第8話「バディ」
翌朝。
「冒険者になろう」
「嫌だ」
「早くない?」
「何が?」
「断るの」
「朝一番で鍛冶屋に来て、いきなり何言ってるんだよ」
ヒロは作業台から顔も上げなかった。
カッツはその正面に立つ。
「昨日考えた」
「珍しいね」
「俺だって考える」
「何を?」
「魔物を倒す方法」
その言葉に。
ヒロの手が止まった。
「銃型杖は使える」
「まだ試射しただけ」
「走りながらでも当てられた」
「方向転換の瞬間だけね」
「弾も持てる」
「僕のアイテムボックス前提じゃん」
「飯も持てる」
「それも僕のアイテムボックス前提!」
カッツが笑った。
「だから、一緒に冒険者やろうぜ」
「なんでそうなるんだよ!」
鍛冶屋にヒロの声が響いた。
奥から親方が顔を出す。
「朝から元気だな」
「元気じゃないです!」
「ヒロ」
「何ですか」
親方がカッツを見る。
それからヒロを見る。
「行ってくればいいじゃないか」
「親方まで!?」
「仕事なら他にもいる」
「そういう問題じゃ……」
「それに」
親方が笑う。
「お前、最近楽しそうだぞ」
「……」
ヒロが黙った。
カッツがニヤニヤしている。
「何?」
「別に」
「その顔やめろ」
「楽しそうだなって」
「カッツ!」
親方が笑いながら奥へ戻っていく。
ヒロは大きなため息をついた。
「そもそも」
「ん?」
「僕は鍛冶師」
「知ってる」
「冒険者じゃない」
「なればいい」
「戦えない」
「俺が戦う」
「魔物に襲われたら?」
「俺が倒す」
「カッツが倒れたら?」
「……」
カッツが考える。
「頑張って逃げて」
「嫌だよ!」
「じゃあ俺が倒れないように考えて」
「僕の仕事増えてない!?」
「得意だろ?」
「勝手に決めるな!」
カッツは笑った。
でも。
ヒロは分かっていた。
昨日。
自分の空間魔法を見せた。
ずっと誰にも知られたくなかった力。
それを見て。
カッツが最初に言った言葉。
――めちゃくちゃ便利じゃん。
怖がらなかった。
気味悪がらなかった。
ただ。
使える。
そう言った。
そしてヒロ自身も。
昨日からずっと考えていた。
カッツが銃型杖で戦うなら。
どんな弾がいる?
どれくらい食料を持つ?
工具は?
予備の魔石は?
銃型杖が壊れたら?
巣穴の中で修理できるか?
気づけば。
考えている。
誰かに言われたからじゃない。
自分から。
「……一つだけ」
ヒロが言った。
「お?」
「条件」
「何?」
「勝手なことしない」
「分かった」
「まだ最後まで聞いてない」
「聞いてる」
「聞いてないだろ!」
ヒロは指を立てる。
「僕が危険だって言ったら止まる」
「うん」
「食料をちゃんと管理する」
「うん」
「残弾を数える」
「……うん」
「今、間があった」
「なかった」
「あった」
「気のせい」
ヒロが睨む。
カッツが目を逸らす。
「あと」
ヒロが続ける。
「アイテムボックスのことは誰にも言わない」
カッツの表情が変わった。
「分かった」
今度は即答だった。
ふざけていない。
ヒロにも分かった。
「……じゃあ」
「じゃあ?」
ヒロは少しだけ迷って。
言った。
「ギルドに行こう」
カッツの顔が輝いた。
「よっしゃ!」
「声!」
◇
街の中央。
石造りの大きな建物。
入口には、剣と杖を交差させた紋章。
《ギルド》。
対魔物治安維持機関。
魔物の討伐。
巣穴の管理。
冒険者への依頼。
魔石や素材の買い取り。
この国で魔物と関わる仕事の多くを担う組織だ。
カッツが建物を見上げる。
「でけえな」
「初めて?」
「中は」
「僕も」
「お前も?」
「鍛冶師だからね」
二人が中へ入る。
ざわっ。
人。
人。
人。
剣を背負った者。
杖を持った者。
鎧。
ローブ。
カッツの目が輝く。
「冒険者だ……!」
