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塞の守り人  作者: 里桜
第五章
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エピローグ

 富士の噴火から一週間後。

 日向を含めた鬼の面々は、千葉県のとある病院にいた。

 今回の一件で負傷した日向たちは、鬼の経営する病院に入院していたのだ。

 日向と怜治、良蔵、水箏の入院は一日、土岐と火織の入院は三日で済んでいたが、冴月、弦、亮の三人は、まだ入院生活を余儀なくされている。冴月たちは肋骨や背骨を骨折しており、まだまだ安静が必要な状態なのだ。

 日向は今日、見舞いのため病院を訪れていた。良蔵と怜治、土岐と水箏も一緒だ。

 日向はフルーツを片手にノックし、中から応答があるとドアを開けた。

「よう! 無事だったか。みんな元気そうだな」

 日向たちが声をかけるよりも早く、部屋の主から声がかかる。それは掃守であった。

 東京の病院に収容されていた掃守は、地震のあと、すぐにこの病院に転院されていた。

 昨日までは面会謝絶だったのだが、今日から一般病室に移されていたのだ。

「掃守さんこそ元気そうですね。よかった。安心しましたよ」

 良蔵が声をかけて病室に入っていく。

 他の面々も後に続いた。

 土岐は、掃守に会うなり深々と頭を下げて謝罪する。掃守は、謝る必要などないと笑って許した。

 掃守は、負傷する直前、東京支部のデータがいじられていることにいち早く気付いていた。

 あの日の早朝、掃守は一度()の出現日時のデータを確認しており、頭の中で応援の配置場所を大体考えてあったため、出没場所が微妙に変えられていることにすぐに気付けたのだ。

 状況から考えて、犯人に当たりはついていたが、はっきりするまでは一人胸に伏せているつもりだった。

 そして、意図的に出没箇所を改ざんされていた大手町付近を中心に、自分の目で確かめるために現場に出たのだが、運悪く負傷してしまった。

 そうして今に至っている。

「俺が寝込んでいる間に、随分と色々なことが起きていたみたいだな。お前たちのおかげで、最悪の状態が回避できたと聞いている。よくやったな」

 掃守は、ベッドの上で起き上がると手をのばし、日向の頭をくしゃりと撫でた。

「掃守さん、まだ横になっていないとお体に障ります」

「少しくらい動いたって、どうってことないさ。ずっと寝てたら、頭がおかしくなっちまう。ところで百目鬼、お前煙草持ってるか?」

 悪びれもせず良蔵に煙草をねだると、ちょうどそこに修也がやってくる。修也は引きつった笑顔を浮かべて見せた。

「掃守さん?」

「げ、守部」

「昨日まで面会謝絶だった怪我人が煙草とか…ふざけるのもいい加減にしてください。あんたの場合、色々と食事制限もしなけりゃならないような不健康な体なんですよ。煙草なんて論外です。当面は麦飯決定ですからね」

「おいおい、ここのメシはただでさえまずいんだぞ? なんだよあの味のしねえくそまずい料理は。その上麦飯だと? どうせ水も足りねえようなボソボソした飯だすんだろ。食う前に想像がつくよ。あ~やだやだ、ったく、俺は囚人かよ」

