第21話「サイパンへの不穏な予感」
【前書き】(加瀬俊一より)
戦後何十年経っても、私は昭和十九年の春から初夏にかけてのあの数か月を、ある種の悪夢として思い出す。
ノルマンディーに連合軍が上陸した報を聞いた朝、私は外務省の窓から皇居を見下ろしていた……欧州の地図が塗り替わる音が、耳の奥で鳴っていた。
あの頃、市ヶ谷台では一人の男が、誰よりも早く、誰よりも深く、敗北を見据えていた。
松谷誠――陸軍参謀本部戦争指導班長。
彼は陸軍中央という巨大な岩盤の中で、たった一人、亀裂を見つめ続けていた。
壁が崩れる音は、外からは聞こえない。
崩れる側にいる者にしか、聞こえないのだ。
虎号兵棋が描いた幻と、サイパンに向かう米機動部隊の影と――その狭間で松谷さんが何を考え、何をしようとされたのか。
どうか、ご一読いただきたい。
【本文】
昭和十九年四月四日。
市ヶ谷台、参謀本部第一五課――戦争指導課の一室。
窓の外では桜の蕾がほころびかけていたが、それを愛でる余裕など、誰にもなかった。
俺は『機密戦争日誌』を前に、ペンを止めていた。
書くべき言葉は、頭の中で既に決まっている。
ただ、それを記すのに、奇妙な躊躇があった。
この一行は――陸軍中央においてはほとんど禁忌に近い文字列を、含むことになる。
俺は息を吐き、ゆっくりとペンを走らせた。
「対『ソ』施策たるや真に国体護持の外交にして、一歩を誤れば皇国の運命を決す」
書き終えて、しばらくその文字を眺めた。
国体護持。
皇室の保存。
この四文字が、いま俺の頭の中で全てを支配している。
「……課長殿」
顔を上げると、橋本正勝少佐が立っていた。
戦争指導班員。三十代半ば、骨ばった頬と射抜くような眼光を持つ。
俺がもっとも信頼している部下の一人だ。
「橋本か。何か」
「作戦課長の服部大佐が、また虎号の構想を引き合いに出して、若い参謀どもを叱咤しておられました。『昭和二十一年に総反攻』と」
橋本の声に、抑えきれない苛立ちが滲んでいた。
虎号兵棋――昨年十二月、服部が主宰した図上演習。
昭和十九年は絶対国防圏で持久、二十年は局部攻勢を交えて持久、二十一年に全戦力をもって大攻勢――そういう構想だった。
俺はあの時から既に、この構想を信じていない。
「橋本」
「あれは作戦の計画ではない。願望の演習だ」
橋本は唇を噛んだ。
「課長殿、よろしいのですか。そのような言葉を……」
「ここで言わずに、どこで言う。
……我々は、戦争指導の主務幕僚だ。
願望と作戦を取り違えれば、皇国は滅ぶ」
橋本は無言で頷いた。
窓の外、市ヶ谷の広場を歩く軍靴の音が、不思議なほど鮮明に耳に届いた。
*
四月某日――俺は霞が関の外務省を訪ねた。
外相秘書官室。
扉を開けると、加瀬俊一が立ち上がって出迎えた。
「やあ、松谷さん。お待ちしていましたよ」
あいかわらず、洗練された物腰だ。
仕立ての良い背広、磨き上げられた革靴、そして英国仕込みのなめらかな所作。
この男が、陸軍と最も対極の世界に生きていることが、ひと目でわかる。
しかし、俺はこの男の本質を知っている。
目の奥に、刃のような光があるのだ。
国を救うためなら、自分の身を顧みない――そういう種類の光が。
「重光大臣はご在京か」
「ええ。連日、貴族院対策に追われておられます」
加瀬は声を低めた。
「松谷さん。貴族院書記官長の小林次郎さんが、僕に貴族院書記官を兼任せよと言ってきましてね」
「反東條の自由主義者を糾合する……そのための布陣ですな」
俺は煙草を取り出して火をつけた。
部屋に紫煙がゆっくりと立ち昇る。
