第31話「さらば舞鶴よ」
【前書き】(お常より)
わたくしの名はお常と申します。
舞鶴の地で「白糸」という小さな料亭を長年営んでまいりました。
軍港の街でございますから、海軍の将校の方々がたびたびお運びくださいます。
高木参謀長さんと初めてお目にかかったのは、昭和十七年の秋のことでした。
あの方は司令長官の指示で地元の有力者たちとの会の席に、ふらりと白糸の暖簾をくぐられました。
戦時下とはいえ、上品で物静かで、しかしお眼の奥に深い知性と――もう一つ何か別のもの――を湛えた、不思議なお方でございました。
あの方は舞鶴の地で、十数年来の懸案であった東西舞鶴市の合併を見事にまとめ上げてくださいました。
水島市長と立花市長を白糸の奥座敷に何度もお呼びになり、夜更けまで根気よく説得してくださった、その横顔をわたくしは忘れません。
そして由良川の治水事業。
毎年水害に苦しんでおりました福知山の人々のために、参謀長は中央に何度も掛け合いついに国家予算を引き出してくださいました。
わたくしは福知山に親戚がございましたから、あの工事の話を伺った夜、思わず涙をこぼしました。
あの方が舞鶴を去られる日のことを、わたくしは生涯忘れることができません。
昭和十八年九月十五日から九月二十九日まで。
高松宮殿下の御差遣。
退庁の日の盛大な見送り。
そして特急「富士」の窓辺で、参謀長さんが見つけた、新たな戦場――。
【本文】
翌九月十五日、午前九時二十一分。
東舞鶴駅の改札口で俺は身体を緊張させて立っていた。
第二種軍装に勲章・記章を全て佩用した正装。
皇族専用列車のドアが開いた。
そこから降りてこられたのは高松宮宣仁親王殿下。
海軍中佐、軍令部出仕、そして昭和天皇の弟宮。
海軍機関学校の卒業式に御差遣として御臨席のため、舞鶴に来られたのである。
俺は新見司令長官に随行し深く敬礼した。
高松宮殿下のお顔を見上げた。
お年はまだ三十八歳。
しかし眼の奥には皇族としての深い覚悟と、海軍軍人としての知性とが共に宿っていた。
「高木少将」
殿下の声は静かであった。
「お久しぶりです」
「ご無沙汰いたしておりました」
殿下はわずかに頷かれた。
「機関学校へ伺う前に、高木さんと少し話したいのです」
*
卒業式は十時から開始されることになっていた。
午前九時四十分。
わずか二十分の間。
俺は殿下の御部屋に単独で御目通りを賜った。
御部屋には殿下と俺、二人だけであった。
部屋の隅の卓に煎茶が二つ置かれていた。
高松宮殿下はゆっくりと口を開かれた。
「高木さん、東京の戦況はあなたのご存じの通りです」
「ソロモン方面が次々と危ない」
「承知しております」
殿下はしばし黙られた。
お眼をわずかに伏せられた。
「私は戦争の終わらせ方を考え始めています」
俺は息を呑んだ。
(……殿下が戦争終結をお考えになっている)
(皇族のお一人として初めてはっきりと口にされた)
「殿下」
俺の声はわずかに震えた。
「わたくしも同じことを心の奥で考え続けております」
殿下は深く頷かれた。
「高木さんは、いつ東京にお戻りですか」
「九月の下旬に軍令部出仕として戻る、と聞いております」
「そうですか。 ……それはよかった」
殿下の声は静かであった。
しかしその静かさの奥に深い意味が込められていた。
「東京にお戻りになったら、私を訪ねてください」
「戦争の終わらせ方を、二人で研究したいのです」
俺は深く頭を下げた。
「承知しました」
御部屋の窓越しに舞鶴湾の青い水面が夏の光に揺らめいていた。
その光の中で俺は心の中でひとつの誓いを立てた。
