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俺たち終戦四人組ー太平洋戦争を終結に導いた官僚たちの戦いー  作者: 房吉


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第19話「服部卓四郎作戦課長との対決」

【前書き】(加瀬俊一より)


加瀬俊一、外務省北米局北米第一課長(兼外相秘書官)である。


昭和十九年三月十七日の夜、松谷さんが、わたくしの待つ霞町の小料亭の二階に上がってこられた時、あの方の御顔は、いつもより、青白かった。


されど、お眼の奥には、奇妙な光が、宿っていた。


絶望の光ではない。さりとて、希望の光でもない。


何か、もっと深い、岩盤の底まで透徹したような――そう、あれは、敗北を、はじめて、御自分の手で、肌の上に触れられた人間の、お眼の光であった。


あの夜、わたくしと松谷さんは、四方の地下水脈について、長く語り合った。

そして、わたくしは、松谷さんの腹の底に、これまで以上の深い、しずかな、静かな決意が、根を張りつつあるのを、感じた。


封じ込められた紙は、燃やされたのではない。土の下に、埋め直されたのだ――松谷さんは、御自身に、そう言い聞かせておられた。


昭和十九年(一九四四年)、三月十七日、午前八時。


市ヶ谷台、参謀本部、第二課作戦課長室の前。


俺は、扉の前に立った。


第三案の綴りは、すでに、服部卓四郎大佐の手元に渡っている。


これから俺は、その綴りを、引き取りに行く。そして、服部の口から、第三案への所感を、直接、聴く。


俺は、深く息を吸った。


廊下の窓から差し込む朝の光が、冷たく床を照らしていた。三月の市ヶ谷台は、まだ、冬の最後の硬さを、残している。


扉を、叩いた。


「松谷大佐、入ります」


    *


部屋の中、服部大佐は、机に向かっておられた。


第三案の綴りが、机の上に、開かれていた。


俺の入室を、お眼の端で、わずかに認められた。されど、(おもて)を、お上げにならぬ。


手にした万年筆が、罫紙の余白を、走り続けている。


俺は、机の前に直立した。


しばらく、部屋に、ペンの音だけが、続いた。


服部のお手元の万年筆は、太い、決定的な筆致で、罫紙の余白に、何かを書き込んでおられる。時折、紙の上を、軽く撫でるように、丁寧に文字を直しておられる仕草も、見えた。


文字を、直しておられる――。


俺は、わずかに、その仕草に、眼を留めた。書込ではなく、本文の文字そのものを、お直しになっておられるように、見えた。


やがて、服部はペンを置かれた。お眼を上げ、俺を見、軽く、微笑された。


その微笑が、なぜか、寒気を呼んだ。


「松谷大佐、お待たせした。ま、お掛けなされ」

「は」


俺は、勧められた椅子に、腰を下ろした。


服部は、机の向こうから、御自分の煙草盆を引き寄せられた。話し方は、低く、抑制されていた。お眼差しは、穏やかであった。


されど、その穏やかさの底に、決して譲らぬ岩のような何かが、沈んでいた。


あらかじめ伺っていた評の通りであった。


「外面はおとなしいが、心中は意志が固い」


――陸軍省の若い幕僚たちが、この男のことを、そう、ささやいていた。


俺は、心の中で、もう一つ、思い起こした。


ノモンハン事件の作戦立案者。開戦時の作戦課長。ガダルカナル戦の作戦失敗で、いったんは連隊長に左遷されながら、東條閣下の御信任で、わずか十か月後に、再び作戦課長として、参謀本部に戻ってきた男。「不死鳥」と、陰で呼ばれている。


俺は、姿勢を正した。


    *


「松谷大佐」


服部は、ゆっくりと、口を開かれた。


「貴官の御研究、昨夜から、丹念に、拝読しておった」


「は」


「実によく、出来ておる」


俺は、警戒した。


「実によく、出来ておる」――この一句の後ろに、必ず、刃が、隠されている。


「ところで、貴官の御研究を読み進めるうち、いくつか、気になる点が、ござった」


「は」


服部は、机の上の綴りを、軽く、お繰りになった。


「まず、誤字や抜けのある個所が何か所かお見受けいたした。すべてお直しいたしました」

俺は、しばし、声を出せなかった。


服部の声には、微塵の感情も、含まれていなかった。淡々と、机の上の事務処理を、報告するような口調であった。


俺の腹の底で、奇妙な感覚が、走った。


服部は、第三案を、隅から隅まで、読み込んでおられる。それも、内容の論争のためだけではない。文字の一つ一つの、誤字の一つ一つまで、許さぬ。几帳面な、潔癖な知性で、紙の上を、走査(そうさ)しておられた。


俺の戦争指導班が、何日も徹夜して書き上げた研究文書を――徹底抗戦論者の作戦課長が、誤字まで丹念に直して、お返しになる。


これは、論争以前の、何か、もっと深い、不気味なものを、感じさせた。


服部の徹底抗戦論は、決して、感情論ではない。粗雑な精神論でも、ない。むしろ、整然たる、几帳面な、潔癖な知性に、裏打ちされていた。


それゆえに、より、揺るぎないのである。


    *


「松谷大佐、誤字の訂正は枝葉末節にていいとして」


服部は、煙管に火を点けられた。煙が、薄く、立ち昇った。


「本論に、入りたい」


「は」


「率直に伺いたい」


服部は、煙を吐かれた。



「貴官は、わが帝国陸軍が、敗北すると、お考えか」



部屋の空気が、ぴんと、張りつめた。


俺は、しばし、答えなかった。


服部の問いは、抜き身の刃のような、率直さであった。「敗北すると、お考えか」――これは、戦争指導班の研究内容の核心への、最も鋭い、最も危険な、刃の問いである。


ここで「然り」と答えれば、敗北主義者として、作戦課で噂になる。それは、憲兵隊への通報をも、誘発しかねぬ。


(いな)」と答えれば、自ら第三案の前提を、否定することになる。

俺は、ゆっくりと、答えた。


「服部大佐殿。小官は、敗北を、研究しておるのではございませぬ」


「ほう」


「されど、絶対国防圏が、最悪の場合に、崩壊しうる――ということは、観察しております」


「観察、ね」


「観察と、希望とは、別のものでございます。観察を冷徹に行わずして、いかなる戦争指導も、立ち得ませぬ」


服部は、煙を、ゆっくりと吐かれた。


「立派な御答弁である」

「は」


「されど、松谷大佐」

服部は、煙管を、煙草盆の(ふち)で、コン、と叩かれた。


「観察と希望が別、というのは、そのとおりである」


「は」


「されど、観察した結果に基づいて、『ソ連を仲介者として、米英に妥協和平を申し込ませる』と、紙の上に書きつける――これは、もはや、観察ではない。これは、施策である。希望である。意志である」


「は」

「そして、その意志を、貴官は、紙の上に、書きつけた。これは――」

服部は、俺の眼を、じっと、見据えられた。



「敗北の意志である」



俺は、答えなかった。されど、退きもしなかった。


    *


「服部大佐殿。それでは、伺います」


服部は、わずかに、お眼を細められた。


「うむ」



「貴官は、絶対国防圏を、確保し得る、と、お考えでありますか」



服部は、即座に答えた。


「然り」

「中部太平洋方面、すなわちカロリン、マリアナ、小笠原。これを、現有兵力で、確保し得る、と」


「然り。陸軍は全力を挙げて、海軍を支援する。航空戦力の最高潮を、夏に持って来る。来攻する敵を、絶対国防圏の線で、撃滅する」


「では、撃滅し得なかった場合は、いかが」


服部の眉が、わずかに、動いた。



「松谷大佐、それは、考えるべきではない仮定である」



「考えるべきではないのか、考えてはならぬのか、いずれでありますか」

部屋に、しばし、沈黙が落ちた。

服部は、ゆっくりと、煙管に、もう一度、火を点けられた。


「松谷大佐、貴官は、参謀本部の戦争指導班長として、しごく、まっとうな問いを、立てておる。これは、認める」


「は」



「されど、立場が違えば、問いの意味も、違ってくる」



服部は、続けられた。



「わしは、作戦課長である。作戦課長が、『撃滅し得なかった場合』を口にすれば、その瞬間、第一線の将兵の士気は、地に落ちる。連隊長は、御自分の連隊を、どうやって、玉砕の覚悟まで持っていけるか――そこから、引き返せなくなる」



「拝承いたしました」


「故に、わしは、敗北を、口にせぬ。書きもせぬ。考えもせぬ。これが、作戦課長の規律である」


服部は、煙を、深く、吐かれた。

「貴官の規律と、わしの規律は、違う。貴官が紙の上で書けることを、わしは、書けぬ」


俺は、深く頷いた。

ここまでは、論理として、筋が通っている。

されど――服部の論理は、ここで、止まらない。


    *


「松谷大佐」

「は」


「されど、貴官の御研究には、もう一つ、わしが、看過し得ぬ点がある」


「お伺いいたしまする」


「貴官は、夏秋の候に、対米一撃を、と、書かれておる」


「然り」



「これが、いちばん、わしには、危ない」



俺は、息を、止めた。

服部は、煙管を、ゆっくりと置かれた。



「松谷大佐、貴官、狐狩りを、御存じか」



俺は、わずかに、首を傾げた。

「狐や狸を、巣穴から、追い出す猟法である。猟師は、巣穴の中まで、踏み込んで、相手と組み打ちは、せぬ」

「は」

「巣穴の入口で、火を焚き、煙を、ゆっくりと、流し込む。そして、待つ」

服部の煙管から、薄い煙が、立ち昇った。

「すると、巣穴の中の狐は、息が苦しくなり、やがて、自分の足で、外に、出てくる。猟師は、そこを、ゆっくりと、待ち構えて、撃つ」

「は」


「これが、いまの米軍の戦法である」


俺は、しばし、黙して、聴いた。


「米軍は、わが軍の絶対国防圏の、ただ中には、踏み込んでこぬ。代わりに、周辺の島から、また周辺の島へと、跳び石のように、進む。わが守備隊の補給を、海上で、絶つ。空からは、爆撃を、加える。じわじわと、息の根を、止めにかかる」


