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俺たち終戦四人組ー太平洋戦争を終結に導いた官僚たちの戦いー  作者: 房吉
第5章 海軍少将:高木惣吉編(昭和17(1942)年6月~)

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第27話「左遷、舞鶴へーーミッドウェー海戦大敗の陰で」

【前書き】(岡田啓介より)


わしは岡田啓介。

 昭和九年から十年にかけて内閣総理大臣を務めた。

 二・二六事件で官邸を反乱軍に襲われ義弟が身代わりとなって殺された、あの首相だ。


 戦後、終戦工作の経緯が語られる時、わしの名はしばしば「高木の最大の同志的長老」として登場する。


 しかしわしと高木惣吉の本当の絆が始まったのはいつのことだったか。


 昭和十九年、彼がわしの邸を訪れ嶋田更迭と東條打倒の決意をうち明けたあの日――そう答える者が多いだろう。


 だが違う。


 わしが高木に深い同志愛を抱き始めたのはもう少し早い。

 昭和十七年六月のあの日、海軍省の中枢から舞鶴鎮守府参謀長へと「都落ち」を命じられ、東京駅の寝台車に乗り込む高木の後ろ姿をわしは人伝に聞いた。


 まさにその同じ日――いやその前日――ミッドウェー海戦の大敗北の第一報が彼の耳に届いた。


 左遷と国家敗北。

 二つが重なった運命の一日。


 あの男はあの日に何を見たのか。

 軍令部の廊下で青ざめた副官の声を聞いた瞬間、四十九歳の海軍少将の胸の奥に何が落ちたのか。


 松谷大佐の物語が一旦止まる、ここから始まる物語はその問いに答えるための話だ。


 ここから物語はいったん松谷大佐の元を離れる。二年前――昭和十七年六月、ひとりの海軍少将が舞鶴行きの寝台車の窓辺で、何かを噛みしめた、あの日に。



【本文】


 ――時を二年前に戻そう。


 松谷大佐が市ヶ谷台で真田部長室の扉を叩こうとした、まさにあの瞬間――。


 二年前の同じ六月、東京の海軍省の建物の中でもうひとりの男が自分の運命の扉を押し開けようとしていた。


 俺の名は高木惣吉。

 海軍少将。

 その時、四十九歳。


 松谷大佐はまだ俺の顔を知らない。

 俺もまた松谷誠という名を知らない。


 しかし二人の運命はすでに見えぬ糸で結ばれ始めていた。


      *


 昭和十七年六月四日、午後三時。


 俺は海軍省、調査課長室の窓辺に立っていた。

 霞ヶ関の建物の三階。

 窓の外で初夏の光が若葉を撫でてまぶしく揺らめいていた。


 机の上に辞令書が置かれていた。


「海軍少将 高木惣吉 舞鶴鎮守府参謀長ヲ命ズ 六月十日付」


 わずか一行。

 しかしその一行が俺の海軍省調査課長としての五年間に終止符を打った。


 俺はゆっくりと机に戻り辞令書を引き出しにしまった。

 深く息を吐いた。


(……都落ちか)


 心の中でその三文字を噛みしめた。


 わかっていた。

 覚悟はもうできていた。


 昨年来、軍務局長・岡敬純少将と海軍次官・沢本頼雄中将との対立は決定的なところまで来ていた。


 岡軍務局長は陸軍の武藤章軍務局長と結託しナチス式の一党支配体制を海軍にも持ち込もうとしていた。

 俺はそれに抵抗した。

 ブレーントラスト――矢部貞治(東京帝国大学法学部教授)、武村忠雄(慶応義塾大学経済学部教授)、高山岩男(京都帝国大学文学部助教授のち教授)、天川勇(海軍大学校教授)――各界の知性を集めて海軍に客観的な情勢分析を提供する、俺の生命線。