「声に出てる」
「すげえ!」
「だから声」
カッツは周囲を見る。
ほとんどが二人組。
前を歩く剣士。
その後ろに付与術師。
また別の二人組。
剣士。
付与術師。
「みんな二人だな」
「基本だから」
ヒロが答える。
「剣士が前で戦う。付与術師が後ろから強化する」
「じゃあ俺たちも二人」
「そういう問題かな……」
カッツが受付へ向かう。
「冒険者登録したい」
受付の女性が顔を上げた。
「お二人ですか?」
「はい」
「僕も?」
「ここまで来て何言ってんだよ」
「一応確認しただけ!」
受付の女性が微笑む。
「バディ登録も同時にされますか?」
「バディ?」
カッツが聞く。
「はい。この国では、剣士と付与術師の二人一組を基本単位として登録しています」
「俺、剣士じゃない」
「え?」
「こっちは付与術師じゃない」
「……え?」
受付の女性が二人を見る。
「では……職種をお伺いしても?」
カッツが腰の銃型杖を取り出す。
「これ使う」
受付の女性が目を見開いた。
「銃型杖……ですか?」
「そう」
今度はヒロ。
「僕は鍛冶師です」
「……鍛冶師?」
「はい」
受付の女性が二人を見る。
銃型杖。
鍛冶師。
そして、また銃型杖。
「少々お待ちください」
奥へ消えた。
「なんで?」
カッツが聞く。
「珍しいんだろ」
「駄目なの?」
「知らない」
少しして。
受付の女性が戻ってくる。
隣には年配の男性職員。
「お待たせしました」
男性が二人を見る。
「規則上、問題はない」
「おお」
「ただし」
男性が銃型杖を見る。
「銃型杖を主武器とする冒険者は非常に少ない」
次にヒロを見る。
「まして鍛冶師とのバディとなれば、私も聞いたことがない」
カッツが笑った。
「じゃあ俺たちが最初?」
「少なくとも私の知る限りではな」
「いいじゃん」
「何が?」
ヒロが小声で言う。
男性職員は続ける。
「冒険者登録をする以上、特別扱いはない」
「もちろん」
「最初はEランク」
男性が三本の指を立てる。
「Dランクへ上がるには、最低レベル三以上」
一本。
「E級巣穴を三つ以上攻略」
二本。
「そして規定の魔素抵抗値への到達」
三本。
「その他、略奪などの重大な規約違反がないこと」
カッツが首を傾げる。
「レベル?」
「魔物を討伐した経験はあるか?」
「ない」
「なら知らなくても無理はない」
男性が説明する。
「魔物を倒すと、その個体が持っていた魔素の一部を討伐者が吸収する」
「魔素を?」
「そうだ」
「それで強くなる?」
「正確には、魔素への抵抗力が上がる」
男性は自分の胸を指す。
「一定量に達するごとに、ギルドでは便宜上として区切っている」
カッツがヒロを見る。
「倒せばレベル上がるってこと?」
「すぐ上がるとは言ってないだろ」
男性が少し笑う。
「その鍛冶師の言う通りだ」
「ヒロ」
「何?」
「お前、冒険者向いてるかも」
「まだ登録すら終わってない」
「説明を続けても?」
「あ、はい」
ヒロがカッツの腕を引いた。
「すみません」
「なんで俺引っ張られた?」
「黙って」
男性職員が書類を取り出す。
「そしてバディを正式登録する場合」
一枚。
机へ置く。
「《バディ刻印》を施す」
カッツが紙を見る。
「刻印?」
「登録された二人を魔力的に接続するものだ」
男性が続ける。
「前衛が魔物を討伐しても、後衛が直接攻撃に参加できるとは限らない」
ヒロが反応する。
「だから魔素を分ける?」
「その通り」
男性が頷いた。
「討伐に有意に関与した者が得る魔素は、バディにも分配される」
「じゃあ」
カッツがヒロを見る。
「俺が倒せば、ヒロも強くなる?」
「そういうことだ」
「すげえじゃん」
「ただし」
男性が付け加える。
「バディ刻印は一人につき一つだけだ」
「一個?」