服部は、煙を吐いた。


「さて、巣穴の中のわが軍は、どうするか。じっと、籠もっていれば、補給が絶え、餓え、いずれ、降伏を、迫られる。されば、こちらから、外に、飛び出すしかない。決戦を、求めて、こちらから、出ていくしかない」


「は」


「外に飛び出した瞬間――そこが、米軍の、待ち構える戦場である。圧倒的な海軍と、圧倒的な航空隊と、圧倒的な物量で、こちらの主力を、各個に、撃破する」

服部は、俺の眼を、見据えられた。



「これが、米軍の煙り出し戦法である」



俺は、深く頷いた。理解は、した。


「松谷大佐、貴官の御研究では、夏秋の候に、対米一撃を、と、書かれておる」

「然り」


「それは、すなわち――こちらから巣穴を飛び出すことになる」


俺は、息を呑んだ。


「服部は、米軍の煙の前で、待ち構える猟師の側に、わが軍を、わざわざ、躍り出させようと、しておるのではないか――そう、貴官は、お考えではないか」


「は」


「これは、まさに、敵の希望する所である。猪武者の発想である」


服部は、煙管を、煙草盆の縁で、再び、コン、と叩かれた。

俺は、しばし、答えなかった。


    *


服部の論理は、正鵠(せいこく)を射ている部分が、確かに、あった。


米軍の戦法分析として、これは、間違っていない。米軍が、わが絶対国防圏の中心に、わざわざ正面から踏み込んでくる可能性は、低い。代わりに、周辺の島嶼から、


じわじわと、絞めてくる。これは、その通りである。


されど――


俺は、心の中で、応えた。


「服部大佐殿。貴官の論理には、一つの、致命的な前提が欠けております。すなわち――『時間』です。わが軍が、巣穴の中で、じっと、籠もっておれば――確かに、米軍は、すぐには踏み込んでこぬ。されど、時間が経つほどにわが国の国力は萎える」


「船舶は、減る。鉄は、底をつく。航空機の生産は、夏を頂点として、下降に転ずる。一方、米軍は、時を経るごとに強くなる。新造艦は、続々と就役する。航空機は、月産で、わが国の倍を超える」


「煙の中で待つ狐は、いずれ息が絶える。それが米軍の本当の狙いでござる。貴官は、米軍の煙り出し戦法の半分を見ておられる。されど、もう半分――『時間そのものが、米軍の武器である』という事実――を、見ておられぬ」


「夏秋の候に、対米一撃を求めるのは猪突ではござらぬ。陸海航空戦力の最高潮に達する、その最後の一瞬を、捕らえて、振るうのです。それを逃せば、もはや戦力は、二度と最高潮には戻らぬ」


されど、俺は、それを、声に出しては、申さなかった。

代わりに、こう答えた。


「服部大佐殿。米軍の戦法分析、確かに、お説のとおりでございます」


「ほう」


「されど――煙の中で、待つ狐はいつまでも息が続くわけではありませぬ。時を、待てば、わが軍は煙を浴び続けたまま、巣穴の中で息絶えるのみでございます」


服部のお眼が、わずかに、光った。


「松谷大佐、貴官は、それを、どこで、お読み取りになる」


「第三案、第四章、国力戦力推移の項に、すべて、数字で、書きつけておりまする。鋼材、アルミ、船舶、航空機――いずれも、本年七、八月の候を頂点として、下降に転ずる、という観察でございまする」


「数字、ね」


「然り。数字は、嘘を、つきませぬ」

服部は、ふっと、低く、笑われた。



「松谷大佐、貴官は、論理の人である」



「は」



「されど、戦争は、論理だけでは、勝てぬ」



服部は、ゆっくりと、椅子から、立ち上がられた。岩のような体躯が、机を回り、俺の前に、近づいてきた。



「貴官の御研究、丹念で、緻密である。されど、わしの腹の底には、一つも、響かぬ」



俺は、深く頷いた。


これは、論理の戦いではない。これは、信念の戦いである。

服部の信念は、こうである。日本軍は、絶対攻勢の精神で戦えば、必ず勝つ。負けるとしても、最後の一兵まで戦い、敵に最大の出血を強いて、有利な条件で講和する。妥協和平など、軍の士気を奪うだけの、敗北主義の妄想である――。


俺の信念は、こうである。日本の国力は、すでに敵の足元にも及ばぬ。船舶は減り、鉄は底をつき、航空機の生産は夏を頂点に下降に転ずる。絶対国防圏は、地理的に守れぬ。


されば、戦争指導の最大の任務は、いかに早く、いかに有利な条件で、戦争を終わらせるかである――。


二つの信念は、絶対に、交わらぬ。



    *



「服部大佐殿」


俺は、静かに、立ち上がった。


「小官の研究は、上司の指示を仰いだものでございます。御不審の点があれば、第一部長閣下、ならびに、次級次長閣下に、御確認賜ればと存じまする」


服部の口元の薄い笑みが、わずかに、消えた。


「左様か」

「は」


「では、わしの所感、上司の判断の参考に、貴官の御手元から、御回送いただこう」


「拝承いたしました」

俺は、机の上から、綴りを取った。そして、扉に向かって、歩いた。

「松谷大佐」

扉に手をかけた俺の背に、服部の声が、追ってきた。

「は」

俺は、振り返った。



「貴官と、わしは――」



服部は、立ったまま、机の前で、両手を背後に組んでおられた。岩のような体躯が、薄暗い部屋の中で、微動だにせぬ。



「貴官とわしは、最後の最後まで見解を異にしよう」



俺は、深く、一礼した。声は、出さなかった。

扉を、閉じた。

廊下の冷たい空気が、俺の額に、染みた。


    *


その夜、麹町別館の自室で、俺は、ひとり、綴りを開いた。


机の上に、ランプを引き寄せ、頁を、繰っていく。


罫紙の本文には、確かに、五か所の誤字訂正が、見つかった。


第二章「敵戦争方式並作戦及戦術方式ノ観察」三項――「邁遇」が「遭遇」に訂正されていた。

第三章「絶対国防圏確保ノ見透」――船舶の見通しの部分について単位が抜けていたところに「万屯」と書き加えがあった。


第七章「今後ノ戦争指導ニ関スル観察」(其ノ一 要旨)――「頓坐」が「頓挫」に訂正されていた。

第七章「今後ノ戦争指導ニ関スル観察」(其ノ二 施策)――「側達」が「到達」に訂正されていた。


それと、船舶の見通しの頁には、検算をしたと思われる筆算の跡があった。


俺は、しばし文字を、見つめていた。


服部は、誤字の一つ一つを、決して、見逃されぬ。これほど大量の文書を、これほど丹念に、誤字まで読み込まれる男が、いま、わが国の作戦課長として、徹底抗戦の旗を、掲げている。


俺の腹の底に、ふたたび、寒気が、走った。


    *


俺は、頁を、さらに、繰り続けた。


罫紙の余白に、太い、決定的な万年筆の筆致で、激しく書きつけられた書込が、無数に、踊っていた。


服部の精読の痕跡は、本論の核心の頁ほど、濃かった。

第三章の絶対国防圏の項――「然り、要は、確保の実力あるや、静考せよ」と書きつけられていた。続けて、戦力増強の議論の余白に、「やってもダメ」、そして「決戦の時期、場所、要領を、慎重検討するの要あり」。


そして、「決戦せざるを得ず」――この一句は、第三案の最も悲愴な記述、すなわち「長期戦は思想更改の已むなき破目に陥る」の余白に、太く、書きつけられていた。

俺は、ここで、わずかに、息を呑んだ。


服部は、ここでは、「決戦せざるを得ず」と書いておられる。


すなわち、絶対国防圏の確保が困難であることは、認めておられる。されど、それでも、「決戦」の道を、選ばれる。妥協和平への道は、認められぬ――。

論理と信念の境界が、この一句に、最も鮮明に、現れていた。


    *


頁を、繰り続けた。


第四章「国力戦力推移ノ観察」――国力は本年夏を頂点に下降するという冷徹な分析の頁。


ここに、太いペンで、激しく踊る書込があった。


「然り。(たが)いに他を非難して分裂し戦力を低下するなかれ。明らかに、百年戦争を、やるべし」


俺は、しばし、罫紙の上の文字を、見つめていた。


「百年戦争」――。


国力の限界という現実を、服部は、読み込まれた。されど、その結論として、彼の腹から出てきた言葉は、「百年戦争」であった。すなわち、国力が尽きても、なお、百年、戦い続ける。これこそが、軍人の道である――。


これは、論理ではない。信念である。それも、岩盤のように、固い信念である。

頁を、繰る。


第五章「国民の士気及戦意」――戦局悪化により知識階級を中心に厭戦思想が起こる恐れがあるとの危惧の頁に、書きつけられていた。


「然り、然れども中途半端な戦争指導をすれば、有害なる分子は、静かに、掃討すべし」


俺は、息を、止めた。

「有害なる分子」――これは、戦局悪化に動揺する知識階級、厭戦気分を漏らす民衆、和平を口にする者たち全員を、警察と憲兵の力で、静かに、掃討する、と書いている。


すなわち、内心の弾圧、言論の封殺。


あの一句に、服部は、「然り、然れども」と、お頷きになった。

俺は、その頁の上で、しばし、手を止めた。


「有害なる分子」の中には、わが戦争指導班も、含まれているはずである。第三案を起案した俺自身が、含まれているはずである。


服部は、これを書きつけながら、わが顔を、思い浮かべておられたのか。

それとも、わが顔を、思い浮かべることすら、なく、ただ淡々と、組織の規律として、「掃討」の二文字を、お書きになったのか。


俺には、わからなかった。

されど、書込の万年筆の筆致は、感情の動揺を、微塵も、感じさせぬ、几帳面な太さで、罫紙の上を、走っていた。


それゆえに、より、恐ろしかった。


    *


続けて、書込があった。


「危機とは、危機と思って居る指導者の危機なり」


すなわち、戦局悪化を「危機」と捉えるのは、敗北主義者の指導者の側の問題であり、軍そのものの問題ではない、という意味である。

その下に、もう一句。


「軍が、責任と自信とを以て、ある事第一。国民を慰める為の作戦であってはならぬ」


これは、当時の陸軍主戦派の精神主義の、最も簡潔な表明であった。


軍は、国民の士気の低下を慰めるために作戦を立てるのではない。軍は、軍自身の責任と自信のために、作戦を立てる。国民の動揺は、関知しない――。


俺は、しばし、その一句を、見つめていた。


これは、極めて純粋な、軍の絶対独立の思想であった。同時に、軍が、国民から、完全に切り離されていることをも、意味していた。


服部は、それを、書きつけた。


そして、第五章の威令下諸邦の項に、もう一つ、長い書込があった。


「その必要、十分認める。但し、その条件として『勝利』でなければならぬ」


「決戦しても負けては、却って国民の戦意を失う結果となる」


「反対に、日本人として、()に角、一撃を加える、負けたら(はら)を決めて、次の戦争を準備する、という考え方もあり」


俺は、息を呑んだ。


「次の戦争を準備する」――。


服部の腹の底には、この戦争に敗れた後も、なお、次の戦争を準備するという、もう一つの戦争観が、横たわっていた。すなわち、終戦は、戦争の終わりではない。次の戦争への、準備の始まりである――。