 岡軍務局長はそれを「左派的」と決めつけた。

 沢本次官はその活動費――官房機密費の支出に疑義を呈した。


 俺は隠忍した。

 ここで辞めればブレーントラストは崩れる。

 だから耐えた。


 しかしついに決着がついた。


「舞鶴鎮守府参謀長」――。


 軍政の中枢から日本海の片隅の地方軍港へ。

 誰の眼にも、これは左遷であった。


      *


 扉を叩く音がした。

 俺は振り返った。


 矢部貞治君が立っていた。東京帝国大学法学部教授。

 近衛公の懐刀であり俺の最も信頼するブレーン。


「高木さん」


 矢部君の声はいつもより低かった。


「お聞きしました。 ……明後日、東京を発たれると」

「うむ。六月十五日、京都経由で舞鶴に入る」


 矢部君は深く目を伏せた。


「我々の研究会はどうなりますか」


 俺は深く頷いた。


「続けてくれ」

「俺がいなくとも続けてくれ」

「……承知しました」


 矢部君の声がわずかに震えた。


「高木さん、貴方が不在の間、我々の調査研究はどこに上げればよいので」

「省内にはもはや上げる先はない」


 俺はわずかに声を強めた。


「ただ矢部君。 ……我々の研究はいつか必ず必要となる時が来る」


「日本がこの戦争に勝つ望みはない。だからこそ、我々の研究を絶やしてはならぬ。いつか戦争を終わらせる日が来るなら、その拠り所になるのは、客観的な分析だけだ」


 矢部君の目が見開かれた。


「高木さん、それは……」

「ここでしか言わぬ。 ……だがそれが俺の見立てだ」


 矢部君はしばし黙った。

 長い沈黙のあと深く頭を下げた。


「承知しました」

「舞鶴で身体を大事になさってください」

「ありがとう」


 矢部君は扉に手をかけた。

 ふと振り返ってこう言った。


「高木さん、一つ伺ってもよろしいですか」

「貴方は……自分の左遷を悔やんではいないのですか」


 俺はしばし目を伏せた。


「悔やんでいる」

「しかし悔やみつつ行く。 ……それが俺の生き方だ」


 矢部君は深く頭を下げ扉を閉めた。


 扉が閉まった後、俺は窓辺に戻った。

 夕暮れの霞ヶ関をしばし見下ろした。


(……俺はいま海軍省を追われる)

(中央の中枢から地方軍港へ)


(俺がここを去ったあと何が起きるか)

(誰が海軍の暴走を止めるのか)


 心の奥に冷たいものが流れ込んできた。


      *


 翌六月五日、午前。


 俺は赴任の挨拶のため軍令部を訪れた。

 海軍省の隣の建物。

 形式上の挨拶であった。


 軍令部の廊下を歩いていた時――。


 すれ違う将校たちの顔色がいつもと違っていた。

 青ざめている。

 あるいは目がわずかに虚ろであった。


 何かが起きている。


 俺は心にひっかかりを覚えた。

 しかし作戦のことは調査課長の管轄外。

 俺は足を止めなかった。


 軍令部総長・永野修身大将の部屋の前で副官の若い少佐が俺を止めた。


「高木少将、お入りになる前にお耳に入れておきたきことがあります」


 副官の声は低かった。


「ただいまミッドウェー方面から悲報が……」


 俺は目を見開いた。


「悲報、と」


「機動部隊、第一波。 ……赤城、加賀、蒼龍、飛龍――」


 副官の声がふとつまった。


「四隻すべて被弾。 ……すでに二隻沈没。 ……残り二隻火災中」


 俺は息を呑んだ。


(……赤城)

(……加賀)

(……蒼龍)

(……飛龍)


 心の中で四隻の空母の名をひとつずつ呟いた。


 日本海軍の主力機動部隊の心臓。

 真珠湾を襲撃しインド洋を席巻し世界の海を制した、虎の子の四空母。


 その四隻がすべて被弾。

 二隻すでに沈没。


 頬の血が一気に引いた。


      *


 永野総長への挨拶はすぐに済んだ。

 平素ご機嫌な永野大将もその時は顔色が明らかに悪かった。


 声をほとんど発さず、ただ深く頷いた。


「高木君、舞鶴で役目をしっかり果たせ」

「承知しました」


 それだけであった。

 俺は深く敬礼し部屋を退出した。


 廊下に出た俺はしばし立ち尽くした。

 夏の光が廊下の窓越しに滲んでいた。

 しかしその光はいつもよりずっと白く冷たく見えた。


(……ミッドウェー、敗戦)

(俺の左遷の日と海軍の崩壊の日とが重なるのか)


 俺は廊下の窓辺に手を当てた。

 冷たいガラスの感触が指先に伝わってきた。

 その指先がわずかに震えていた。


(……俺はいま舞鶴へ追われる)

(中央の中枢から日本海の片隅へ)