外務省の煙草の匂いは、市ヶ谷のそれとは違う。
甘く、どこか異国めいている。
たぶん舶来の銘柄なのだろう。
「加瀬さん。一つ、お伺いしたい」
「なんなりと」
「貴公は……皇室をどう思われる」
加瀬は一瞬、虚を突かれたような顔をした。
「藪から棒に、何を仰る」
「いや、藪からではない。
……俺は、最近、こう考えるに至った。
もはや戦争の勝利は望むべくもない。
ただ、皇室だけは、残さねばならぬ。
……他の条件は、無条件に近くともよい」
部屋の空気が、凍りついた。
加瀬は煙草を持つ手を止めて、俺をじっと見た。
長い、長い沈黙のあと、彼は静かに言った。
「松谷さん」
「あなたは……陸軍にいるべき人ではない」
その声には、皮肉も嘲りもなかった。
ただ、深い、深い同情と――同志の温度があった。
「重光大臣も、似たお考えです。
ただ、軍人の口からその言葉を聞いたのは、僕は初めてです。
……ありがとう。あなたが孤独でないことを、覚えておいてください」
俺は煙草の灰を落とした。
窓の外、桜の花びらが一枚、舞い落ちていった。
*
その春、俺はひとつの会を仕掛けていた。
赤坂溜池の高台に建つ、山王ホテル。舶来風の堂々たる洋館である。陸海軍の作戦調整を名目に、両軍の中枢を担う有力幕僚を集め、定期的な会合を開いていた。
陸軍からは俺と、作戦課長の服部卓四郎、軍事課長の西浦進、軍務課長の二宮義清。海軍からは藤井茂、大前敏一、軍令部作戦課長の山本親雄、それに矢吹。いずれも陸海軍中央の精髄と呼ばれる男たちだ。時には、総理であり陸相でもある東條閣下の秘書官・赤松貞雄が、顔を出すこともあった。
赤松が来ると、座の空気がわずかに締まる。誰もが、東條閣下の耳がそこにあることを、意識した。俺は、それでよかった。この会で誰が何をどこまで認めたか――その断片が赤松を通じて東條閣下に届くなら、それもまた、布石のひとつになる。
表向きは、対立しがちな陸海両軍の協力体制を固めるための調整会議。
しかし、俺の真の狙いは、別にあった。
この主戦派の秀才たちに、敗戦が必至であるという現実を、自らの頭で悟らせること。俺が結論を押しつけても、彼らは反発するだけだ。だから深夜にまで及ぶ議論の中で、数字を一つずつ積み上げ、彼ら自身が限界に行き着くように、仕向けた。
夜更けの一室。
卓上には、戦況図と、空になったコーヒーカップが並んでいた。
「船舶損耗、本月末までの累計、四百万トンを突破する見通しです」
俺は淡々と数字を読み上げた。
誰も口を開かない。
服部は腕を組み、眉間に皺を寄せている。顔色は、いつもより悪い。
「松谷君」
「君の言うことは、わかる。だが数字を並べて何になる。戦争は、数字でやるものではない」
「では課長は、何でやられるおつもりですか。精神で、船舶を増やせますか」
俺はわざと丁寧に問い返した。
服部の顔が、一瞬、強張った。
西浦が、咳払いをして場を和らげようとした。
「まあまあ。我々は同じ船に乗っている。松谷の数字も、服部の精神も、どちらも欠けては戦にならぬ」
俺は軽く頭を下げた。しかし腹の底では、こう思っていた。
――西浦よ、その船は、もう沈み始めているのだ。
会がはねた後、自室に戻ると、廊下から海軍の山本親雄が訪ねてきた。藤井、大前も後ろに続いている。
「松谷さん」
「俺たちも、内心ではわかっているんだ」
山本の声は、囁くようだった。
「だが口にすれば、職を失う。命も危うい。あなたは、どこまでやる気だ」
俺は暗い窓の外を見た。灯火管制の街は、墨を流したように真っ暗だった。