これは、わが第三案が、まったく、想定していなかった、もう一つの戦争観であった。


俺の第三案は、この戦争を、いかに上手に、終わらせるかを、論じていた。


されど、服部の腹の底では、この戦争を終わらせた後の、次の戦争まで、見据えられていた。


俺は、ふたたび、寒気を、覚えた。


    *


頁を、繰った。


第六章のソ連の自主性増大に関する観察――「ソ連は帝国の実力を軽視せらるる事となれば、ますます自主性を増大すべし」という記述の頁に、書きつけられていた。


「然り。すべては実力が証明する。外交その他の政治はすべて実力本位なり」


これは、外交、政治、経済、思想――軍事力以外のすべてを、軍事力の従属物と見る、徹底した武力至上主義の表明である。


服部の世界観の最も簡潔な表明であり、外交による戦争終結を構想するわが第三案とは、根本的に、相容れぬ思想を示していた。


頁を、繰り続けた。


第七章「今後の戦争指導に関する観察」――日独共に夏秋に勝利を博し、ソ連を抱き込み、英米から妥協和平を申し込ませる、というシナリオの頁。


「これが、希望の最終目標か?」


皮肉混じりの疑問符が、太く、罫紙の余白に、踊っていた。

そして、その続きの段落――敵反攻速度に一大痛撃を与え、わが方の態勢整備の時間の余裕を存し得る、との記述の余白。


「未だこれを望むのか、何を目的として時間の余裕を得んとするや」


これも、同じく、皮肉と、批判の書込であった。


時間の余裕は、敗北を遅らせるためのものではない。決戦に勝利するためのものでなければ、意味がない――服部は、そう書いておられた。


その上には、もう一つの書込があった。


「以下は、参考程度の理由なり」


すなわち、わが戦争指導班が、夏秋の決戦を、論理的根拠から提唱した部分に対し、服部は、「これは、本筋の議論ではなく、参考程度の話に過ぎぬ」と、軽くあしらわれていた。


そして、決戦の必要性そのものに対しては、ただ一言。


「然り」


決戦そのものは、認める。されど、その決戦は、外交による和平への前段階としての決戦ではない。徹底抗戦の延長としての決戦である――そう、服部の書込は、貫かれていた。


    *


頁を、繰り続けた。


第七章其ノ二、施策、決勝主作戦の構想の頁。


陸軍部隊の精強化を、関東軍からの増援で、強化する、という記述の余白に。



「無能」――。



俺は、しばし、その二文字を、見つめていた。


「無能」とは、誰のことか――。


文脈からすれば、関東軍からの増援を必要とする、現地中部太平洋方面の陸軍部隊のことであろう。されど、これを「無能」と、ただ二文字で、切って捨てる――。


服部の精神主義の、最も冷酷な側面が、ここに、現れていた。


第一線の将兵を、補給と支援なしに、玉砕の運命に追い込みつつ、その将兵を「無能」と、書きつける。


俺は、ふたたび、寒気を、覚えた。


頁を、繰った。

「この頃に於ける海軍の戦力判断、余り期待すべからず」


これは、海軍を主体とする中部太平洋作戦への、服部の冷ややかな見方を、表していた。海軍に頼る作戦は、期待できない。陸軍が、独自に、戦うべきである――そう、書いておられた。


陸海合同の作戦論を、服部は、根本から、否定していた。これは、まさに、嶋田海相の軍令部総長兼任で陸海軍の統合を図った東條首相の意図とも、矛盾する書込であった。


されど、服部の腹の底では、陸海軍の合同は、不可能である――そう、見切られていた。


    *


頁を、繰り続けた。


第七章其ノ二、施策、支作戦の構想の頁。

決勝主作戦の成果が万一不十分である場合に行う支作戦の議論――これに対する書込は、最も激しかった。


「この考え方、最も不同意。貧乏者の欲張り」



「貧乏者の欲張り」――。



国力の限界を直視して、複数の作戦案を併存させようとする戦争指導班の考え方を、服部は、「貧乏者の欲張り」と、切って捨てた。


これは、論理の批判ではない。価値観の批判である。


服部の腹の底には、国力に応じた作戦を立てるという発想そのものが、軍人の道に背くという、強い倫理観があった。軍人は、国力の制約を超えて、勝利を求めるべきである。「貧乏者の欲張り」は、軍人の道ではない――。


俺の第三案の根本思想を、服部は、ここで、根底から、否定された。


頁を、繰った。


ニューギニア方面の波状的反撃作戦の記述に対する書込。


只徒(ただいたずら)に損耗するのみ」


これは、服部御自身の作戦観そのものとも、矛盾する書込であった。なぜなら、絶対国防圏の確保のための「波状的反撃作戦」は、服部が、まさに、提唱しておられた構想だからである。


されど、ニューギニア方面に関しては、「只徒に損耗するのみ」と切って捨てておられる。


服部の腹の底では、絶対国防圏の確保は、中部太平洋に集中すべきであり、ニューギニア方面は、放棄すべき――という、明確な選別があった。これは、現地の第十八軍司令官・安達二十三中将の戦闘を、紙の上で、すでに、見限っていることを、意味した。


    *


頁を、繰った。

第七章の決勝作戦実応の心構えの項、「必勝不敗の信念化するの已むなき宿命に到達しある」の余白。


「然り。AB一作り成り得ざる悲しさ」


これは、A船(陸軍輸送船)とB船(海軍輸送船)を一元化して運用することができない、わが国の陸海軍の縦割りの悲哀を、認めた書込であった。


されど、服部は、この縦割りを認めながらも、その縦割りを、いかに克服するかという、より根本的な議論には、踏み込んでおられなかった。


ただ、「悲しさ」と、書きつけて、終わっておられる。


ここに、服部の岩のような信念の、もう一つの側面が、現れていた。


矛盾を、矛盾のまま、抱えながら、徹底抗戦を貫く。それが、服部の「悲しさ」であった。


    *


頁を、さらに、繰った。


第七章の国内施策の項、「本年上期に最高度の戦力化実現に総力を結集す」の余白。


「最早や、遅し。半年要()るぞ」


服部は、ここで、ようやく、わが第三案の最大の弱点を、突いておられた。すなわち、上半期に最高度の戦力化を実現するには、すでに、時間が、足りない――。


されど、これは、第三案を否定する論拠ではなかった。むしろ、第三案の前提を、より厳しい現実において、再確認する書込であった。


「半年要るぞ」――すなわち、上半期では、無理である。下半期に、ずれ込まざるを得ない。されば、わが軍の対米一撃は、夏秋ではなく、もっと後にずれる。それは、


絶対国防圏の崩壊を、より、確実にする――。


俺は、この書込を、しばし、見つめていた。


服部は、わが第三案の論理を、冷徹に追い込んでおられた。されど、その追い込みの結果として、出てきた結論は、「徹底抗戦」であった。


論理と結論が、奇妙に、捻れていた。


    *


そして、最も重い書込が、第七章、戦争終末方途の項に、あった。


ドイツが単独で米英と和平した場合、機を失せず独ソ和平を斡旋し、その代価としてソ連の仲介により米英との和平を斡旋させる、という第三案の最終的な代替案の頁。


太く、決定的なペンで、ただ二文字。それも、罫紙の他の余白の書込より、明らかに、大きく、書かれていた。



「不同意」(大書)



その下に、続けて――「敵は、遠廻りにて、所謂『煙り出し』戦法なり。ただ猪突するは、敵の希望する所なり。故に、決戦の時期、場所、方法こそ、最も慎重なるを要す」。


俺は、しばし、罫紙の上の文字を、見つめていた。


手の指が、わずかに、震えていた。


「不同意」――この二文字こそが、服部の、わが第三案への、最終的な、岩のような、答えであった。


ソ連を仲介者として米英との和平を斡旋させる――これは、第三案の核心である。これを「不同意」と、大書されたことは、すなわち、第三案そのものを、根底から、拒絶することに、ほかならぬ。


