6, 再会
マリアは再会の喜びを噛みしめて、ニロへ駆け寄る。
しかし、段々と足の動きが鈍くなり、ついには止まってしまった。
「ニロ……さま、ですよね?」
初めて会った時とあまりにも物言いが違う。
非常に温厚で紳士的な言葉遣いをしていたニロと、今不躾な物言いをするニロの違和感を、マリアは瞬時に見抜いたからだ。
「……? どうしたんだ?」
「ニロ、お前。口調がいつものになっているぞ」
「口調? あー、そういうことか」
ニロは面倒くさそうに頭を搔きながら「……今日はどういったご用件でしょうか?」と明らかに気持ちがこもっていない事がわかる話し方で尋ねた。
マリアは目が点になり、まじまじとニロを見た。
粗茶が入ったポットとティーカップを四個乗せたトレーを持って、いつの間にかディタースが店の奥から戻ってきていた。
ディタースはカウンターにそれらを置いてそっとティーカップに注いだ。
「ほほ、今更取り繕っても遅いですよ」
「とりつく……え?」
「あー、まあ、もういいか」
そう言い、立ち尽くすマリアの横を素通りし、先ほどまでディタースが座っていた椅子に腰を下ろした。
ティーカップを手に持ち、そのままずるずると音を立てながら一気に飲み干した。
「ど、どういうことですか?!」
「マリア殿下。ニロさんは普段はこのような話し方をする方なのです」
「相手がこの国の姫だから猫を被ってたんだ、ニロは」
「そ、そうなのですか」
「……で、何の用だ。また視察か? というか、あの執事や護衛はどうした?」
マリアはニロのその質問に肩を震わせ、目を逸らした。
「なぜ目を逸らすんだ……まさかっ!」
ニロは立ち上がる。
マリアの装いや、そのあからさまな態度からマリアは付人や護衛を付けずにここに来たのだと察した。
ニロの愕然と開いた口が塞がらない。
本当にそうだとすれば、仮にこの場でマリアが傷つきでもしたら、その罪は全てこの店にあり、ひいてはニロの責任になる。
そうでなくても、王城でマリアが居なくなったということがわかれば、大規模な捜索が始まるだろう。
そうなれば、事実はどうであれニロ達は誘拐犯の肩書を背負わされる可能性もあるのだ。
「まさか、ここまで馬鹿だとは」
「ば、馬鹿とはなんですか! 私も、覚悟を決めて参ったのです」
「それが馬鹿だって言っているんだ! はあ、まさかここまで考えなしな小娘だとは思わなかったぞ。というか、何でお前らはそんなに落ち着いているんだ!」
「まあ、お忍びで街に行くことは珍しくないからな」
「そうですね……王族や貴族が臣下に隠れて城下街へ行くことは珍しくありませんからねぇ」
「お前ら、嘘だろ」
ニロは深く椅子に座り、額に手を当てて天井を仰いだ。
「んで、そのお転婆姫がわざわざお忍びで魔術代行屋に来るほどの用事ってのはなんだ? 俺は忙しいんだ。簡潔に言えよ」
「お、お転婆姫……」
ディタースがマリアの椅子を持ってきて、現在ニロとマリアは対面する形で顔を向かい合わせていた。
ディタースは魔道具を整理し始め、パニテーレは壁へ背中を預けて二人を見ていた。
「こほん、実はニロさまにどうしてもお聞きしたいことがありまして」
「ほう? この俺に聞きたいことね……あのランプについてか?」
「ランプ……? いえ、そのようなことでは」
「そうか。ならなんだ?」
「魔術……についてお聞きしたかったのです」
「あ? 魔術ぅ?」
マリアから予想だにしなかった発言が飛び出し、ニロは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
魔術について、魔力を持つ者が魔術代行屋に聞くことや魔術を使えるものにその術について聞いたり、師として教えを乞うことは珍しくはない。
どころか、良くある出来事である。
しかし、それはあくまで魔力を持つ平民や金を持っていない下級貴族などであり、マリアのような相手が魔術代行屋に対して聞くことではないのだ。
「はい!」
「お前……俺を馬鹿にしに来たのか?」
「えっ?」
予想だにしていなかったニロの反応を見て、マリアはキョトンとした顔をした。
「貴族の中の貴族みたいなお前が、魔術代行屋に魔術の教えを乞いに来るなんてことあるはずがねぇだろ。あったとしても、馬鹿にするのが目的としか思えん。ふん、何を思い違いしているか知らんが、俺はそこまでのお前らのご機嫌取りはするつもりもないし、仕事だとしても御免だ」
「ち、違うのです!」
「何が違うんだ!」
「落ち着け、ニロ」
「そうですよニロさん」
「すまないな、殿下。ニロは無駄にプライドが高いうえに、妙なところで頑固なんだ」
「ニロさん。マリア殿下はそのような人を馬鹿にするような人物でございましょうか? 私はそのような方ではないと思いますよ」
ヒートアップした店内で冷静な二人の話で場が仕切り直される。
ニロはディタースの言葉に納得はしたが、気持ちの整理を付けれずマリアがいる方向とは別の方を向いた。
マリアも気持ちを落ち着かせて改めて話始める。
「ニロさま方を馬鹿にしに来たわけではありませんわ。魔術について聞きに来たというのは、今の治世における魔術の在り方について、民のために魔術を使うニロさまの考えをお聞きしたく参りましたの」
「はっ……平民の俺らに……? 結局、馬鹿にし――」
馬鹿にしに来たにしか聞こえない。と言いかけ、マリアの方を向いた。
真剣なまなざしと目を合わせた。
「……」
ニロは言葉を詰まらせた。
少女が揶揄いに来たのではない、本気であるその眼を見たためである。
二十秒程、マリアの目を見つめた。
「ど、どうされましたかニロさま?」
マリアは目をぱちくりさせて、明らかに困惑の表情を浮かべていた。
そんな中、カランという音と共に、店に三十代ぐらいの男性が入ってきた。
「――すまんが、ニロはいるか? 仕事を依頼したいのだが」
「……仕事の時間だ」
ニロはすっと、立ち上がり依頼主の方向へ歩いていった。
「そ、そんな!」
「話は後だ。お転婆姫も魔力を持っているんだろ? 暇なら手伝え」
「ま、またお転婆姫って!! ……って、え?」




