永久的排除」を高木に伝える。


高松宮宣仁親王(たかまつのみや・のぶひと、1905年〜1987年)

 昭和天皇の弟宮。海軍大佐。本話の2月15日、軍令部で高木から局面展開を奉答される。


古賀峯一(こが・みねいち、1885年〜1944年)

 海軍大将。連合艦隊司令長官。本話では高木の手紙の宛先として登場(直接の登場は第38話)。


矢牧章(やまき・あきら、1894年〜1982年)

 海軍大佐。海軍省軍務局第二課長。本話では高木の手紙と独白の中で、神大佐の不穏な動向の警告者として言及。


藤井斉(ふじい・ひとし、1904年〜1932年)

 元海軍少尉。五・一五事件の首謀者の一人。1932年第一次上海事変で戦死(事件前)。神大佐の扶桑分隊長時代の同僚として、神大佐の前書きで言及。


東條 英機/嶋田 繁太郎/永野 修身/杉山 元

 本話で四首脳会談・兼任問題に関わる人物として言及。


伏見宮 博恭王/豊田 副武/米内 光政

 本話で合法的弾劾の道の中で言及される海軍長老格・後任候補。


井上成美(いのうえ・しげよし、1889年〜1975年)

 海軍中将。神大佐がドイツ駐在後に軍務局で論争した上官として、前書きで言及。


コーデル・ハル(1871年〜1955年)

 米国の国務長官(1933-44)。本話の2月14日、野村大将の講演メモの中で、対日交渉の評価「日本大使は礼儀正しいが、要点になるとボーッとしている」が引用される。


木戸幸一(きど・こういち、1889年〜1977年)

 内大臣。本話で陛下の2月9日御発言の受け手として、間接的に登場。


■ 用語集


「断乎たる決意」

 二月十三日朝、高木が古賀峯一連合艦隊司令長官への手紙で求めた言葉。連合艦隊司令長官が、嶋田海相・永野総長に対して、辞表を盾にとった抗議を行うこと。海軍の伝統的な規律を越える、極めて危険な要求。古賀長官は二月十九日の高木との直話で、これを「軍のディシプリンが崩れる」として断ることになる(第38話で描かれる)。


陛下の二月九日御発言

 昭和十九年二月九日、昭和天皇が内大臣の木戸幸一に対して仰せになった御発言。「内閣を更迭するようなことがあれば、対外的に不利になる。互譲の精神でとりまとめるように」。この御発言が、東條首相の参謀総長兼任の道を開いてしまうと同時に、海軍の合法的弾劾の道を、宮中側から塞いでしまうことになる。


野村吉三郎大将の講演メモ

 昭和十九年二月十四日、内大臣官邸で高木が二時間にわたって聴取した、開戦時駐米大使・野村吉三郎大将の講演メモ。日米交渉の真相と米国の対日基本方針が伝えられた。


「侵略の潜在力としての日本帝国の永久的排除」

 原文「permanent elimination of the Empire of Japan as a potential of aggression」。野村吉三郎大将が伝えた米国の対日作戦目標。無条件降伏のさらに先――日本という国の枠組みそのものを解体する意志を示す。


「黒子の道」

 高木惣吉の倒閣工作の方法論。表に出ず、黒子として、海軍長老格・重臣・皇族の周辺から静かに包囲する方法。


「神さん神がかり」「海軍の辻政信」

 神重徳大佐の異名。狂信的で唯我独尊な作戦指導や政治的言動から、陸軍の辻政信参謀になぞらえて称された。


「重徳、国を守る男になれ」

 神重徳大佐が海軍兵学校に入る時、父から贈られた言葉。神大佐の人生の核となる遺訓。本話の前書きと、本文の神大佐の独白で言及される。


第八艦隊/一次ソロモン海戦

 昭和十七年八月七日、ガダルカナル島周辺で発生した日米海軍の海戦。神重徳大佐は第八艦隊参謀として作戦を立案。日本軍は奇襲攻撃で米軍の重巡4隻を撃沈する大戦果を挙げた。神大佐の「戦勲者」としての地位を決定付けた戦い。


扶桑分隊長時代の藤井斉との縁

 神重徳大佐は、若き日に戦艦「扶桑」の分隊長を務めていた時、後輩の藤井斉少尉と同僚だった。藤井斉は後に五・一五事件の首謀者となるが、事件の前に第一次上海事変で戦死。神大佐は、国を憂えた藤井斉の純粋さを胸に刻んでいた。