そして、その下の「猪突」の三文字。


服部は、第三案の「対米一撃」を、敵が望む「猪突」と、評された。

俺は、心の中で、応えた。


「服部大佐殿。本当の『猪突』は、いつか、貴官が、ご自分の身で、お味わいになる時が、来るでしょう」


    *


そして、最後に、頁の後ろの方に、もう一つの書込があった。


第七章其ノ二、施策、船舶の運用の項――A、B、Cの船舶の分割使用を廃止せよ、という記述の余白。


「船舶の統一運用――それすら、できぬ。A、B、C合計が、ゼロになる時、出来るのか」


俺は、しばし、その一句を、見つめていた。


服部は、ここで、二つのことを、同時に認めておられた。


第一に、いま現在、わが陸海軍は、船舶の統一運用すら、できぬ縦割りの組織である――。


第二に、いずれ、船舶の総量は、ゼロに近づく――すなわち、戦争の物理的継続が、不可能になる時が、来る――。


その二つの絶望的な現実を、服部は、認めておられた。


それでも、徹底抗戦である。


これは、現実逃避ではない。現実を、誰よりも深く、直視した上での、岩のような信念である。


    *


服部は、第三案を、隅から隅まで、読み込まれた。誤字の一つ一つまで、見逃さず、丁寧に、修正された。論理の一つ一つに、書込で、応えられた。


そして、結論は、「不同意」(大書)、「百年戦争」、「掃討」、「猪突」――徹底抗戦の四

文字の連なりであった。


これは、論理の戦いではなかった。これは、信念の戦いであった。

服部の信念は、岩盤のように、固かった。


そして、その岩盤の上に、わが帝国陸軍の作戦は、いま、立っていた。

俺は、ランプの灯りを、消した。


部屋の闇の中で、俺は、ひとり、長く、坐っていた。


    *


翌、三月十八日、午前。


俺は、ふたたび、秦次長の部屋を、訪ねた。


次長は、書込のついた綴りを、ゆっくり、繰られた。誤字訂正の頁にさしかかると、わずかに、お眉を上げられた。書込の頁にさしかかると、お眼を、お伏せになった。


すべての頁を、お読みになった後、しばし、お眼を、お閉じになった。


「松谷大佐」

「は」

「服部の精読、見事である」

「左様でございまする」


「されど、その精読の結果が、『不同意』である。これは、もはや、論理では、動かぬ」


「然り」


次長は、低く、続けられた。


「本案、わしも、内容については、深く同意する。されど、内容の重大性に鑑み、いま、本案を、東條総長閣下、後宮高級次長に提出するも、その考えへの飛躍の困難性を見透し、しばらく時機を待つべく、絶対に外部に出さざる如く、命ず」


「拝承いたしました」


「松谷大佐、本案、いま、貴官の机の引き出しに、収めおけ。来るべき時が、必ず、来る。その時、本案は、必ず、生きる」


「は」

「そして――」

次長は、続けられた。


「服部の書込のある綴りは、貴官の手元に、しっかりと、保管せよ。これは、いつか、必ず、貴官の救いとなる」


「お救い、と、申されますと」


「あの男が、御自分の太いペンで、書きつけた『猪突』という二文字に、御自分自身が、追いつかれる時が、必ず、来る。その時、貴官の机の引き出しの底にあるこの綴りが、最後の証拠となる」


俺は、深く、頷いた。


次長室を辞した俺は、廊下を、ゆっくりと、歩いた。

第三案、紙の上で、握りつぶされた。されど、燃やされはしなかった。土の下に、埋め直された。

服部の精読の痕跡を、すべて、刻んだまま――。


    *


その夜、俺は、霞町の小料亭で、加瀬さんと、向かい合っていた。

加瀬さんとは、昨年の四月、重光閣下が東條内閣の外相に就任された折に、初めて、お目にかかった。


あれから、ちょうど一年。同年(明治三十六年)の生まれの、同年代である。お互い、敬意を払いながらも、肩肘の張らぬ間柄になっていた。


第三案が、真田・服部・秦の三人を経て、机の引き出しに封じ込められた経緯を、俺は、加瀬さんに、語った。


服部の手書き書込の詳細についても、語った。誤字を丹念に修正した几帳面な筆致のこと。論理を一つ一つ追い込んだ精読のこと。「不同意」の大書、「百年戦争」の連なり、「掃討」の冷酷、「猪突」の皮肉。


加瀬さんは、しばし、煙草の煙を、薄く、吐いておられた。やがて、低く、口を開かれた。


「松谷さん、貴方の闘いは、いま、終わったわけではありませんよ」

「うむ」

「むしろ、ここからが、本当の闘いです」


俺は、深く頷いた。


「貴方は、参謀本部という『表の道』で、第三案を、上司の判断にかける道を、お選びになった。そして、その表の道は、いま、ふさがれた。真田部長の『印刷不同意』、服部の『不同意』、秦次長の『絶対に外部に出すな』。これは、参謀本部の組織の、表の道の、終着点ですな」


「左様、加瀬さん。表の道は、もはや、ふさがれました」


「されど、表の道だけが、道ではないでしょう」


加瀬さんは、俺の眼を、まっすぐに、見られた。


「松谷さんが、参謀本部の中で、ひとり、闘っておられた間にも――いま、別の道が、四つの方角から、それぞれの場所で、同じ終点に向かって、しずかに、しかし、確かに、進み始めておるのです。地の表ではなく、地の下を、流れる水のように――」


俺は、姿勢を、正した。


「松谷さん、本日、貴方にお伝えしておかねばならぬ、三つの事があります」



    *


「第一に――昨年十一月の『大東亜共同宣言』。あの宣言の英文版を、起案いたしましたのは、わたくしです」


俺は、息を呑んだ。


「加瀬さんが」


「左様。重光閣下のご指導の下、わたくしが、筆を執りました」


加瀬さんは、煙草の灰を、灰皿に、落とされた。


「あの宣言の表向きの目的は、米英の『大西洋憲章』への対抗です。アジアの解放を、世界に宣言する。


されど、その末項――


『万邦と交誼を(あつ)うし、人種的差別を撤廃し、(あまね)く文化を交流し、進んで資源を開放し、もって世界の進運に貢献す』


――この一句を、わたくしは、別の意図で、忍ばせ置きました」


「別の意図と、申されますと」


「敗戦の、その後です」


俺は、声を、出せなかった。


「松谷さん、もしも――もしも、日本が、戦に敗れたとします。その時、敗戦国・日本が、戦勝国の前に、いかなる顔で、立ち得るか。


『この戦争は、ただの侵略であった』と認めて、ひれ伏すか。

それとも、


『この戦争には、人種的差別の撤廃と、植民地解放という、世界の進運への、ささやかな寄与もあった』


と、胸を張るか」


「胸を張れる根拠を、いま、紙の上に、書いておかねばなりませぬ。戦勝国の前で初めて口にしても、遅い。戦争のさなかに、わが国自身の宣言として、紙の上に、刻んでおく。それが、敗戦後の道義的な、最後の砦になるのです――」


加瀬さんは、煙草を、消された。


「これが、重光閣下とわたくしが、外務省の方角から、地の下に流しております、一つ目の水脈です」


俺は、深く、頷いた。


「加瀬さん、それは――小官の九月案の『必勝不敗』の四文字と、同じ流儀ですな」


「ほう」

「勇ましい言葉の鎧の下に、真の意図を、忍ばせ置く」


「左様」


加瀬さんは、笑われた。


「松谷さんと、わたくしは、同じ流儀の人間ですな」

「然り」


俺も、思わず、笑みを返した。


服部の岩のような信念の前で、俺の腹の底に、ようやく、わずかな温もりが、戻ってきた。


    *


「第二に――松平閣下に、本年一月、内大臣閣下から、新たな御内命が下りました」

「ほう」


「『和平の方式を、研究せよ』と」


俺は、姿勢を、正した。


「具体的な手を打つ前に、和平とは、いかなる手続きで、いかなる文言で、いかなる時宜(じぎ)で、進めるか。これを、紙の上で、予め研究せよ、との御内命です」


「内府閣下と重光閣下の、盟約に基づく――」


「左様。木戸閣下は、宮中の方角の責任を。重光閣下は、政府の方角の責任を。それぞれ、お負いになる。機が熟した暁には、陛下の聖断を、仰ぐ」


「松平閣下は、いかが、お動きでしょうか」


「外務省、海軍省、軍需省の信頼できる文武官と、密かに連絡を、取っておられます。そして、わたくしとは――」


加瀬さんは、煙草盆を、わずかに、傾けられた。


「ほとんど、毎日、連絡を取り合っております。電話、手紙、御来訪。あの方の機動力は、わたくしの遠く及ばぬ所でして」


「松平閣下のお姿が、目に浮かぶようでござる」


「左様。あの方は、温雅な物腰の奥に、驚くべき機敏さを、隠し持っておられる」

加瀬さんは、続けられた。


「これが、松平閣下と木戸閣下が、宮中の方角から、地の下に流しておられる、二つ目の水脈です」


    *


「そして第三に――重光閣下は、つい三月三十一日――数日後――駐日スウェーデン公使、バッゲ氏とお会いになります」


「バッゲ氏――」


「左様。バッゲ氏は、近く、本国へ帰任される。閣下は、極秘のうちに、約一時間半のご会談を、予定しておられます」


「内容は」


「『スウェーデン政府の自発的な発意という形で、米国が、いかなる条件で日本と講和する意思があるか、お探りいただきたい』――この一句を、お託しになる」


俺は、しばし、声を出せなかった。


戦況の悪化に追われ、俺たち軍人は、紙の上で、第三案を書いている。されど、重光閣下は、すでに、外交の現実の場で、中立国を介した和平打診の、最初の細い糸を、たぐり始めておられる。


「研究」と「実行」――この二つの間の距離を、閣下は、御自分の御命を()して、踏み越えておられた。


「加瀬さん」


俺は、低く、申した。


「重光閣下の御覚悟、骨身に、刻みまする」


「松谷さん」

加瀬さんは、低く、続けられた。

「いま、申し上げた三つの動きには、共通しているものが、あります」

「は」


「いずれも、参謀本部の表の道の、外側にある。陛下の御耳に直接、内大臣の御内命として、外相の極秘の外交として――軍の組織図には、一文字も、現れぬ」


「うむ」


「すなわち、『地の下』です。土の下を、流れる水です。表の道が、ふさがれても、土の下は、ふさがれぬ」


俺は、深く、頷いた。


    *


「松谷さん」


加瀬さんは、俺を、まっすぐに、見られた。


「いま、わが国には、終戦に向かって動く流れが、四つの方角から、地の下を、伸び始めております」


「四つの方角――」


「左様。陸軍の方角に、松谷さんがおられる。外務省の方角に、重光閣下と、わたくし。宮中の方角に、松平閣下が、おられる」


「は」

加瀬さんは、わずかに、間を、置かれた。


「四つ目の方角が、海軍です。されど、そちらは、いまだ、わたくしも、松谷さんも、直接の繋がりを、持たぬ。米内閣下、岡田大将、そして、まだ顔を知らぬ何人かの、海軍中堅層――」


