3, 裏側
ニロよりも小柄で優しい顔立ちをしている銀髪の少女――マリアを三人は店の前まで見送った。
「……やっと行ったか」
張り詰めた緊張の空気が一気に解放された。
ニロは馬車が店の前を離れると同時に、真っ先に店内へ戻り、座っていたカウンターの椅子にため息をつきながら深々と腰を下ろした。
「あの姫君、観察力に優れているな。あたしだったら絶対わからなかったぞ」
「ほほ、だから言っているでしょう。いくらお客様にバレずとも今回はしっかりと裏に下げておくべきだと」
「……魔法式ランプは魔法技術が世に出た頃に使われていた言わばアンティークみたいなもんだ。見た目も底のつまみ以外は魔術式と大差がないってのに、あの小娘はよ」
ニロは悪態をつきながら魔法式ランプを持ち上げ、魔術を使い灯した火を消した。
「確か、マリア殿下の祖父はあのエルガリオ侯爵でしたな」
「ああ知っている。魔法技術を使っているんだ。理論の考案者の情報や王家との繋がりぐらい頭に入っている。ただ、まさかこれほど魔道具に興味があるやつだとは思ってなかったんだよ」
「ふっ……詰めが甘いなニロ」
「うるさいぞパニィ」
二人も中へと戻り、ディタースがカランッと音が鳴らないように静かに扉を閉めた。
「しかし、マリア殿下は非常に聡明な方でいらっしゃいましたな。あの若さで、世間から隔離されている王城内で育ちながらも、人々の暮らしを支える魔道具に興味を持つとは」
「そうだな……あの姫君はしっかりと魔道具の有用性を理解していた」
「二人ともあの小娘を持ち上げすぎじゃないか? ただの珍しい物好きのどこにでもいるようなお貴族の娘じゃないか」
「……あたしも貴族の出なのだが?」
「パニィ、お前は一般的な貴族の娘には当てはまらないだろ。それに国すら違うじゃねぇか」
「ほほ、ですがマリア殿下は少し、ニロさんに似ていたように思いましたぞ」
「俺と? あの小娘が? はっ、つまらない冗談はやめてくれよ」
ニロは鼻で笑い、手をひらひらと振った。
「いえいえ、冗談ではありませんよ。魔道具好きであり、魔道具が魔術式か魔法式かを一目でズバリと言い当てる。私の知る限りそのような人物はニロさんしか思い浮かびませんよ」
「確かに……食い入るように魔道具を観察していたな」
「何度も同じこと言わせるな。あれは珍しいものを見たからで、単なる気まぐれだ。それに、王城内ではいくらでも魔法式の魔道具があるんだろう。たまたま当てただけだ」
「はて、そうですかな」
「ニロは人を見る目がないからな」
パニテーレの一言で苛立ちを覚えたニロはカウンターを叩き、立ち上がった。
パニテーレはニロよりも頭一つ分背が高いため、意図せずニロを見下ろす形になった。
「やめておけ、いくら魔力があってもあたしと喧嘩をするなら分が悪いぞ」
「……はっ!」
ニロは不貞腐れて再び座り、そっぽを向いた。
「それにしても、この王都には地方に比べて魔術代行屋が多くあるというのにこの店を視察したいという依頼書を受け取った時は冷汗をかきましたな」
「……まったくだ」
「我々がこの街に店を構えて2年になりますか。ようやく集客も安定し常連のお客様もついた矢先でしたからね」
「確か、あのハドラーとかいう執事がウチの評判がどうとか言っていたな」
「評判が非常に良い……そうおっしゃっておりましたね」
「一般的な魔術代行屋と仕事内容は変わらないと思うがな」
「ニロは仕事以外にも人助けを率先して行ったり、使い勝手のいい魔道具を紹介したりしているからな」
「常連のお客様になる要因がそれですからね」
「良くも悪くも目立ち過ぎなんだ」
「――魔法式魔道具があると知られて探りを入れるために来たのかと思ったな」
ニロの発言に二人は息を飲む。
マリアを迎えた時、ニロはその緊張を感づかれないように、毅然と振舞っていた。
パニテーレはもしも戦闘になった場合、ニロを守れるようにワザとカウンターの前に立っていた。
ディタースも同様に待機していたのだ。
「杞憂でありましたね」
「ああ、まったくだ」
パニテーレは腕を組み、ディタースの言葉に同意をする。
警戒していた三人の前に現れたのは、あの可愛らしい姫である。魔道具に関心を持ち、人々を思いやるニロの考えに「素晴らしい考えです!」と共感を示した。
もし少女が、本当に国が差し向けた調査員であれば、もうどうしようもないとしか言うほかないだろう。
二人の会話を聞き、ニロは立ち上がる。
「――今日は無駄に疲れた。俺は先に寝るぞ」
「承知いたしました」
「ああ」
この建物の二階は居住空間になっており、三人はそこで暮らしていた。
ニロはカウンターの奥の扉に手をかけ、二階へ向かおうとすると、カランッとお店の扉が開いた。
「ごめんください、ニロさんはいらっしゃるかしら」
店の中に入ってきたのは、杖をついた常連の老婆であった。
ニロは足を止め、老婆の方へ向きなおした。
「これは、オリビアさん。今日はどうされました?」
「実はねぇ、家で使っている魔道具のポットの魔力が切れちゃったんだよ。孫があのポットで入れたお茶しか飲まないと言うことを聞かなくてねぇ」
「それは大変だ。今すぐ向かいますので少々お待ちください」
「悪いねぇ」
そう言い、カウンター内に置いてある鞄を持ち、外出用のコートをひらりと羽織った。
「寝るんじゃなかったのか?」
そうパニテーレは小声でニロに尋ねるが「馬鹿か、困ってる人がいるんだ。寝るのはあとだ」と返した。
「ふっ」とパニテーレは笑った。
「パニィ、オリビアさんをおぶって差し上げろ。急いで向かうぞ」
「ああ、わかった」
「ディタース、店番を頼んだ」
「承知いたしました、お気をつけて」
ディタースは店前で二人を見送った。




