第11話「群れ」
ザッ。
ザッ。
ザッ。
暗闇の奥から、いくつもの音が重なる。
カッツは銃型杖を構えたまま動かなかった。
「三匹?」
小さく聞く。
ヒロは魔石灯を前へ向けた。
「……分からない」
光の届かない場所。
何かが動いている。
一つ。
二つ。
三つ。
「少なくとも三匹」
「さっきまで一匹ずつだったのにな」
「奥へ来たからかも」
ヒロは周囲を見る。
道幅。
壁。
天井。
逃げ道。
さっき戦った場所より狭い。
「カッツ」
「ん?」
「ここで戦わない」
「なんで?」
「狭すぎる」
カッツも周囲を見る。
確かに。
脚力強化を使っても、方向転換する場所がない。
「戻る?」
「少し」
二人がゆっくり後ろへ下がる。
だが。
ザッ。
音が止まった。
「……」
「……」
一瞬の静寂。
そして。
暗闇から一匹が飛び出した。
「来た!」
ホーンラビット。
頭を下げ、一直線に突っ込んでくる。
「カッツ!」
「分かってる!」
銃型杖を向ける。
でも。
撃たない。
引きつける。
五歩。
四歩。
三歩。
横へ。
かわす。
ホーンラビットが通り過ぎる。
「一匹!」
ヒロが叫ぶ。
その瞬間。
「違う!」
暗闇から二匹目。
「うおっ!」
カッツが反射的に地面を蹴った。
身体を横へ飛ばす。
角が服を掠める。
「危なっ!」
着地。
だが。
その先。
三匹目。
頭を下げている。
「カッツ!」
「見えてる!」
逃げる。
しかし。
後ろから一匹目が戻ってくる。
前。
一匹。
後ろ。
一匹。
さらに横にもう一匹。
「囲まれた!」
「分かってる!」
カッツが銃型杖を構える。
――バンッ!
一発。
正面のホーンラビット。
首。
外れた。
肩に当たる。
「くそ!」
ホーンラビットが止まらない。
「避けて!」
カッツが壁際へ跳ぶ。
突進がすぐ横を通過する。
「カッツ!」
「何!?」
「一回戻る!」
「倒せる!」
「三匹の動き見えてない!」
「……!」
カッツが一瞬黙る。
確かに。
一匹なら分かった。
頭を下げる。
突進。
通り過ぎる。
振り返る。
でも。
三匹になると違う。
一匹を見ている間に、別の一匹が来る。
「戻る!」
カッツが叫んだ。
「走るよ!」
「おう!」
ヒロが先に戻る。
カッツがその後ろを守る。
一匹が追ってくる。
「来る!」
カッツが振り返る。
頭を下げた。
突進。
「そこ!」
――バンッ!
首。
命中。
一匹が転がる。
淡い魔素が二人へ流れる。
「あと二匹!」
「いや!」
ヒロが暗闇を見る。
「来てる!」
さらに目。
二つ。
四つ。
「増えてる!」
「走れ!」
二人は来た道を戻った。
◇
「ここ!」
ヒロが叫ぶ。
最初の戦闘で使った、少し広い空間。
カッツが飛び込む。
ヒロも続く。
「何匹!?」
「四!」
「増えてんじゃん!」
「だから戻ったんだよ!」
暗い通路からホーンラビットが現れる。
一匹。
二匹。
三匹。
四匹。
カッツが息を整える。
「四匹か」
「いける?」
「分かんねえ」
「正直でよろしい」
カッツが笑う。
「でも、ここなら走れる」
ヒロは周囲を見る。
広さはある。
カッツが方向転換できる。
だが。
問題は四匹。
「一匹ずつ見るな」
「どういうこと?」
「全部見て」
「無茶言うな」
「僕も見る!」
ヒロが魔石灯を高い位置へ向ける。
空間全体を照らす。
「僕が後ろを見る!」
「じゃあ前は?」
「カッツ!」
「了解!」
ホーンラビットが一斉に動いた。
「来る!」
カッツが脚へ魔力を流す。
地面を蹴る。
――ドンッ!
加速。
一匹目。
正面。
避ける。
二匹目。
左。
「左!」
ヒロの声。
カッツが右へ切り返す。
角が通過。
その瞬間。
身体の軸が整う。
銃口。
――バンッ!
命中。
首。
一匹が倒れる。
「一匹!」
「次!」
三匹目。
後ろ。
「カッツ、後ろ!」
振り向かない。
走る。
「距離!?」
「まだある!」
「いつ!?」
「三!」
ヒロが数える。
「二!」
カッツが壁へ向かって走る。
「一!」
踏み込む。
方向転換。
振り向く。
目の前。
ホーンラビット。
「今!」
――バンッ!
