第22話「真田、崩れゆく――米軍サイパン上陸とマリアナ沖海戦」
【前書き】――松平康昌(内大臣秘書官長)の回想
わたくしは、後年になっても、昭和十九年六月のあの十日間の感触を、忘れることができぬ。
六月十五日、サイパン上陸の急報。
六月十九、二十日、マリアナ沖の壊滅。
六月二十一日、現地から大本営への、あの怒りの返電――「デキナイコトハ、デキナイノダ」。
六月二十二日、加瀬殿が早朝にわたくしの私邸へ駆けつけてこられ、海軍が必死に隠そうとしていた大敗の真相を、わたくしの耳にお伝えくださったあの瞬間。
そして二十三日午前、市ヶ谷台の大本営陸海軍部合同研究において、絶対国防圏の中核――サイパン――の奪回が、断念された。
わが帝国の戦争計画の根幹を成していた「絶対国防圏」が、現実の音を立てて崩れ落ちた九日間でありました。
その場に、戦争指導班長として参席されておった松谷誠大佐殿は、何を見、何を聴かれたのか。
そして、わが軍中央においてもっとも強硬と見なされておった真田穣一郎第一部長閣下が、その日、いかなるお顔をしておられたのか。
また、サイパン作戦の主務者であった作戦課・晴気誠少佐が、いかなる狂奔を遂げられたのか――。
わたくしは後日、加瀬殿を介して、断片的に伺った。
その断片を、いま、この方の御筆を通して、お伝えできる日が来た。
第二十二話。
壁が、ついに、現実の音を立てて崩れ落ちる回でございます。
昭和十九年六月十五日、午前四時三十分。
市ヶ谷台、戦争指導班長室。
扉を激しく叩く音で、俺は跳ね起きた。
仮眠用の長椅子の上で、軍服のまま眠っていた。窓の外はまだ暗い。
「課長! 松谷課長!」
橋本の声であった。
いつもの彼らしくない、上ずった声。
俺は扉を開けた。
橋本は、電報用紙を握りしめていた。
「米軍、サイパン島西岸に揚陸を開始。第三十一軍参謀長より、緊急電」
俺は紙を受け取った。
黎明の薄明かりの中で、文字が、ゆっくりと、目に入ってきた。
「〇四三〇、敵軍揚陸開始セリ」
短い一行。
しかし、その一行の重みは、これまでに俺が読んだどの長文の戦況報告よりも、重かった。
「橋本」
「は」
「服部課長は、もう登庁されておるか」
「すでに作戦課に詰めておられます」
橋本は、ひと呼吸置いた。
「廊下まで、怒号と罵声が、響いております」
―――――――――――――――――――――
二
六月十五日、午前八時過ぎ。
俺は、作戦課の前を通った。
扉が半開きになっていた。
中から、若い参謀の絶叫が、廊下にまで漏れ出していた。
「第三十一軍の腰抜けめ ! 井桁のぼやすけめ !」
誰の声か、わからなかった。
いや――聞き覚えがあった。
晴気誠少佐。
陸士四十六期、サイパン作戦の主務者。
俺は、足を止めた。
扉の隙間から、晴気の姿が見えた。
軍服の襟が、はだけていた。
目は血走り、唇が震えていた。
誰かが、低く宥めるように言った。
「晴気君、海軍機動部隊が出ておる。落ち着け」
晴気は、激しく首を振った。
「海軍がどうしたじゃない !」
声が裏返っていた。
「大和魂だ ! 敵に上がられたら、終わりじゃないか !」
俺は、扉から、視線を、外した。
歩き出した。
市ヶ谷の廊下を、いつもよりゆっくりと歩いた。
(……晴気)
心の中で、俺はその名を呟いた。
あの男は、無責任な楽観論者ではない。
むしろ、責任感が、強すぎる男なのだ。
第四十三師団の装備を「満州第一線師団の二倍」と豪語したのも、自らの作戦指導に対する、ある種の「祈り」であった。