(中央が虎の子の機動部隊を失ったその同じ日に)

(俺は自分の意思では何も為し得ぬ地方の参謀長になる)


(俺が中央にいてブレーントラストを動かし世界の客観情勢を上層部に上げ続けていたなら――この敗戦は防げただろうか)


 しばし立ち尽くした。


 答えは誰も教えてくれなかった。


(……俺は独りだ)


 心の奥でその一語が響いた。


(中央から追われた俺と)

(虎の子の四空母を失った海軍と)


(二つが同じ日にいま沈もうとしている)


 窓越しに霞ヶ関の屋根が見えた。

 その向こうに夏の空が広がっていた。

 しかし俺の眼にはその空はもはや明るくは見えなかった。


      *


 六月十二日、午後二時。


 俺は海軍省の自席を最後に整えた。

 机の上の書類をすべて片付けた。

 調査課のブレーンたちの研究記録は矢部君と天川君に託した。


 扉を叩く音がした。

 顔を上げると調査課の若い書記官が立っていた。


「少将、外に見送りの方々がお集まりです」


 俺は軍服の襟を整え扉を出た。

 調査課の廊下を歩いた。


 玄関に出ると夏の陽射しがまぶしく降り注いでいた。

 そして玄関先には――。


 矢部貞治。

 大河内一男(東京帝国大学経済学部教授)。

 天川勇。

 藤山愛一郎(藤山コンツェルン総帥。子会社に後の明治製菓などがある。日本商工会議所会頭、のち外務大臣、経済企画庁長官、日本航空会長などを歴任)。

 松本正雄(弁護士、のち最高裁判事、国家公安委員、日本弁護士連合会副会長)

 大熊信行(大日本言論報国会理事、のち富山大学、神奈川大学、創価大学で教授を歴任)。

 武村忠雄……。


 東京での民間ブレーンの仲間たちがずらりと並んでいた。


 俺は息を呑んだ。


(……これだけの方々が)

(一介の左遷将校の見送りに)


 矢部君が進み出た。


「高木さん、舞鶴での日々ご自愛ください」

「ありがとう」


「我々の研究は続けます」


「貴方が不在でも我々は海軍の良心の灯を消しません」


 俺は深く頭を下げた。


 その時、堪えていた何かがふと頬を伝った。

 慌てて軍服の袖で拭った。


「諸君、本当にありがとう」


 藤山愛一郎君がわずかに微笑んだ。


「高木少将、地方の任地からいつでもご連絡ください。 ……我々は東京でお待ちしております」


 俺は深く頷いた。


「うむ。 ……必ず戻ってくる」


 その言葉は自分への誓いでもあった。


      *


 六月十五日、午前。


 俺は東京駅、舞鶴行きの夜行寝台車のホームに立っていた。

 軍服に勲章をつけた正装。

 しかし一人ではなかった。


 ホームには海軍の同僚と民間の方々が集まっていた。


 矢牧章大佐――俺の後任の調査課長になる、海大時代の後輩。

 扇一登中佐。

 そして和辻哲郎先生(東京帝国大学文学部教授、哲学者)。


 俺は深く敬礼し一人ずつ別れの挨拶を交わした。


「和辻先生、わざわざ足を運んでくださりありがとうございます」

「高木少将、舞鶴の地で身体を大切にしてください」

「はい」


 和辻先生は俺の手を固く握った。


「高木少将、貴方の調査課長としての五年間は海軍の至宝でした。 ……いつか必ず東京に戻ってください」


 俺はわずかに微笑んだ。


「ありがとうございます」


 寝台車のドアが開いた。

 車掌の声が響いた。


「発車三分前です。 ……お乗り遅れの無いように」


 俺は深く敬礼し寝台車に乗り込んだ。


 窓辺の席に腰を下ろした。

 軍服の襟を整え直した。

 膝の上で両手を組んだ。


 窓越しに見送りの方々の顔が見えた。

 矢牧君が敬礼している。

 扇中佐も敬礼。

 和辻博士は軽く頭を下げている。


 俺は車窓越しに敬礼で返した。


 ガクン、と車体がわずかに揺れた。

 寝台車がゆっくりと動き始めた。


      *


 東京駅のホームがゆっくりと後ろに流れていった。

 見送りの方々の姿が徐々に小さくなっていった。


 矢牧君の敬礼する軍服。

 和辻先生の白い手。


 やがて姿が見えなくなった。


 俺は窓辺に額を当てた。

 硝子の冷たさが額に伝わってきた。


 頬に何かが伝った。

 軍服の袖で拭った。


(……高木惣吉)


