第5話「六発」
鍛冶屋の裏手。
石壁に囲まれた細長い試射場の奥に、木製の的が立っていた。
表面には無数の傷。
剣。
矢。
魔法。
何度も攻撃を受けてきたのだろう。
「ここで撃つの?」
「そう」
ヒロが答える。
「店で調整した杖を試す場所」
「思ったより狭いな」
「普通の杖なら十分」
「銃型杖は?」
「それも十分」
「じゃあ何で言い直した?」
「細かいな」
「細かいこと苦手だけど、人の言い方は気になる」
「一番面倒なタイプだ……」
カッツは聞こえなかったふりをした。
視線はすでに、手の中のカートリッジへ向いている。
六発。
たった六発。
なのに。
妙に重く感じた。
「で?」
カッツが振り返る。
「どうすんの?」
「まず貸して」
「はい」
ヒロが銃型杖を受け取る。
カートリッジを確認し、そのまま本体へ差し込んだ。
ガチャン。
金属同士が噛み合う音。
「おお……」
カッツの顔が緩む。
「これで撃てる?」
「まだ」
「まだ?」
「安全装置」
「そんなのあるの?」
「なかったら怖いだろ」
「確かに」
カチッ。
ヒロが操作を終え、銃型杖を差し出す。
「これでいい」
カッツが受け取った。
「さっきより重いな」
「カートリッジ入れたから」
「なるほど」
「大量に持つとその分重くなるって、説明しただろ」
「思い出した」
「忘れてたんだ……」
カッツは銃型杖を握り直す。
「構え方は?」
「両手」
「こう?」
「肘伸ばしすぎ」
「こう?」
「肩に力入りすぎ」
「細かいな!」
「銃だからね!」
ヒロに言われるまま、カッツは姿勢を直す。
「次。魔力を流す」
「一気に?」
「駄目」
「なんで?」
ヒロが銃身を指した。
「中で魔力を整える必要がある」
「整える?」
「銃身に魔力を流すと、内部で螺旋状の渦ができる」
ヒロが指を回す。
「その流れが弾丸に作用して、まっすぐ飛ばす」
「へえ」
「だから雑に流すと乱れる」
「なるほど」
ヒロがじっと見る。
「……本当に分かった?」
「なんとなく」
「だと思った」
カッツは的を見る。
息を吸う。
銃型杖を構える。
「じゃあ」
「ゆっくり魔力を流して」
グリップの魔石が淡く光った。
魔力が銃身へ流れる。
弾丸へ。
「そのまま」
ヒロが言う。
「狙って」
カッツの指が引き金へ。
「撃て」
――バンッ!
乾いた音。
銃口が跳ねた。
「うおっ!?」
弾丸が飛ぶ。
――ガッ!
的の端。
ぎりぎり当たった。
一瞬。
沈黙。
カッツは的を見る。
銃を見る。
そして。
「……」
「どう?」
ヒロが聞いた。
カッツの口角が上がる。
「すっげえ!」
「近い!」
「撃った!」
「見れば分かる!」
「魔法撃った!」
「そういう杖だって言っただろ!」
カッツは銃型杖を眺めた。
胸が高鳴る。
剣を振った時とは違う。
十二年。
何千回。
何万回と。
剣を振った。
でも。
こんな感覚はなかった。
「もう一発」
「待って」
「なんで?」
「今の反動確認して」
ヒロがカッツの腕を指す。
「撃つ瞬間、腕が上がった」
「ああ」
「次は力で押さえつけすぎないで」
「押さえないと上がるだろ?」
「力で止めようとすると、今度は照準がズレる」
「難しいな」
「簡単ならもっと流行ってる」
「それもそうか」
二発目。
――バンッ!
外れた。
「外れた!」
「知ってる」
三発目。
――バンッ!
右端。
「おっ!」
「少し良くなった」
四発目。
――バンッ!
また外れる。
「戻った」
「うるせえ!」
五発目。
――バンッ!