しかし――上陸を許した瞬間、その祈りは、行き場を失った。
行き場を失った祈りは、怒号となって、隣の海軍を罵り、現地の井桁参謀長を罵り、ついには自分自身に向かって牙を剥くことになる。
(あの男は、いずれ、自分を、許せなくなる)
俺は、深い予感を、覚えた。
―――――――――――――――――――――
三
角を曲がると、向こうから、軍服の襟を正しながら歩いてくる人影があった。
服部卓四郎大佐。
目が合った。
わずか一瞬。
服部の顔は、いつもと変わらなかった。
冷静沈着、穏やかなあの表情。
しかし、目の奥――俺は、見た。
そこには、わずかに、揺らぎがあった。
「松谷君」
「服部課長」
すれ違いざま、互いに、ただ一言ずつ、それだけ言葉を交わした。
俺は振り返らなかった。
彼もまた、振り返らなかった、はずだ。
(揺れたな)
心の中で、俺は呟いた。
(あの男も、揺れた)
しかし俺は、知っていた。
服部卓四郎という男は、揺れた直後に、必ず、より深く、徹底抗戦の信念に身を沈める種類の男であることを。
―――――――――――――――――――――
四
六月十九日。
マリアナ沖。
第一機動艦隊。
司令長官・小沢治三郎中将。
空母九隻、戦艦五隻、艦載機四百七十三。
大本営海軍部に、対するは、米第五艦隊。
空母十五隻、艦載機八百九十一。
倍。
倍であった。
軍令部の山本親雄一課長から、内々に流れてくる戦況の断片を、俺は橋本と種村と並んで、机の上に並べた。
「アウトレンジ戦法、発動」
俺は、低く言った。
「我が機の航続距離は三百マイル以上、米機は二百マイル以下。
……敵の射程外から、先制攻撃を加える、と」
橋本は、頷いた。
「されど、課長」
「うむ」
「米軍は、新型レーダーを装備しております。
……アウトレンジは、奇襲足り得ぬ可能性が、ございます」
俺は、深く息を吐いた。
翌日、流れてきた情報は、橋本の予感を裏付けるものだった。
「我、第一次攻撃隊、発進直後に、敵レーダーに捕捉さる。
……F6F戦闘機、数百機、高高度より迎撃」
「VT信管――距離だけで自動起爆する近接信管――、対空砲火に投入さる」
「我攻撃隊、過半、未帰還」
数字は、容赦なかった。
第一日――艦載機の損耗、約三百機。
空母「翔鶴」、米潜水艦の雷撃により沈没。
最新鋭旗艦「大鳳」、被雷後、気化ガス引火、大爆発、沈没。
第二日――退避中の艦隊、米索敵機に発見。
米攻撃隊約二百機、来襲。
空母「飛鷹」沈没。
「瑞鶴」「隼鷹」「千代田」「榛名」「摩耶」、損傷。
「機動部隊、戦場離脱。沖縄中城湾へ帰投」
六月二十日、夕刻。
帳簿の数字は、絶望していた。
空母三隻喪失。
艦載機、約四百機損耗。
日本海軍機動部隊、事実上、壊滅。
俺は、戦況図の上から、ゆっくりと、ペンを離した。
「橋本、種村」
「は」
「これで、サイパンへの増援は、不可能になった」
誰も、何も、言わなかった。
窓の外、市ヶ谷台の梅雨空に、灰色の雲が低く垂れていた。
―――――――――――――――――――――
五
六月二十一日。
米軍は、サイパン島の南半分を占領した。
アスリート飛行場が、米軍の手に渡る瀬戸際にあった。
午後――俺は、作戦課の前を通った。
扉が半開きになっていた。
中で、誰かが、信じられぬ声を上げていた。
「打電せよ ! 『天皇ヨリ井桁敬司ニ司令ス。アスリート飛行場ヲ死守スベシ』」
俺は、足を止めた。
……天皇から、井桁参謀長へ、直接の御命令。
そんな命令は、聞いたことがなかった。
通常、天皇のお名による命令は、参謀総長の上奏を経て、大本営命令として下達される。