首。
倒れる。
「二匹!」
カッツが笑う。
「いける!」
「油断するな!」
「分かってる!」
残り二匹。
でも。
その時。
ぐぅ。
カッツの腹が小さく鳴った。
「……」
ヒロが聞き逃さなかった。
「カッツ!」
「まだいける!」
「魔力は?」
「大丈夫!」
カッツが走る。
だが。
さっきより、ほんの少し遅い。
ヒロには分かった。
「カッツ、食べて!」
「今!?」
「今!」
「戦ってんだけど!」
「だからだよ!」
一匹を避ける。
カッツが距離を取る。
「ヒロ!」
「何!?」
「肉!」
「自分で持ってるだろ!」
「さっき全部預けた!」
「そうだった!」
ヒロが右手を出す。
一瞬、躊躇する。
ここは巣穴の中。
周囲に人はいない。
空間を開く。
手を入れる。
干し肉。
取り出す。
「カッツ!」
投げる。
「おっ!」
カッツが受け取る。
その瞬間。
「前!」
「え?」
ホーンラビット。
突進。
「うおおっ!」
横へ跳ぶ。
干し肉が宙を舞った。
「俺の肉!」
「そっち!?」
地面へ落ちる。
「食えねえ!」
「後で新しいの出すから戦って!」
「絶対だぞ!」
「分かったから!」
カッツが再び走る。
ヒロは一瞬呆れた。
でも。
気づいた。
さっき。
カッツは自分で残りの魔力を正確に把握できていなかった。
そして。
自分は動きを見て、減っていることに気づいた。
「……」
これだ。
カッツが全部を見る必要はない。
「カッツ!」
「何!?」
「走ることだけ考えて!」
「は!?」
「残弾と魔力は僕が見る!」
ヒロが叫ぶ。
「後ろも僕が見る!」
「じゃあ俺は!?」
「敵を倒せ!」
一瞬。
カッツが笑った。
「それなら得意!」
「本当に!?」
「たぶん!」
「そこは言い切れよ!」
一匹。
来る。
カッツが走る。
ヒロが見る。
敵。
位置。
残弾。
カッツの速度。
呼吸。
「右!」
カッツが右へ。
「そのまま!」
走る。
「後ろ来る!」
カッツは振り向かない。
ヒロの声だけを聞く。
「まだ!」
距離が詰まる。
「まだ!」
さらに。
「今!」
カッツが左へ切り返す。
振り向く。
――バンッ!
首。
命中。
「三匹!」
残り一匹。
カッツが銃型杖を見る。
「残り何発!?」
「一発!」
「マジ!?」
「自分で数える約束だろ!」
「戦ってた!」
「僕が数えるって今決めた!」
「じゃあいいじゃん!」
「よくない!」
最後のホーンラビット。
頭を下げる。
「来る!」
カッツが構える。
残り一発。
外せばカートリッジ交換。
その隙は大きい。
「カッツ」
ヒロが敵を見る。
「焦らなくていい」
「おう」
「一回避けて」
「分かった」
突進。
カッツが避ける。
撃たない。
ホーンラビットが振り返る。
「もう一回」
「おう」
再び突進。
避ける。
撃たない。
カッツが目を細める。
「……分かった」
「何が?」
「こいつ」
「うん」
「さっきのやつより、左に曲がるの遅い」
ヒロも見る。
確かに。
振り返る時。
一度。
右脚が滑る。
「怪我?」
「たぶん」
「なら」
ヒロが言う。
「左へ誘導する」
カッツが笑う。
「了解」
ホーンラビットが頭を下げる。
カッツがわざと右側へ寄る。
突進。
避ける。
ホーンラビットは振り返ろうとする。
左へ。
踏み込む。
右脚が滑る。
一瞬。
止まった。
「今!」
カッツが地面を蹴る。
接近。
銃口。
首。
――バンッ!
最後の一発。
命中。
ホーンラビットが倒れる。
カチッ。
空になった銃型杖。
静寂。
そして。
淡い魔素が二人へ流れ込んだ。
「……」
カッツがその場へ座った。
「終わった?」
ヒロが周囲を見る。
音。
ない。
動く影もない。
「……たぶん」
「たぶんかよ」
「確認するから待って」
ヒロが一匹ずつ見る。
動かない。
四匹。
少し前に倒した一匹を合わせれば五匹。
「大丈夫」
ヒロが言った。
「終わった」
「よっしゃあ……」
カッツが仰向けに倒れた。
「寝るな!」
「腹減った」
「知ってる」
ヒロが周囲を確認する。
そして。
アイテムボックスを開いた。
「肉」
干し肉。
「パン」
パン。
「水」
水筒。
次々と取り出す。
カッツが起き上がる。
「最高だな、それ」
「人前では絶対言うなよ」
「分かってる」
カッツが干し肉を口へ入れる。
「うま」
「さっき地面に落としたやつじゃないからね」
「あれも拾っといて」
「食べる気?」
「もったいない」
「駄目」
「なんで?」
「汚いから」
「三秒――」
「駄目」
「はい」
ヒロも壁際へ座った。
自分の手を見る。
少し震えている。
「……」
怖かった。
本当に。
カッツが角に貫かれるかと思った。
何度も。
でも。
同時に。
頭がずっと動いていた。
敵の位置。
カッツの速度。
残弾。
魔力。
地形。
どうすれば生き残れる?
