第12話「主」
「……まず観察しよう」
ヒロが静かに言った。
「了解」
カッツは銃型杖を下げた。
撃たない。
まだ。
大きな空間。
中央にいる、一際大きなホーンラビット。
その周囲には六匹。
「七匹か」
カッツが小さく呟く。
「主を入れて七」
「多いな」
「さっき四匹倒した」
「いける?」
「同じなら」
ヒロは主を見る。
「でも、あれは同じじゃない」
太い角。
発達した後脚。
身体中に残る傷。
何より。
他のホーンラビットが、主の周囲から離れない。
「……なんか変だな」
カッツが言った。
「何が?」
「あいつら」
「うん」
「今までのやつ、俺たち見つけたらすぐ突っ込んできただろ?」
ヒロも気づいていた。
こちらには、もう気づいている。
なのに来ない。
六匹が主を囲むように動いている。
「守ってる?」
「ウサギが?」
「ホーンラビットね」
「ほぼウサギだろ」
「角生えてるけど」
「角生えたウサギ」
「今それどうでもいい」
「ヒロが言い始めたんだろ」
その時。
主がゆっくり立ち上がった。
「……来る」
六匹が一斉に頭を下げる。
「カッツ」
「おう」
「戻る?」
「いや」
カッツが周囲を見る。
広い。
走れる。
「ここなら動ける」
「なら」
ヒロも空間全体を見る。
敵、七。
カッツの残弾、六。
予備カートリッジ、十分。
魔力、休憩したばかり。
「最初は取り巻きから」
「主は?」
「無視」
「狙われたら?」
「逃げる」
「了解」
六匹が動いた。
「来る!」
カッツの脚に魔力。
――ドンッ!
加速。
最初の一匹。
正面。
避ける。
「右、二!」
ヒロの声。
カッツは見ない。
右へ走る。
二匹が追う。
「後ろ一!」
「距離!」
「五!」
近い。
「四!」
まだ。
「三!」
カッツが踏み込む。
方向転換。
視界に一匹。
――バンッ!
首。
命中。
「一!」
一匹が倒れる。
残り六。
「左!」
カッツが地面を蹴る。
その瞬間。
「カッツ!」
ヒロの声が変わった。
「何!?」
「主!」
カッツが横を見る。
「――っ!」
速い。
今までのホーンラビットとは、まるで違う。
巨大な身体が一直線に迫る。
「避けろ!」
カッツが全力で地面を蹴った。
直後。
――ドゴンッ!
轟音。
「……は?」
カッツが振り返る。
主の角が壁へ突き刺さっていた。
岩が砕けている。
「おいおい……」
カッツが引きつった笑いを浮かべる。
「あれ食らったらどうなる?」
「試さないで」
「試さねえよ!」
主が角を引き抜く。
岩の破片が地面へ落ちる。
ヒロはその姿を見る。
速い。
重い。
威力も違う。
でも。
「……カッツ」
「何?」
「主も同じ」
「何が?」
「突進前に頭を下げる」
カッツが主を見る。
「本当だ」
「基本的な動きは同じ」
「なら首?」
「たぶん」
「たぶん?」
「撃ってみないと分からない」
カッツが笑った。
「ヒロも言うようになったな」
「誰のせいだよ」
「俺だな」
「分かってるなら動け!」
「おう!」
再び加速した。
◇
「右一!」
――バンッ!
命中。
「残り四!」
「了解!」
「後ろ二!」
避ける。
「左!」
方向転換。
――バンッ!
一匹。
倒れる。
取り巻き、残り四。
主を含めて五匹。
「いいぞ!」
「油断しない!」
「分かってる!」
戦える。
さっきまでの群れと同じ。
ヒロが見る。
カッツが動く。
敵の位置を伝える。
カッツは目の前だけに集中する。
一匹ずつ減らす。
だが。
ヒロが気づいた。
「……?」
主があまり動かない。
最初の一度。
カッツへ突進した。
それ以降、ほとんど中央にいる。
なぜ?