 俺は心の中で自分の名を呟いた。


(お前はいま東京を追われる)

(海軍中央を追われる)

(ブレーントラストを自分の手から放す)


(だが矢部君が続けてくれる)

(藤山君が待っていてくれる)

(和辻博士が信じてくれる)


(俺は独りではない)


 しかし――もう一つの声が心の奥で響いた。


(赤城、加賀、蒼龍、飛龍)

(四隻すべて被弾。 ……すでに二隻沈没)


(俺の左遷の日に海軍は虎の子を失った)

(これは始まりだ)


 俺は深く息を吐いた。


 車窓の外で初夏の郊外の風景がゆっくりと流れていった。

 夏の田畑。

 遠くの山並み。

 夕暮れに染まり始めた雲。


 日本という国の風景が車窓越しに流れていった。


 その風景の中に――俺は何かが終わろうとしているのを感じた。


      *


 夜半。

 寝台車は京都駅に向かいつつあった。


 俺は寝台の上で横になっていた。

 眠れぬ。


 頭の中でいくつもの声が響いていた。


 岡軍務局長の冷たい声。

「貴公の調査課のブレーントラスト活動はいささか左派的に過ぎる」


 沢本次官の官僚的な声。

「機密費の支出について疑義を呈する」


 矢部君の温かい声。

「高木さん、貴方が不在の間、我々は海軍の良心の灯を消しません」


 永野総長の青ざめた顔。


 そして――一番心の奥に響いていたのは副官のあの声だった。


「ただいまミッドウェー方面から悲報が……」

「赤城、加賀、蒼龍、飛龍――四隻すべて被弾」


 その一言が何度も何度も俺の頭の中で繰り返された。


 俺は寝台の上でふと目を開けた。

 窓越しに夜の風景が流れていた。

 暗闇の中でわずかに月明かりが見えた。


(……これから舞鶴で俺は何をすべきか)


 俺は心の中で自分に問うた。


 答えはまだ見えなかった。

 しかし一つだけ確かなことがあった。


(……この国は滅びる)

(このままでは必ず滅びる)


(俺は舞鶴の地で待つ)

(中央が俺を必要とする時を)

(あるいは俺が中央を必要とする時を)


 窓越しに夜の山並みが流れていった。

 その向こうにぼんやりと星が見えた。


      *


 六月十五日、午後六時。


 京都駅。


 寝台車を降りた俺を意外な方々が待っていた。


 京都帝国大学の――哲学者たち。京都での俺のブレーンたちだ。


 高山岩男先生。

 西谷啓治先生。

 谷口吉彦先生。


 俺は息を呑んだ。


(……京都学派の方々がわざわざ駅まで)


「高木少将!」


 高山先生の声は温かかった。


「お疲れでしょう。 ……都ホテルに部屋を用意しました」

「……ありがとうございます」


「夜には無鄰菴にて京都大学の法、経、文の三学部連合の歓迎会を催します」

「無鄰菴、と」

「ええ。山県有朋公爵の旧別邸にて」


 俺は深く頭を下げた。


(……ありがたい)

(一介の左遷将校にこれほどの方々が足を運んでくれる)


 駅のホームを歩きながら高山先生がふと俺の隣で声を落とした。


「高木少将。 ……あの日のことを覚えておいでですか」

「あの日、と」

「昭和十六年十一月二十三日。 ……貴方が京大に初めてお見えになった日」


 俺はわずかに眼を細めた。


「忘れるはずがありません」

「ええ。 ……我々京都学派の者にとっても忘れがたい日でございました」


 高山先生は深く頷かれた。


「貴方は軍人でいらっしゃるのに政治、経済、思想、哲学、教育、文化のあらゆる方面に深い造詣をお持ちであった。 ……我々は心底驚きました」


「そして貴方はこう仰った。 ……『世界のトップリーダーたちは皆、背後に哲学と思想を持っている。日本の指導者にはそれがない。 ……ひとりよがりの皇国史観でなく客観性を持つ世界史観をぜひ教えていただきたい』と」