(……戻る)
(東京に戻る)
(戦争の終わらせ方を見つける)
(俺は第一線には行けなかった)
(しかしその代わりにもっと深い、もっと困難な戦場が俺を待っている)
(目に見えぬ戦場)
(政治の戦場)
(言葉と密議と人脈の戦場)
(そこで俺は自分の命を賭ける)
*
九月二十三日、人事部一課長から内報が届いた。
「九月二十五日付軍令部出仕に転出。 九月二十八日舞鶴鎮守府を退庁されたし」
わずか一行の電報。
しかしその一行が俺の舞鶴での一年三ヶ月半に終止符を打った。
俺はその夜、官舎で静かにお酒を口に運んだ。
卓の上に、書きかけの便箋が一枚置かれていた。
松平康昌侯爵への手紙。
しかしすぐに俺は筆を置いた。
書状で送ってはならぬ。
憲兵の目を逃れねば、松平さんに迷惑がかかる。
(……松平さん)
俺は心の中で呟いた。
(東京に戻ります)
(二年前の藍亭の夜以来です)
(一年九ヶ月の空白を、二人で埋めましょう)
昭和十六年の藍亭の夜々。
俺が「日米戦争に成算なし」と本音を語り、松平さんが「高松宮殿下も同趣旨」と応じた、あの八月八日。
続く九月一日の夜も、二人で更けるまで語り合った。
あれから既に一年九ヶ月。
舞鶴の長い冬と夏が、ようやく終わろうとしていた。
俺は便箋を、暖炉の火に投じた。
書状ではなく、わが足で松平邸を訪ねるべきだ。
帰京の翌週には、必ず連絡を取る。
その夜、俺は最後の挨拶のため白糸の暖簾をくぐった。
奥座敷でお常さんが静かに茶を運んできた。
「お常さん、世話になった」
「参謀長さん」
「九月二十八日に舞鶴を発つ。 ……東京に戻る」
お常さんはしばし黙った。
茶碗を卓の上に静かに置いた。
その手がわずかに震えていた。
「……承知いたしました」
「お常さん、白糸には本当に世話になった」
「いえ……いえ参謀長さん……」
お常の声がふとつまった。
「参謀長さんが白糸の奥座敷で水島市長と立花市長を相手に夜更けまでお話しになった、あの夜のこと。 ……由良川の予算が通ったとお報せくださった、あの夜のこと」
「合併が為ったとお報せくださった、あの夜のこと」
「わたくしは生涯忘れません」
お常さんは深く頭を下げた。
白い割烹着の前で両手が固く結ばれていた。
「参謀長さん、最後のお見送りはぜひ駅にも参らせてくださいませ」
「お常さん」
「料亭の女将が軍人さまの見送りに駅まで出るなど、本来あるべきことではないと存じます」
「しかしこれだけは、お許しください」
お常さんの声は震えていた。
しかしそこには動かぬ意志があった。
「白糸は参謀長のお仕事をいつまでも忘れません」
俺は深く深く頭を下げた。
「……ありがとう」
*
退庁の日、九月二十八日。
朝から俺は各部への挨拶回りを行った。
工廠長・小沢仙吉少将、機関長、軍医長、主計長、法務長、港務部長、建築部長――。
舞鶴で共に働いた仲間たちに一人ずつ深く頭を下げた。
午後二時四十五分、俺は一年三ヶ月半の思い出の参謀長室を退室した。
軍服の襟を整え玄関へ向かった。
*
玄関先には――。
信じられぬほどの数の人々が集まっていた。
鍋島直明海軍機関学校校長。舞鶴鎮守府岩淵人事部長を始めとする各部長・幕僚。
立花東舞鶴市長(新舞鶴市長)、水島元舞鶴市長、西村市会議長。
小浦東警察署長、西警察署長。
大阪毎日新聞舞鶴支局長・光本市太郎。
大阪朝日新聞舞鶴支局長・首藤。
京都新聞舞鶴支局長・田村。
俺と同期の岩淵人事部長が前に出た。
「高木、一年三ヶ月のご勤務ご苦労だったな。東京でも元気にやれよ」
「おう。貴様もな」