「海軍にも、必ずおる、ということでござるか」


「必ず、おります。いずれ、出会いまする」


加瀬さんは、煙草に、もう一度、火を点けられた。


「松谷さん、貴方の盾は、外れた。第三案は、机の中に、封じ込められた。これは、参謀本部の表の道での、敗北です」


「うむ」


「されど、地の下を流れる水は、塞がれぬ。一つの流れが石にぶつかれば、他の三つの流れが、その石を、迂回する。やがて、四つの流れは、一つの川になる」


俺は、深く、頷いた。



「いつか――地下を流れる水が、地の上に、湧き出る日が、来る」



「左様」



「その時、水は、もはや、四つの細い流れではない。一つの、大きな川になっておる。日本という国を、終戦という海へ、運ぶ川に」



俺は、深く、深く、頷いた。


「加瀬さん」

「は」


「小官、これより、机の引き出しの底で、第三案の上に、もうひとつの何かを、書き続けまする。表の道では、もはや、書けぬ。されど、地下水脈の、わが陸軍からの一筋として、必ず、伸ばし続けまする」


「松谷さん」

加瀬さんは、低く、笑われた。

「貴方の流儀ですな」

「然り」


「わたくしも、外務省の方角から、伸ばし続けまする。いずれ、わたくしたち四つの流れが、一つの川になる日まで」


俺は、深く、頷いた。

そして、ふと、思い出して、加瀬さんに、申し上げた。


「加瀬さん、今日、服部大佐にお会いした時、もう一つ、奇妙な印象を、受けました」


「ほう」


「あの方は――誤字を、許されぬ方でございます」

「誤字、と、申されますと」


「わが第三案の本文の中に、誤植が、五か所、ございました。服部大佐は、それを、すべて、几帳面な楷書で、お直しになりました」


加瀬さんは、しばし、煙草を、口元で止められた。


「松谷さん、それは――興味深いお話ですな」

「然り」


「徹底抗戦を、岩のように、貫く方が、紙の上の誤字には、潔癖でいらっしゃる。そして、論理の一つ一つを、丹念に、追い込まれる」


「左様」


「その方が、結論として、『不同意』『百年戦争』『掃討』『猪突』と、お書きになる」

加瀬さんは、低く、続けられた。


「松谷さん、その方は、決して、無知ではござらぬ。むしろ、誰よりも、深く、わかっておられるのかも知れませぬ」


俺は、深く、頷いた。


「わかっておられる。されど、岩は、動かぬ」

「左様。それが、いちばん、恐ろしい」


加瀬さんは、煙草を、ゆっくりと、消された。


「松谷さん、その綴りは、生涯、お手元に、お持ちなさい。いつか、必ず、その綴りが、貴方の(あかし)になります」


「拝承いたしました」


    *


帰路、俺は、三月の夜の路を、ひとり歩いていた。


灯火管制下の闇の中で、本郷の桜並木は、まだ、つぼみであった。

俺は、しばし、立ち止まり、つぼみを見上げた。


あと、数日で、咲く。


第三案は、机の引き出しの底に、収まった。されど、紙の上で死んだのではない。土の下に、埋め直された。


服部大佐の太いペンの「不同意」「百年戦争」「掃討」「猪突」――いつか、貴官もまた、御自分の書きつけた「猪突」という二文字に、追いつかれる時が、来るであろう。サイパンで。あるいは、もっとその先、本土で。


その時、机の引き出しの底に埋めた俺の第三案は、必ず、土の下から、芽を出す。

俺の腹の底に、服部大佐の几帳面な楷書の文字が、ふたたび、浮かんだ。


そして、その同じ筆致で、書きつけられた「掃討」の二文字。


整然たる知性と、岩のような信念。


それは、戦後の日本でも、決して、消えることのない、ある一つの精神の型である――。


俺は、再び、歩き始めた。

夜風が、わずかに、頬に、冷たかった。

【後書き】(松平康昌より)

松平康昌、内大臣秘書官長である。

あの三月十七日の夜、わたくしは千駄ヶ谷の屋敷にて、ひとり、白湯を飲んでおった。


夜半すぎ、加瀬殿から電話が入った。

「松谷殿の第三案、机の中に封じ込められましたよ」


短い、それだけの一言であった。


されど、その後、加瀬殿は、もう一つの事を、お伝えになった。


「服部大佐は、第三案を、誤字まで丹念に、お読みになったそうです。徹底抗戦を、岩のように、貫きながら、紙の上の誤字には、潔癖でいらっしゃる」


わたくしは、しばし、火鉢の炭を、見つめておった。

整然たる知性と、岩のような信念。

加瀬殿のお口から伝えられた服部大佐の人物像は、わたくしに、深い、深い、不安を、残した。


これは、ただの主戦論者ではない。これは、知性に裏打ちされた、徹底抗戦の鬼である。


このような方が、わが帝国陸軍の作戦課長を、お務めになっておられる。これが、いまの日本の現実であった。


    *


封じ込められた紙は、燃やされたのではない。


土の下に、埋め直されたのだ。


そう、松谷殿は、御自身に言い聞かせておられるであろう。

わたくしも、同じく、そう信じておった。


地の下を流れる水は、塞がれぬ。


いつか、四つの方角から伸びる流れが、一つの川となって、地の上に、湧き出る日が来る。


その日まで、わたくしは、宮中の方角から、わたくしの一筋を、伸ばし続けまする。

松谷殿、加瀬殿、重光閣下――それぞれの方角の同志のお顔を、わたくしは、火鉢の炭の赤い光の中に、ひとつひとつ、思い浮かべておった。


そして、わたくしの腹の底に、もう一つの問いが、立ち上がってきた。


服部大佐のような、整然たる知性と岩のような信念を併せ持つ方が、戦後、いかなる道を、歩まれるか。


戦争に敗れた後、その方は、敗戦の責任を、認められるであろうか。


それとも、戦後の日本にも、その整然たる信念を、別の形で、持ち込まれるであろうか。


わたくしの腹の底の問いは、答えを得ぬまま、火鉢の炭が、ぽつり、と、爆ぜた音と共に、しずかに、消えていった。


    *


次回、桜が、咲く。


松谷殿は、四谷信濃町の酒井鎬次中将のお宅を、お訪ねになる。


あの夜、酒井閣下は、松谷殿の生涯を貫く一つの言葉を、お授けになる。


そして、海軍に、もうひとり、同じ方角を見つめる男がいる――その名が、初めて、松谷殿の耳に届く夜である。




【次話予告】

新第20話「上手に負ける――『国亡びて何の国体ぞや』」。

四月、四谷信濃町の酒井中将のお宅で、松谷は生涯の最も深い御教えを賜る。「四つの終戦方策」と「いかに上手に負けるか」の一句。

そして加瀬から、海軍に「同じ電波を発する男」――高木惣吉少将の名が、初めて松谷の耳に届く。本作の四人組の最後の一人への、最も遠い伏線。


【本話初出の用語】



第三案(だいさんあん)について

「昭和十九年末ヲ目途トスル戦争指導ニ関スル観察」の通称である。

昭和十九年三月十五日、参謀本部戦争指導班(松谷誠班長、橋本正勝少佐起草)が完成させた、終戦構想の集大成。

冒頭脇に「個人作業として特に名を秘す」と記された極秘文書である。これは、起案者の名前すら紙の上に残せぬほどの極秘性を示す表現で、当時の戦争指導班が、いかに地下水脈の中で活動していたかを象徴する一句である。

本案の原本は、現在、国立公文書館に収蔵されている。

全八章から成る:

第一章「要旨」では、昭和十八年九月御前会議で決定された戦争指導方針の前提が、すでに崩れていることを指摘する。

第二章「敵戦争方式並作戦及戦術方式ノ観察」では、米軍の「基地跳躍推進ノ方法」「為敵肉ヲ裂クニ牛刀ヲ以テスル式ノ徹底セル戦力指向ノ方式」を分析する。

第三章「絶対国防圏確保ノ見透」では、中部太平洋方面の「地勢学上孤島ノ連鎖ニシテ最早地域的縦深性無ク」、すなわち地理的に守れぬという結論を出す。

第四章「国力戦力推移ノ観察」では、国力は昭和十八年度中期から下降し、物的戦力は昭和十九年七、八月を頂点として下降に転ずると、数字に基づいて予測する。

第五章「国民ノ士気及戦意ノ消長」では、知識階級を中心に厭戦思想が起こる恐れがあると危惧する。

第六章「ソ連の対日中立維持への期待度及独健在ノ見込」では、ソ連の対日中立は本年末を限度とする、との観察を示す。

第七章「今後ノ戦争指導ニ関スル観察」では、夏秋に対米一撃を行い、ソ連を抱き込み、英米から妥協和平を申し込ませるシナリオを提示する。最悪の場合は、独単独和平の場合のソ連仲介斡旋を、最終的な代替案として置く。

第八章「結論」では、「過クモ四月中旬中ニ大綱方針ニ関シ御聖断ヲ仰キ」と、本作初の「御聖断」三文字を、軍内部正式文書に書きつける。



第三案の手書き書込について

国立公文書館に収蔵されている第三案の原本には、余白に多数の手書きの書込が残されている。

これは、第三案を読んだ陸軍中央の上層部の人物が、本案に対する所感を直接書きつけたものである。

書込の主が誰であるかについては、史料そのものには明記されていない。これは第三案研究における未解決の問題の一つである。


しかし筆者は、以下の三点の状況証拠から、書込の主は服部卓四郎第二課長(作戦課長)である可能性が高いと推定し、本作ではその前提で物語を構成している。


第一に、『機密戦争日誌』の記録によれば、第三案は「松谷大佐ヨリ第一部長(真田穣一郎)、第二課長(服部卓四郎)、橋本少佐ヨリ第二課瀬島少佐ノ意見ヲ夫々求ム」とされ、真田部長と服部課長の双方に直接提示されていた。


第二に、真田第一部長は『機密戦争日誌』の記録によれば「趣旨同意ナルモ、之ヲ印刷ニ附シテ残スハ不可ナリトノ意見」を出していた。趣旨に同意していた真田が、自ら「不同意」「百年戦争ヲヤルベシ」と全面否定する書込を行うのは辻褄が合わない。