しかも、増援を一兵も送らずに、「死守せよ」と命じる――。
俺は、扉から、わずかに、視線を外した。
胸の中で、深く、深く、息を吐いた。
(井桁閣下――)
その日の夕方、戦争指導班に、現地からの返電の写しが、回ってきた。
わずか、十文字。
「デキナイコトハ、デキナイノダ」
俺は、その十文字を、黙って、見つめた。
橋本が、俺の隣で、紙を見ていた。
彼の手が、わずかに、震えていた。
「課長……」
「うむ」
「……これが、我が軍の、現状でございます」
俺は、頷いた。
(増援を送らず、ただ「死守せよ」と命じる中央。
……そして、現地から打ち返される、怒りの十文字。
……これが、いまの大日本帝国の、姿なのだ)
その日の『機密戦争日誌』に、俺は短く書きつけた。
「現地軍の絶望、ここに極まる」
ペン先が、紙の上で、わずかに、震えた。
―――――――――――――――――――――
六
六月二十二日、朝。
俺は、作戦課の隅で、晴気誠少佐の姿を、見た。
彼は、軍服の上着を抱え、出張用の鞄を提げていた。
顔色は、青白かった。
しかし、目の奥には、奇妙な決意の光が宿っていた。
「晴気君」
俺は、思わず、声をかけた。
「……松谷大佐」
晴気は、ぴたりと、足を止めた。
「どこへ行く」
「東條閣下に、お会いいたしました」
「うむ」
「……現地での直接作戦指導を、お願いいたしました。閣下は御承認くださいました」
俺は、息を呑んだ。
「サイパンに……行くのか」
「は。これより、硫黄島まで飛行いたします。そこからサイパンへ、可能ならばパラシュートにて降下いたします」
俺は、彼の眼を、じっと、見た。
晴気の眼は、澄んでいた。
いや――澄み過ぎていた。
現実を超えたところを、見ていた。
「晴気君」
「は」
「閣下から、何か、賜られたか」
「軍刀を、賜りました。
……『行ってこい』と、激励のお言葉を」
俺は、深く、息を吐いた。
(東條閣下は……あの方は、御承認になられたのか)
米軍の制空権下にあるサイパンへ、一人の少佐が単機で降下する。
成功の見込みは、ほぼ、ない。
それを、最高指揮官たる参謀総長が、軍刀を授けて送り出す。
俺は、晴気の右肩に、軍刀の柄頭が見えるのを、目に留めた。
「……晴気君」
「は」
「……生きて、帰って来なさい」
俺は、それだけ言った。
晴気は、一瞬、虚を突かれたような顔をした。
それから、深く、頭を下げた。
「拝命いたしました、松谷大佐」
彼は、そのまま、廊下を、歩いていった。
軍靴の音が、いつもと違って、軽かった。
まるで、もう、足が地に着いていないような、奇妙な軽さだった。
(あの男は、帰って来ぬかもしれぬ)
俺は、廊下で、ひとり、立ち尽くした。
後日、俺は知ることになる。
晴気は、硫黄島までは飛行できた。
しかし、サイパンは米軍の制空権下にあり、近づくことすら、できなかった。
パラシュート降下を懇願したが、それも、果たせなかった。
失意のうちに、彼は東京へ戻ってきた。
そして、終戦の二日後――昭和二十年八月十七日の夜明け。
陸軍省内、大正天皇御野立所において、軍刀で割腹し、拳銃で自決する。
遺書には、こう、記されていた。
「サイパンにて散るべかりし命を、今日まで永らえてきた予の心中を察せらよ……」
しかし、それは、まだ、一年二か月後の話であった。
―――――――――――――――――――――
七
同日、六月二十二日、夜更け。
外務省の加瀬俊一から、電話があった。
「松谷さん。今宵、貴公にお会いしたい」
声に、いつもの落ち着きが、ない。