そして――。
その人々の少し後ろに、白い割烹着の上に薄い羽織を羽織った、ひとりの女性が立っていた。
お常さんであった。
俺は息を呑んだ。
(……お常さんも来てくれた)
心の中で呟いた。
水島市長と立花東舞鶴市長が肩を並べて立っていた。
一年前、犬猿の仲だった二人が、いまは肩を並べている。
二人の市長への挨拶を済ませた後、俺はお常の前に歩み寄った。
「お常さん」
「参謀長」
お常の眼にすでに涙が浮かんでいた。
白い割烹着の袖で何度もその涙を拭おうとした。
しかし涙はその度にまた湧き上がってきた。
「お常さん、駅まで来てくださって、ありがとう」
「いえ……いえ参謀長さん」
お常さんはしばし言葉に詰まった。
ようやく声を絞り出した。
「参謀長さんは、わたくしども舞鶴の地の本当の救い主でいらっしゃいました」
俺は深く頭を下げた。
「お常さん、それは大袈裟だ」
「いえ大袈裟ではございません」
お常はわずかに首を振った。
「東舞鶴と西舞鶴が一つになりました。 ……由良川の堤が築かれます。 ……これは舞鶴の街と福知山の人々の長年の祈りでございました」
「それを為してくださったのは参謀長でいらっしゃいます」
お常の眼からついに涙がこぼれ落ちた。
白い割烹着の胸元にしずくがわずかに染みた。
「参謀長」
「東京に戻られても、どうかお身体をお大事に」
「ありがとう、お常さん」
「いつかまた、舞鶴にお運びくださることを、白糸はいつまでもお待ちしております」
俺は深く頷いた。
「お常さん、お元気で」
お常は深く深く頭を下げた。
白い割烹着の前で両手が固く結ばれていた。
その肩がわずかに震えていた。
*
光本支局長が進み出てきた。
「参謀長、綾部駅まで御一緒させてください」
「光本君、ありがとう」
「お見送りではありません。 ……最後の取材です」
俺はわずかに微笑んだ。
「うむ。 ……ならば頼む」
駅に向かう車に乗り込む直前、俺はもう一度玄関先の人々を見渡した。
軍人。
政官界の人々。
新聞記者。
そして――。
白い割烹着のお常。
あらゆる階層の人々が俺の退庁を見送りに来てくれた。
(……空費ではなかった)
俺は心の中でゆっくりと呟いた。
(一年三ヶ月半。 ……この地で俺は何かを残せた)
(少なくともこれだけの方々の心の中に何かを残せた)
車はゆっくりと玄関を後にした。
光本支局長が隣の席に坐っていた。
俺は最後に後方を振り返った。
舞鶴鎮守府の建物が夏の終わりの光の中で徐々に小さくなっていった。
その建物の手前でお常がまだ深く頭を下げ続けていた。
白い割烹着の姿が夏の終わりの光の中でわずかに揺らめいていた。
俺はその姿を車窓越しに長い時間見つめた。
お常は最後まで頭を上げなかった。
(……さらば、舞鶴)
心の中でその地に別れを告げた。
*
翌九月二十九日朝、京都駅。
俺は特急「富士」に乗車して東京へ向かおうとしていた。
ホームで俺はもう一度息を呑んだ。
京都府知事・雪沢千代治。
京都府内政部長(府のNo.2、副知事に相当)・野間正秋。
京都府警察部長(京都府警のトップ、府警本部長に相当)・宮田笑内。
京都府官房長(事務方のトップ)・檜垣。
京都新聞(地元紙)会長・社長。
京都府の最高幹部、そして地元マスコミのトップが総出で駅頭に集まっていた。
雪沢知事が進み出てきた。
「高木少将、由良川の件、東西舞鶴市の件、前任の安藤知事から聞いております。本当にありがとうございました」
「いえ、京都府の皆さまのご協力があってこそです」
「貴方が舞鶴を去られるのは京都府にとっては大きな損失です」