中央近く。
「今の!」
「悪くない」
カッツが笑う。
あと一発。
「最後」
ヒロが言った。
「分かってる」
カッツは銃型杖を構える。
五発。
少しだけ。
感覚が分かってきた。
魔力を流す。
狙う。
撃つ。
でも。
ふと思った。
止まって。
構えて。
撃つ。
それなら。
今まで見てきた魔法使いと、大して変わらない。
「……なあ、ヒロ」
「何?」
カッツは構えたまま聞いた。
「動いて撃っていい?」
「は?」
「最後の一発」
「やめて」
「一回だけ」
「やめろ」
「試射だろ?」
「試していいことと悪いことがある!」
だが。
カッツはすでに笑っていた。
「じゃあ」
脚へ。
魔力を流す。
「カッツ!」
「いくぞ!」
地面を蹴る。
――ドンッ!
一瞬。
カッツの姿が消えた。
「っ!?」
ヒロが目で追う。
速い。
予想以上に。
カッツが数メートル横へ移動する。
その途中。
銃型杖を的へ向けた。
「ここ!」
――バンッ!
弾丸が飛ぶ。
だが。
――ガンッ!
的ではない。
横の石壁。
「危なっ!」
ヒロが叫ぶ。
カッツが止まった。
「……外れた」
「外れたじゃない!」
「難しいな」
「当たり前だろ!」
ヒロが駆け寄り、銃型杖を奪い取る。
「動きながらなんて想定してないんだよ!」
「でも撃てた」
「撃てただけ!」
「じゃあ当てられるようにすればいい」
「……は?」
カッツは自分の脚を叩く。
「俺、脚だけなら速い」
次に。
銃型杖を指差す。
「でも剣だと、近づかないと攻撃できない」
ヒロは黙る。
「これは離れてても攻撃できる」
「……」
「だったら」
カッツが笑った。
「走りながら撃てたら強くない?」
ヒロの視線が、銃型杖へ落ちる。
普通。
銃型杖は止まって撃つ。
足を固定して。
魔力を安定させて。
照準を合わせる。
それが前提。
でも。
高速で移動しながら。
次々と射線を変える。
敵に狙わせず。
自分だけが撃つ。
そんな使い方。
ヒロは知らない。
両親からも。
親方からも。
教わっていない。
「……無理?」
カッツが聞く。
ヒロは反射的に答えようとした。
「無理――」
そこで。
止まる。
本当に?
無理なのか?
それとも。
ただ。
誰もやっていないだけなのか?
「……もう一回」
「え?」
「脚力強化」
「弾ないぞ」
「弾はいらない」
ヒロが銃型杖を持つ。
「走ってみて」
「なんで?」
「いいから」
カッツの顔が笑う。
「見たい?」
「データが欲しいだけ」
「はいはい」
カッツが位置につく。
ヒロの目が、さっきまでと変わっていた。
「どのくらい速く動ける?」
「全力?」
「まず半分」
「細かいな」
「必要なんだよ」
カッツが笑う。
「じゃあ」
脚へ魔力。
「いくぞ!」
地面を蹴る。
走る。
ヒロはその姿を追った。
さっきまで。
ただの変な客だった。
銃型杖の欠点も知らない。
説明しても。
それでも使いたいと言う。
細かい管理は苦手。
射撃も下手。
なのに。
ヒロの中に。
一つ。
今までなかった疑問が生まれていた。
――もし。
この速度で。
本当に弾を当てられたら?
銃型杖は。
どうなる?
「ヒロ!」
遠くからカッツが叫ぶ。
「次、全力いくぞ!」
「待て!」
「いく!」
「人の話聞けよ!」
カッツが笑う。
ヒロも走った。
まだ。
二人は相棒ではない。
カッツは銃型杖をまともに扱えない。
ヒロも。
この男をどうすればいいのか分からない。
ただ。
この日。
欠点だらけだった《銃型杖》に。
剣士としては使いづらかった《脚力強化》が。
初めて。
噛み合う可能性を見せた。
そしてヒロは。
久しぶりに。
答えを知らない問題に出会った。