第三に、書込のトーン――「敵ハ遠廻リニテ所謂『煙リ出シ』戦法ナリ」と作戦戦術の専門的観点から批判する論調――は、現場で作戦を立案・指導する作戦課長の視点に合致する。さらに、戦争指導班は『機密戦争日誌』のサイパン陥落記述において、「真田第一部長、服部第二課長ハ此ノ堅固ナル正面ニ猪突シ来レルハ敵ノ過失ニシテ必ズ確保シ得ベシト断言セルコトナリ」と両名を名指しで批判し、書込と同じ「猪突」という語を用いて意趣返しを試みている。


以上から、本作では書込の主を服部卓四郎と推定して描いている。読者諸賢におかれては、この点は史料上の確証ではなく、筆者の推定に基づく演出である旨、御了承いただきたい。



誤字訂正について

第三案の原本には、本文中の文字を本文と同じ筆者(と推定される)が、本論への書込とは別に、几帳面な楷書で訂正している箇所が、約五か所、見られる。

訂正された箇所は、おおむね、起案時の筆写の誤りや、判読困難な異体字を、より明瞭な文字に直したものと解される。


書込者(服部と推定)は、第三案の論理を批判するために読み込むだけでなく、本文の誤字一つ一つを見逃さぬほどに、丹念に、隅から隅まで、精読していたことを示す痕跡である。


これは、書込者の「外柔内剛」の人物像のうち、「外柔」の側面に、知的な几帳面さと潔癖さを加える要素として、極めて重要な手掛かりとなる。


本作では、この誤字訂正の事実を、対決場面の冒頭に配置することで、書込者(服部と推定)が、徹底抗戦論者でありながら、文書を丹念に読み込み、誤字を見逃さない潔癖な知性を持つ男として、読者に印象づけている。


整然たる知性に裏打ちされた信念は、感情論や粗雑な精神論に基づく信念よりも、はるかに揺るぎない。それゆえに、より、不気味である。



煙り出し戦法(けむりだしせんぽう)

第三案の手書き書込で用いられた表現である。米軍の作戦方式を分析した語。

語源は、狐や狸を巣穴から追い出す際の猟法である。猟師は巣穴に踏み込まず、入口で煙を焚いて流し込む。息苦しくなって自ら出てきた相手を、待ち構えて撃つ。

書込者(服部と推定)の解釈は、こうである。

米軍は、わが絶対国防圏の中心には踏み込んでこない。代わりに、周辺の島から島へと跳び石のように進み、海上で補給を絶ち、空から爆撃を加える。籠もれば餓死を待つばかりとなり、出れば待ち構える米軍の主力に各個に撃破される。

書込者は、この分析に基づいて松谷の対米一撃論を「猪武者の発想である」と批判した。

されど松谷は内心で反論する。煙の中で待つ狐は、いずれ息が絶える。時間そのものが米軍の武器であり、わが国力は本年夏を頂点に下降に転ずる。最高潮の最後の一瞬を捕らえて振るうのは、猪突ではない――と。

二人の論争は、戦略観の根本的な相違を、浮き彫りにした。



印刷不同意(いんさつふどうい)

真田穣一郎第一部長が、第三案を松谷から受領した際の対応を示す史実上の文言である。

『機密戦争日誌』には、次のように記録されている。

「第一部長ハ趣旨同意ナルモ、之ヲ印刷ニ附シテ残スハ不可ナリトノ意見」

すなわち、内容そのものには同意するが、これを文書化して残すことは不可、という対応である。

陸軍主戦派の中核にありながら、戦況悪化の現実を内心で認め始めた真田の、苦渋の妥協の表現である。



絶対に外部に出してはならぬ

秦彦三郎次級次長が、第三案を受領した際に発した厳命である。

『機密戦争日誌』に記録された原文は、次のとおり。

「内容ノ重大性ニ鑑ミ、今本案ヲ高級次長、総長ニ提出スルモ、其ノ考エヘノ飛躍ノ困難性ヲ見透シ暫ク時機ヲ待ツベク、絶対ニ外部ニ出ササル如ク命ズ」

すなわち、内容の重要性は理解するが、現在の陸軍中枢の主戦派一色の空気の中では、この案を上申すれば必ず潰されるばかりか、起案者である松谷自身が危険にさらされる――故に、しばらく時機を待ち、絶対に外に出してはならぬ、との意である。

秦次長による松谷の「保護」の意図に基づく厳命であり、本作後半の聖断への遥かな伏線として機能する。



御聖断(ごせいだん)

天皇による最終的な御裁可を指す語である。

第三案の結論部に「過クモ四月中旬中ニ大綱方針ニ関シ御聖断ヲ仰キ」として書きつけられた。

軍内部の正式研究文書において、終戦に関する文脈で「御聖断」の三文字が登場するのは、本作が初である。

これは本作後半における二度の聖断――昭和二十年八月十日未明の第一回聖断、八月十四日午前の第二回聖断――への、最も遥かな伏線となる。



百年戦争をやるべし

第三案第四章「国力戦力推移ノ観察」の余白に書きつけられた手書き書込である。

国力は本年夏を頂点に下降するという冷徹な分析の頁の余白に、太いペンで踊っていた。

書き下し文は、次のとおり。

「然り。互に他を非難して分裂し、戦力を低下するなかれ。明らかに、百年戦争を、やるべし」

国力の限界という現実を、書込者は読み込んだ上で、その結論として「百年戦争」を提唱した。すなわち、国力が尽きても、なお百年戦い続けるべきである、という思想である。

これは、論理の批判ではなく、信念の表明である。陸軍主戦派の思想を、最も簡潔かつ象徴的に示す一句である。



やってもダメ・決戦の時期、場所、要領を慎重検討するの要あり

第三案第三章「絶対国防圏確保ノ見透」の余白に書きつけられた書込である。

第三案が「逐次戦力ヲ投入シテ之カ増強ヲ期スル」と提唱した部分への、否定的反応。

「やってもダメ」――すなわち、戦力の逐次投入による増強は、もはや効果がない、との断定。

「決戦の時期、場所、要領を、慎重検討するの要あり」――対米決戦そのものは認めるが、その時期・場所・方法の選択には、慎重を要する、との立場。

書込者(服部と推定)が、戦争指導班の論理を細かく検討し、点検していた痕跡を示す書込である。



決戦せざるを得ず

第三案第三章末尾の「長期戦は思想更改の已むなき破目に陥る」という記述の余白に書きつけられた、最も悲愴な書込の一つ。

書込者(服部と推定)は、絶対国防圏の確保が困難であることを認めながらも、その結論として「決戦」を選ぶ。

すなわち、妥協和平への道は認めず、決戦による打開以外に、選択肢はない、との立場である。

論理と信念の境界が、この一句に最も鮮明に現れている。



有害なる分子は静かに掃湯(掃討)すべし

第三案第五章「国民の士気及戦意」――戦局悪化により知識階級を中心に厭戦思想が起こる恐れがあるとの危惧の頁に書きつけられた書込である。

書き下し文は、次のとおり。

「然り、然りとも。中途半端な戦争指導をすれば、有害なる分子は、静かに、掃湯(掃討)すべし」

戦況に動揺する知識階級、厭戦気分を漏らす民衆、和平を口にする者たち全員を、警察と憲兵の力で静かに掃討する――すなわち、内心の弾圧、言論の封殺の思想を表す。

本作の主戦派の精神性の暗黒面を象徴する一文である。

「有害なる分子」の中には、第三案を起案した戦争指導班そのもの、すなわち松谷誠自身も、含まれていたはずである。書込者(服部と推定)が、この「掃討」の二文字を、いかなる感情で書きつけたか――その筆致が、感情の動揺を微塵も感じさせない、几帳面な太さで罫紙の上を走っていることが、極めて重要である。

後年、松谷自身がこの書込を読み返した時、自分が「有害なる分子」のひとりとして、すでに憲兵の監視下に置かれていたであろうことを、骨身に刻むことになる。



危機とは、聞きと思って居る指導者の危機なり

第三案第五章の余白に書きつけられた、極めて特異な書込である。

意味は、こうである。

「戦局悪化を『危機』と捉えるのは、その情報を聞いて思い悩む側、すなわち敗北主義者の指導者の側の問題であって、軍そのものの問題ではない」。

これは、戦局の客観的悪化そのものを否定する、極めて純粋な軍の絶対独立の思想である。

書込者(服部と推定)の腹の底では、「危機」という認識そのものが、敗北主義の表れであり、それ故に、危機の存在を否定することが、軍の責務であった。



軍が、責任と自信とを以て、ある事、第一。国民を慰める為の作戦であってはならぬ

第三案第五章の余白に書きつけられた書込である。

これは、当時の陸軍主戦派の精神主義の、最も簡潔な表明である。

軍は、国民の士気の低下を慰めるために作戦を立てるのではない。軍は、軍自身の責任と自信のために、作戦を立てる。国民の動揺は、関知しない――。

これは、極めて純粋な、軍の絶対独立の思想である。同時に、軍が国民から完全に切り離されていることをも、意味していた。

書込者(服部と推定)の腹の底にある、軍人の倫理観の極北を示す一文である。



次の戦争を、準備する

第三案第五章の威令下諸邦の項に書きつけられた、長い書込の最後の一句である。

書き下し文は、次のとおり。

「その必要、十分認める。但し、その条件として『勝利』でなければならぬ。決戦しても負けては、却って国民の戦意を失う結果となる。反対に、日本人として、兎に角、一撃を加える、負けたら肚を決めて、次の戦争を、準備する、という考え方も、あり」

ここに、書込者(服部と推定)の腹の底にある、もう一つの戦争観が、垣間見える。

すなわち、終戦は、戦争の終わりではない。次の戦争への、準備の始まりである――。

これは、わが第三案がまったく想定していなかった、もう一つの戦争観である。第三案は、この戦争を、いかに上手に、終わらせるかを論じていた。されど、書込者の腹の底では、この戦争を終わらせた後の、次の戦争まで、見据えられていた。

服部卓四郎が戦後、警察予備隊(後の自衛隊)の長官就任を画策したことは、この書込の思想と、極めて符合する。



すべては、実力が、証明する。外交その他の政治は、すべて、実力本位なり

第三案第六章「ソ連の自主性増大に関する観察」の頁に書きつけられた書込である。

書き下し文は、次のとおり。

「然り。すべては、実力が、証明する。外交その他の政治は、すべて、実力本位なり」

外交、政治、経済、思想――軍事力以外のすべてを、軍事力の従属物と見る、徹底した武力至上主義の表明である。

書込者(服部と推定)の世界観の、最も簡潔な表明である。

外交による戦争終結を構想する松谷の第三案とは、根本的に相容れぬ思想を示している。



これが、希望の最終目標か?