「過分のお言葉、恐縮です」
雪沢知事は深く頭を下げた。
他の府幹部も次々と別れの言葉を述べた。
俺は深く敬礼し特急「富士」に乗り込んだ。
*
窓辺の席に腰を下ろした。
軍服の襟元を整え直した。
膝の上で両手を組んだ。
窓越しに見送りの方々が見えた。
雪沢知事が深く頭を下げている。
野間内政部長が敬礼している。
俺は車窓越しに敬礼で返した。
ガクン、と車体がわずかに揺れた。
特急がゆっくりと動き始めた。
京都駅のホームがゆっくりと後ろに流れていった。
見送りの方々の姿が徐々に小さくなっていった。
俺は窓辺に額を当てた。
硝子の冷たさが額に伝わってきた。
(……一年三ヶ月半)
俺は心の中で呟いた。
(昨年六月十五日、東京駅で寝台車に乗った、あの日)
(ミッドウェー敗戦の報を受け、軍服の襟元を整え舞鶴に向かった、あの日)
(あれから今日まで)
(俺は舞鶴の地で何を得たか)
*
車窓の外で初秋の関西の風景がゆっくりと流れていった。
夏の終わりの田畑。
遠くの山並み。
白い雲。
俺は深く息を吐いた。
(……答えは見えた)
心の中ではっきりと言葉にした。
(俺は舞鶴の地で戦場を見つけた)
(政治の戦場。 ……皇族と長老と中堅とが交わる、見えざる戦場)
(そこで戦争の終わらせ方を研究する)
(俺は第一線には行けなかった)
(同期の連中と並んで戦うことはできなかった)
(その夢は病に奪われた)
(しかしその代わりに)
(もっと深いもっと困難な戦場が俺を待っている)
(高松宮殿下が待っておられる)
(及川大将が待っておられる)
(矢部君が藤山君が和辻博士が待っていてくれる)
(そして――舞鶴のお常さんが玄関先で深く頭を下げ続けてくれた)
(地元の人々の祈りも俺の背中を押している)
(俺は戻る)
(東京へ)
特急「富士」は初秋の空の下を一路東へと走り続けた。
車窓の外で関西の風景は徐々に東京へと近づきつつあった。
*
車窓越しに夕日がわずかに傾き始めた。
西日が特急の車内に橙色の光を投げかけた。
俺は車窓に額を当てたままで、しばし目を閉じた。
心の中にいくつもの声が響いていた。
ミッドウェーの敗戦を告げた、軍令部の副官の声。
「赤城、加賀、蒼龍、飛龍――四隻すべて被弾」
無鄰菴の月の光の下で、西谷啓治先生が俺に告げた声。
「貴方のような方こそ、いつかこの国を過ちから引き戻す力になる」
岩渕が舞鶴の官舎で俺に向けた、燃えるような眼の声。
「お前が戻ってきたら俺はお前の側に立つ」
及川大将の長官官舎での、深い同志愛の声。
「いずれ、あなたの知性が要る日が来ます。その時は、お願いします」
高松宮殿下の御部屋での静かなしかし重い、決定的な声。
「戦争の終わらせ方を、二人で研究したいのです」
そして――白糸の玄関先で白い割烹着の袖で何度も涙を拭ったお常の声。
「参謀長は、わたくしども舞鶴の地の本当の救い主でいらっしゃいました」
さらに心の最奥で、二年前の藍亭の畳の上から響き続ける、もう一つの声。
松平康昌侯爵の静かな声。
「高松宮殿下も同趣旨のことを仰せられていた」
その全ての声が俺の心の奥で響き合っていた。
俺は車窓越しにゆっくりと目を開けた。
夕日が橙色の光を軍服に投げかけていた。
俺は心の中で最後にこう誓った。
(……俺は戻る)
(東京で新しい戦場が俺を待っている)
(病み上がりの身体だが、もはや迷わぬ)
(自分の命を賭ける)
(戦争を終わらせる)
(そのために俺はこれから生きる)
特急「富士」は夕日に染まる関西平野をゆっくりと東へ走り続けた。