 俺は深く頷いた。


「あの一言で我々の中でここ数年来のモヤモヤがすべてふっきれました」

「ふっきれた、と」

「軍部や右翼の強がりが空回りし社会全体が沈滞して自信を失っていた、あの頃。 ……貴方は我々が思っていたことをズバリとお言いになった」


 高山先生のお声はわずかに震えていた。


「海軍の中にこういう方がいらっしゃると知って我々は救われた思いがしました」

「先生……」

「だから今日の歓迎会は、ただの送別ではありません。我々京都学派からの、貴方への感謝の表明なのです」


 俺は深く深く頭を下げた。


 心の奥で寝台車の中で響いていたあの冷たい声がふと和らぐのを感じた。


(……俺は独りではない)

(軍中央から追われてもここに俺を信じてくれる方々がいる)


      *


 都ホテルの部屋に通された俺は軍服の襟元を整えふと鏡の前に立った。


 鏡の中の俺はわずかに疲れた顔をしていた。

 目の下に薄い隈ができていた。

 しかし目の奥に――まだわずかに火が宿っていた。


(……まだ終わってはいない)


 俺は心の中で呟いた。


      *


 無鄰菴の夜は深く静かだった。


 山県有朋公爵の旧別邸――明治の元勲が国家の行く末を案じてこの庭で構想を練ったという、由緒ある場所。

 苔むした庭、池の水面、低い松の枝、東山を借景にした見事な庭園。


 その畳の上で俺は京都帝国大学の法、経、文の三学部の教授たちと深夜まで語り合った。


 卓上には簡素な料理が並んでいた。

 戦時下にもかかわらず京都の老舗から取り寄せたという、上等の酒。

 そして京野菜の煮物。


 西谷啓治先生がゆっくりと口を開かれた。


「高木少将、お伺いしたいことがございます」

「どうぞ」


「先ほど高山君が申し上げました通り、貴方は昨年十一月、我々の前で『客観的な世界史観をご教示願いたい』と仰った。 ……あの一言は我々京都学派の研究の方向を決定的に変えました」


「日本のエリートたちは思想を持たぬ。ひとりよがりの皇国史観に閉じこもり、世界の現実を見ない。これは我々京都学派の者が、長年ひそかに憂えてきたことでした」

「貴方はそれを軍人の立場から明言してくださった。 ……そしてその直後、十二月八日、大東亜戦争が始まった」


 俺は深く頷いた。


「あれから半年。 ……戦局は貴方の予測通りに推移しております」


 西谷先生のお声は低かった。


「先生」


 俺は深く息を吐いた。


「失礼ながら申し上げます。 ……ここでしか申し上げぬことを」

「日本がこの戦争に勝つ望みはない」

「やはりそうでございますか」

「……いや、そのとおりです。 ……しかしこれはここでしか口にできぬ」

「承知しております」


 高山先生が低くしかし力強くお言葉を発した。


「高木少将。私には、貴方のような方こそ、いつかこの国を過ちから引き戻す力になると思えてなりません」

「先生」

「そのために我々京都学派は、思想の面から貴方をお支えしたい」


「ひとりよがりの皇国史観ではなく、客観性を持つ世界史観を。それを共に育てていきましょう」

「戦争の暗黒は、これからもっと深くなるかもしれぬ」

「その時こそ、貴方のような知性が要る」


 俺は深く深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 窓の外で無鄰菴の池の水面に月の光がわずかに揺らめいていた。

 苔むした石、松の枝、東山の影。

 明治の元勲・山県有朋がこの庭で日本の行く末を案じた、その同じ場所で――。


 俺は京都学派の方々と日本のこれからを語り合った。


 心の中でふとこう思った。


(……俺は独りではない)

(東京で矢部君が、藤山君が、和辻先生が、待っていてくれる)

(京都で高山先生が、西谷先生が、谷口先生が、支えてくださる)


(軍中央から追われても俺の知性を信じてくれる方々がいる)

(その方々と共に俺はこの戦争の終わらせ方をいつか見出す)


