第10話「初陣」
巣穴の入口。
カッツは、その穴を見つめていた。
岩肌にぽっかりと開いた、暗い穴。
特別なものには見えない。
だが。
この先には。
魔物がいる。
「……」
「緊張してる?」
隣からヒロが聞いた。
「ちょっと」
「珍しい」
「俺だって緊張くらいする」
「昨日まであんなに行きたがってたのに」
「行きたいのと緊張するのは別だろ」
「それはそうか」
カッツは腰を見る。
銃型杖。
通常弾。
ヒロが用意したカートリッジ。
そして。
「ヒロ」
「何?」
「飯」
「ある」
「肉」
「ある」
「パン」
「ある」
「水」
「ある」
「完璧」
「確認するところそこなんだ……」
ヒロはため息をついた。
だが。
自分も緊張している。
鍛冶場じゃない。
試射場でもない。
ここから先は。
何が起きるか分からない。
「もう一回確認するよ」
「おう」
「危ないと思ったら逃げる」
「分かった」
「深追いしない」
「分かった」
「残弾」
「数える」
「魔力」
「減る前に食う」
「よし」
ヒロが頷く。
カッツが笑った。
「なんか母ちゃんみたいだな」
「帰ろうか?」
「ごめんなさい」
二人は。
巣穴へ入った。
◇
暗い。
外の光が。
少しずつ遠くなる。
ヒロが魔石灯を取り出す。
淡い光が周囲を照らした。
土。
岩。
木の根。
人工的に作られた道ではない。
魔物が長い時間をかけて掘り広げた穴。
「狭いな」
カッツが小声で言う。
「資料通り」
「ここで全力出したら壁にぶつかりそう」
「絶対出すなよ」
「分かってる」
「本当に?」
「たぶん」
「帰ろうか?」
「分かってる!」
二人はゆっくり進む。
カッツが前。
ヒロが後ろ。
いつでもカッツが銃型杖を構えられる距離。
ヒロは周囲を見る。
壁。
天井。
地面。
そして。
カッツ。
自分は戦えない。
だから。
見る。
考える。
それが自分の役目。
少し進んだ。
その時。
「止まって」
ヒロが言った。
カッツの足が止まる。
「何?」
「音」
二人が黙る。
暗闇。
静寂。
その奥から。
ザッ。
ザッ。
何かが地面を掻く音。
カッツがゆっくり銃型杖を抜いた。
「来る?」
「たぶん」
ヒロも魔石灯を前へ向ける。
光の先。
二つの目。
「……いた」
低い身体。
灰色の毛。
額から伸びた一本の角。
ホーンラビット。
資料で見た。
でも。
本物は違う。
「でかいな」
「六十センチくらい」
「知ってたけど」
ホーンラビットが二人を見る。
鼻が動く。
そして。
頭を下げた。
「カッツ!」
「分かってる!」
後脚が地面を蹴る。
――ドンッ!
「速っ!」
一気に距離が縮まる。
カッツが横へ跳ぶ。
角が身体のすぐ横を通過する。
「うおっ!」
ホーンラビットがそのまま走り抜ける。
壁際で向きを変える。
「資料より速くない!?」
「数字で見るのと実際に見るのは違うんだよ!」
「先に言え!」
「僕も初めてだよ!」
ホーンラビットが再び頭を下げる。
「来る!」
カッツが銃型杖を構える。
狙う。
――バンッ!
弾丸が飛ぶ。
外れた。
「外した!」
「見れば分かる!」
「残り五!」
「それは偉い!」
「だろ!」
「喜んでる場合じゃない!」
ホーンラビットが突進。
カッツが避ける。
だが。
試射場とは違う。
狭い。
壁がある。
自由に走れない。
「くそっ」
カッツが距離を取ろうとする。
でも。
後ろにはヒロ。
「ヒロ!」
「右!」
「右!?」
「右に広い場所ある!」
カッツが右へ走る。
小さく開けた空間。
そこへホーンラビットも追ってくる。
「ここなら動ける!」
「全力は駄目!」
「分かってる!」
カッツが脚へ魔力を流す。
熱。
力。
地面を蹴る。
加速。
ホーンラビットもカッツを追う。
「速いな!」
でも。
直線なら。
カッツの方が速い。
問題は。
撃つこと。
走る。
ホーンラビットが追う。
壁が迫る。
「カッツ!」
「分かってる!」
踏み込む。
方向転換。
身体の軸が。
一瞬。
整う。
そこ。
銃型杖を向ける。
――バンッ!
弾丸がホーンラビットの胴体へ当たった。
「当たった!」
ホーンラビットが転がる。
だが。
「まだ!」
起き上がった。
「一発じゃ駄目か!」
「効いてはいる!」
血。
確かに傷はある。
でも。
致命傷じゃない。
ホーンラビットが再び頭を下げる。
「来る!」
カッツが構える。
撃とうとして。
止めた。
「……」
「カッツ?」
「こいつ」
ホーンラビットを見る。
突進。
避ける。
また方向を変える。
頭を下げる。
突進。
「同じだ」
「何が?」
「来る前」
カッツが目を細める。
「必ず頭下げる」
ヒロも見る。
「……本当だ」
「だったら」
カッツが笑った。
「そこ狙えばいい」
ホーンラビットがこちらを向く。
頭を下げる。
「来る!」
でも。
今度は。
カッツはすぐに動かなかった。
距離を見る。
ホーンラビットが加速。
十歩。
七歩。
五歩。
「カッツ!」
まだ。
三歩。
「今!」
カッツが横へ踏み込む。
角が脇を通る。
方向転換。
身体の軸が整う。
そして。
今までより近い。
銃口をホーンラビットへ向ける。
「そこ!」
――バンッ!