車窓の外で夏が終わり秋が始まろうとしていた。
俺の舞鶴の一年三ヶ月半がこうして終わった。
そして新しい戦場がこれから始まろうとしていた。
【後書き】(お常より)
昭和十八年九月二十八日、午後二時四十五分。
舞鶴鎮守府の玄関先で、わたくしは白い割烹着の袖で涙を何度も拭きながら、参謀長さんを見送りました。
あの方がわたくしの前に進み出てこられて、深く頭を下げてくださいました。
わたくしも深くお辞儀を返しました。
「参謀長さんは、わたくしども舞鶴の地の、本当の救い主でいらっしゃいました」
そう申し上げるのが、精一杯でございました。
戦後、わたくしはあの方が日本の終戦工作に深く関わっておられたことを知りました。
しかし、わたくしにとって、あの方はいつまでも、由良川の治水と東西舞鶴の合併に身を粉にして尽くしてくださった、わたくしども舞鶴の「救い主」でございます。
翌九月二十九日、京都駅。
特急「富士」が東京へ向けて出発した時、ホームで雪沢知事ほか京都府の最高幹部が深く頭を下げて見送られた、と後に伺いました。
一介の海軍少将への、信じられぬほどの見送りでございました。
あの方がいかに舞鶴と京都の各界から愛されていたか、それを物語る、最後の場面でございました。
昭和十八年九月二十九日夜、東京駅。
高木少将は、一年三ヶ月半ぶりに、東京の土を踏まれる。
しかしあの方を待っていたのは、軍令部出仕兼海軍大学校研究部員という閑職の辞令でございました。
■ 人物紹介
お常(料亭「白糸」女将) ※本話の前書き・後書きの語り手
舞鶴の老舗料亭「白糸」の女将。福知山に親戚を持ち、地元の人々の苦境を肌で知る、心優しい女性。退庁の日、駅頭ならぬ鎮守府の玄関先まで足を運び、白い割烹着の袖で涙を何度も拭きながら、高木に「参謀長は、わたくしども舞鶴の地の、本当の救い主でいらっしゃいました」と告げる。
高木日記にも、見送りに来た人の中の最後に「白糸女将」と書き留めてあった。
高松宮宣仁親王(たかまつのみや・のぶひと、1905年〜1987年、当時38歳) ※本話で本格登場
皇族、海軍中佐(本話時、軍令部出仕)。昭和天皇の弟宮。本話の九月十五日、海軍機関学校の卒業式御差遣として舞鶴を訪問。卒業式直前の二十分間、高木と単独で御目通りを賜り、「君を東京に呼び戻すぞ」「東京の戦場で君の頭脳が、いる」とお告げになる。
光本 市太郎 ※本話で本格登場
大阪毎日新聞舞鶴支局長。「竹槍では間に合はぬ」を後に書く新名丈夫記者の同僚。本話の退庁日、東舞鶴駅から綾部駅まで、最後の取材として高木に同行。
立花 鎌造・水島 正盛 ※本話で本格登場
立花は東舞鶴市長、水島は舞鶴市長。本話の退庁日、見送りに駆けつける。高木が両市の合併を粘り強くまとめ上げた、その立役者。
雪沢 千代治 ※本話で本格登場
京都府知事(本話時)。本話の九月二十九日、京都駅のホームで、京都府内政部長・野間正秋、京都府警察部長・宮田笑内、京都府官房長・檜垣らと共に高木を見送る。一介の海軍少将への、府の最高幹部総出の見送り。
■ 用語集
「東舞鶴と西舞鶴の合併問題」(ひがしまいづるとにしまいづるのがっぺいもんだい)
舞鶴市は、海軍の軍港のある東舞鶴と、古くからの城下町である西舞鶴とで、長らく対立を抱えていた。過去に末次信正司令長官時代にも合併が試みられたが失敗していた。本話で高木がこの難題を、両市長を白糸の奥座敷に何度も呼んで根気よく説得し、円満合併を成功させた、と語られる。
「由良川治水事業」(ゆらがわちすいじぎょう)
