第3話「脚だけ」
十二年後――。
「平均だな」
「……は?」
カッツは聞き返した。
目の前の男は、手元の紙を見ながらもう一度言った。
「平均」
「いや、聞こえてたけど」
「なら聞き返すな」
「もうちょっとなんかあるだろ?」
「なんかとは?」
「こう……才能を感じるとか」
「感じない」
「将来性があるとか」
「分からん」
「筋がいいとか!」
「平均だ」
「平均しか言わねえな、このおっさん!」
「試験官に向かっておっさんと言うな!」
試験場に怒鳴り声が響いた。
十八歳になったカッツは、十二年前に決めた夢をまだ追い続けていた。
剣士になる。
あの日、自分を助けてくれた男のような剣士に。
そのために十二年間、剣を振ってきた。
雨の日も。
風の日も。
遊びたい日も。
剣だけはやめなかった。
そして今日。
ようやくギルドで剣士としての適性を測る日が来た。
その結果が――。
「平均」
「もう言わなくていい!」
カッツは頭を抱えた。
試験官がため息をつく。
「何をそんなに落ち込む。別に下手だとは言っていない」
「十二年やって平均なんだぞ?」
「平均は平均だ」
「だからそれが傷つくんだって!」
剣を振り続ければ、いつか特別になれると思っていた。
だが、現実はそんなに甘くない。
カッツより後から剣を始めた者に追い抜かれたことも、一度や二度ではなかった。
それでも諦めなかった。
剣術が駄目なら――。
まだある。
カッツは顔を上げた。
「でも身体強化がある」
試験官が眉を上げる。
「そうだな」
「剣術が平均でも、身体強化が強けりゃ問題ないだろ?」
「まあ、それはそうだ」
カッツの顔に笑みが戻った。
剣士は、剣術だけで戦うわけではない。
自身の身体へ魔力を流し、肉体そのものを強化する。
腕力。
脚力。
反応速度。
耐久力。
それらを引き上げる《身体強化魔法》。
そして、付与術師によって魔法を付与された剣を振るう。
どれだけ剣の腕が優れていても、身体強化ができなければ一流の剣士にはなれない。
逆に言えば――。
「身体強化がすげえかもしれねえだろ」
「そうだな」
「俺、こっちの才能ある気がするんだよ」
「根拠は?」
「なんとなく」
「一番信用できない根拠だな」
「やってみなきゃ分かんねえだろ!」
「それはそうだ」
試験官が立ち上がる。
「では測定するぞ」
「おう!」
カッツは勢いよく立ち上がった。
◇
「まず腕力」
「任せろ」
試験官に言われ、カッツは右腕へ意識を集中させた。
身体の内側にある魔力を感じる。
それを右腕へ。
流す。
「……」
「……」
何も起こらない。
「もう一回」
「やってみろ」
「ふんっ!」
力む。
「……」
「……」
「今のどう?」
「駄目だな」
「次!」
「切り替えが早いな」
◇
「体幹」
「いける!」
駄目だった。
◇
「耐久」
「これは絶対ある!」
なかった。
◇
「反応強化」
「これだ!」
違った。
◇
カッツの顔から、少しずつ笑顔が消えていった。
「……なあ」
「なんだ」
「あと何個ある?」
試験官が紙を見る。
「全身強化と脚力だな」
「二つか……」
カッツは自分の手を見る。
身体強化。
剣士になるために必要な力。
十二年間、剣だけではなく魔力の扱いも練習してきた。
なのに。
何一つ、まともに発現しない。
「次だ」
試験官の声。
カッツは顔を上げる。
「全身強化」
「……おう」
両足を開く。
目を閉じる。
今度は慎重に。
身体の内側にある魔力を感じる。
右腕だけじゃない。
左腕。
胴体。
両脚。
全身へ。
ゆっくり。
ゆっくり。
「……っ」
額に汗が浮かぶ。
魔力が流れていく。
カッツが目を開けた。
「どうだ?」
試験官は測定器を見る。
「……」
「なあ」
「……」
「なんか言えよ」
試験官が顔を上げる。
「適性なし」
「……マジ?」
「マジだ」
カッツは動かなかった。
今度は、いつもの軽口も出なかった。
全身強化が使えない。
それが何を意味するのか。
カッツにも分かっていた。
剣士になれないわけではない。
だが――。
魔物と正面から斬り合う剣士としては、致命的だった。
付与術師がどれだけ強力な魔法を剣へ与えても。
それを振るう肉体がついてこない。
魔物の攻撃を受ければ耐えられない。
力負けする。
一瞬の反応が遅れれば死ぬ。
「……十二年やったんだけどな」
カッツが呟いた。
試験官は何も言わなかった。
「剣」
カッツは自分の手を見る。
硬くなった掌。
何度も皮が剥けた。
血も出た。
それでも振り続けた。
「十二年振って、平均か」
笑おうとした。
うまく笑えなかった。
「身体強化も駄目」
夢が。
ずっと追い続けてきた背中が。
急に遠くなった気がした。
「まだ終わってないぞ」
試験官が言った。
「……え?」
「脚力が残っている」
「脚?」
「そうだ」
カッツは少し考えた。
「足が強くて何になるんだよ」
「知らん。測るのが俺の仕事だ」
「冷てえな」
「いいからやれ」
カッツはため息をついた。
「はいはい」
もう期待していなかった。
両脚へ魔力を流す。
さっきまで何度もやったことだ。
どうせ――。
その瞬間。
「ん?」
今までとは違った。
魔力が流れる。
いや。
吸い込まれる。
「なんだこれ」
両脚が熱い。
試験官が測定器を見る。
「待て」
「何?」
「カッツ、止め――」
ドンッ!
