第26話「服部卓四郎と俺(後編)――歴史が判定する」
【前書き】(松平康昌より)
あの六月二十三日の夕刻、市ヶ谷台の作戦課長室で、松谷大佐と服部大佐のお二人が、対峙されておられた。
僕はむろん、その場におりませんでした。
しかし戦後、松谷大佐のお話を伺うたびに、僕の脳裏には、夕暮れの市ヶ谷台の薄い光が、克明に立ち上がります。
服部大佐は岩のような信念の人でいらしたという。
しかしその岩にも、ほんの一瞬、亀裂の入った瞬間があった。
マリアナ沖海戦の壊滅、サイパン上陸、井桁参謀長の絶望的な返電――。
その全てを、服部大佐は腹の底でお呑み込みになっておられた。
いや、お呑み込みになりながら、なお岩を岩として保つために、より深く、より強く、徹底抗戦の信念に身を沈める種類のお方でいらした。
「敗北の予感を、攻勢への意志に転換する」――。
松谷大佐は戦後、服部大佐のお人柄をそう評しておられました。
二人の秀才が、互いの世界観の決定的な断層を確認しながら、それでもなお、ある種の「悲しい敬意」を交わし合った、夕暮れの密室劇の後編です。
【本文】
昭和十九年六月二十三日、午後六時前。
服部大佐はゆっくりと口を開かれた。
その声はいつもより、わずかに低かった。
「松谷君」
「俺は……正直に申そう」
「サイパンの戦況。 ……海軍の山本親雄作戦課長に先日こう申した。 『山本さん、こんどの戦いで陸軍の装備の悪いことが、ほんとうによくわかった』」
俺は息を呑んだ。
(服部大佐がそれを口にされたか)
「『だが、今からではもう間に合わない』」
服部大佐の声はさらに低くなった。
俺はしばし、その顔を見つめた。
服部大佐の眼は机の上を見ていた。
俺の顔は見ておられなかった。
(あぁ……この方も揺れたのだ)
俺は心の中で呟いた。
(マリアナ沖の壊滅を見て、サイパン上陸を見て、井桁参謀長の『デキナイコトハ、デキナイノダ』を見て――)
(この方もまた、一瞬、敗北の予感を抱かれた)
しかし俺は知っていた。
服部卓四郎という方は、敗北の予感を抱いた直後に必ず、より深く徹底抗戦の信念に身を沈める種類の方であることを。
その予感はこの方にとって、信念を弱める材料にはならぬ。
むしろ信念をより固く、より岩のように固めるための燃料となる。
果たして服部大佐はお眼を上げられた。
「松谷君。しかし俺は降りない」
その眼はもはや揺らいでおらなかった。
「……そうですか」
「大陸打通作戦は続行する。 蔣政権を打倒する。 ……サイパンが落ちても、まだ満州がある。中国大陸がある。本土には二百万を超える陸軍部隊が健在である」
「課長」
「捷号作戦も策定する。 ……次の決戦場はフィリピンだ。 ……あそこで米軍を叩く」
俺は深く息を吐いた。
(やはりこうなる)
俺は思った。
(この方は敗北の予感を、攻勢への意志に転換される。 ……それが服部卓四郎という方だ)
俺は低く言った。
「課長。それが、課長のお答えですか」
「そのとおりだ」
「フィリピンで決戦を挑まれるおつもりですか」
「そうだ。次の決戦場は、あそこだ」
「制空権も制海権もないままの決戦が、どういう結末を招くか。課長なら、おわかりのはずです」
服部大佐は眼を伏せた。しかし、岩は揺るがなかった。
「敗れたとしても、俺は本土決戦を戦う。石にかじりついても、敗けてはならぬ」
*
俺はしばしお黙りになった。
窓の外、市ヶ谷台の梅雨空は、夕暮れの灰色から深い藍に変わりつつあった。
俺と服部大佐の間の沈黙は長かった。
しかし奇妙なことに、その沈黙の中に敵意はなかった。
ある種の悲しい敬意が流れていた。
(服部さん、貴方は誠実な方だ)
俺は思った。