 良蔵が、にやにやと人の悪い笑いを浮かべてみせた。

「掃守さん、せっかくだからこの際ニコチンも抜いてもらうといいんですよ。さすがに缶ピースは体に悪いし。きっと退院する頃には綺麗な肺に戻ってますよ」

「てめえ、百目鬼。他人事だと思ってこのやろう」

 掃守が良蔵を睨んでいると、修也が冷たい視線を良蔵に向ける。

「そうだね、良蔵もこの際だから一緒に入院して禁煙と食事療法を実践しようか。きっと退院する頃には綺麗な肺と肝臓になってるはずだよ?」

 すると良蔵が『げっ』とつぶやいた。そらぞらしい態度で視線を逸らす。

「あーそうだ。そろそろ冴月たちの見舞いに行かないとな。ほら行くぞー」

 わざとらしく話を逸らし、良蔵は我先にと病室を出てい行った。

「ったく、人のこと売ろうとするからそういう目にあうんだよ」

 掃守の言葉に怜治たちは苦笑する。

「じゃあ掃守さん、また来ますので」

「ああ、どうせ退屈してるからいつでも来てくれよ。次の時は煙草の差し入れ持ってきてくれるとありがたい」

 掃守はにやりと笑って言った。

「掃守さん?」

 修也の怒った口調に、掃守はわざとらしく肩をすくめて見せた。



 冴月と弦、亮の三人は、大部屋の同室だった。

 東京の地震の影響で入院患者がかなり増えており、個室を用意することができなかったのだ。

 決して仲が良いとは言えないその組み合わせに、周囲は色々と気を使うはめになっていた。

 良蔵はノックをするなり、返事も待たずにドアを開ける。

「入るぞー」

 そしてドアを開けた途端、広がる部屋の様子に良蔵は呆れた。

 すでに昼に近い時間だというのに、オフホワイトの仕切りカーテンを全てきっちりと閉め切っているのだ。

「おいおい、っとに相変わらず徹底してるな…。どうせただ寝てるだけでヒマなんだろ? せっかく知り合い同士の相部屋なんだし、少しはフレンドリーに話に花を咲かせてみようぜ! とか思わねえのかね」

 言いながら、強制的にカーテンを次々に開け放っていく。

 無理やりカーテンを開けられた三人の反応はバラバラだった。

 冴月は、すでに起き上がって本を読んでおり、カーテンを開け放たれても、微動だにせず本を読み続けている。良蔵の行動を、全く眼中に入れていなかった。

 弦は、眠っていたところを無理やりカーテンを開けられ、不愉快そうに髪を掻き上げる。

 亮はというと、座って備え付けのテレビを見ていたのだが、カーテンを開けられるなり、非の打ちどころのない微笑みを張り付けて良蔵に向けた。

 微笑みであるというのに、なぜか見た瞬間にカーテンを閉めたくなるような、そんな危険な気配をはらんでいる。

 良蔵は、亮と目が合うなりどっと後悔が押し寄せてきた。

 反射的にカーテンを閉めようとしたのだが、しかし手が動くよりも先に日向が声をかける。

「叔父様、おはようございます」

「日向!」

 亮は、日向を見つけるなり本物の笑顔を浮かべた。

「お加減はいかがですか?」

「気分ならすこぶるいいよ? むさくるしいゴリラが勝手にカーテンを開けた時には、殺意を覚えるほど気分が悪かったけどね。日向のおかげで気分が良くなった。癒された。ありがとう。お見舞いにきてくれたのかい? 嬉しいな」

 そう言って日向を手招きする。

 すると水箏が、思わずといった様子で噴き出した。

「さすが亮さん、いい表現力してるわ~。むさくるしいゴリラ。うんうん、ぴったりよ。りょーちゃんは、もうむさゴリラで決まりね」

「えっと…」

 日向は困ったように言葉を探す。

 一方二人にゴリラ呼ばわりされた良蔵だったが、暴言をはかれたことに対する怒りよりも、亮の機嫌が直ったことにホッとした気持ちの方が上回った様子で、人知れず安堵のため息を吐き出していた。