「行けるところまでだ」
「死ぬぞ」
「死んでも、誰かが残る」
藤井が、低く笑った。哀しい笑い方だった。
「あんたは、阿呆だ。だが、その阿呆が、いま日本を支えているのかもしれん」
幾夜もこの会を重ねるうちに、彼らはやがて、軍事情勢が全く絶望であることを、しぶしぶ認めるに至った。
俺はその夜、ほとんど眠れなかった。窓の外で、東京の夜風が鳴っていた。
*
会合の翌朝、俺はその足で、霞が関の外務省へ向かった。
山王ホテルで明らかになった軍の真の戦力――そこで主戦派の秀才たちが、ついに口に出せずとも腹の底で認めた絶望。それを、加瀬に伝えるためだった。陸軍の中では、決して言葉にできぬことだ。
外相秘書官室。加瀬は俺の話を、黙って聞いていた。
「松谷さん。つまり、軍の中枢でさえ――もう、勝てぬと知っている、と」
「腹の底ではな。口にはせぬ。口にした瞬間、その者は終わる」
加瀬はしばし、煙草の煙を見つめた。
「外交以外に、活路はありませんね」
「ああ。ほかに道がない」
俺たちは、この日から、いっそう頻繁に意見を交わすようになった。早期終戦の方策について、隔てなく相談できる間柄になっていった。
軍の最深部が絶望している――この一事が、加瀬の手を通じて、やがて重臣や宮中を動かす土台となる。俺は、そう信じていた。
しかし――抗戦の熱は、その下の少壮の将校たちに、確実に移りつつあった。
それは、危険な兆候だった。
*
六月六日。
欧州方面、連合軍がノルマンディーに上陸した。
第二戦線。
ヒトラーが恐れ続けてきた、東西からの挟撃が、ついに現実となった。
俺は『機密戦争日誌』に短く記した。
「枢軸の崩壊、最早、時間の問題なり」
ペンを置き、俺は天井を仰いだ。
戦争指導の要訣は、目的の確立、進軍限界の規制、終戦方策の把握――酒井先生の声が、耳の奥で響いた。
目的は、もはや勝利ではない。
国体護持。
ただ、それだけだ。
*
六月十日。
俺は橋本を伴って、伊豆山に向かった。
目的は、毛里英於菟。
革新官僚として知られ、戦後の国家再建を秘かに構想している男である。
箱根を越え、相模湾の青が車窓に広がった時、俺はふと、潮の匂いを吸い込んだ。
戦争のない海の匂い。
それは、もうこの国のどこにも、無いのかもしれなかった。
毛里の借家に着き、簡素な座敷で向かい合う。
「松谷さん。ノルマンディーをどうご覧ですか」
「ドイツは、本年中に崩れます」
「……日本は」
「ドイツの崩壊と同時に、終戦の手を打たねば、皇国は持ちません」
毛里は、深く頷いた。
「松平秘書官長(注:松平康昌・内大臣秘書官長)からも、似た見立てを伺っています。
宮中もまた、揺れていますよ。松谷さん」
俺は息を呑んだ。
松平の名は、俺の中で重い意味を持つ。
あの方は、温容で頭脳明晰な品格を備えた紳士だ。
西園寺公の系譜、自由主義者たちの信頼厚き――宮中の良心。
昨年秋以来、俺は時折、戦局の真相のみを松平にお伝えしていた。
あからさまに「終戦」を口にしたことは、まだ、ない。
しかし、お互いに察してはいた。
(壁が、内側からも、崩れはじめている)
俺は座敷の障子を見つめた。
そこに射す柔らかな光が、不意に、神々しく感じられた。
*
戦争指導班に戻ると、橋本が「情勢推移研究資料」の甲案・乙案を仕上げていた。
甲案――独軍が第二戦線の撃退に成功した場合。
乙案――独軍が不利に展開した場合。
しかし、俺たちには結論はわかっていた。
乙案――いや、乙案以下の最悪のケースこそ、現実なのだ。
「橋本」
「貴公、最近、よく眠っておるか」