異変を、察した。
俺は加瀬の自宅近くの茶店で、彼と短く会った。
長く話す時間はなかった。
彼にも、俺にも、明日が、ある。
灯火管制の下、店の灯りは、ひとつだけ、暗く灯っていた。
卓に置かれた茶碗の縁は、わずかに、欠けていた。
「マリアナの真相、つかみました」
「うむ」
「明朝、松平秘書官長のお邸を訪ねる。閣下から、木戸内府閣下を経由して、陛下のお耳に届くでしょう」
加瀬の声は、低く、鋭かった。
「……我々の役目は、もはや一つです。早期終戦の、地ならし。
……松谷さん、貴公のお仕事が、明日からの主役になる」
俺は、深く頷いた。
長くは、話さなかった。
別れ際、加瀬は、わずかに、声を落として言った。
「松谷さん。気をつけて。
……特に、東條閣下の周りには」
俺は、彼の眼を見た。
その眼は、過去の盟友を見送る眼ではなかった。
戦場へ送り出す者の眼だった。
「うむ」
短く応じ、俺は茶店を出た。
夜の市ヶ谷の坂を、ひとり歩いた。
梅雨の湿った夜風が、首筋を撫でた。
―――――――――――――――――――――
八
六月二十三日、午前八時。
市ヶ谷台、参謀本部第一会議室。
大本営陸海軍部合同研究。
長卓を挟んで、陸海軍の中枢が、ずらりと並んでいた。
陸軍側――参謀本部第一部長・真田穣一郎少将。第二課長・服部卓四郎大佐。戦争指導班長・松谷誠大佐(俺だ)。橋本正勝少佐(陪席)。
海軍側――軍令部第一部長・中澤佑少将。第一課長・山本親雄大佐。
他に、陸軍省、海軍省の関連課長が、十数名。
空気は、重かった。
誰も、口火を切らなかった。
俺は、卓の端から、真田部長のお顔を、見た。
(……変わられた)
俺は、思った。
真田部長のお顔は、十日前――サイパン来攻の直前――とは、別人のように見えた。
頬がこけ、目の下に深い隈ができていた。
軍服の襟が、わずかに、緩んでいる。
いつもなら、絶対に許さぬ着こなしの乱れだった。
お眼は、卓の上の戦況図に注がれていた。
しかし、その視線は、図を見ているのではなかった。
図の向こう側、何もない深い闇を、見つめておられるようだった。
卓上の戦況図には、サイパン島の周囲に、米軍の艦船を示す赤い印が、無数に書き込まれていた。
―――――――――――――――――――――
九
会議は、軍令部の中澤第一部長から始まった。
「マリアナ沖海戦の戦果、改めて申し上げる」
中澤の声は、低く、抑制されていた。
「我、空母『大鳳』『翔鶴』『飛鷹』を喪失。搭載機、約四百機を損耗。
……機動部隊は、現状、再戦不能」
会議室に、深い沈黙が落ちた。
誰かが、咳払いをした。
誰かが、椅子の上で、わずかに身を動かした。
しかし、誰も、口を開かなかった。
中澤は続けた。
「サイパン島守備隊、現状、孤立。海上輸送による増援は、現状、不可能。
……これが、海軍の認識である」
中澤の言葉は、簡潔であった。
しかし、その簡潔さの奥に、海軍の絶望が、滲んでいた。
俺は再び真田部長のお顔を見た。
真田部長は、わずかに唇を動かされた。
言葉は、出なかった。
長い、長い沈黙のあと、ようやく口を開かれた。
「……陸軍として、伺いたい。
……海上輸送が不可能と申されるか」
「左様」
「航空援護も、不可能か」
「左様。母艦は失った。基地航空隊も再編に最低三月を要する」
真田部長は、お眼を閉じられた。
しばらくして、お眼を開け、ゆっくりと、卓を見渡された。
その視線が、俺の顔の上を、ほんの一瞬、横切った。
目が、合った。
そこにあったのは――敵意ではなかった。
怒りでもなかった。