 あの夜の無鄰菴の月の光を俺は生涯忘れない。


 ミッドウェーの敗戦と自分の左遷の二つが重なって頬の血が引いていた、あの軍令部の廊下の冷たさは――。

 無鄰菴の月の光の下でようやく和らいでいった。


      *


 翌六月十六日、午後二時。


 寝台車を経て山陰本線に乗り換え俺は舞鶴駅に到着した。


 梅雨の合間のわずかな晴れ間。

 日本海の風が駅前を撫でていた。


 駅頭には舞鶴鎮守府の出迎えの将校たちが整列していた。


 首席参謀の三浦英雄大佐。

 戦務参謀の河村富良夫少佐。

 航空参謀の永田英雄少佐。

 通信参謀の田中瑞穂少佐。


 一人ずつ敬礼で迎えてくれた。


「高木参謀長、着任おめでとうございます」

「ありがとう」


 俺は軍服の襟を整え敬礼を返した。

 駅前の車に乗り込んだ。

 鎮守府の建物まで車はゆっくりと走り出した。


 車窓の外で舞鶴の街並みが流れていった。


 軍港の灰色の風景。

 黒い瓦屋根の家々。

 遠くに見える舞鶴湾の青い水面。


 その風景の中に――俺はふと何かを感じた。


 懐かしさではない。

 寂しさでもない。

 絶望でもない。


(……これが俺のこれからの戦場だ)


 俺は心の中で呟いた。


(日本海の片隅の地方軍港)

(中央から追われた俺がここで待つ)

(中央が自滅していく音をここから聴きながら)


(そしていつか――俺は必ず戻る)


 車は舞鶴鎮守府の門をくぐった。

 軍港の桟橋に艦艇が並んでいた。

 その向こうに舞鶴湾の青い水面が初夏の光にまぶしく輝いていた。


      *


 その夜。

 俺は官舎の畳の上にひとり坐っていた。


 軍服を脱ぎ浴衣に着替えていた。

 卓の上にお茶が置かれていた。

 窓の外で夏の夜風がわずかに吹いていた。


 ひとりであった。


 卓の上の徳利からお酒を猪口に注いだ。

 ひとり口に運んだ。

 お酒は苦かった。


 卓の上の日記帳を開いた。

 ペンを握った。


 昭和十七年六月十六日――。


 俺はゆっくりとペンを動かした。


「本日、舞鶴鎮守府参謀長として着任セリ」


「ミッドウェー海戦ノ大敗ノ報、依然胸ニ重シ」


「赤城、加賀、蒼龍、飛龍。 ……四隻皆被弾セリト言フ」


「我ガ左遷ノ日ト海軍崩壊ノ日トガ重ナル」


「サレド京都ニテ京都学派ノ方々ノ熱烈ナル歓迎ヲ受ク」


「無鄰菴ノ月ノ光ヲ生涯忘レルコトハ無キナラン」


「俺ハ独リニアラズ」


「今後、舞鶴ノ地ニ在リテ何ヲ為スベキカ」


「自ラニ問ヒ続ケル」


 ペンを置いた。

 日記帳を閉じた。


 卓の上に頬杖をついた。

 窓の外で舞鶴の夏の夜が深く静かに更けてゆこうとしていた。


 舞鶴湾の水面でわずかに波の音が聞こえた。

 その波の音の中で俺は心の中でひとつの誓いを立てた。


(……舞鶴で頑張る)

(中央から追われた俺だがここで為すべきことを為す)

(そしていつか必ず戻る)


(つづく)



【後書き】(矢部貞治より)