(誠実すぎるほど誠実な方だ。自分の信念に、最後まで忠実であろうとされる。だからこそ、貴方は降りない。岩であり続ける)
(そしてその岩のために、皇国は滅びるかもしれぬ)
(だが、貴方は自分の信念に殉じる覚悟だ。武士として、それは一つの筋の通し方なのだろう)
(俺は違う)
(俺は信念を変える。状況を見る。論理に従う。 ……俺は自分の魂を救うことよりも、皇国を救うことを選ぶ)
(俺は、武士としては褒められまい。もし生き残ったとしても、『軍を見殺しにした男』と、嘲られるかもしれぬ)
(しかし、俺はそれでよい)
(国あっての軍であって、軍あっての国ではない)
(俺は軍を見殺しにしてでも、国を救う)
俺はお眼を上げた。
服部大佐は机の向こうから俺を見つめておられた。
その眼にも、ある種の理解が宿っていた。
(松谷、お前はお前の道を行け)
(俺は俺の道を行く)
(我々は決して交わらぬ)
(しかし互いの道を認める)
言葉では決して交わされぬ、ある種の男の約束であった。
*
俺は口を開いた。
「課長」
「私は今夜、真田部長と秦次長に意見具申いたします」
「そして近日中に、東條閣下に直訴いたします」
服部大佐はわずかにお眼を見開かれた。
「松谷君、それは……」
「左遷は、覚悟の上です」
服部大佐は深く息を吐かれた。
「松谷君……君は本当にそれをやるのか」
「やります」
「殺されるかもしれぬぞ」
「拳銃を携行することにいたします」
服部大佐はしばし俺の眼を見つめられた。
そして黙って深く深く頭を下げられた。
俺は息を呑んだ。
服部卓四郎大佐が、俺に頭を下げられた。
(この方も認められたか)
俺は思った。
(俺の覚悟を認められたか)
服部大佐はお眼を上げられた。
「松谷君、俺は君の意見具申を止めぬ。 ……組織の筋目として、君はまず俺にお伝えくだされた。 ……俺はそれを受領した。 そして君の道を邪魔せぬ」
「ありがとうございます」
「しかし俺は俺の道を行く。 ……決戦論を降ろさぬ。 ……君が東條閣下に直訴しても、俺はそれに反対する。それが俺の職責だ」
「松谷君、互いの道を行こう。 ……どちらが正しかったかは、戦後、歴史が判定する」
俺は深く頷いた。
「同感です」
*
俺は扉に手をかけた。
扉を開ける、その直前に服部大佐の声が背後から追ってきた。
「松谷君」
「……君が英国で見たものと、俺が独墺で見たもの。 ……戦後、どちらが正しかったかがわかる」
俺は振り返った。
服部大佐の顔は夕暮れの薄闇の中で、わずかに若く見えた。
陸士の頃の服部さんの顔がふと重なった。
軍服の襟を真っ直ぐにし、未来に向かって歩いていく若き秀才の顔。
あの頃、俺たちは同じ士官学校の校庭ですれ違った。
陸大でも廊下ですれ違った。
言葉はほとんど交わさなかった。
しかし互いの存在は知っていた。
あれからもう、二十年近くが経つ。
たった一期違いの、同じ秀才の二人がこんな形で向かい合うことになろうとは、あの頃の俺たちは想像もしなかったろう。
「服部課長」
「歴史が判定いたしましょう」
俺は低く応じた。
扉を開けた。
廊下の灯火が薄暗く灯っていた。
俺は振り返らず、廊下を歩き出した。
軍靴の音がいつもより、わずかに重く響いた。
(……服部さん)
俺は心の中で呟いた。
(貴方の決戦論を、俺は認められぬ)
(だが、貴方の誠実だけは、否定できぬ)
(俺は、貴方が嫌いではない)
(貴方もまた、俺が嫌いではないのだろう)
(我々はただ、見ていた世界が違っただけだ)
*
次長室の前に辿り着いた。
俺は扉の前でしばし立ち止まった。
服部大佐との対峙は終わった。
第一段階の組織の筋目は踏んだ。
次は第二段階。
真田穣一郎、第一部長。