「同時に複数のバディとは結べない」
「解除は?」
ヒロが聞く。
「双方の合意があれば可能だ」
少し間を置いて。
「どちらかが死亡した場合も、自動的に解除される」
「……」
一瞬。
空気が変わった。
死亡。
冒険者になる。
魔物と戦う。
分かっていた。
でも。
言葉にされると。
重い。
カッツがヒロを見る。
「どうする?」
珍しく。
ふざけていない。
ヒロもカッツを見る。
昨日まで。
ただの客だった。
その前まで。
名前すら知らなかった。
それなのに。
今。
一緒に魔物と戦おうとしている。
怖くない。
と言えば。
嘘になる。
「……カッツ」
「ん?」
「僕、戦えないからね」
「知ってる」
「無茶したら止める」
「分かった」
「残弾は僕が数える」
「頼む」
「食料も僕が管理する」
「頼む」
「装備も僕が決める」
「それは相談しようぜ」
「なんでそこだけ嫌なんだよ」
カッツが笑う。
ヒロも。
少しだけ笑った。
「……やろう」
「ああ」
二人が書類へ名前を書く。
カッツ。
ヒロ。
男性職員が確認する。
「では、刻印を」
二人がそれぞれ右腕を出す。
職員が専用の魔石をかざした。
淡い光。
熱。
皮膚の上に。
小さな紋様が浮かび上がる。
カッツの腕。
ヒロの腕。
同じ紋様。
「これで」
職員が言う。
「お二人は正式なバディだ」
カッツが自分の腕を見る。
「おお……」
ヒロも刻印を見る。
誰かと。
繋がった証。
「ヒロ」
「何?」
カッツが笑う。
「相棒」
「……」
ヒロは少しだけ迷った。
「その呼び方」
「嫌?」
「……まだ慣れない」
「そのうち慣れる」
「勝手に決めるな」
そう言いながら。
ヒロは刻印から目を逸らさなかった。
◇
登録を終えた二人は。
依頼掲示板の前に立っていた。
上へ行くほど。
紙の色が変わっている。
S。
A。
B。
C。
D。
そして。
一番下。
E。
「どれにする?」
カッツが聞く。
「まだ行かないよ」
「なんで!?」
「装備」
「あるじゃん」
カッツが銃型杖を持ち上げる。
「それだけで行くつもり?」
「駄目?」
「駄目」
「即答」
「当たり前」
ヒロがE級の依頼を見る。
ホーンラビット。
ブラッドファング。
ジャイアントマウス。
知らない名前も。
いくつもある。
どんな動きをする?
どんな攻撃をする?
通常弾は効く?
何発必要?
食料は?
カートリッジは?
考えることは。
山ほどある。
でも。
以前とは違う。
答えがない。
だから。
調べる。
考える。
作る。
「まず」
ヒロが一枚の依頼票を見る。
《ホーンラビットの巣穴》
E級。
比較的危険度が低い。
新人冒険者が最初に選ぶことも多い。
「これ」
「ホーンラビット?」
「うん」
カッツが依頼票へ手を伸ばす。
ヒロが叩いた。
「痛っ!」
「まだ取るな!」
「なんで!」
「依頼を正式に受けたら攻略扱いになる」
「いいじゃん」
「準備できてないだろ!」
「行きながら考える」
「駄目!」
ヒロは依頼票を見る。
そして。
少しだけ笑った。
「ちゃんと準備する」
「どれくらい?」
「必要なだけ」
「長い?」
「カッツ次第」
「俺?」
「射撃訓練」
「……」
「残弾管理」
「……」
「魔力管理」
「……」
「食事管理」
「最後いらなくない?」
「一番いる!」
カッツが露骨に嫌そうな顔をする。
ヒロはそれを見て笑った。
「それができたら」
もう一度。
ホーンラビットの依頼を見る。
「二人で行こう」
カッツも依頼票を見る。
「分かった」
そして。
笑った。
「絶対倒す」
まだ。
二人は知らない。
この小さなE級の巣穴が。
銃型杖を持つガンナーと。
戦場で武器を作る鍛冶師。
そんな。
誰も見たことのないバディの。
最初の一歩になることを。




