第7話「異端」
「……方法なら、ある」
ヒロは自分の右手を見た。
昨日から。
ずっと考えていた。
カッツが銃型杖を使うなら。
普通の冒険者より、多くの荷物が必要になる。
カートリッジ。
食料。
水。
工具。
予備装備。
普通なら。
持てる量には限界がある。
だから銃型杖は。
使いにくい。
だから広まらない。
でも。
ヒロだけは。
その限界を。
超えられる。
「……」
右手を握る。
それが。
怖かった。
◇
翌日。
「おはよ!」
「朝からうるさい」
鍛冶屋の扉を開けた瞬間。
カッツがいた。
「早くない?」
「来た」
「見れば分かる」
「昨日の続き」
「……」
ヒロはため息をついた。
「まだ店開けたばっかりなんだけど」
「いいじゃん」
「よくない」
「でも考えた?」
「何を?」
「荷物」
カッツが言う。
「どうやって持ってく?」
ヒロの動きが止まる。
「……」
「なんか思いついた?」
「まあ」
「おお!」
「でも」
ヒロは目を逸らした。
「それは使わない」
「なんで?」
「使わないから」
「理由になってない」
「いいんだよ」
カッツは首を傾げた。
「できるの?」
「……できる」
「じゃあ使えばいいじゃん」
「だから使わない」
「なんで?」
「しつこいな!」
ヒロの声が大きくなる。
カッツが黙る。
一瞬。
鍛冶屋の中が静かになった。
奥で作業していた職人が、ちらりとこちらを見る。
ヒロはそれに気づいて、少し声を落とした。
「……悪い」
「いや」
カッツも少しだけ声を落とした。
「そんな嫌なら聞かない」
「……」
「でも」
カッツが続ける。
「できるのに使わないって、もったいなくない?」
ヒロは何も答えなかった。
◇
その日の昼。
ヒロは鍛冶屋の裏で、一人。
金属片を削っていた。
ザッ。
ザッ。
工具の音。
集中しているように見えて。
頭の中には、朝の会話が残っていた。
――できるのに使わないって、もったいなくない?
簡単に言う。
何も知らないから。
言える。
「……」
ヒロは手を止めた。
子どもの頃。
最初に。
それを見せた時。
友達だと思っていた子が。
泣いた。
『気持ち悪い』
そう言われた。
次の日から。
遊ばなくなった。
その子だけじゃない。
周りも。
少しずつ。
距離を取った。
ヒロが近づけば。
話が止まる。
同じ机に座れば。
少し離れる。
親たちは。
子どもを呼び戻した。
『近づくな』
直接言われたこともある。
空間を切り取る。
物を消す。
また取り出す。
自然ではない。
神の理に反する。
モンスターと。
何が違う。
そんな言葉を。
何度も聞いた。
「……」
ヒロは金属片を握りしめた。
両親は。
何も悪くない。
父も母も。
ヒロを守ってくれた。
国認定鍛冶師だったから。
生活に困ることもなかった。
親方も。
ヒロの空間魔法を知った上で。
雇ってくれた。
恵まれている。
そう思う。
でも。
それでも。
人と深く関わるのは。
怖かった。
「ヒロ」
声。
ヒロが顔を上げる。
親方だった。
「……何ですか」
「考え事か」
「別に」
「そうか」
親方は。
しばらく黙って。
ヒロの隣へ座った。
「カッツか」
「……」
「分かりやすいな」
「何も言ってないですけど」
「顔に出とる」
「出てないです」
「出とる」
ヒロは。
また金属片へ視線を落とした。
親方が言う。
「あいつには話したのか」
「何を」
「お前のことだ」
「……話してません」
「そうか」
それだけ。
親方は言った。
説教もしない。
勧めもしない。
ヒロには。
それがありがたかった。
「親方」
「ん?」
「もし」
ヒロは。
ゆっくり言った。
「見せて」
「嫌われたら」
親方は。
ヒロを見た。
「それは怖いか」
「……はい」
ヒロは。
正直に答えた。
親方は。
少しだけ笑う。
「そりゃ怖いわな」
「……」
「でも」
親方は立ち上がった。
「嫌われるかどうかは、見せてみんと分からん」
「それカッツと同じこと言ってます」
「そうか」
「嫌です」
「何がだ」
「同じなのが」
親方は笑った。
「なら余計に悩め」
「雑だなあ……」
「若いうちに悩んどけ」
そう言って。
親方は戻っていった。
ヒロは。
一人。
右手を見る。
見せる?
カッツに?