 日向はくすりと笑みをこぼす。

「甕さんも、冴月様もお元気そうで何よりです。そうだ、みなさんフルーツでも召し上がりますか?」

 日向は、用意してきたフルーツを掲げて見せた。

 亮は嬉しそうに目を細める。

「もちろん食べるよ。日向、僕にはリンゴをむいて? 定番のうさぎさんでお願いね」

 小首をかしげてウィンクをしてきた亮に、日向は苦笑する。

「うさぎですね、わかりました」

 日向は用意してきたナイフで、器用にリンゴをむいていく。亮は、微笑みを浮かべてその様子を見つめていた。

「ところで甕、お前こんなところで油を売ってていいのか?」

「油を売る?」

 良蔵の問いかけに、弦は心底心外だとばかりに低く問い返す。

 実際のところ、三人の中で一番重症だったのは弦だった。

 脊髄の損傷はなかったものの、背骨が折れているのだ。おかげで、今はコルセットでがっちり体を固定されている。

「油を売っているつもりは、毛頭ないのですが」

 ギロリと言わんばかりの視線で良蔵を睨みつけた。

 良蔵は、失敗したとばかりの顔を浮かべる。

「ハハハ、いや、だってよ。なんか今、諏訪の本部が色々と大変なことになってるって小耳にはさんだからよ」

 乾いた笑いでごまかそうと必死になった。

「りょーちゃん失言多過ぎ。そんなんじゃ国会議員になれないわよ」

「んなもん、なるつもりなんかねえよ!」

 怜治は、二人のやり取りに苦笑を浮かべる。

「私も聞きました。金刺さんが本部責任者を解任されるようですね」

 弦は返事をせず、軽く肩をすくめて見せた。表情を真面目なものに変えてから、天井を見上げる。

「百目鬼さんたちの耳にまで届いているとなると、そろそろ片が付くころでしょう。本部も、じきに風通しが良くなりますよ」

 意味深な弦の言葉に、亮が胡乱な表情を浮かべる。

「風通しが良くなる? そんなわけないじゃん。ただ単に自分が嫌いな奴を排除しただけの話だろ? 頭が変わったところで、本部は旧態依然のまま。風通しなんて、ぜーんぜん良くならないよ」

 亮の挑発的な言葉に、弦が不穏な空気を纏わせ、視線を亮に移した。

 亮は、わざとらしく片方だけ口角をあげ、不敵な微笑みを浮かべて弦を見返す。

「だって、君が扱いやすいトップにすげ替えるだけの話だろ? 君にとってやりやすい環境になったってだけの話じゃないか。それを『風通しが良くなる』とか、恩に着せるような言い方しないでくれる?」

