第9話「準備」
「じゃあ、まず撃って」
「おう」
――バンッ!
弾丸が的に当たる。
「次、右!」
「おう!」
カッツが地面を蹴る。
一気に加速。
右へ切り返し――身体の軸が整う。
「今!」
――バンッ!
命中。
「左!」
「おう!」
走る。
切り返す。
撃つ。
――バンッ!
また当たる。
「よし!」
カッツが笑った。
ヒロは手元の紙に記録する。
「止まった状態より、やっぱり方向転換した瞬間の方が当たる」
「俺、動いてる方が射撃うまいんだな」
「変な話だけどね」
「才能だ」
「普通に撃つ方は平均だけど」
「それ言うの禁止!」
ヒロが笑う。
冒険者登録から数日。
二人はまだ、ホーンラビットの依頼を受けていなかった。
理由は簡単。
ヒロが許可しないからだ。
「なあ」
カッツが銃型杖を下ろす。
「そろそろ行けるだろ?」
「まだ」
「今日全部当たってる」
「射撃だけならね」
「じゃあ何が駄目?」
ヒロが紙をめくる。
そこには、ここ数日の記録がびっしりと書き込まれていた。
射撃数。
命中数。
脚力強化の使用時間。
食事量。
休憩時間。
「……何それ」
「カッツの記録」
「そんなに書いてたの?」
「必要だから」
「細か……」
「誰のためにやってると思ってるんだよ」
「俺」
「分かってるなら文句言うな!」
ヒロは紙を指差す。
「問題は魔力」
「まだ腹減る?」
「減る」
「それは仕方ないだろ」
「そうじゃない」
ヒロが首を振った。
「カッツは、自分があとどれくらい動けるか分かってない」
「分かるぞ」
「本当に?」
「腹減ったら減ってる」
「遅いんだよ!」
ヒロの声が試射場に響いた。
「魔力と体力は近い。魔力が減れば身体能力も落ちる」
「うん」
「特にカッツは脚力強化と銃型杖を同時に使う」
ヒロはカッツの脚を見る。
「高速で動いてる途中に魔力が切れたら?」
「止まる」
「どうやって?」
「……」
カッツが黙った。
「壁?」
「ぶつかる前提にするな!」
「じゃあ地面転がる」
「もっと駄目だよ!」
ヒロはため息をつく。
「巣穴は試射場じゃない」
「分かってる」
「壁もある。岩もある。魔物もいる。それに、急激に魔力を使い切ったら気絶する可能性だってある」
「気絶?」
「そう」
「それは困るな」
「やっと分かった?」
「撃てない」
「死ぬ方を心配して!」
カッツが笑った。
「じゃあどうする?」
「それを今からやる」
ヒロが何かを投げた。
カッツが受け取る。
小さな袋。
「干し肉?」
「そう」
「食っていい?」
「まだ」
「なんで持たせた?」
「練習」
「何の?」
「食べる練習」
「……」
カッツがヒロを見る。
「俺、十八だぞ?」
「知ってる」
「一人で飯食える」
「知ってる!」
ヒロが頭を抱えた。
「そういう意味じゃない!」
◇
「行くよ」
「おう!」
カッツが構える。
今日は、いつもと少し違う。
腰には小さな袋。
中には干し肉。
銃型杖には通常弾のカートリッジ。
「右!」
走る。
方向転換。
――バンッ!
「左!」
走る。
方向転換。
――バンッ!
「もう一回!」
加速。
射撃。
加速。
射撃。
それを繰り返す。
やがて――
「カッツ!」
「何!?」
「食べて!」
「今!?」
「今!」
カッツが走りながら腰の袋へ手を伸ばす。
「うおっ」
身体がブレた。
「止まっていい!」
「先に言え!」
カッツが速度を落とす。
袋を開き、干し肉を取り出して口へ放り込む。
「固っ!」
「保存食なんだから仕方ないだろ!」
噛む。
咀嚼する。
少しずつ、身体へ魔素が取り込まれていく。
だが――
「……あれ?」
「どう?」
「別に元気にならねえ」
「当たり前」
「なんで?」
「食べれば一瞬で全部魔力になると思ってたの?」
「違うの?」
「違うよ!」
ヒロが説明する。
「食べ物に含まれた魔素は、消化することで少しずつ魔力に変換される」
「じゃあ今食った意味ないじゃん」
「ある」
ヒロが指を立てる。
「噛んでる時点でも少しは吸収される」
「少し?」
「少し」
「どれくらい?」
「それを調べてる」
「俺で?」
「カッツで」
「実験台じゃん!」
「実戦で倒れるよりいいだろ!」
「それはそう!」
カッツは干し肉を噛みながら、また銃型杖を構える。
「じゃあ続き」
「待って」
「何?」
「今の感覚覚えて」
ヒロが紙へ書く。
「食べた直後にどれくらい戻った感じがする?」
カッツは考える。
「……ちょっと」
「どれくらい?」
「ちょっと」
「だからどれくらい!?」
「ちょっとはちょっとだろ!」
「数字で!」
「分かんねえよ!」
ヒロは頭を抱えた。
「こういうところなんだよ……」
「何が?」
「カッツと銃型杖の相性が悪いところ!」
「でも撃つ方は相性いいぞ」