昭和十七年六月十五日、東京駅で高木少将を見送った夜のことを私は生涯忘れることがない。


 寝台車の窓越しに車内で軍服の襟を整える少将の背中。

 その肩はいつもよりわずかに落ちていた。


 ミッドウェー海戦の大敗の報を十一日前から私たちブレーンも密かに知り始めていた。

 軍中央から流れてくる断片的な情報はいずれも絶望的なものばかりだった。


 その敗戦と高木少将の左遷とが奇妙なほど重なっていた。


 私たちブレーンの仲間――大河内一男、天川勇、藤山愛一郎、大熊信行、武村忠雄、そして松本正雄――の一同は誰も声を発することができなかった。


 ただ寝台車のドアが閉まり汽笛が鳴り車輪がゆっくりと動き出した時――私たちは誰からともなく深く深くお辞儀をした。


 国家の最も重要な知性の中枢がいま地方軍港へと去っていく。

 それは海軍の中で良識派の灯がひとつ消えていく瞬間でもあった。


 しかし私は信じていた。

 高木少将は必ず戻ってこられる、と。


 ご本人もそう言った。


「俺は必ず戻ってくる」


 あの一言を私はその後二年余り何度も噛みしめてきた。


■ 人物紹介

高木惣吉(たかぎ・そうきち、1893年〜1979年) ※本話の主人公

 海軍少将(本話時、海軍省調査課長→六月十日付舞鶴鎮守府参謀長)。熊本県人吉市の小作農の家に生まれる。高等小学校卒業後、通信講座で独学。十六歳で東京の製本所での過酷な労働を経験。寺尾寿東京帝大教授邸の書生として住み込みながら東京物理学校夜学に通い、競争率三十倍の海軍兵学校(四十三期)に二十一位の成績で合格。大正期にフランス駐在中に肺尖炎(結核)を発病し、約二年の療養生活を経験。海軍大学校甲種学生(二十五期)を首席で卒業し、恩賜の長剣を拝受。海軍省調査課長として民間ブレーントラスト(矢部貞治、武村忠雄、高山岩男ら)を組織し、客観的な情勢分析を海軍に提供。陸軍の暴走と親独路線への抵抗、対米戦争への警鐘を一貫して発し続けた結果、岡敬純軍務局長・沢本頼雄海軍次官と対立し、本話で舞鶴鎮守府参謀長への実質的左遷を命じられる。


矢部貞治(やべ・ていじ、1902年〜1967年、当時40歳)※本話で本格登場

 東京帝国大学法学部教授(政治学)。鳥取県出身、東京帝大法学部卒。近衛文麿のブレーンとして新体制運動に関与した政治学者。本話後書きの語り手。


岡敬純(おか・たかずみ、1890年〜1973年) ※本話で言及(不在)

 海軍少将(本話時、海軍省軍務局長)。陸軍の武藤章軍務局長と結託しナチス式一党支配体制の海軍導入を画策。高木のブレーントラスト活動を「左派的」とレッテルを貼り、機密費の支出に難色を示した。本話における高木の左遷の最大の張本人。戦後A級戦犯として終身刑判決を受ける。


沢本頼雄(さわもと・よりお、1886年〜1965年) ※本話で言及(不在)

 海軍中将(本話時、海軍次官)。岡軍務局長と組んで高木のブレーン予算に疑義を呈し、本話の左遷を実質的に決裁した。


永野修身(ながの・おさみ、1880年〜1947年) ※本話で本格登場

 海軍大将、軍令部総長(本話時)。高知県土佐出身、海兵二十八期。対米開戦時の海軍最高責任者の一人。一九四七年、A級戦犯として裁判中に病死。


高山岩男(こうやま・いわお、1905年〜1993年) ※本話で本格登場

 京都帝国大学助教授(のち教授)。京都学派を代表する哲学者の一人。本話で京都駅・無鄰菴での歓迎会を主催し、昭和十六年十一月二十三日の高木の京大初訪問を回想として語る。


西谷啓治(にしたに・けいじ、1900年〜1990年) ※本話で本格登場

 京都帝国大学助教授(のち教授)。京都学派の哲学者の一人。本話の無鄰菴歓迎会で、高木のような知性こそがこの国を過ちから引き戻す力になると信じる、と語る。


谷口吉彦(たにぐち・よしひこ、1894年〜1962年) ※本話で本格登場

 京都帝国大学教授(経済学)。京都学派の経済学者の一人。


和辻哲郎(わつじ・てつろう、1889年〜1960年) ※本話で本格登場

 東京帝国大学教授(倫理学)。代表作『風土』『古寺巡礼』で知られる。本話の東京駅見送りに駆けつける。


藤山愛一郎(ふじやま・あいいちろう、1897年〜1985年) ※本話で本格登場

 藤山コンツェルン総帥、実業家。高木の民間ブレーンの一人。本話の海軍省玄関での見送りに駆けつける。


矢牧章(やまき・あきら、1894年〜1982年) ※本話で本格登場

 海軍大佐。海軍大学校時代の高木の後輩。本話で高木の後任の海軍省調査課長として、東京駅見送りに駆けつける。


■ 用語集

舞鶴鎮守府まいづるちんじゅふ

 日本海軍が設置した四大鎮守府(横須賀・呉・佐世保・舞鶴)の一つ。京都府舞鶴市に置かれ、日本海方面の防衛と艦艇の修理・建造、人事、補給などを統括する。本話で高木が参謀長として赴任する地。