「……いえ、課長と同じくらいには」
「ふん。同病相憐れむ、というやつだな」
橋本は微かに笑った。
それから、笑いを引き締めて、低く言った。
「課長殿。作戦課が、おかしい」
「なんだ」
「服部課長も、晴気誠少佐(注:作戦課作戦担当)も……サイパン来攻について、絶対の自信を口にしておられます。
『この堅固なる正面に猪突し来れるは敵の過失にして必ず確保し得べし』と」
俺は目を閉じた。
「……晴気は、なんと」
「『今度サイパンへ送った師団の装備は、満州の第一線師団の二倍にしてあるから、十分自信があります。
たとい海軍航空がゼロになっても、絶対敵を叩きだしてみせる』と」
俺は奥歯を強く噛みしめた。
(自慰的自負心の罪――)
この一語が、頭に浮かんだ。
いずれ、日誌に書きつけねばならぬ言葉だ。
制空・制海権がない孤島で、装備が倍あったところで何になる。
補給は来ない。
航空援護は無い。
ただ、玉砕あるのみだ。
それを「絶対確保し得」と言い切る神経――。
これは、もはや軍事ではない。
信仰だ。
*
六月十四日、夜。
市ヶ谷台の戦争指導課室。
俺は窓辺に立ち、東京の灯火管制の闇を見つめていた。
明日――いや、おそらく今夜のうちにも、米軍はサイパンに上陸する。
絶対国防圏の中核。
あそこを失えば、東京はB-29の射程に入る。
扉を叩く音がした。
「課長殿、外務省より使い者です。加瀬秘書官からの口頭伝言です」
若い参謀が、緊張した声で告げる。
「読め」
「は。
――『松平秘書官長と話した。宮中も、ドイツ崩壊と日本の収拾を、考え始めておられる。
焦るな。しかし、止まるな。
加瀬』」
俺は微かに、笑った。
(止まるな、か)
加瀬らしい言葉だった。
窓の外で、サイレンが鳴った。
遠い、遠い空襲警報の予兆。
しかし、夜風はまだ穏やかだった。
梔子の花の匂いが、微かに、市ヶ谷台に漂っていた。
俺は呟いた。
「壁は、悉く崩れる」
誰に聞かせるでもない言葉だった。
虎号兵棋が描いた昭和二十一年の総反攻。
絶対国防圏。
不沈母艦の思想。
大陸打通作戦の幻。
主戦派の矜持。
全ての壁が、これから音を立てて崩れていく。
俺は知っていた。
そして、その崩壊の音を、最も冷徹に聞き取らねばならぬ位置にいるのが――俺なのだ。
戦争指導の主務幕僚として。
国体護持の最後の番人として。
俺は窓を閉めた。
明日が、来る。
(つづく)
【後書き】(松平康昌より)
僕は、長らく宮中の片隅にあって、多くの軍人とお会いしてまいりました。
その中で、松谷大佐ほど、孤独を背負った方を、僕は知りません。
昭和十九年の春から初夏、彼は陸軍中央という巨大な迷宮の只中で、たった一人、出口を探しておられました。
壁を叩き、亀裂を探し、そして、まだ見ぬ同志に向かって、声なき声を発しておられた。
僕と松谷さんが、初めて「終戦」の二文字を、互いの口から発するに至るのは、もう少し先の話です。
しかしこの時期、松谷さんは既に、僕へ戦局の真相を、極秘裏に伝えてくださっていた。
あれは、相手の良心を信じきった者にしかできぬ、危険な行為でありました。
■ 人物紹介
晴気誠(はるけ・まこと、1912年〜1945年)
陸軍少佐(本話時、参謀本部作戦課サイパン作戦担当)。「絶対敵を叩きだしてみせる」と豪語した楽観論者。
西浦進(にしうら・すすむ、1901年〜1970年)
陸軍大佐(本話時、陸軍省軍事課長)。穏健派とされる実務官僚軍人。
二宮義清(にのみや・よしきよ、生年不詳〜没年不詳)
陸軍大佐(本話時、陸軍省軍務課長)。