ただ、深い、深い、疲れだった。
九月案の頃、真田大佐が俺に向けたあの激しい眼光は、もう、そこにはなかった。
第三案の頃、「印刷不同意」と命じられたあの抑えた眼の奥に潜んでいた、わずかな揺らぎ――
その揺らぎは、いま、本人の中で、堰を切ったように溢れ出していた。
(部長閣下)
俺は、心の中で、呼びかけた。
(あなたは、いま、ご自分のお仕事の上で、最大の壁が崩れる音を、お聴きになっておられる)
―――――――――――――――――――――
十
会議は、進んだ。
服部作戦課長が、机上の戦況図を指して、語った。
「サイパン島への増援、海上輸送が不可能であれば、空挺は」
「現有空挺戦力、サイパンを奪回できる規模にあらず」
「では、潜水艦による段階輸送は」
「米潜水艦の脅威を考慮すれば、損耗率、八割を下らず」
服部の声は、冷静だった。
しかし、その冷静さは、岩の冷たさではなく、燃え尽きたあとの灰の冷たさだった。
彼もまた、知っていたのだ。
奪回は、不可能であると。
しかし服部卓四郎という男は、不可能と承知の上で、なお、すべての可能性を一つひとつ消去せねば納得できない男だった。
彼の腹の中では、最後の最後まで、徹底抗戦の信念が、岩のように坐っていた。
ゆえに、その信念を、目の前の現実によって、ひとつひとつ、自らの手で潰していくしかなかった。
残酷な作業だった。
しかし、それは、彼自身が、自らに課した、最後の誠実さだったのかもしれぬ。
会議室の窓から、市ヶ谷の梅雨空が見えた。
灰色の雲が、低く、流れていた。
俺の頭の中に、ふと、井桁参謀長の十文字が、よぎった。
「デキナイコトハ、デキナイノダ」
いま、市ヶ谷台の会議室で、ようやく、中央が、その十文字を、自らの口で復唱しているのだった。
―――――――――――――――――――――
十一
午前十一時過ぎ。
すべての可能性が、検討され、消去された。
最後に、真田部長が、深く息を吐かれた。
「……結論を、申し上げる」
お声は、低く、しかし、明瞭だった。
「サイパン島奪回作戦――これを、断念する。
……陸海軍合同研究の、結論である」
会議室に、再び、深い沈黙が落ちた。
誰も、頷かなかった。
誰も、反対しなかった。
ただ、全員が、卓の上を、見つめていた。
絶対国防圏。
昨年九月御前会議で、陛下御臨席のもと、定められたわが帝国の最終防衛線。
その中核――マリアナ諸島サイパン島。
いま、この瞬間、紙の上から、消えた。
俺は、お眼を伏せた。
(……陛下)
心の中で、ただ、それだけを、呼びかけた。
俺の脳裏に、酒井先生のお言葉が蘇った。
「いかにして、上手に、敗けるか」
いま――俺たちは、その「上手な負け方」を選ぶための最初のしかし最も重い一歩を踏み出した。
―――――――――――――――――――――
十二
会議が終わった後、俺は、廊下に出た。
市ヶ谷の廊下は、いつものように、軍靴の音が響いていた。
しかし、その音が、なぜか、いつもより遠く聞こえた。
窓の外、梅雨の空気が、重く淀んでいた。
橋本が、横に並んだ。
「課長」
「うむ」
「……これから、いかがなさいますか」
「真田部長と秦次長に上申する」
「は」
「我々の、第三案の改訂版を。
……ドイツ崩壊と同時に、わが国も終戦を図らねばならぬ。
国体護持のみを条件に。
……そして、ソ連を通じた対米英外交の基礎を作らねばならぬ」
橋本は、深く頷いた。
「拝承いたしました」
彼のお眼の奥に、新しい光が宿っていた。
怒りではなかった。
決意だった。