「ヒロ!」
カッツの声。
考えすぎた。
「後ろ!」
「遅え!」
カッツが自分で気づく。
一匹。
迫る。
「くそっ!」
避ける。
でも、その先。
もう一匹。
「カッツ!」
「見えてる!」
身体を捻る。
角が脇腹を掠めた。
「ぐっ!」
「カッツ!」
転がる。
「大丈夫!」
すぐ立つ。
服が裂けている。
血。
少し。
「怪我!」
「掠っただけ!」
「戻って!」
「まだいける!」
「カッツ!」
「本当に大丈夫!」
ヒロはカッツを見る。
動き。
落ちていない。
呼吸。
少し荒い。
でも、まだ戦える。
「……無理だと思ったらすぐ言って」
「おう!」
再び走る。
ヒロも頭を切り替える。
今は見る。
考える。
「右一!」
カッツが走る。
「後ろ一!」
敵が追う。
「距離四!」
「了解!」
方向転換。
――バンッ!
一匹、倒れる。
取り巻き三。
主一。
「残り三発!」
「了解!」
その時。
主が動いた。
「主!」
カッツがすぐ横へ。
巨大な身体が通り過ぎる。
でも。
今度は壁へ向かわない。
途中で止まった。
「……?」
カッツが見る。
主はすぐに向きを変えた。
「速っ!」
もう一度。
突進。
「カッツ!」
避ける。
また主が止まる。
向きを変える。
「なんだこいつ!」
「連続で来る!」
一度。
二度。
三度。
主がカッツだけを狙う。
「取り巻き!」
ヒロが叫ぶ。
「右から二!」
「マジかよ!」
主。
二匹。
同時。
カッツが逃げる。
撃つ余裕がない。
「ヒロ!」
「走って!」
「いつ撃つ!?」
「まだ!」
カッツが走る。
主が追う。
その横から一匹。
「左!」
カッツが右へ。
さらに一匹。
「前!」
「どこ行けばいい!?」
ヒロが周囲を見る。
敵。
位置。
動き。
主。
そして。
気づいた。
「……カッツ!」
「何!?」
「主の後ろ!」
「は!?」
「回り込んで!」
「了解!」
理由を聞かない。
カッツが主の横を抜ける。
一気に背後へ。
すると。
「……!」
取り巻きが動きを変えた。
カッツを追うのをやめる。
主の周囲へ戻っていく。
「やっぱり!」
「何!?」
「こいつら主を守ってる!」
「だから!?」
「主から離れれば追ってくる!」
ヒロの頭の中で、戦い方が組み上がっていく。
「でも主に近づくと――」
取り巻きは攻撃より、主の防御を優先する。
「集まる!」
「それ困らない!?」
「使える!」
「どうやって!?」
ヒロがカッツを見る。
高速移動。
方向転換。
そして、一瞬の射撃。
「集めるんだ!」
「は!?」
「全部!」
「無茶言うな!」
「カッツならできる!」
「急に信用すんな!」
「走って!」
「くそっ!」
カッツが笑った。
「やってやる!」
◇
主から離れる。
取り巻きが追う。
「三匹!」
「了解!」
カッツが速度を落とす。
わざと距離を詰めさせる。
「近い!」
「まだ!」
「カッツ!」
「まだ!」
三匹。
追ってくる。
一列ではない。
少しずつ位置が違う。
「主!」
ヒロが叫ぶ。
「来る!」
正面。
巨大なホーンラビット。
カッツが笑う。
「ちょうどいい!」
「何が!?」
主が頭を下げる。
突進。
カッツも主へ向かって走る。
「カッツ!?」
「大丈夫!」
「何が大丈夫なんだよ!」
距離が縮まる。
後ろ、三匹。
前、主。
「避けろ!」
直前。
カッツが左へ全力で切り返した。
主が通過。
その先。
「……!」
追っていた三匹が急停止する。
避ける。
一匹。
間に合わない。
――ドンッ!
主の身体と取り巻きがぶつかった。
「おお!」
「今!」
転がった一匹。
カッツが方向転換。
身体の軸。
銃口。
――バンッ!