京都府福知山地方を流れる由良川は、毎年のように水害を引き起こしていた。本話で高木が中央に何度も掛け合い、国家予算を引き出した治水事業。お常をはじめ、福知山に親戚を持つ舞鶴の人々を深く感謝させた。
「海軍機関学校卒業式」(かいぐんきかんがっこうそつぎょうしき)
昭和十八年九月十五日、舞鶴の海軍機関学校で開催された卒業式。高松宮宣仁親王殿下が御差遣として御臨席。卒業式の前の二十分間、殿下と高木が単独で御目通りを賜るという、本話の核心的場面。
「特急『富士』」(とっきゅう ふじ)
京都駅から東京駅まで運行された、当時の最高級特急列車。本話の九月二十九日、京都駅から東京駅まで高木を運ぶ。窓辺の席で、高木はミッドウェーから舞鶴での一年三ヶ月半までの記憶を、しばし、振り返る。
「軍令部出仕」(ぐんれいぶしゅっし)
軍令部に配属されながらも、特定の課・班に所属せず、いわゆる「閑職」として扱われる職位。高木は昭和十八年九月二十五日付でこの軍令部出仕に転出し、東京に戻る。
「九月二十八日の盛大な見送り」(くがつにじゅうはちにちのせいだいなみおくり)
高木の退庁日、舞鶴鎮守府の玄関先に集まったのは、鍋島校長、各部長・幕僚、立花東舞鶴市長、水島舞鶴市長、西村市会議長、小浦東警察署長、西警察署長、大阪毎日・朝日・京都新聞の各支局長、そして料亭白糸のお常女将――。一介の海軍少将への、信じられぬほどの数の見送り。高木が舞鶴で残した圧倒的な実績(由良川治水、東西合併、地方紙対応など)の証。
「九月二十九日京都駅の見送り」(くがつにじゅうくにち きょうとえき のみおくり)
京都府知事・雪沢千代治、京都府内政部長・野間正秋、京都府警察部長・宮田笑内、京都府官房長・檜垣、京都新聞会長・社長らが、京都駅のホームで特急「富士」に乗車する高木を見送った。一介の海軍少将に対しての、府の最高幹部総出の異例の見送り。
■ 史実と創作について
【史実に基づく部分】
・高木惣吉が昭和十八年九月に舞鶴鎮守府参謀長の任を解かれ、軍令部出仕兼海軍大学校研究部員として東京へ戻ったこと。この軍令部出仕が、実質的には病気休養を兼ねた閑職であったこと(伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報』、高木惣吉『自伝的日本海軍始末記』)。
・高木が早くから日米開戦に成算なしと見抜いており、海軍部内で米内光政・岡田啓介ら長老を擁する和平派の動きと問題意識を共有していたこと。宮中の松平康昌や高松宮宣仁親王の周辺とも、早期和平をめぐる気脈を通じていたこと(伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報』)。
・高松宮宣仁親王が海軍軍人(軍令部出仕)であり、昭和天皇の弟宮として、海軍内部の和平派の動きに深い関心を寄せていたこと。
・舞鶴鎮守府が海軍機関学校を擁し、皇族の臨席する行事が行われる地であったこと。
【創作部分】
・舞鶴での高松宮の来訪と高木への御諭しの場面、その対話の細部、退庁時の見送りの情景、料亭「白糸」の女将お常をはじめとする舞鶴の人々との交流は、史実の背景を踏まえて本作で構成した創作です(お常は創作上の人物です)。
・松平康昌への手紙をめぐる場面、前書き・後書きの語りや内面、各場面の情景描写は創作です。
■ 参考文献
高木惣吉『自伝的日本海軍始末記』光人社、1971年
伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報 上』みすず書房、2000年