(この男も、いつか、書きつけることになるだろう)
俺は、思った。
(今日、この瓦礫の中で、俺たちが何を見たのか――それを、紙の上に、刻みつけることになるだろう。
……それが、戦争指導班としての、最後のせめてもの矜持となる)
―――――――――――――――――――――
十三
会議室を出た真田部長が、廊下の向こうに、ひとり佇んでおられた。
窓辺に立ち、灰色の梅雨空を見つめておられた。
その背中は、いつもよりひと回り小さく見えた。
俺は、足を止めた。
(部長閣下)
心の中で、呼びかけた。
(あなたは、五ヵ年長期戦争指導計画を構想された。
……一九四八年末に、わが国は、ようやく終戦を迎えるはずだった。
……されど、その計画は、いま、消えた)
(あなたが、必勝の建前として背負ってこられた巨大な壁。
……その壁は、いま、現実の音を立てて崩れた)
真田部長は、振り返らなかった。
俺の存在に、お気づきにならなかったのか――それとも、お気づきになりつつ、振り返ることが、できなかったのか。
わからなかった。
俺は、そっと、その場を離れた。
午後、俺は、正式に部長室を訪ねる。
そこで、第三案の改訂版をお渡しする。
その時、真田部長はいかなるお返事をされるか。
俺は、知らなかった。
しかし、ひとつだけ確信していた。
今朝のお会議室で見たあのお眼の疲れは、もはや、隠せぬ深さに達している。
そして、その疲れは、午後のお部屋でも続いているはずだ。
壁は、悉く、崩れた。
次は、その瓦礫の中から、皇国を救い出す番だった。
俺は、市ヶ谷の廊下を、ゆっくりと歩いた。
軍靴の音が、自分のものとは思えぬほど、遠くで響いていた。
ふと、晴気の軍靴の音が、耳の奥で蘇った。
まるで、足が地に着いていないような、あの奇妙な軽さの音。
(晴気よ……硫黄島にて、生きておるか)
俺は、灰色の梅雨空を仰ぎ、しばし、その場に、立ち尽くした。
(つづく)
―――――――――――――――――――――
【後書き】――加瀬俊一(外務省秘書官)の回想
六月二十三日の朝、わたくしは華族会館で松平閣下と再会し、午後には米内大将を訪ねた。
米内閣下は、サイパンの失陥を「最悪の不幸」と呼ばれ、戦争継続の意義は、もはや無いと、明言された。
その日の夜、わたくしの胸に去来したのは、ただ一つ。
市ヶ谷台で、松谷さんは、いま、何を見ておられるのか――。
翌日、彼が真田部長と秦次長に、決死の上申を行ったことを、わたくしは後日、彼自身の口から聞いた。
そして、その六日後、彼が東條閣下に直訴を敢行したことも。
しかし、それはまだ、先の話だ。
次回――真田・秦への上申の前に、市ヶ谷台で、もう一人の男が、燃え上がる。
戦争指導班員、橋本正勝少佐。
彼が機密戦争日誌に書きつけた、あの激烈な一文――「自慰的自負心の罪」「将帥の性格と作戦の帰趨」――。
日本の軍中枢において、これほど痛烈な批判が、公式の日誌に書きつけられた瞬間を、わたくしは他に知らぬ。
どうぞ、お見届けくださいませ。
【人物紹介】(歴史初心者向け)
真田 穣一郎(さなだ じょういちろう、1897年-1957年)
陸軍少将(本話時、参謀本部第一部長=作戦部長)。長野県出身、陸幼・陸士三十一期・陸大三十九期卒。「五ヵ年長期戦争指導計画」を構想し、1948年末頃に対米戦の終戦を迎えるという長期持久論を主導。本話の6月23日午前、自らの構想の根幹であった絶対国防圏の中核の奪回を、自らの口で「断念」と発する。
服部 卓四郎(はっとり たくしろう、1901年-1960年)
