第4話「銃型杖」
「やめとけよ」
背後から聞こえた声に、カッツは振り返った。
茶色の短髪。
鼻の真ん中あたりに一本の傷。
自分より少し年下だろうか。
どこか幼さの残る青年が立っていた。
「そんなもん使っても、死ぬだけだ」
青年が指したのは、ショーウインドーに飾られた奇妙な武器。
金属製の筒。
握り手。
そして――引き金。
「これ?」
「そう」
「なんで?」
「なんでって……」
青年が怪訝な顔をする。
「銃型杖、知らないの?」
「知らん」
「……本当に?」
「初めて見た」
カッツはもう一度、武器へ顔を近づけた。
この世界では、媒介を使って魔法を発現させる道具を総じて《杖》と呼ぶ。
だから、必ずしも杖が棒の形をしている必要はない。
とはいえ、一般的なのは昔から使われている棒状のもの。
少なくともカッツは、こんな形の杖を見たことがなかった。
「これで魔法使うの?」
「そうだよ」
「どうやって?」
「撃つ」
「魔法を?」
「魔法を」
カッツの目が輝いた。
「面白え!」
「だから、やめとけって言ってるんだけど」
「なんでだよ」
「……中で説明する」
青年が店の扉を開ける。
カッツは迷わず入った。
「お前、ここの店員?」
「鍛冶師」
「若くね?」
「十七」
「俺より一個下じゃん」
「だから?」
「いや、別に」
「何なんだよ」
「名前は?」
青年は一瞬、面倒くさそうな顔をした。
「……ヒロ」
「俺、カッツ」
「聞いてない」
「俺だけお前の名前知ってるのおかしいだろ」
「知らないよ」
カッツは笑った。
ヒロはすでに少し疲れていた。
◇
店内には、様々な杖が並んでいた。
長い棒状のもの。
片手で扱える短いもの。
先端に魔石を組み込んだもの。
どれも形は違う。
だが、媒介を使って魔法を発現させるという役割は同じだ。
その中でも。
ヒロがカウンターへ置いた一本だけは、明らかに異質だった。
銃型杖。
「触っていい?」
「引き金には触らないで」
「撃てるの?」
「今は撃てない」
「なんだ」
「なんで残念そうなんだよ」
カッツが銃型杖を持ち上げる。
「思ったより軽いな」
「片手でも扱えるように作られてるからね」
「これで本当に魔法が出るのか?」
「出るよ」
ヒロが小さな筒を一本取り出した。
「これを使う」
カッツが受け取る。
「なんだこれ?」
「カートリッジ」
「これが媒介?」
「そう」
ヒロが別の二本をカウンターへ並べる。
それぞれ刻印が違っていた。
「通常弾」
一本。
「火炎弾」
もう一本。
「貫通弾」
「種類があるのか」
「魔物によって使い分ける」
「硬いやつには?」
「貫通弾」
「火に弱いやつには?」
「火炎弾」
「簡単じゃん」
ヒロがため息をついた。
「そこだけならね」
「?」
ヒロが通常弾のカートリッジを持ち上げる。
「一つにつき六発」
「六発?」
「そう。通常弾でも火炎弾でも基本は六発。全部撃ったらカートリッジを交換する」
「じゃあいっぱい持ってけばいいじゃん」
「……」
ヒロが黙った。
「何?」
「それができないから普及してないんだよ」
「なんで?」
ヒロはカウンターへカートリッジを並べ始めた。
「通常弾十二発なら二本」
二本。
「火炎弾も十二発」
さらに二本。
「貫通弾も十二発」
さらに二本。
計六本。
「これで三十六発」
「結構あるじゃん」
「巣穴に持っていくのは、これだけじゃないだろ」
「……あ」
食料。
水。
医療用品。
魔石灯。
予備装備。
そして討伐証明として持ち帰る魔物の一部。
巣穴で活動する時間が長くなれば、それだけ必要な物資も増える。
「しかも、どんな魔物が出るか完全には分からない」
ヒロが火炎弾を持つ。
「火炎弾を減らす?」
「うん」
「火に弱い魔物が群れで出たら?」
「……困る」
「貫通弾を減らす?」
「硬いやつが出たら困る」
「通常弾は?」
「いっぱい使いそう」
「分かった?」
カッツは腕を組んだ。
「全部いっぱい欲しい」
「だから持てないんだって!」
店の奥までヒロの声が響いた。
「なるほどなあ」
「本当に分かってる?」
「大体」
「絶対分かってない……」
ヒロは銃型杖を手に取った。
「しかも問題は弾数だけじゃない」
グリップ部分を指す。
そこには魔石が埋め込まれていた。
「こっちは?」
「銃型杖側の魔石」
「カートリッジにも魔石使ってるんだろ?」
「役割が違う」
ヒロがカートリッジを装填する。