「四十八期補欠合格」

 神重徳大佐の海軍兵学校入校の経緯。最初の試験は不合格、十月の補欠募集で百六十六名中二十九番でようやく入校した。神大佐の苦学の象徴。


「東條の副官」(とうじょうのふくかん)

 海軍中堅層が嶋田繁太郎海相を揶揄して呼んだ言葉。嶋田が陸海協調を口実に東條首相に追従しすぎ、海軍の要望を陸軍に売り渡していると見なされたことから生まれた。「男妾のシマハン」というさらに辛辣な言い方も部内でまかり通った。とりわけ航空機生産の資材配分で、海軍機優先を主張しながら嶋田が陸海折半で妥協したことが、中堅層の不信を決定的にした。


「島の一つや二つ取られても、驚くことはない」

 前線帰りの者がアッツやギルバートの玉砕を何とかならぬかと訴えた際の、嶋田海相の返答とされる言葉。玉砕する将兵への危機感の乏しさを示すものとして、中堅層の憤激を買った。「上には当たりがよく、下には高飛車」と評された嶋田の性格を象徴する。本話で神大佐の怒りの根にあるものとして言及される。


「春風駘蕩」(しゅんぷうたいとう)

 嶋田海相の議会答弁などを評して用いられた言葉。当初は穏やかさを褒める意味もあったが、次第に「霞がかかって先がはっきりせぬ」という批判の含意で使われるようになった。国家存亡の危機にあって危機感を欠いた嶋田の姿を象徴する。


海相・軍令部総長の兼任

 昭和十九年二月、東條首相が参謀総長を兼ねたのに合わせ、嶋田海相が軍令部総長を兼任したこと。軍政(行政)と軍令(統帥)を分離し相互に抑制させる、海軍建軍以来の伝統を破るものであった。一人で両者の責任を負うのは個人の能力の限界を超えるとして、海軍部内の「嶋田降ろし」の決定的な引き金となった。


「海大首席」

 神重徳大佐の海軍大学校卒業時の成績。三度目の受験で入学した海大を、卒業時には首席で卒業した。神大佐の知性の象徴。


第八十一号作戦

 昭和十八年三月のニューギニア方面の輸送作戦。神重徳大佐が第八艦隊参謀として立案。半田参謀が「中止すべき」と進言したが、神大佐は「命令だから全滅覚悟でやってもらいたい」と強行。結果、輸送船八隻を失い、作戦は失敗。神大佐の腹の底に「部下を死なせた悔恨」として残った。



■ 史実と創作について


【史実に基づく部分】

・海軍中堅層が嶋田繁太郎海相へ強い反感を抱いていたこと。嶋田が陸軍(東條)に追従し「東條の副官」などと揶揄されたこと、海相のまま軍令部総長を兼任して海軍の伝統を破ったこと、前線を軽視したと伝わること、危機感を欠き「春風駘蕩」と評されたことが史料に残ること(阿川弘之『井上成美』、戸髙一成編『証言録 海軍反省会』、吉松安弘『東條英機暗殺の夏』)。

・高木惣吉が古賀峯一連合艦隊司令長官へ書簡を送り、嶋田海相・永野軍令部総長への強硬な意見具申を促したこと。岡田啓介大将や高松宮宣仁親王へも嶋田更迭を働きかけたこと(伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報』)。

・古賀峯一が二月十日に戦艦「武蔵」を率いてトラックを出航し、二月十五日に横須賀へ入港したこと。

・神重徳大佐が四首脳会談の結果に憤激し、高木と意気投合したこと。神が「神がかり」と評される強烈な個性と行動力の持ち主であったこと(伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報』)。


【創作部分】

・高木が神重徳に、中堅層の暴発を抑えつつ嶋田更迭の合法運動へ束ねるよう託す場面の具体的な会話は、史実の趣旨を踏まえて本作で構成した創作です。神大佐の言葉づかい、心理、情景描写も創作です。

・なお、神大佐が暗殺という非合法手段の覚悟を固めるのは後の昭和十九年六月、サイパン陥落前後のことであり(第55話以降で描く)、本話の時点(二月)では嶋田更迭をめぐって沸騰する中堅層の筆頭として描いています。

・前書き・後書きの語りや内面、各場面の情景描写は創作です。


■ 参考文献


伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報 上』みすず書房、2000年

阿川弘之『井上成美』新潮社、1986年

戸髙一成編『[証言録]海軍反省会』PHP研究所、2009年

吉松安弘『東條英機暗殺の夏』徳間書店、1989年


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