「都落ち」(みやこおち)

 中央(東京)から地方へと追われること。本話で高木が舞鶴鎮守府参謀長への転任を、自分で「都落ち」と表現する場面が描かれる。形式上は栄転(少将職)であるが、実質は左遷。


「ブレーントラスト」(民間頭脳集団)

 高木惣吉が海軍省調査課長時代(一九三七〜一九四二年)に組織した、政治学・経済学・哲学・思想・ジャーナリズム各界の民間有識者による研究組織。矢部貞治(東大)、武村忠雄(慶大)、高山岩男・西谷啓治(京大)、天川勇(慶大講師)、大熊信行、和辻哲郎などを含む。客観的な情勢分析と政策立案を行うほか、海軍の良識的方針を世論に浸透させる役割も担った。海軍内部の親独派・強硬派から「左派的」と警戒されていた。


「ミッドウェー海戦」(みっどうぇーかいせん)

 一九四二年六月五日〜七日、太平洋ミッドウェー島沖で行われた日米海軍の決戦。日本海軍は虎の子の主力空母四隻(赤城・加賀・蒼龍・飛龍)をすべて失い、熟練搭乗員の大半を喪失するという壊滅的な大敗北を喫した。本話で高木が、左遷の挨拶のため軍令部を訪れたまさにその瞬間、第一報を耳にする。


「赤城・加賀・蒼龍・飛龍」(あかぎ・かが・そうりゅう・ひりゅう)

 日本海軍機動部隊の主力空母四隻。真珠湾攻撃、インド洋作戦などで活躍した、日本海軍の象徴的存在。本話のミッドウェー海戦で、すべて失われた。


「無鄰菴」(むりんあん)

 京都・南禅寺界隈にある、山県有朋公爵の旧別邸。明治の元勲が国家の行く末を案じて構想を練ったとされる由緒ある場所。本話で高木が、京都学派の哲学者たちによる歓迎会の会場として迎えられる。


「京都学派」(きょうとがくは)

 京都帝国大学を拠点とした、西田幾多郎・田辺元らを源流とする日本独自の哲学思想集団。一九四〇年代、高木惣吉海軍少将の依頼により、海軍に対する哲学的・思想的支援を提供。本話で言及される昭和十六年十一月二十三日の高木の京大初訪問は、京都学派の海軍支援の事実上の出発点。


「客観性を持つ世界史観」(きゃっかんせいをもつせかいしかん)

 昭和十六年十一月二十三日、高木が京都大学を訪問し、京都学派の学者たちの前で熱烈に求めた知の枠組み。「ひとりよがりの皇国史観でなく」というのが対句で、神がかり的精神論に陥る当時の日本に対する高木の痛烈な批判の象徴。



■ 史実と創作について


【史実に基づく部分】

・高木惣吉が昭和十七年六月、舞鶴鎮守府参謀長に補されたこと。これが海軍大臣秘書官・調査課長として中央で活動していた高木にとって、事実上中央の機微から遠ざけられる人事であったこと(高木惣吉『自伝的日本海軍始末記』、伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報』)。

・この転出が昭和十七年六月のミッドウェー海戦の大敗と時期的に重なっていたこと。同海戦で日本海軍が主力空母四隻を失い、戦局の主導権を失う転機となったこと。

・高木が中央在任中から、矢部貞治ら学者・有識者を集めて客観的な情勢分析を行う「ブレーントラスト」を組織し、軍事の枠を超えた知見を取り入れようとしていたこと(伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報』、矢部貞治『矢部貞治日記』)。

・高木が貧しい家に生まれ、苦学して海軍兵学校・海軍大学校(首席卒業)に進んだ異色の経歴の持ち主であったこと。


【創作部分】

・東京駅での見送りの情景、矢部貞治らブレーンの心情やその場の会話、高木が漏らしたとする「俺は必ず戻ってくる」という趣旨の言葉、料亭「白糸」の女将お常をはじめとする舞鶴の人々は、史実の背景を踏まえて本作で構成した創作です(お常は創作上の人物です)。

・前書き・後書きの語りや内面、各場面の情景描写は創作です。


■ 参考文献


高木惣吉『自伝的日本海軍始末記』光人社、1971年

伊藤隆編『高木惣吉 日記と情報 上』みすず書房、2000年

矢部貞治『矢部貞治日記』読売新聞社、1974年


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