ガチャン。
「引き金を引くと、グリップの魔石が使用者から生命エネルギーを吸収する」
「生命エネルギー?」
「人間が生きたり、身体を動かしたりするために使ってる力だと思えばいい」
ヒロが銃型杖を構える。
「それがカートリッジの媒介と反応することで、魔法が発現する」
「それで弾丸を撃つ?」
「そう」
カッツは銃型杖を見る。
「一発撃つたび?」
「一発撃つたび」
「生命エネルギーが減る?」
「減る」
「どうなる?」
「疲れる」
「他は?」
「腹が減る」
「腹減るの?」
カッツの反応が変わった。
ヒロが眉をひそめる。
「なんでそこに一番食いつくの?」
「重要だろ」
「使いすぎたら倒れるって話をしてるんだけど!」
「飯食えば戻る?」
「程度によるよ!」
「じゃあ飯いっぱい持ってけば――」
「荷物増やすな!」
「難しい武器だな」
「やっと分かった!?」
カッツは銃型杖を眺めた。
六発ごとのカートリッジ交換。
魔物に合わせた弾丸選択。
限られた荷物。
撃つたびに消費する生命エネルギー。
ヒロの言う通り。
面倒くさい。
使いにくい。
剣士と付与術師が主流になるのも分かる。
「だから」
ヒロがカートリッジを抜いた。
「やめとけよ」
銃型杖をカウンターへ戻そうとする。
「撃ってみたい」
ヒロの手が止まった。
「……今の話聞いてた?」
「聞いてた」
「何を聞いてたらそうなるの?」
「だって魔法撃てるんだろ?」
「そこしか聞いてないじゃん!」
カッツは笑った。
「それに俺、剣士向いてねえんだよ」
「え?」
ヒロがカッツの腰を見る。
「剣、持ってるじゃん」
「十二年やった」
「十二年?」
「剣術、平均」
「……」
「その顔やめろ」
「いや、十二年で……」
「言うな!」
ヒロが口を閉じる。
「身体強化もほとんど適性なし」
「ほとんど?」
「脚だけ」
「脚?」
「脚力強化だけは使える」
ヒロの目が細くなる。
「どのくらい?」
「壁に突っ込んだ」
「……何?」
「速すぎて止まれなかった」
「それ、かなり適性高くない?」
「らしい」
ヒロが黙る。
脚力だけ。
剣士として考えれば使いづらい。
腕力は増えない。
耐久力も上がらない。
剣そのものが強くなるわけでもない。
だが――。
ヒロの視線が銃型杖へ移った。
近づかなければ?
距離を取りながら戦うなら?
高速で射線を変えられたら?
「……」
「何?」
「いや」
ヒロは首を振った。
「それでも駄目」
「なんでだよ」
「弾数も荷物も生命エネルギーの問題も、何一つ解決してない」
「じゃあ試してみようぜ」
「だからなんでそうなるの!?」
「使ってみねえと分かんねえだろ」
カッツは腰の剣を見る。
十二年間。
ずっと振ってきた。
あの日、自分を助けてくれた剣士に憧れて。
「俺さ」
「何?」
「今日、分かったんだ」
カッツは笑った。
「俺、剣士に向いてねえ」
ヒロは何も言わなかった。
笑っている。
でも。
ほんの少しだけ、無理しているように見えた。
カッツは銃型杖を指差す。
「だから次はこれ」
「切り替え早くない?」
「駄目だったら、またその時考える」
「大雑把すぎるよ!」
「細かいの苦手なんだよ」
ヒロが固まった。
「……カッツ」
「ん?」
「銃型杖って、残弾数えて、敵に合わせて弾を選んで、カートリッジ管理して、生命エネルギーの消費まで考える武器なんだけど」
「おう」
「細かいこと苦手な人と、一番相性悪いからね?」
「使ってみねえと分かんねえだろ」
「それは使わなくても分かるよ!」
カッツが笑った。
ヒロは大きなため息をつく。
「……一回だけ」
「え?」
ヒロは通常弾のカートリッジを一本取った。
カッツへ差し出す。
「試射場で撃たせてあげる」
カッツの顔が輝いた。
「マジ!?」
「一本だけ」
「六発だな?」
「そう。六発」
カッツがカートリッジを受け取る。
「十分!」
「無駄撃ちするなよ」
「分かってるって」
「その返事が一番不安なんだよ……」
カッツは手の中のカートリッジを見る。
六発。
たった六発。
だがそれは――。
剣士になれなかったカッツが初めて手にした、新しい可能性だった。
そしてまだ。
カッツもヒロも知らない。
剣士としては役に立たないと言われた《脚力強化》と。
欠点だらけで主流になれなかった《銃型杖》。
その二つが組み合わさった時――。
誰も想定していなかった戦い方が生まれることを。