「うおっ!?」
景色が消えた。
一瞬だった。
カッツの身体が試験場を横切る。
「うおおおおおお!?」
止まれない。
目の前に壁。
「ちょっ――」
ドガンッ!
「いってええええ!」
カッツが床へ転がった。
試験官が慌てて駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「大丈夫に見えるか!?」
「元気そうだな」
「頭から壁に突っ込んだんだぞ!」
カッツは頭を押さえながら起き上がった。
「なんだったんだ今の」
試験官は答えない。
測定器を見ていた。
「おい?」
「……高い」
「何が?」
「脚力強化の適性だ」
カッツが止まる。
「マジ?」
「ああ」
「どのくらい?」
試験官は測定器とカッツを交互に見る。
「少なくとも、お前の他の適性とは比べものにならん」
カッツの目が輝いた。
「あるじゃん!」
立ち上がる。
「俺にも才能あるじゃん!」
「脚だけだがな」
「脚だけって言うな!」
カッツは笑った。
「だったらこれで剣士になればいい!」
「……」
試験官が黙った。
カッツの笑顔が止まる。
「何だよ」
「カッツ」
「うん」
「剣士が魔物と戦う時、何をする?」
「剣で斬る」
「そうだ」
試験官がカッツの腕を指す。
「腕力強化は?」
「ない」
「耐久は?」
「ない」
「反応強化は?」
「ない」
「全身強化は?」
「……ない」
「剣術は?」
「平均って何回言わせんだよ!」
試験官はため息をついた。
「足が速くなったところで、剣の威力が上がるわけじゃない」
「……」
「魔物の攻撃を受けられるようになるわけでもない」
「……」
「付与された剣を扱うには、相応の身体能力も必要になる」
カッツは黙った。
「もちろん使い道はある。逃げる、距離を取る、偵察する――」
「俺は」
カッツが遮った。
「逃げるために剣士になりたいんじゃねえよ」
試験官が黙る。
カッツは腰の剣を見る。
十二年前。
自分の前に立ってくれた男。
逃げなかった。
魔物と向き合った。
そして、自分を助けてくれた。
ああなりたかった。
「……そっか」
カッツは剣を握った。
「俺、剣士向いてねえのか」
初めて。
自分の口から、その言葉が出た。
◇
試験場を出た。
街はいつもと変わらない。
人が歩いている。
店から声が聞こえる。
剣を背負った冒険者たちが、笑いながら横を通り過ぎた。
カッツは、その背中を見送った。
「十二年か……」
長かった。
でも。
結果は簡単だった。
剣術――平均。
身体強化――ほぼ適性なし。
唯一まともに使えるのは。
「脚だけ……」
カッツはため息をついた。
そのまま当てもなく街を歩く。
剣士になれないなら。
これから何をすればいい?
分からなかった。
だから、ただ歩いた。
そして。
一軒の鍛冶屋の前で――。
カッツの足が止まった。
ショーウインドー。
その中に。
一本の奇妙な武器が飾られていた。
剣ではない。
杖でもない。
金属製の筒。
握り手。
引き金。
カッツは顔を近づけた。
「……なんだ、これ」
背後から声がした。
「銃型杖」
振り返る。
茶色の短い髪。
鼻の中央に一本の傷。
自分より少し幼く見える青年が立っていた。
そして青年は、ショーウインドーの武器を見ると――。
「やめとけよ」
そう言った。
「そんなもん使っても、死ぬだけだ」
カッツとヒロ。
二人が初めて出会った瞬間だった。