どうすれば倒せる?
それを考えていた。
「ヒロ」
「何?」
カッツがパンを食べながら言う。
「さっきの」
「何?」
「俺が走って、お前が見るやつ」
「ああ」
「楽だった」
ヒロがカッツを見る。
「楽?」
「全部考えなくてよくなった」
カッツは銃型杖を持ち上げる。
「俺、敵だけ見てればいい」
「……」
「ヒロが後ろ見て」
「うん」
「残弾見て」
「うん」
「俺が疲れてきたら教える」
「うん」
「俺は撃つ」
カッツが笑う。
「これ、いいな」
ヒロは少しだけ目を見開いた。
剣士と付与術師。
前衛と後衛。
それがこの世界の普通。
でも。
二人は違う。
カッツは銃型杖を持って高速で動く。
ヒロは付与魔法を使えない。
戦うこともできない。
でも。
見ることはできる。
考えることも。
作ることも。
できる。
「……そうか」
ヒロが呟く。
「何?」
「僕」
ヒロは少しだけ笑った。
「戦わなくてもいいんだ」
「最初から俺が戦うって言っただろ」
「そういう意味じゃない」
「?」
「いい」
ヒロが立ち上がる。
「そのうち分かる」
「なんだそれ」
ヒロは空になったカートリッジを受け取る。
新しいものを取り出す。
「交換」
「おう」
ガチャン。
銃型杖へ新しいカートリッジ。
六発。
「カッツ」
「何?」
「今の戦い方」
ヒロが言う。
「もっと詰められる」
「詰める?」
「敵の位置を伝える言葉」
「右とか左?」
「それだけじゃ足りない」
ヒロの頭がもう動き始めていた。
「距離」
「うん」
「数」
「うん」
「攻撃のタイミング」
「うん」
「残弾」
「うん」
「魔力」
「うん」
「全部、短い言葉で伝えられるようにする」
カッツが少し考える。
「難しくない?」
「カッツでも分かるようにする」
「それ馬鹿にしてる?」
「かなり」
「おい!」
二人の声が巣穴に響く。
さっきまで命を懸けて戦っていた。
なのに。
もう次を考えている。
カッツは敵を見て、戦い方を変える。
ヒロはカッツを見て、戦い方そのものを作り変える。
それが。
二人の戦いだった。
◇
休憩を終え。
さらに奥へ進む。
それから。
ホーンラビットを二匹。
三匹。
倒した。
戦うたびに変わる。
「右、二!」
ヒロが叫ぶ。
カッツが右を見る。
二匹。
「近い方から!」
「おう!」
走る。
避ける。
撃つ。
――バンッ!
「残り五!」
「了解!」
もう。
カッツは自分で残弾を数えない。
ヒロの声を信じる。
「後ろ!」
しゃがむ。
角が頭上を通る。
「左へ!」
地面を蹴る。
方向転換。
――バンッ!
命中。
戦うほど。
言葉が短くなる。
動きが速くなる。
そして。
無駄弾が減っていく。
二人が少しずつ。
一つの戦い方を作り始めていた。
だが。
「……カッツ」
「ん?」
ヒロが立ち止まった。
その先。
今までとは明らかに違う。
大きな空間。
地面には無数の足跡。
壁には角で削られたような傷。
そして。
中央。
一匹のホーンラビット。
「……でかくね?」
カッツが呟く。
今までの個体より一回り。
いや。
二回り大きい。
太い脚。
発達した角。
身体にはいくつもの古い傷。
その周囲には。
何匹ものホーンラビット。
ヒロが息を呑む。
「たぶん」
「うん」
「こいつだ」
この巣穴で最も強い個体。
倒せば。
初めて攻略になる。
主モンスター。
カッツが銃型杖を構える。
だが。
すぐには撃たない。
敵を見る。
数を見る。
地形を見る。
そして。
隣のヒロへ小さく聞いた。
「どうする?」
ヒロは目の前の群れを見つめた。
以前なら。
答えられなかった。
でも。
今は違う。
二人でここまで戦ってきた。
「……まず」
ヒロが静かに言った。
「観察しよう」
カッツが笑った。
「了解」
初めての巣穴攻略。
最後の戦いが。
始まろうとしていた。