「……」
怖い。
でも。
少しだけ。
見てみたいとも思った。
あの男が。
どんな顔をするのか。
◇
夕方。
「ヒロ!」
また。
カッツが来た。
「今日何回来るの?」
「二回」
「数えてたんだ」
「腹減った」
「知らないよ」
「なんか食う?」
「なんで僕が付き合う前提なの?」
「行こうぜ」
「……」
ヒロは。
カッツを見る。
いつも通り。
大雑把。
遠慮がない。
声が大きい。
「……カッツ」
「ん?」
「ちょっと来て」
「飯?」
「違う」
「じゃあどこ?」
「いいから」
ヒロは。
鍛冶屋の裏。
人目のない倉庫へ向かった。
カッツも。
何も言わずついてくる。
扉を閉める。
「何?」
「……」
ヒロは。
言葉が出なかった。
カッツが待つ。
珍しく。
急かさない。
「昨日」
ヒロが言う。
「荷物の話しただろ」
「した」
「方法があるって」
「うん」
「それ」
ヒロは右手を上げた。
「僕ならできる」
「どうやって?」
「……見せる」
ヒロが。
手を前へ出す。
魔力を流す。
空間が。
ゆっくり歪む。
丸い。
黒い。
穴。
直径三十センチほど。
何もない場所に。
突然。
異空間への入口が開いた。
カッツが。
黙った。
「……」
ヒロの胸が。
締め付けられる。
やっぱり。
驚く。
当然だ。
気持ち悪い。
そう言われても。
仕方ない。
ヒロは。
視線を落とす。
「これが」
声が少し。
震えた。
「僕の魔法」
カッツは。
まだ黙っている。
ヒロが続ける。
「空間魔法」
「……」
「物を入れられる」
「……」
「中は隔絶されてる」
「……」
「食料も劣化しない」
「……」
「でも」
ヒロは。
拳を握った。
「こういうのは」
言葉が。
出にくい。
「神の理に反するって言われる」
カッツは。
まだ。
何も言わない。
「モンスターと同じだって」
「……」
「だから」
ヒロは。
少しだけ笑った。
「普通は見せない」
沈黙。
やっぱり。
そうなる。
ヒロは。
空間を閉じようとした。
その時。
「……これ」
カッツが言った。
ヒロの手が止まる。
「何?」
カッツが。
空間の穴へ顔を近づける。
「めちゃくちゃ便利じゃん」
「……」
ヒロは。
固まった。
「え?」
「食い物入れられるんだろ?」
「……うん」
「カートリッジは?」
「入る」
「銃型杖は?」
「細長いから、入れ方次第で入る」
「工具」
「入る」
「肉」
「入る」
「パン」
「入る」
カッツの目が。
輝いた。
「最強じゃん!」
「……」
ヒロは。
何も言えない。
「これあれば荷物問題終わりじゃん!」
「いや」
「え?」
「全部が解決するわけじゃない」
ヒロは。
少しだけ落ち着きを取り戻す。
「入口の大きさは決まってる」
「どのくらい?」
「これくらい」
ヒロが。
両手で丸を作る。
「でかい物は入らない」
「細長いのは?」
「向き次第」
「生き物は?」
「無理」
「なんで?」
「中はこの世界と切り離された空間だから」
ヒロは説明する。
「生きたまま入れたら死ぬ」
「怖っ」
「だから入れるなよ」
「入れねえよ」
「カッツなら試しそうだから」
「俺を何だと思ってんだ」
「危ない人」
「ひどいな」
そのやり取り。
普通だった。
あまりに。
普通すぎた。
ヒロが。
カッツを見る。
「……気持ち悪くないの?」
「何が?」
「これ」
ヒロが。
空間を指す。
カッツも。
空間を見る。
「別に」
「……」
「便利」
「それだけ?」
「うん」
ヒロは。
目を逸らす。
胸の奥が。
妙に。
熱かった。
「お前」
ヒロが言う。
「変だな」
「今さら?」
「普通は」
言いかけて。
やめた。
普通なら。
何て言う?
怖い。
気持ち悪い。
異端。
でも。
カッツは。
言わなかった。
「なあヒロ」
「何」
「これ」
カッツが。
また空間を指す。
「どれくらい食料入る?」
「……」
「肉は?」
「いっぱい」
「パンは?」
「いっぱい」
「最高じゃん!」
「結局食い物かよ!」
カッツが笑う。
ヒロも。
思わず。
笑った。
◇
その夜。
ヒロは。
工房の作業台で。
銃型杖を見ていた。
隣には。
カートリッジ。
通常弾。
火炎弾。
貫通弾。
それから。
大量の食料を入れられる。
アイテムボックス。
今まで。
銃型杖の最大の欠点だった。
持ち込み量。
それが。
消えるわけではない。
カッツの魔力消費は。
変わらない。
撃てる弾数も。
カートリッジの本数も。
有限。
でも。
持ち込める選択肢は。
圧倒的に増える。
「……」
ヒロは。
銃型杖を手に取った。
脚力強化。
高速移動。
銃型杖。
アイテムボックス。
カートリッジ。
食料。
一つずつ。
バラバラだったものが。
少しずつ。
繋がっていく。
まだ。
完成していない。
まだ。
魔物を倒したわけでもない。
でも。
「……もしかして」
ヒロは。
初めて。
自分から。
そう思った。
この二人なら。
何か。
今までにないものを。
作れるかもしれない。
その時。
工房の外から。
大きな声。
「ヒロー!」
「……」
「明日も撃とうぜー!」
ヒロは。
頭を抱えた。
「声でかいんだよ……」
でも。
その口元は。
少しだけ。
笑っていた。