首。
命中。
「一匹!」
「残り二発!」
「あと二!」
取り巻き、残り二。
カッツが笑う。
「いける!」
「まだ主がいる!」
「分かってる!」
再び。
走る。
誘う。
集める。
避ける。
撃つ。
一匹。
また一匹。
――バンッ!
最後の取り巻きが倒れた。
カチッ。
「弾切れ!」
「交換!」
カッツが銃型杖を開く。
空になったカートリッジを抜く。
だが。
主が頭を下げた。
「カッツ!」
「分かってる!」
新しいカートリッジ。
間に合わない。
「避けて!」
カッツが空の銃型杖を持ったまま横へ飛ぶ。
主が通過。
カッツが転がる。
立ち上がる。
その間に、ヒロが新しいカートリッジを投げた。
「カッツ!」
「おう!」
受け取る。
ガチャン!
装填。
六発。
「よし!」
残るのは。
主、一匹。
◇
「……」
「……」
カッツと主が向かい合う。
ヒロは少し離れた場所。
カッツの脇腹。
出血は止まってはいない。
魔力も減っている。
「カッツ」
「まだいける」
「無理なら」
「してない」
カッツが主を見る。
「こいつ倒したら終わりだろ?」
「……うん」
「なら」
銃型杖を構える。
「倒す」
主が頭を下げる。
カッツも脚へ魔力。
「来る」
ヒロが言う。
「おう」
突進。
速い。
カッツが避ける。
方向転換。
撃つ。
――バンッ!
首。
命中。
「入った!」
だが。
主は止まらない。
「効いてない!?」
「違う!」
ヒロが見る。
血。
出ている。
「効いてる!」
でも浅い。
「毛と筋肉が厚い!」
「じゃあ何発!?」
「分からない!」
主が再び来る。
カッツが避ける。
撃つ。
――バンッ!
同じ場所。
「二発!」
主がよろめく。
でも倒れない。
「硬えな!」
「同じ場所!」
「分かってる!」
もう一度。
突進。
避ける。
方向転換。
狙う。
その時。
カッツの脚が一瞬もつれた。
「っ!」
銃口がずれる。
――バンッ!
外れた。
「カッツ!」
「くそ……」
膝をつく。
「魔力!」
ヒロが叫ぶ。
「減ってる!」
「まだ……」
「食べて!」
「時間ねえ!」
主が振り返る。
頭を下げる。
ヒロが右手を見る。
アイテムボックス。
食料。
でも。
食べても、すぐ全部は戻らない。
間に合わない。
「……」
どうする?
考えろ。
何がある?
銃型杖。
残弾。
カッツ。
脚力強化。
食料。
魔力。
壁。
主。
そして。
ヒロの視線が壁へ向いた。
さっき主が突進した場所。
岩が砕けている。
「……」
その奥。
黒い石。
違う。
壁の表面にあるものより、明らかに色が濃い。
「魔石……?」
戦闘で壁が崩れた。
表面より奥にあった、魔素を長く吸収した魔石。
でも。
今は関係ない。
ヒロがカッツを見る。
主が走り出した。
「カッツ!」
「分かってる!」
カッツが立つ。
避ける。
ギリギリ。
主がまた壁へ。
――ドゴンッ!
岩が砕ける。
その瞬間。
ヒロが気づいた。
「……角」
「何!?」
「カッツ!」
ヒロが叫ぶ。
「首じゃない!」
「は!?」
「角の根元!」
カッツが主を見る。
太い角。
何度も壁へ突き刺している。
なのに折れない。
その衝撃を頭で受けている。
なら。
「根元に魔力が集まってる!」
「分かるの!?」
「鍛冶師だから!」
「理由になってる!?」
「いいから撃て!」
主が角を壁から引き抜く。
頭を振る。
その瞬間。
「今!」
カッツが地面を蹴る。
残った魔力。
全部ではない。
倒れない程度。
一気に距離を詰める。
主がこちらを向く。
頭を下げる。
カッツは逃げない。
「カッツ!」
「近い方が!」
銃型杖を構える。
「外さねえ!」
主が突進。
カッツも前へ。
「おおおおっ!」
直前。
横へ。
切り返す。
身体の軸。
止まる。
目の前。
巨大な角。
その根元。
――バンッ!