毛里英於菟(もうり・ひでおと、1902年〜1947年)
革新官僚、企画院出身。本話当時、戦争指導や戦後国家再建構想に関与。
■ 用語集
虎号兵棋
1943年12月下旬、服部卓四郎作戦課長が主宰した大規模な図上演習。「昭和十九年は持久、二十年も持久、二十一年に総反攻」という長期構想を陸軍中央に共有させ、主戦派の結束を固めるために行われた。客観的に見れば極めて楽観的な構想であり、実際に予測通りに進むことはなかった。
絶対国防圏
1943年9月の御前会議で決定された、対米戦における最終防衛線。サイパン・テニアン・グァムなどのマリアナ諸島を含む。本話の終わりで米軍はその中核サイパンに来寇しようとしている。
大陸打通作戦(一号作戦)
1944年4月から実施された約50万人規模の大陸での攻勢作戦。中国大陸の米空軍基地覆滅と南北鉄道路の打通を狙った。これに兵力を割いた結果、太平洋方面(サイパン等)の防備が手薄となった。
ノルマンディー上陸(1944年6月6日)
米英軍を主体とする連合軍がフランス北西部ノルマンディー海岸に上陸した、第二次世界大戦の決定的な転機。これにより同盟国ドイツの敗北は時間の問題となった。
山王ホテル
日比谷公園近く、赤坂溜池の高台に建っていた高級ホテル。本話では陸海軍課長クラスの定例会合場所として使われ、5月25日の空襲で被災した。二・二六事件で青年将校たちがクーデターの本部として使用した。
サイパン島(マリアナ諸島)
絶対国防圏の中核拠点。失陥すれば米軍のB-29爆撃機が日本本土を空襲できるようになる戦略的要衝。本話の終わりに米軍が上陸を開始しようとしている。
■ 史実と創作について
【史実に基づく部分】
・松谷誠が参謀本部戦争指導班(第二十班)の班長として、対ソ施策をめぐる戦争指導方策の検討に携わっていたこと、班の文書に「国体護持」を基軸とする方針が示されていたこと(種村佐孝『大本営機密日誌』、松谷誠『大東亜戦争収拾の真相』、山本智之『主戦か講和か』)。
・服部卓四郎作戦課長が前年十二月に図上演習(虎号兵棋)を主宰し、「昭和十九年は持久、二十年も持久、二十一年に総反攻」という長期構想を陸軍中央に共有させ、主戦派の結束を固めようとしたこと(山本智之『主戦か講和か』)。
・昭和十九年六月のノルマンディー上陸により同盟国ドイツの敗北が時間の問題となり、絶対国防圏の中核であるサイパンに米軍が迫りつつあったこと。
・松谷が外務省の加瀬俊一と接触を保ち、陸軍中央でなければ得られない戦力の実態や部内の空気を外部に伝え、逆に陸軍では知り得ない情報を得ていたこと。両者が「作戦と外交の緊密化」に共鳴する間柄であったこと(松谷誠『大東亜戦争収拾の真相』、加瀬俊一『加瀬俊一回想録』)。
・山王ホテルが陸海軍中堅幕僚の作戦調整・定例会合の場として使われていたこと。
【創作部分】
・四月四日という日付の特定、橋本正勝少佐との会話、山王ホテルの研究会での服部卓四郎・西浦進ら出席者の表情や具体的なやり取り、外相秘書官室での加瀬との会話の細部は、史実の趣旨を踏まえて本作で構成した創作です。
・加瀬の前書きの独白、松平康昌の後書きの語りや内面、各場面の情景描写は創作です。
■ 参考文献
松谷誠『大東亜戦争収拾の真相』芙蓉書房、1980年
種村佐孝『大本営機密日誌』芙蓉書房、1952年
軍事史学会編『大本営陸軍部戦争指導班 機密戦争日誌』錦正社、2008年
山本智之『主戦か講和か 帝国陸軍の秘密終戦工作』新潮社、2013年
加瀬俊一『加瀬俊一回想録 上』山手書房、1986年