その次に秦彦三郎、次級次長。
その次に後宮淳、高級次長。
そして最後に――東條英機、参謀総長。
組織の決定プロセスを一段ずつ踏んでいく。
止められることはわかっている。
反対されることもわかっている。
しかし止められても反対されても、俺は突き進む。
組織の筋目を踏んだ上で、なお突き進む。
それが戦争指導班長たる俺に課された、最後の職責であった。
俺は深く息を吸った。
そして扉を叩いた。
「松谷大佐、入ります」
(つづく)
【後書き】(加瀬俊一より)
戦後、松谷さんはあの夕暮れの作戦課長室での服部大佐との対峙を、ご自身からはほとんど語られませんでした。
私や松平閣下の前で、ごくたまに、ぽつりと、断片を漏らされる。
そういう類のお話でした。
「服部さんは、誠実な方だった」――。
「歴史が判定する、と申し合わせて、別れたのです」――。
戦後、服部大佐が警察予備隊への入隊を画策された際、松谷さんはこれを断固として阻止する側に立たれた。
戦時中、服部大佐が「有害分子」として松谷さんを排除しようとし、戦後、松谷さんが服部大佐の再起を阻止する側に立つ。
私は外務省を離れた一外交官の立場から、その逆転劇を遠くから見ておりました。
しかし、私には感じられた。
松谷さんは服部大佐の警察予備隊入隊を阻止される時にも、決して個人的な憎悪から動いておられたのではない。
あくまで「同じ過ちを繰り返してはならぬ」という、戦争指導班長としての最後の職責の延長線上に、その阻止があった。
歴史が判定する――。
あの夕暮れの作戦課長室で交わされた約束は、戦後の警察予備隊創設の際、もう一度、別の形で履行されたのです。
■ 人物紹介
服部卓四郎(はっとり・たくしろう、1901年〜1960年) ※本話の核心人物
陸軍大佐(本話時、参謀本部第二課長=作戦課長)。山形県山形市出身。本話では、サイパン陥落の現実を前に一瞬の弱音を漏らしつつも、なお岩のような決戦論を貫く「外柔内剛・誠実すぎる主戦派」として描かれる。一九四四年フィリピンのレイテ決戦を強行し壊滅、一九四五年二月作戦課長を更迭され支那派遣軍連隊長へ転任。戦後、GHQのG2(ウィロビー少将)の庇護下で「服部グループ」を結成し再軍備計画を主導するが、一九五〇年警察予備隊への入隊を松谷ら元和平派の反対工作で阻止される。一九六〇年、五十九歳で没。
山本親雄(やまもと・ちかお、1898年〜1970年) ※本話で言及(不在)
海軍少将(本話時、軍令部第一部第一課長=作戦課長)。広島県出身、海兵四十六期。本話では服部が「陸軍の装備の悪いことが、ほんとうによくわかった」と弱音を漏らした相手として、間接的に登場。陸海軍の作戦中枢が、互いに弱音を打ち明け合う関係にあったことを示す傍証。
真田穣一郎(さなだ・じょういちろう、1897年〜1957年) ※本話で言及(次話の登場予告)
陸軍少将(本話時、参謀本部第一部長=作戦部長)。次話で松谷の意見具申の対象として本格登場。
秦彦三郎(はた・ひこさぶろう、1890年〜1959年) ※本話で言及(次話の登場予告)
陸軍中将(本話時、参謀本部次級次長)。次話で松谷の意見具申の対象として本格登場。
■ 用語集
捷号作戦
一九四四年七月以降に策定された日本軍の戦争指導方針。サイパン陥落以降、フィリピン方面・台湾方面・北東方面・北海方面それぞれを「捷一号〜捷四号」として、決戦場として設定。本話で服部が言及した「次の決戦場はフィリピンだ」は、後の「捷一号作戦」=レイテ決戦に直結する。
大陸打通作戦(たいりくだつうさくせん、一号作戦)
