5, 抜道
井戸から這い出たマリアはそっと裏路地の物陰から本当にここが城下街であるか覗き見た。
夜故か、人はあまり歩いていない。
縦長の家の二階の窓が光っているのが見える。
街の風景は王城の正面から、馬車の中でしか見たことがなかったが、間違いなくここは王城の外であった。
「……」
城の者は知っているのか。
ハドラーや母は知っていたのか。
マリアは路地裏に後ずさりし井戸へ戻った。
庭園から城内へ戻るとハドラーに「いかがでしたか? 気持ちは落ち着きましたか?」と聞かれるが、マリアの気持ちは晴れることはなかった。
それ以上にあの王城外へ行く抜け道について聞きたかった。
「ハドラー、あの倉庫は――」
言いかけた時、ハドラーの静かな笑みを見て、マリアは言葉を飲んだ。
「――ええ、ありがとうハドラー」
マリアが必然か偶然か、庭園の地下通路を見つけてから一週間が経過した。
あの日から、兄アイデルと顔を合わせるとどこか気まずい気持ちになった。
挨拶や日常会話には支障をきたしていないが、はたからみてもぎこちなさを拭えない。
マリアはこの現状から脱却するためか、庭園に行っては倉庫の前でうろちょろするという行動を毎日していた。
毎日の自主的な勉強を欠かしているわけではないが、兄の言葉と同様に、どうしてもあの視察に行った魔術代行屋が引っ掛かっていたのだ。
どうしても聞きたいことがある。
あの道を使えば、行けてしまう。
しかし、そんなことをしてもいいのだろうか。人に迷惑をかけてしまうのではないか。
マリアはそんな思いでこの一週間を過ごしていたのだ。
「……っ」
悩んでさらに一週間が過ぎようとした頃、「夜の庭園は冷えるから」という理由で、顔と体を隠せるほどのローブをハドラーに用意させた。
ハドラーは「かしこまりました」というだけでそれ以上は何も追及しなかった。
翌日の朝、
「今日は一日中部屋に籠って勉強したいので、だれも通さないでください」
そうハドラーに命じた。
マリアは一日中部屋に居てもおかしくない様に、歴史書や様々な学問に関しての本を数日前から取り寄せ、部屋に籠る言い訳作りをした。
一刻が過ぎた。
マリアは静かに部屋の扉を開き、誰もいないことを確認してローブを持って部屋を飛び出した。
マリアの部屋から庭園までは一直線の廊下を行くだけである。
運が良いことに誰とも出会う事がなく、庭園に着いた。
倉庫から地下へ入り、石造りの廊下を抜け、井戸の底まで来た。
持ってきたローブを羽織り、縄梯子に足をかけてゆっくりと登る。
二週間前に見た光景とは違い、路地裏を出れば人が多く歩いていた。
その波に紛れるようにマリアも歩いていく。
ニロ魔術代行屋には歩いて行ったことがない。
それどころか、城下街をまともに歩いたことがなかったマリアだったが、昨日から王都の地図を確認していたためおおよその位置はわかっていた。
それでも、人混みに揉まれたり、地図でしか把握していなかったため、一時間ほど彷徨い、ようやく見覚えのある建物が目に入った。
「つ、着いたっ」
『ニロ魔術代行屋』
その看板にどこか安心感を抱きつつも、緊張した面持ちで店の扉を開いた。
「ニロさま!! ……っ」
「いらっしゃいませ、おや。これはこれは、お久しぶりでございます。マリア殿下」
店の中にはただ一人、ディタースがカウンターの椅子に座っていた。
「お、お久しぶりです。ディター……」
「ディタースでございます」
「失礼しましたわ。ディタース様」
「マリア殿下、お付きの方は……いえ、それで今日はどういったご用向きでございますでしょうか?」
マリアは息を整えカウンターへ歩いていき、前のめりに手をついた。
「ニ、ニロさまはいますでしょうか?」
「ニロさんですか? なにか、お仕事の依頼ですかね?」
「あ、い、いえ。お仕事というわけではないのですが、聞きたいことがございまして」
「聞きたいこと……ですか。生憎今は外出しておりまして。そうですねぇ、もうそろそろ帰ってくるとは思うのですが」
「……そうですか」
「ほほ、どうですか? ニロさんを待つ間、温かいお茶でも」
「い、いただきますわ」
ディタースは立ち上がり、店の奥へと歩いていった。
一人になったマリアは店の中を見回す。相変わらず、多くの魔道具が並べられており、やはりこの雰囲気は好きだと感じた。
カウンターに改めて目を向けると、あの時魔法式と勘違いしたランプはもうそこにはなかった。
気にしているのだろうか。
「……」
マリアはあの時の罪悪感が呼び起こされる。
「たく、あのジジイ無茶言いやがる。代行屋をなんだと思ってるんだ」
「便利屋だろう?」
「ふざけろ。だれが便利屋だ」
店の外から二人の会話が店内まで聞こえて来た。
マリアは反射的に扉の方を向くと同時に、カランッと音が鳴って扉が開いた。
「――ニロさま!!」
仕事から帰ってきたニロと目が合った。
マリアはその再会に、溜まっていた気持ちがあふれ出しそうになる。
「――おいディタース、なぜこの小娘がここにいるんだ?」