弾丸が角の付け根へ入った。
亀裂。
「……!」
主が大きく頭を振る。
角が折れた。
地面へ落ちる。
「折れた!」
でも。
まだ倒れない。
「カッツ!」
「分かってる!」
主が体勢を崩している。
今。
カッツが踏み込む。
角がなくなった額。
その奥。
銃口を近づける。
「これで!」
――バンッ!
至近距離。
弾丸が頭部へ入った。
主の身体が大きく揺れる。
一歩。
二歩。
そして。
倒れた。
――ズンッ。
「……」
静寂。
カッツは銃型杖を構えたまま動かない。
ヒロも動かない。
待つ。
一秒。
二秒。
三秒。
主は起き上がらない。
そして。
今までとは比べものにならない、濃い魔素が身体から立ち上った。
「……!」
光がカッツへ。
ヒロへ。
二人のバディ刻印が強く光る。
「ヒロ……」
「うん」
身体の中へ魔素が流れ込んでくる。
熱い。
カッツが自分の手を見る。
ヒロも腕の刻印を見る。
そして。
巣穴全体から、何かが抜けていくような感覚。
主が溜め込んでいた魔素。
それが失われていく。
「……倒した?」
カッツが聞く。
ヒロは主を見る。
動かない。
「倒した」
「……」
「カッツ」
ヒロが笑った。
「僕たち」
少しだけ声が震える。
「巣穴、攻略したよ」
カッツがしばらく黙る。
そして。
銃型杖を高く掲げた。
「よっしゃああああああ!」
「声でかい!」
「いいだろ! 誰もいねえ!」
「残ってる魔物がいるかもしれないだろ!」
「倒せばいい!」
「魔力残ってないだろ!」
「……」
カッツの動きが止まる。
ぐぅぅぅぅぅぅ。
腹が鳴った。
「ヒロ」
「はいはい」
アイテムボックスを開く。
パン。
肉。
水。
取り出す。
カッツがその場へ座る。
「肉」
「はい」
「パン」
「はい」
「もっと肉」
「まず食べろ」
カッツが肉へ齧りつく。
ヒロはその姿を見て笑った。
「……何?」
「別に」
「変な奴」
「カッツに言われたくない」
二人の横。
地面には、折れた主の角。
ヒロがそれを見る。
「……これ」
「ん?」
「持って帰る」
「討伐証明?」
「それもあるけど」
ヒロが角を持ち上げる。
重い。
硬い。
魔素が残っている。
「素材として面白い」
カッツが肉を食べながら笑った。
「もう次のこと考えてんの?」
「鍛冶師だからね」
「何作る?」
「まだ分からない」
ヒロは角を見る。
答えはない。
何に使える?
どんな性質がある?
魔石と合わせたら?
加工したら?
「……調べる」
ヒロが言った。
「使えるかもしれない」
カッツは笑った。
「じゃあ頼む」
「何を?」
「俺が撃つやつ」
「大雑把すぎるよ」
「細かいのはヒロ」
「またそれ?」
「俺が戦う」
カッツが銃型杖を指す。
「ヒロが考える」
ヒロは一瞬黙った。
そして。
笑った。
「……まあ」
主の角をアイテムボックスへ入れる。
「今は、それでいいか」
初めての巣穴。
初めての実戦。
初めての主モンスター。
二人は何度も失敗した。
撃ち外した。
追い詰められた。
怪我もした。
それでも。
敵を見た。
考えた。
試した。
変えた。
そして。
二人で答えを作った。
剣士でもない。
付与術師でもない。
銃型杖を撃つ、カッツ。
その戦いを見て。
考えて。
作る、ヒロ。
まだ誰も知らない。
この二人の戦い方が、ここからどこまで変わっていくのか。
その始まりは。
たった一つの。
E級巣穴だった。