弾丸が首へ入った。
ホーンラビットの身体が地面を転がる。
そのまま。
動かなくなった。
「……」
静かになる。
カッツは銃型杖を構えたまま動かない。
「倒した?」
「まだ近づかないで」
ヒロが言う。
二人で待つ。
動かない。
やがて。
ホーンラビットの身体から。
淡い光のようなものが立ち上った。
「何だ?」
カッツが見る。
光は。
カッツへ。
そして。
ヒロへ。
二人の腕。
バディ刻印が淡く光った。
「……これ」
ヒロが自分の腕を見る。
「魔素だ」
「これが?」
「討伐した魔物が持ってた魔素」
カッツも自分の腕を見る。
身体の中へ。
何かが染み込んでくる。
熱い。
でも。
嫌な感じじゃない。
「ヒロにも来た?」
「来た」
「本当に分かれるんだな」
「バディだからね」
カッツが少し笑う。
「俺たち」
「何?」
「初めて魔物倒したな」
ヒロもホーンラビットを見る。
「……うん」
初めて。
二人で。
答えを出した。
でも。
ヒロはすぐに気づく。
「カッツ」
「ん?」
「何発使った?」
「三発」
「残り?」
「三発」
ヒロが少し驚く。
「ちゃんと数えてる」
「当たり前だろ」
「成長したね」
「子ども扱いすんな」
その時。
ぐぅぅぅぅぅ。
「……」
「……」
カッツの腹が鳴った。
ヒロが無言で周囲を確認する。
誰もいない。
右手を出し、空間を開く。
そして。
干し肉を取り出した。
「はい」
「ありがとう」
カッツが干し肉を齧る。
「うま」
「まだ一匹だからね」
「分かってる」
噛む。
少し休む。
急激に使った魔力は。
食べた瞬間に全部戻るわけじゃない。
「どう?」
「ちょっと楽」
「もう少し待つ」
「進まないの?」
「回復してから」
「時間かかるぞ」
「それも含めて攻略だよ」
カッツは少し不満そうだったが。
座った。
「……なあ」
「何?」
「一発目」
「うん」
「外した」
「うん」
「二発目は胴体」
「うん」
「三発目は首」
ヒロがカッツを見る。
「だから?」
「次」
カッツが銃型杖を見る。
「最初から首狙えば、一発で倒せるかもしれない」
ヒロは少し黙った。
「……できる?」
「分かんねえ」
カッツが笑う。
「だから試す」
ヒロも少し笑った。
「そうだね」
◇
休憩を終え。
二人はさらに奥へ進んだ。
今度は。
さっきより慎重に。
音。
臭い。
足跡。
全部を見る。
そして。
二匹目。
「いた」
カッツが小さく言う。
ホーンラビット。
まだこちらには気づいていない。
「撃つ?」
ヒロが聞く。
「いや」
「なんで?」
「動きを見る」
カッツが答えた。
ヒロが少し驚く。
さっきまで。
見つけた瞬間に撃とうとしていた男が。
待っている。
ホーンラビットがこちらに気づいた。
頭を下げる。
「来る」
カッツは銃型杖を構える。
でも。
撃たない。
突進。
横へ。
避ける。
ホーンラビットが通り過ぎる。
「撃たないの?」
「まだ」
振り返る。
頭を下げる。
また。
突進。
カッツは見る。
速度。
距離。
頭の位置。
首。
「……分かった」
三度目。
ホーンラビットが頭を下げる。
カッツが脚へ魔力を流す。
「来い」
突進。
距離を詰める。
カッツが横へ切り返す。
その瞬間。
――バンッ!
一発。
首。
ホーンラビットが地面へ転がった。
動かない。
淡い魔素。
二人の刻印が光る。
「……」
カッツが銃型杖を見る。
「一発」
ヒロも倒れたホーンラビットを見る。
「できたね」
「おう」
一匹目。
三発。
二匹目。
一発。
カッツは。
ただ撃ったわけじゃない。
見た。
考えた。
試した。
そして。
変えた。
ヒロはそれを見ていた。
「カッツ」
「何?」
「それ」
「どれ?」
「今やったこと」
ヒロが言う。
「覚えておいた方がいい」
「首狙う?」
「それもだけど」
ヒロは倒れたホーンラビットを見る。
「最初から答えを決めない」
「……?」
「相手を見て」
「うん」
「試して」
「うん」
「駄目なら変える」
カッツは少し考える。
「普通じゃない?」
ヒロが一瞬黙った。
そして。
笑った。
「カッツらしいよ」
「何だそれ」
でも。
ヒロは思った。
たぶん。
これだ。
この男は。
知らないものを怖がらない。
自分の空間魔法を見た時も。
銃型杖を見た時も。
ホーンラビットと戦った今も。
知らなければ。
見る。
分からなければ。
試す。
駄目なら。
変える。
そして。
自分は。
それを考えることが。
面白い。
「行こう」
ヒロが言う。
「おう」
二人はさらに奥へ進む。
目的はまだ達成していない。
ホーンラビットを何匹倒しても。
巣穴攻略にはならない。
この巣穴を支配する。
主モンスター。
そいつを倒して。
初めて攻略になる。
「カッツ」
「ん?」
「残り」
「五発」
「カートリッジは?」
「まだある」
「食料」
「食える」
「魔力」
カッツが少し考える。
「まだいける」
「無理は?」
「しない」
ヒロが頷く。
「じゃあ」
暗い巣穴の奥を見る。
「主を探そう」
その先。
さらに深い場所から。
ザッ。
ザッ。
何かが地面を掻く音がした。
一つじゃない。
二つ。
三つ。
「……ヒロ」
「聞こえてる」
カッツが銃型杖を構える。
初めての実戦は。
まだ。
始まったばかりだった。