第三案第七章「今後の戦争指導に関する観察」の頁に書きつけられた書込である。

日独共に夏秋に勝利を博し、ソ連を抱き込み、英米から妥協和平を申し込ませる、というシナリオの頁に、皮肉混じりの疑問符が、太く罫紙の余白に踊っていた。

「これが、希望の最終目標か?」

書込者(服部と推定)は、戦争指導班の最善のシナリオを「希望にすぎぬ」と断じ、その実現性を根本から疑った。



未だこれを望むのか、何を目的として、時間の余裕を、得んとするや

第三案第七章其ノ一「要旨」の末尾近くに書きつけられた書込である。

「敵反攻速度に一大痛撃を与え、わが方の態勢整備の時間の余裕を存し得る」との記述に対する、皮肉と批判の書込。

書込者(服部と推定)の論理は、こうである。時間の余裕は、敗北を遅らせるためのものではない。決戦に勝利するためのものでなければ、意味がない――。

戦争指導班が、夏秋の決戦を有利に進めることで「時間の余裕」を得ようとした論理を、書込者は根本から否定した。


以下は、参考程度の理由なり

第三案第七章其ノ二、施策、決戦の時機の議論の冒頭に書きつけられた書込である。

戦争指導班が、夏秋の決戦時機を、複数の根拠から論証しようとした部分への、軽い切り捨て。

「これは、本筋の議論ではなく、参考程度の話に過ぎぬ」――書込者(服部と推定)は、戦争指導班の論証を、軽くあしらった。

されど、決戦の必要性そのものに対しては、ただ一言、「然り」と書きつけている。

すなわち、書込者は、決戦そのものは認める。しかし、その決戦は、外交による和平への前段階としての決戦ではない。徹底抗戦の延長としての決戦である――そういう論理の配置である。


無能

第三案第七章其ノ二、施策、決勝主作戦の構想の頁、陸軍部隊の精強化の項目に書きつけられた、ただ二文字の書込である。

「中部太平洋方面陸軍部隊ノ精強化ヲ促進ス」との記述の、「精強化」の二文字に対する、辛辣な反応。

文脈からすれば、関東軍からの増援を必要とする、現地中部太平洋方面の陸軍部隊のことを指している。

書込者(服部と推定)の精神主義の、最も冷酷な側面が、ここに現れている。第一線の将兵を、補給と支援なしに、玉砕の運命に追い込みつつ、その将兵を「無能」と書きつける――。

軍の絶対独立の思想と、第一線の将兵を「無能」と切り捨てる冷酷さが、ここで一つの筆致に凝縮されている。



この頃に於ける海軍の戦力判断、余り期待すべからず

第三案第七章其ノ二、施策、決勝主作戦の構想の頁の余白に、二度書きつけられた書込である。

海軍を主体とする中部太平洋作戦への、書込者(服部と推定)の冷ややかな見方を表している。

海軍に頼る作戦は、期待できない。陸軍が独自に戦うべきである――そう、書込者は考えていた。

これは、陸海合同の作戦論を、根本から否定する立場である。嶋田海相の軍令部総長兼任で陸海軍の統合を図った東條首相の意図とも、矛盾する書込であった。

書込者の腹の底では、陸海軍の合同は、不可能である――そう、見切られていた。



この考え方、最も不同意。貧乏者の欲張り

第三案第七章其ノ二、施策、支作戦の構想の頁に書きつけられた、極めて辛辣な書込である。

決勝主作戦の成果が万一不十分である場合に行う支作戦の議論――これに対する書込者(服部と推定)の反応である。

「貧乏者の欲張り」――。

国力の限界を直視して、複数の作戦案を併存させようとする戦争指導班の考え方を、書込者は「貧乏者の欲張り」と切って捨てた。

これは、論理の批判ではない。価値観の批判である。

書込者の腹の底には、国力に応じた作戦を立てるという発想そのものが、軍人の道に背くという、強い倫理観があった。軍人は、国力の制約を超えて、勝利を求めるべきである。「貧乏者の欲張り」は、軍人の道ではない――。

第三案の根本思想を、ここで根底から否定する書込である。



只徒に損耗するのみ

第三案第七章其ノ二、施策、ニューギニア方面の波状的反撃作戦の記述に対する書込である。

「ニューギニア方面の作戦は、ただ(いたずら)に損耗するのみ」――これは、現地の第十八軍司令官・安達二十三中将の戦闘を、紙の上で、すでに見限っていることを意味した。

書込者(服部と推定)の腹の底では、絶対国防圏の確保は、中部太平洋に集中すべきであり、ニューギニア方面は、放棄すべき――という、明確な選別があった。

なお、これは「波状的反撃作戦」そのものを否定したのではなく、ニューギニア方面の波状的反撃作戦のみを否定したものである。書込者御自身は、絶対国防圏の確保のための「波状的反撃作戦」を、まさに提唱していた。




AB一作り成り得ざる悲しさ(エービーいちつくりえざるかなしさ)

第三案第七章其ノ二、施策、決勝作戦実応の心構えの項――「必勝不敗の信念化するの已むなき宿命に側達(そくたつ)しある」の余白に書きつけられた書込である。

「AB」とは、A船(陸軍輸送船)とB船(海軍輸送船)の略称である。

書込者(服部と推定)は、ここで、陸海軍が船舶を一元化して運用することができないという、わが国の縦割りの悲哀を認めた。

されど、この縦割りを認めながらも、その縦割りを、いかに克服するかという、より根本的な議論には、踏み込んでいない。

ただ「悲しさ」と、書きつけて、終わっている。

ここに、書込者の岩のような信念の、もう一つの側面が現れている。

矛盾を、矛盾のまま、抱えながら、徹底抗戦を貫く。それが、書込者の「悲しさ」であった。




最早や、遅し。半年要()るぞ

第三案第七章其ノ二、施策、国内施策の項――「本年上期に最高度の戦力化実現に総力を結集す」の余白に書きつけられた書込である。

書込者(服部と推定)は、ここで、ようやく、第三案の最大の弱点を突いた。すなわち、上半期に最高度の戦力化を実現するには、すでに時間が足りない――。

「半年要るぞ」――上半期では無理である。下半期にずれ込まざるを得ない。

されど、これは第三案を否定する論拠ではなく、むしろ、第三案の前提を、より厳しい現実において再確認する書込であった。

書込者は、第三案の論理を、冷徹に追い込んだ。されど、その追い込みの結果として出てきた結論は、「徹底抗戦」であった。

論理と結論が、奇妙に、捻れていた。




不同意(大書)

第三案第七章其ノ二、施策、戦争終末方途の項に書きつけられた、最も重い二文字である。

ドイツが単独で米英と和平した場合、機を失せず独ソ和平を斡旋し、その代価としてソ連の仲介により米英との和平を斡旋させる、という第三案の最終的な代替案の頁に、書きつけられていた。

太く決定的なペンで、ただ二文字。それも、罫紙の他の余白の書込より、明らかに大きく書かれていた。

「不同意」(大書)

その下に続けて、「敵は、遠廻りにて、所謂『煙り出し』戦法なり。ただ猪突するは、敵の希望する所なり。故に、決戦の時期、場所、方法こそ、最も慎重なるを要す」と記されていた。

第三案の核心であるソ連仲介路線そのものを、書込者(服部と推定)が真っ向から拒絶した瞬間を示す書込である。

第三案の論理を、結論として根底から否定する、書込者の最終的な答えであった。




猪突するは、敵の希望する所なり(ちょとつするはてきのきぼうするところなり)

第三案の手書き書込の中で、最も歴史的な皮肉を孕む一句である。

書込者(服部と推定)は、対米一撃論を「猪突」と評し、敵の思う壺と批判した。

されど史実において、この三ヶ月後の昭和十九年六月、米軍がサイパン島に上陸した際、真田穣一郎第一部長と服部卓四郎第二課長の両名は、これを見て次のように断言した。

「此ノ堅固ナル正面ニ猪突シ来レルハ敵ノ過失ニシテ必ズ確保シ得ベシ」

戦争指導班は『機密戦争日誌』に、この両名の発言をわざわざ名指しで記録した。

三月に第三案を「猪突」と批判した者(筆者の推定では服部)が、六月にはサイパンの米軍を「猪突」と楽観し、結果として大敗北を喫する。

戦争指導班から作戦課への、最も静かで、最も鋭い意趣返しが、この「猪突」の二文字を巡って、史実の中で完結することになる。

書込の主が服部であった可能性を、筆者が高いと判断する根拠の一つも、この『機密戦争日誌』における「猪突」の符合にある。




「船舶ノ統一運用ー之レスラデキス A、B、C合計零ノ時出來ルカ」

第三案第七章其ノ二、施策、決勝作戦実応のための船舶の運用の項に書きつけられた、極めて辛辣な書込である。

第三案が「速ニ貨物船、機帆船共ニA、B、Cノ分割使用ヲ廃シ、時期ヲ劃シテ作戦、国力輸送ニ集中使用スル」と提唱した部分への、痛烈な反応。

「A」とはA船(陸軍輸送船)、「B」とはB船(海軍輸送船)、「C」とはC船(民需輸送船)を指す。

書き下しの意は、こうである。

「船舶の統一運用――それすら、できぬ。A、B、C合計が、ゼロになる時、出来るというのか」

すなわち、いま現在、A船・B船・C船の縦割り(分割使用)すら廃止できぬのに、最終的に船舶の総量がゼロに近づく事態が来た時に、どうやって統一運用ができるというのか、との痛烈な皮肉である。