「そこだけ異常にいいから困ってるんだよ!」
二人の声が、試射場に響いた。
◇
その日の夕方。
ヒロは作業台に装備を並べていた。
「これが水」
「おう」
「食料」
「おう」
「医療用品」
「おう」
「魔石灯」
「おう」
「工具」
「おう」
「予備のカートリッジ」
「おう」
「銃型杖」
「おう」
カッツが腕を組む。
「多いな」
「前にも説明しただろ」
「聞くのと見るのじゃ違う」
ヒロはため息をつく。
これを普通なら背負う。
重量にも容量にも限界がある。
でも――
「……」
ヒロが右手を出す。
空間が歪んだ。
直径三十センチほどの黒い入口。
――アイテムボックス。
カッツの目が輝く。
「何回見てもすげえな」
「声小さくして」
「誰もいねえじゃん」
「癖にしないと外でやるだろ」
「なるほど」
「そこは素直なんだ……」
ヒロは水を入れる。
消える。
食料。
医療用品。
工具。
カートリッジ。
次々と異空間へ収納されていく。
カッツが覗き込む。
「中見えないの?」
「見えない」
「どうやって取り出す?」
「入れた物は分かる」
「なんで?」
「感覚」
「便利だな」
「説明できないものもあるんだよ」
最後にヒロは細長い予備装備を入れた。
入口は小さい。
だが、細長い物なら角度を合わせることで収納できる。
「これで」
ヒロが空間を閉じる。
「荷物は問題ない」
「じゃあ行けるな」
「まだ」
「まだ!?」
カッツが頭を抱えた。
「あと何!?」
「弾」
「あるじゃん」
カッツがカートリッジを指す。
「通常弾」
「何本?」
「いっぱい」
「数えて」
「……」
カッツが黙る。
ヒロが睨んだ。
「何本?」
「ヒロが知ってる」
「カッツ!」
「分かった! 数える!」
一本。
二本。
三本。
四本。
「四本」
「一つ六発」
「二十四発」
「ホーンラビットを一匹倒すのに何発必要?」
「一発」
「本当に?」
「……たぶん」
「そこ」
ヒロが指差す。
「そこが分からない」
カッツもカートリッジを見る。
試射場で撃ったのは的だ。
木だ。
魔物じゃない。
「ホーンラビットの皮膚」
ヒロが言う。
「骨」
「角」
「動き」
「急所」
そしてカッツを見る。
「僕たちは何も知らない」
カッツが少しだけ真面目な顔になる。
「じゃあ調べる?」
「そう」
ヒロが頷いた。
「ギルドで」
◇
ギルド。
二人は資料室にいた。
「ホーンラビット……」
ヒロが資料を読む。
「体長は大体六十センチ前後」
「でかいウサギだな」
「額に角」
「名前のまんま」
「主な攻撃は突進」
「避ければいい」
「簡単に言うな」
ヒロがページをめくる。
「脚力が高い。直線速度が速い」
カッツが笑った。
「俺とどっちが速い?」
「競争しに行くんじゃないよ」
「ちょっと気になる」
「僕はならない」
さらに読む。
「単体ならE級でも比較的危険度は低い」
「ほら」
「でも複数で出る場合もある」
「……何匹?」
「巣穴による」
「それ困るな」
「だからカートリッジを多めに持つ」
カッツが頷く。
少しずつ。
二人で情報を集める。
カッツが聞く。
ヒロが読む。
ヒロが考える。
そしてカッツが、
「じゃあ、こうすれば?」
と思いついたことを口にする。
正しいかどうかは分からない。
それでも二人で、一つずつ答えを作っていく。
やがてヒロが資料を閉じた。
「……よし」
「よし?」
「行けると思う」
カッツの目が輝く。
「マジ?」
「ただし」
「また条件?」
「当然」
ヒロが指を立てる。
「深追いしない」
「分かった」
「危ないと思ったら逃げる」
「分かった」
「僕が止まれって言ったら止まる」
「分かった」
「残弾を数える」
「分かった」
「食べる」
「任せろ」
「そこだけ返事いいな」
カッツが笑った。
「じゃあ」
二人は資料室を出て、依頼掲示板へ向かう。
一番下。
E級。
何日も前から見ていた紙。
《ホーンラビットの巣穴》
カッツが依頼票へ手を伸ばす。
今度はヒロも止めない。
紙を剥がす。
「ヒロ」
「何?」
カッツが依頼票を見せる。
「これで一個目だな」
「まだ攻略してない」
「するだろ?」
「……」
ヒロは少しだけ笑った。
「そうだね」
二人で受付へ向かう。
正式に依頼を受領する。
これで逃げても、失敗しても、記録に残る。
そして主モンスターを倒せば――
二人にとって、最初の攻略になる。
ギルドを出る。
カッツの腰には銃型杖。
ヒロの右手には、誰にも知られてはいけないアイテムボックス。
「明日」
ヒロが言う。
「ホーンラビットの巣穴へ行く」
カッツが笑った。
「やっとだな」
試射場ではない。
的でもない。
次に撃つのは――
生きている魔物。
二人にとって初めての実戦が、
始まろうとしていた。




