vector A→D ~伊波明日香の恋心~
「あーす-かっ」
廊下の隅に座り込んでいると、不意に後ろから声が掛かった。
「ひゃうッ!?」
「何そのかわいい悲鳴は。―ダイチには会えたの?」
「それがいざ会おうとしてみたらどこにもいなくって・・・ってなんで知ってるのよ!?」
エリはさも当然といった風な顔で、
「アンタを図書室に行くように仕向けたの誰だと思ってんのよ」
「・・・さてはあの先輩もエリの仕業ね・・・。っていうかエリ、わたしがどっちを選んでも応援するって言ってなかったっけ?」
「ユリ姉の方は旭と別の子をくっつけようとしててさあ、ユリ姉相手じゃあたしにはお手上げだから、見過ごす代わりに協力してもらったわけ。ま、向こうも結構面白がってたけどねー」
しれっと言うこの女は一体どういう神経をしているのか。
「・・・ま、それ以上にアンタとダイチをくっつけたかったのよね」
「く、くっつ・・・!?」
「正直あたしは、あたし個人の意見としてはさ、旭も悪かないけど、でもやっぱりアンタにはダイチがいいと思うよ。旭が今更アンタに心変わりするとも思えないし」
「・・・・・・・・・」
分かっていたこととはいえグサッと刺さる。
「会おうとしてるってことは、向き合うって決めたんでしょ?アイツと」
予鈴が鳴るのが聞こえた。エリは立ち上がる。
「とりあえず帰ろ。教室行けば会えるわよ、どうせ」
「・・・・・・そうだね」
わたしもよろよろと立ち上がって、エリの後ろをついていった。
―しかしそんな予想とは裏腹に、ダイチは帰りのHRが終わっても戻ってはこなかった。
「あのバカ・・・どこほっつき歩ってるのよ、もう」
エリが何度目か分からないため息をつく。正直わたしもさっきから嫌な予感がしてならない。
ぎゅっと締め付けられる胸をそっと押さえる。
“お前のことが好きだからだよ”“なーんてな。冗談だよ冗談”
「わたし、探してくる」
「えっ、ちょっと明日香!?」
アイツは知らないんだ。あの告白はちゃんとわたしに伝わってたってことを。
だからもう一度しようとしているんだ。あの時の告白を今度はちゃんと。だからわたしを、呼んでいた。
でもわたしが逃げるばかりで応えなかったから、諦めてしまったのかもしれない。疲れて、追いかけるのをやめて、どこかに座り込んでいるのかもしれない。
「ダイチ・・・・!」
どこにいるの。わたしもう逃げないから、ちゃんと返事するから、諦めないでよ。
「わたしを好きでいるのを、諦めないで・・・・・・!」
「―明日香?」
「へ?」
その声に振り向くと、
「ダイチ・・・・?」
保健室のドアから、ダイチが顔を覗かせた。
「アンタ・・・二時間も何やってたのよ!?心配・・・心配したんだからね!!」
「あ、悪りい・・・。ちょっと・・・な、頭打っちまって」
「は?」
ダイチが出した右手には確かに氷袋があった。そういえば心なしかおでこが腫れているように見える。
「いやー夢中で走ってたら壁にぶつかっちまってさ。ま、男なら当たって砕けろ的な?砕けてねえから俺の勝ちだけどな、ふはははは・・・・はあ」
ダイチはいつものように笑いかけてため息をつく。
「あー超痛え・・・まじでちょっとやりすぎたかも」
「・・・本当よ。バカ」
悪態をつくとダイチはうつむいた。
わたしが顔を覗き込むと、ゆっくりと口を開く。
「・・・なあ・・・さっきのって、どういう意味」
「何が?」
「好きでいるのを諦めるなって、どういうこと」
・・・どうやらばっちり聞かれていたらしい。
「・・・おれ、期待しちゃって・・・いいの?諦めなかったら明日香は振り向いてくれるって・・・信じても、いいの?」
「さあ、どうかしらね?」
「・・・・・・え」
「ダイチの頑張り次第ではもしかしたら、好きになっちゃうかもね?でもわたしそんなに軽い女じゃないからなー」
ダイチの横をすり抜ける。
「でももしかしたら、もうとっくに好きになってるかもしれないけどね」
「あ、おいちょっと待てよ、それどういう・・・」
追いかけてくるダイチを振り返る。
「ダイチには教えてあげない!」
「はあ!?むしろおれが一番聞く権利あるだろそれ!どっちなんだよ!!」
いたずらな笑みを浮かべる。教えてあげない、もうしばらくは。だってダイチは絶対諦めたりなんかしないって分かったから。
それに、万里くんを好きだったわたしは消えたわけじゃない。
だからもう少しだけ、この関係を続けさせて。友達以上恋人未満の、どっちつかずで曖昧で、けれどどこか心地いいこの関係を。
「ねえ、ダイチ―」
「だから教えろって」
「―大好き」
ダイチが首まで真っ赤になった。
「あ、明日、明日香、いいいきなりなにを」
「―友達として」
「・・・ん?・・・・・・はあ!?結局それかよ!!」
いよいよ本気で追いかけてくるダイチをするりとかわして笑う。
「教えないって言ったでしょー?」今は、これだけ。
いつか、ちゃんと伝えるから。
―わたしの気持ち(ベクトル)が、どこへ向いているのかを。
どうも鮃です。我ながら引くくらい長いです。自重する気ゼロですね(ぐっ!)
相変わらずベッタベタですが今回はそれが特にひどく軽く死にたくなりました。深夜に「四角関係はどうしたら成立するのか」を悶々と考えた結果こうなったのですが、ベクトルをループさせたことにより時系列がなんだか複雑になってしまい大変なことに・・・(Dが告白する前にAが告白、その前にBが告白してるから・・・あれ?という具合に)。一応修正はしましたが、どこかにその名残が残っているかもしれません。ていうかきっと残っていると思います。
ちなみに実際のところ万里くんはどのくらいモテるのか、ということですが、もちろん万里くんが感じているように全くモテないわけはないのですが、かといって明日香のは乙女フィルタがかかっているのでそこまで凄いわけでもありません。結局のところ藤澤先輩の言う通りなんですが、モテることはモテるけれど、堅物なのでそこで皆ちょっと引いちゃうんですよ・・・。もちろん明日香や智花ちゃんのようにそこを好意的に見てくれる子もいるんですが、数は少ないです。
最終的にこの組合せに落ち着いた理由としては、ダイチの言う通り彼が智花ちゃんと結ばれるエンドがしっくり来なかったから。今考えると明日香と万里くんの方もなんだかぎこちないような気がします。まあなんにしてもお幸せに(笑)。ダイチのストーカー振りは一生続きそうです(オイ)。