一九四四年四月から実施された、日本陸軍の中国大陸での約五十万人規模の大攻勢。中国大陸の米空軍基地覆滅と、北京-広東を結ぶ南北鉄道路の打通を狙った。本話の時点で、サイパン陥落により本土がB29爆撃機の航続距離圏に入ったため、中国の米空軍基地覆滅という戦略的意義は大きく後退していたが、服部は面子もあり継続を強硬主張した。
玉砕
兵士全員が戦死すること(または、それを覚悟の上で戦うこと)。本来は「玉のごとく砕け散る」の意で名誉ある戦死を指したが、戦争末期の日本では、補給も援軍もない孤島の守備隊に対する事実上の死刑宣告として機能した。サイパン以後、玉砕の語は陸軍中央のレトリックとして反復される。
「国体護持」(こくたいごじ)
本話で松谷と服部は、この一語の解釈で決定的に分かれる。松谷は「皇室の存続」を国体護持の最低条件とし、その他の条件は無条件降伏に近くともよいとする。服部は「軍人の魂と、国民の精神と、皇室と、これら三位一体」を国体護持の条件とし、すべて玉砕しても構わないという論理に立つ。両者の思想の決定的断層点。
「歴史が判定する」
松谷と服部が夕暮れの作戦課長室で交わした、ある種の男の約束。本作中、最も重い一句の一つ。戦後の警察予備隊創設をめぐる両者の再対決の伏線として機能する。
レイテ決戦
一九四四年十月から十二月にかけてフィリピン・レイテ島で行われた、日米両軍の決戦。日本陸軍は当初フィリピン決戦の地をルソン島と想定していたが、服部卓四郎ら参謀本部作戦課の強行論により、レイテに変更。結果、陸海軍の戦力をほぼ消耗するに至り、フィリピン陥落の直接的原因となった。本話で松谷が、制空・制海権を欠いたままのフィリピン決戦に懸念を示す場面は、この後の展開を念頭に置いている。
本土決戦
米軍の日本本土上陸が必至となった場合に、本土において陸軍主力をもって決戦を行うという構想。「一億玉砕」「神州不滅」のスローガンと結合し、戦争末期の徹底抗戦論の中核となる。本話で服部が「石にかじりついても、敗けてはならぬ」として、その最終決戦場とした。
■ 史実と創作について
【史実に基づく部分】
・松谷誠が作戦課長の服部卓四郎と戦争の見通しをめぐって対峙していたこと(松谷誠『大東亜戦争収拾の真相』、山本智之『主戦か講和か』)。
・服部卓四郎が、敗北の予感に直面してもなお、より深く徹底抗戦の信念へ身を沈める性格の人物であったこと。一方で外柔内剛で、私的には誠実な人物と評されたこと(山本智之『主戦か講和か』)。
・同じ主戦派と目された真田穣一郎と服部とでは、その内実が異なっていたこと。真田が必ずしも狂信的な主戦論者ではなかったことが関係者の回想から窺えること。
・戦後、服部卓四郎がGHQ参謀第二部(G2)の一部の支援を受けて再軍備の中核に返り咲こうとしたこと、これに対し松谷が杉田一次・林三郎らと連名で吉田茂首相へ意見書を提出するなどして阻止に動き、旧主戦派による組織掌握を防いだこと(山本智之『主戦か講和か』、共同通信社社会部編『沈黙のファイル』)。
【創作部分】
・六月二十三日夕刻の作戦課長室での二人の対話、「歴史が判定する」という趣旨の申し合わせ、服部・松谷の表情や心理の描写は、両者の対立と戦後の因縁という史実を踏まえて本作で構成した創作です。
・加瀬俊一の所感や松谷の戦後の回想の文言、前書き・後書きの語りや内面、各場面の情景描写は創作です。
■ 参考文献
松谷誠『大東亜戦争収拾の真相』芙蓉書房、1980年
山本智之『主戦か講和か 帝国陸軍の秘密終戦工作』新潮社、2013年
共同通信社社会部編『沈黙のファイル 「瀬島龍三」とは何だったのか』共同通信社、1996年
吉見直人『終戦史 なぜ決断できなかったのか』NHK出版、2013年