書込者(服部と推定)の腹の底にある、絶望的な現実認識と、冷徹な皮肉が、この一句に凝縮されている。

これは、書込者御自身の「AB一作り成り得ざる悲しさ」(陸海軍が船舶を一元化して運用できないという悲哀)の書込と、思想的に通底している。

書込者は、ここで二つの事実を、同時に認めていた。

第一に、わが国の陸海軍は、船舶の統一運用ができぬほど、縦割りの組織である――。

第二に、いずれ船舶の総量はゼロに近づく――すなわち、戦争の物理的継続が、不可能になる時が来る――。

その二つの絶望的な現実を認めた上で、それでも徹底抗戦を貫く――それが、書込者の信念であった。

書込者の徹底抗戦論が、現実逃避ではなく、現実を直視した上での信念であったことを、最も鮮明に示す書込である。

国力の崩壊を、書込者は明確に予期していた。陸海軍の縦割りも、認識していた。されど、それでも、徹底抗戦の道を選んだ。

これこそが、戦後の松谷誠が、終生にわたって警戒し続けた、ある一つの精神の型であった――。




対米一撃(たいべいいちげき)

第三案の核心的な戦略構想の一つである。

昭和十九年夏秋の候、わが陸海航空戦力が最高潮に達する時機を捉え、来攻する米軍主力に対して、わが国の総力を挙げた一回限りの大反撃を行う、という構想。

これは、戦争に勝つための作戦ではない。戦争を有利な条件で終わらせるための、外交への前段階としての作戦である。

第三案の論理は、こうである。米軍に大きな出血を強いることで、米国民の戦意を動揺させ、ソ連の対日中立を維持させ、ソ連を仲介者とする対米英妥協和平の機会を作る。

書込者(服部と推定)は、この対米一撃を、敵の煙り出し戦法に乗ってこちらから飛び出す「猪突」と批判した。

これは、外交による戦争終結という根本思想を共有しないがゆえの批判であった。




ソ連抱込み・妥協和平

第三案の核心的な外交構想である。

昭和十九年夏秋の対米一撃で米軍に大きな出血を強いた後、ソ連を仲介者として、米英との妥協和平を成立させる――というシナリオ。

「ソ連抱込み」とは、ソ連を日独枢軸側に引き込むことを意味した。これにより、ソ連は対日中立を維持するだけでなく、米英との和平の仲介者として、日本のために働く――というのが、第三案の希望的観測であった。

されど、書込者(服部と推定)は、これを「不同意」(大書)で根本から拒絶した。

書込者の腹の底では、ソ連の対日仲介は、日本の実力次第であり、実力の伴わない仲介依頼は、ソ連を増長させるだけ――との見方であった。




「張リ付ケ兵力」(はりつけへいりょく)

第三案第三章の記述で用いられた語である。絶対国防圏の各島嶼に、守備兵力を分散して配置する方式を意味する。

第三案は、この「張り付け兵力」のみによる持久戦的反攻阻止の思想では、絶対国防圏の確保は困難である、と論じた。

書込者(服部と推定)は、この記述の余白に、「然り、要は、確保の実力あるや、静考せよ」と書きつけた。すなわち、書込者は、絶対国防圏の確保の困難さを、認めていた。



「基地跳躍推進ノ方法」(きちちょうやくすいしんのほうほう)

第三案第二章の記述で用いられた語である。米軍の作戦方式を分析した語。

米軍は、島から島へと、順次、基地を奪取しながら進むのではなく、要地のみを跳び石のように選んで奪取し、不要な拠点は迂回する戦法を取っている――という分析。

これは、米軍のいわゆる「アイランド・ホッピング(蛙跳び戦術)」の概念を、第三案が日本軍として認識し、文書化した表現である。

書込者(服部と推定)も、この分析を否定はせず、これを前提として「煙り出し戦法」の論を展開した。



絶対国防圏(ぜったいこくぼうけん)

昭和十八年九月御前会議で決定された、わが国の戦略防衛線である。

千島・小笠原・中部太平洋(マリアナ諸島・カロリン諸島)・西部ニューギニア・スンダ・ビルマ――これを結ぶ線。

この圏内を絶対に確保することで、わが国の戦争継続のための資源と本土防衛を維持する、というのが、絶対国防圏の戦略構想であった。

第三案は、この絶対国防圏の中部太平洋方面が、地理的・戦略的に最も脆弱であり、確保が困難であることを、冷徹に論証した。

そして実際に、史実においては、第三案完成からわずか三ヶ月後の昭和十九年六月、米軍はサイパン島に上陸し、絶対国防圏の中核は、外側から崩壊した。




バッゲ工作(ばっげこうさく)

昭和十九年三月三十一日に開始された、駐日スウェーデン公使ヴィダル・バッゲを介した、米国への極秘和平打診の試みである。

重光葵外相が、憲兵の監視を排して敢行した。

バッゲ公使は、近く本国へ帰任の予定であった。重光外相は、この帰任の機会を利用し、約一時間半の極秘会談を予定した。

会談の趣旨は、こうである。

「スウェーデン政府の自発的な発意という形で、米国がいかなる条件で日本と講和する意思があるか、お探りいただきたい」

通信は、ストックホルムの日本公使館経由とする取り決めであった。

重光・加瀬による「外務省の方角」からの最初の具体的な対外和平打診として、本作後半の終戦工作の最も早い系譜となる。



大東亜共同宣言(だいとうあきょうどうせんげん)

昭和十八年十一月、東京で開催された大東亜会議で、日本と大東亜諸国の代表が共同で発表した宣言である。

英文版の起案を担当したのは、加瀬俊一であった。

宣言の表向きの目的は、米英の「大西洋憲章」への対抗である。アジアの解放を、世界に宣言する。

されど、加瀬は、この宣言の末項に、別の意図を忍ばせた。

「万邦と交誼を(あつ)うし、人種的差別を撤廃し、(あまね)く文化を交流し、進んで資源を開放し、もって世界の進運に貢献す」

加瀬の意図は、こうである。たとえ日本が戦に敗れても、この戦争が単なる侵略ではなく、人種的差別の撤廃と植民地解放という、世界の進運への寄与もあったと、敗戦国・日本が戦勝国の前で胸を張れる根拠を、紙の上に刻んでおく――。

これは、戦争終結後の日本の道義的な再出発のための、最初の伏線であった。

加瀬と重光葵が、外務省の方角から地の下に流していた、最初の「水脈」である。



和平の方式の研究(わへいのほうしきのけんきゅう)

昭和十九年一月、内大臣・木戸幸一が、内大臣秘書官長・松平康昌に下した御内命である。

具体的な手を打つ前に、和平とは、いかなる手続きで、いかなる文言で、いかなる時宜(じぎ)で、進めるか――これを、紙の上で予め研究せよ、という内命であった。

これは、内大臣・木戸幸一と外相・重光葵の盟約に基づくものである。木戸内大臣は宮中の方角の責任を、重光外相は政府の方角の責任を、それぞれ負う。機が熟した暁には、陛下の聖断を仰ぐ――という暗黙の了解があった。

松平秘書官長は、この内命を受け、外務省・海軍省・軍需省の信頼できる文武官と、密かに連絡を取り始めた。加瀬俊一とは、ほとんど毎日、連絡を取り合う関係であった。

これが、宮中の方角から地の下に流されていた、二つ目の「水脈」である。



地下水脈(ちかすいみゃく)

加瀬俊一が、松谷誠との霞町密会の場で用いた比喩である。

参謀本部という「表の道」がふさがれた後も、軍の組織図には現れぬ場所――陛下の御耳、内大臣の御内命、外相の極秘の外交、海軍中堅層の独自工作――を流れる、終戦への動きを指す。

四つの方角から、それぞれの場所で、同じ終点(終戦)に向かって、しずかに、しかし確かに進む流れである。

陸軍の方角に松谷。外務省の方角に重光と加瀬。宮中の方角に松平。そして海軍の方角に、いまだ顔を知らぬ何人かの中堅層。

「いつか、四つの流れが一つの川になり、地の上に湧き出る日が来る」――加瀬が松谷に告げた、本作前半の核心的な思想である。

本作の四人組の最後の一人、海軍少将・高木惣吉との邂逅(昭和二十年一月)へと、最も遥かな伏線が、ここで張られる。



「貴官と、わしは、最後の最後まで、見解を、異にしよう」

服部卓四郎が、対決の終わりに松谷へ告げた一句である(本作における創作)。

陸軍主戦派の中核と、終戦工作の中核――二つの信念が、最後の最後まで交わらぬことを、両者ともに確認した瞬間。

されど史実において、この一句は皮肉な形で実現することになる。

服部は戦後、警察予備隊(後の自衛隊)の長官就任を画策した。これに対し松谷は「戦争に旗をふった人間が入るべきではない」と猛反対の意見書を出し、服部の予備隊入りを完全に阻止した。

本作の昭和十九年三月の対決は、戦後昭和二十五年に至るまで、文字通りの形で、両者の生涯を貫くことになる。



「整然たる知性と、岩のような信念」

本作が、服部卓四郎の人物像を捉えるために用いた表現である。

服部は、ノモンハン事件の作戦立案者、開戦時の作戦課長、ガダルカナル戦の作戦失敗者、そして再び作戦課長として復帰した「不死鳥」である。

その一方で、第三案の原本に残る誤字訂正と精読の痕跡は、服部が極めて几帳面で潔癖な知性を持つ人物であったことを示す。

書込のトーンは、感情の動揺を微塵も感じさせない、整然たる筆致である。それでいて、結論として「百年戦争」「掃討」「猪突」「不同意」と、徹底抗戦の四文字を貫く。

これは、論理と感情が分離した、純粋な信念の構造である。それゆえに、より、揺るぎない。

服部の徹底抗戦論は、決して、無知や粗雑さに基づくものではない。むしろ、誰よりも深く、戦況の悪化を認識した上での、信念であった。

それが、いちばん、恐ろしい――松谷と加瀬が、本話末尾で、ともに認め合った服部の本質である。

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