陸軍大佐(本話時、参謀本部第二課長=作戦課長)。山形県出身、陸幼・陸士三十四期・陸大四十二期卒。徹底抗戦論の中核。外柔内剛・断固たる主戦論者として知られる。本話では、奪回不能と内心では理解しつつ、すべての可能性を自らの手で消去するまで承諾しない男として描かれる。
晴気 誠(はるけ まこと、1907年-1945年) ※本話で本格登場
陸軍少佐(本話時、参謀本部作戦課参謀、サイパン作戦主務者)。陸士四十六期。極めて責任感が強く、「水際撃滅主義」に基づくサイパン防衛作戦を立案・指導。米軍上陸の一報を受けて「海軍がじゃない。大和魂だ」と怒号。サイパン陥落の責任を一身に背負い、東條英機参謀総長に現地直接指導を直訴して軍刀を授かるが、硫黄島から先へは進めず失意のうちに帰還。沖縄戦中も特攻志願を試みる。終戦の二日後、昭和二十年八月十七日朝、陸軍省内大正天皇御野立所にて、軍刀で割腹後、拳銃で自決。遺書には「サイパンにて散るべかりし命を、今日まで永らえてきた予の心中を察せられよ」と記された。本作中、彼は単純な楽観論者ではなく、「責任感ゆえに自らを許せなかった悲劇の若き参謀」として描かれる。
参謀本部第七課(支那)課長の晴気慶胤大佐は実兄。
井桁 敬司(いげた けいじ、1894年-1964年) ※本話で言及
陸軍少将(本話時、第三十一軍参謀長)。第三十一軍司令官・小畑英良中将不在時、サイパン防衛の実質的指揮官。本話の6月21日、大本営からの増援なき「天皇ヨリ井桁敬司ニ司令ス。アスリート飛行場ヲ死守スベシ」の命令に対し、「デキナイコトハ、デキナイノダ」と怒りの返電を打つ。日本軍史上、もっとも痛烈な現地から中央への返電の一つとして知られる。
小畑 英良(おばた ひでよし、1890年-1944年) ※本話で言及
陸軍中将(本話時、第三十一軍司令官)。サイパン来襲時、外地視察中で不在。東條参謀長からはサイパンに戻るよう指令されるも米軍の包囲厳しく断念。後日、グァム島で玉砕。
小沢 治三郎(おざわ じさぶろう、1886年-1966年) ※本話で言及
海軍中将(本話時、第一機動艦隊司令長官)。マリアナ沖海戦における日本機動部隊の指揮官。本話の6月19~20日、約四百機の艦載機と空母三隻を失う壊滅的敗北を喫する。後の海軍最後の連合艦隊司令長官。
豊田 副武(とよだ そえむ、1885年-1957年) ※本話で言及
海軍大将(本話時、連合艦隊司令長官)。「あ号作戦」を発動。マリアナ沖海戦の最高指揮官。
中澤 佑(なかざわ たすく、1894年-1977年)
海軍少将(本話時、軍令部第一部長)。山口県出身、海兵四十三期、海大甲種卒。マリアナ沖海戦の壊滅を、本話の合同研究で報告する。
山本 親雄(やまもと ちかお、1898年-1970年)
海軍大佐(本話時、軍令部第一課長=作戦課長)。本話会議に陪席。
―――――――――――――――――――――
【用語集】
「あ号作戦」(あごうさくせん)
マリアナ沖海戦における日本側の作戦呼称。連合艦隊が乾坤一擲の決戦を期して発動した、米機動部隊撃滅作戦。
マリアナ沖海戦(まりあなおきかいせん、1944年6月19~20日)
米軍機動部隊と日本連合艦隊機動部隊が、マリアナ諸島沖で激突した海戦。日本側戦力は空母九隻・艦載機四百七十三、米側戦力は空母十五隻・艦載機八百九十一と、約二倍の戦力差。日本側は最新鋭空母「大鳳」、ベテラン空母「翔鶴」「飛鷹」を喪失、搭載機約四百機を損耗。
「アウトレンジ戦法」(あうとれんじせんぽう)