 弦は表情を変えずに起き上がり、亮を冷たい目で睨みつけた。

 二人の間に一触即発の空気が流れたその時、日向が慌てた様子で二人の間に入る。

「あ、あの! リンゴがむけました! 叔父様、リクエストのうさぎさんです。どうぞ食べてください!」

 必死な日向の言葉に、亮はころりと表情を変え、笑顔を浮かべた。

「ありがとう。いただきまーす」

 弦のことなどきれいさっぱり忘れたかのように、亮はリンゴをパクつく。

「あの…」

 日向は遠慮がちに弦に声をかけた。

「甕さんもリンゴ如何ですか?」

 最初は無言で亮を睨みつけていたが、やがて怒りを逃がすように息を吐き出し、日向が差し出すリンゴを受け取る。

「いただくよ」

 カシと音を立ててリンゴをかじった弦を見て、日向はホッと息を吐き出した。

 そして皿を手に、今度は冴月の元へと向かう。

「冴月様もどうぞ」

「ああ」

 日向は椅子を引いて冴月の側に腰かけた。

「冴月様、お加減はいかがですか?」

「問題ない」

「入院は退屈ではありませんか?」

「退屈だ」

「何か差し入れいたしましょうか? 何がいいですか?」

「そうだな…」

 冴月は読書をやめて考え込みはじめる。

 しかし――――。

「ヒマなら、今度何か本を差し入れてやろうか?」

 良蔵が口を挟むと、冴月は一度口を閉じた。

 時間をたっぷりおいてから答える。

「必要ない」

「お、ま、え、本当に可愛げねえな!」

 その言葉には返事をせず、無言で本を読みはじめた。

 日向は困ったように笑う。

「冴月様、せっかくの百目鬼先生の御好意ですし、何かリクエストをしてはいかがですか?」

 日向が声をかけると、冴月は読書をやめて日向を見た。

 良蔵を一瞥してから、五人ほど自分の好きな作家の名前を答える。

 良蔵が『読んだことねえな』とつぶやくと、冴月はさも迷惑そうに良蔵を一瞥した。

「百目鬼とは読書の好みが根本的に合わない。お前が好きな本を差し入れるのだけはやめてくれ」

 良蔵は引きつった表情を浮かべる。

「おまえな」

「あーでもわかる。りょーちゃんて何気に恋愛小説好きだもんね。そこの陰険男は絶対に読まないチョイスだわ」

「はあっ!?」

 良蔵は、心外だとばかりの声をあげた。

 土岐が神妙な顔でうなずく。

「確かに。良蔵さんて結構乙女チックなんですよね」

「なっ!? ちげーし!」

「そうそう。きっと現実でろくでもない恋愛ばっかりしてるせいよね。本の中では純愛夢見たいのよね。わかるわ~」

 土岐が腕を組んで深いため息を吐き出した。

「良蔵さん、女の人のうわべだけしか見えてないからな。だからすぐ騙されるんですよ」

 しみじみと言われて良蔵は絶句する。言い返そうと過去を振り返っては見たが、確かに思い当たる節があったのだ。

「いつも都合のいい時だけ利用されて、上手に転がされて、舞い上がらされて。でも、すぐに捨てられちゃうのよね~。かわいそ」

 ぐさぐさと突き刺さる言葉ばかりを投げつけられ、良蔵は黙り込んだ。胸を押さえ、よろめきながら病室を出て行こうとする。

「あ、そうだ。良蔵君、僕は恋愛小説なんか読まないからね」

「私も読みません」

 亮と弦に追い打ちをかけられ、良蔵はキッと背後を振り返った。

「てめえらなんかに仏心を出した俺がバカだった。差し入れなんざ、ぜってーしねえからな!」

 捨て台詞を吐いて、思いっきりドアを閉める。


 一拍おいて、病室内に笑い声がこだました。



 さらに数週間後。

 日向と冴月は、大物忌の住まいのある山を登っていた。

 冴月はまだ退院したばかりで、安静が必要な状態だったが、日向が大物忌に呼ばれたと聞くと、一緒に行くと譲らなかったのだ。

「冴月様、お怪我は痛みませんか? 少し休みますか?」

 日向は、何度も冴月の体を案じ、その度に冴月は微笑みを浮かべて目を細める。

「大丈夫だ。そんなに心配するな」

「でも、まだ怪我が治っていないのに…」

「心配性だな。今日のことは、ちゃんと守部の許可を得ていると言っただろう」

「そうですけど…。でも、痛かったら遠慮なく言ってください」

「わかった」

 微笑んで頷き、二人は道なき道を進む。

 やがて見慣れた古びた家屋が見えると、冴月は日向の背中を軽く押した。

「冴月様?」

 不思議そうに見上げてくる日向を、冴月は愛しげに見下ろす。

「お前にとって、今日と言う日が忘れられない素晴らしい日になることを祈っている」

「? どういう意味ですか?」

「皆が、お前の喜ぶ顔を待っているんだ。さあ、早く大物忌のところへ行け」

 ただただ優しい微笑みばかりを浮かべる冴月にうながされ、訝しみつつも日向は大物忌の住まいを目指す。

 かすかに首を傾げながら玄関の引き戸に手をかけると、日向が明けるよりも早く引き戸が開いた。

「日向!」

 中からすずと主税が飛び出してきて、日向の体をかき抱く。

「お父さん!? お母さん!?」

 日向は驚きに目を見開いて、力いっぱい抱きしめてくる二人を呆然と見上げた。

「どうして…?」

 信じられないとばかりに、首だけで冴月を振り返る。

 するとそこには、冴月だけでなく大物忌と亮の姿も見えた。

「日向…これからは家族三人で暮らせることになったんだよ」

「そうよ、今まで甘やかしてあげられなかった分、もうめちゃめちゃに甘やかしちゃうんだからね」

 主税とすずの言葉を呆然と聞き、やがて言葉の意味が理解できると、二人に必死でしがみついた。

「お父さん、お母さん!」

 泣きながら二人に縋りつく。


 冴月と亮、大物忌の三人は、目に光るものをたたえながら、日向たちをじっと見守った。


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