日本機の航続距離(三百マイル以上)が米機(二百マイル以下)よりも長いことを利用し、敵の射程外から先制攻撃を加える戦法。マリアナ沖海戦で日本海軍が採用したが、米軍の高性能レーダーに早期発見され、F6F戦闘機の高高度待機による迎撃と、VT信管(近接信管)の対空砲火により、攻撃隊は壊滅的損害を受けた。
「F6F」(エフろくエフ、ヘルキャット)
米軍の主力艦上戦闘機。グラマンF6Fヘルキャット。日本側のゼロ戦に対し、防弾装備、速度、火力で圧倒的優位に立ち、太平洋戦争後半の制空権を米軍に与えた決定的な兵器。
「VT信管」(ブイティーしんかん、近接信管)
米軍が太平洋戦争中盤から実戦投入した最新兵器。砲弾の中に超小型レーダーを内蔵し、目標から一定距離以内に入ると自動起爆する仕組み。対空砲の命中率を飛躍的に高め、原子爆弾に匹敵する画期的兵器と評された。本話のマリアナ沖海戦における日本攻撃隊の壊滅の主因の一つ。
「アスリート飛行場」(アスリートひこうじょう)
サイパン島南部の航空基地。本話時、米軍の手に落ちる瀬戸際にあり、大本営からの「死守命令」の対象となった。米軍がここを確保することで、B-29爆撃機による日本本土爆撃の前進基地となる戦略的要衝。
第三十一軍
サイパン・テニアン・グァムを含むマリアナ諸島の防衛を担当した日本陸軍の野戦軍。司令官・小畑英良中将。本話時、小畑は外地視察中で不在のため、参謀長の井桁敬司少将が実質的な指揮にあたっていた。
「水際撃滅主義」(みずぎわげきめつしゅぎ)
敵の上陸部隊を、海岸線(水際)で撃破する伝統的な日本陸軍の島嶼防衛思想。サイパン作戦主務者の晴気誠少佐は、この思想に基づき、第四十三師団の砲兵を海岸沿いに密集配置した。しかし米軍の圧倒的な艦砲射撃と航空攻撃により水際の砲兵は早期に制圧され、上陸を許した。サイパン以降、日本陸軍は内陸での縦深防御へと方針を転換することになる。
「天皇ヨリ井桁敬司ニ司令ス」
通常、天皇のお名による命令は参謀総長の上奏を経て大本営命令として下達されるが、本話の6月21日のサイパン死守命令は、これを大幅に逸脱した形式で打電された。増援を一兵も送らない中央が、現地に「死守」だけを強要する構造を象徴する。
大本営陸海軍部合同研究(だいほんえい りくかいぐんぶ ごうどうけんきゅう)
陸軍と海軍の作戦中枢が集まり、戦況を共同で分析・判断する会議。本話の6月23日午前の合同研究では、サイパン奪回作戦の継続が事実上不可能であることが確認され、奪回断念が決定された。翌24日には東條参謀総長と嶋田軍令部総長から昭和天皇に上奏され、6月25日の異例の元帥府会議を経て、最終的に裁可される。
絶対国防圏
1943年9月の御前会議で決定された、対米戦における最終防衛線。千島・小笠原・内南洋(マリアナ・カロリン諸島)・西部ニューギニア線を結ぶライン。サイパン・テニアン・グァムなどはこの圏域の中核拠点。本話の6月23日、その中核の一つであるサイパンの奪回が断念されたことで、「絶対国防圏」思想は事実上、瓦解した。
「五ヵ年長期戦争指導計画」(ごかねんちょうきせんそうしどうけいかく)
真田穣一郎が作戦部長として構想した戦争指導の長期計画。1947~48年頃を対米戦の決戦時期、1948年末を一応の終戦の目安とする、極めて長期的な戦争構想。本話の6月23日、その根幹であった絶対国防圏の中核を失ったことで、構想は事実上、消滅する。
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(第23話につづく)




