1, 出会い
「母さま、それで勇者さんはどうなったの?」
「マリアはどうなったと思う?」
「うーんとね、悪い敵さんをやっつけてお姫様と結婚したと思う!」
夜中、寝付けないマリアはマリステラに絵本を読んでくれるようにせがむ。
あの時はいつもそうであった。
何かと理由を付けては夜中に母を訪ねて、寝れないと駄々をこねた。
母はそのたびに部屋に置いてあるいくつかの絵本を取り出し、枕元のランプに火を灯し読み聞かせをしてくれる。
しかし、マリアは絵本が目的ではなく、母と共に寝ることが目的であった。
マリステラは次のページを捲ろうとすると、ランプの光が薄れていき真っ暗になる。
「わっ!」とマリアは声を出すが、マリステラは優しく頭を撫でマリアから離れる。
そして、ランプを開き魔力石を取り出し、別の魔力石を入れる。
扉を閉めると同時に、部屋が温かな光に包まれる。
「お母さま、それなあに?」
「これ? ふふ、私のとても大切なものよ」
とマリアがランプに興味を示したことを嬉しく思ったマリステラはランプを手に持ち、マリアの元へ戻る。
「これはね、ちち……おじい様が私が一人になっても悲しくならないようにとくれたものよ」
「おじいさまが?」
「ええ。マリアはおじい様にはまだ一度しか会ったことなかったわね」
ランプに関心を持ったマリアにまるで絵本を読み聞かせるように、マリステラは父エルガリオの話を聞かせた。
このランプは人々の生活に光を灯し豊かにするものであると。
「……様、姫様! 起きてくださいませ、姫様!」
「……ん、ハドラー?」
扉をノックして叫ぶ焦った声に、マリアはゆっくりとまぶたを開けた。
差し込む日差しの角度が少し変わっている。
「もう、そろそろ視察のお時間ですぞ! 馬車の用意もできております!」
◇
「姫様!顔を外に出さないでください!」
「ハドラー、風が気持ちいいわ!」
予定通り馬車に乗る。
馬車にはハドラーと護衛の騎士が二人同乗し、鞭の音と共に馬車が出発した。
初めての外の世界。
王城とは違う空気。
城門から続く大通りは活気が溢れており、マリアも思わず窓から身を乗り出すほどであった。
すぐさま、ハドラーがマリアを馬車内に引っ張る。マリアは少し不貞腐れた顔を見せるが胸はいっぱいでそんな気持ちはすぐに拭われる。
「それでは姫様、本日の視察のご予定ですが――」
「大通りの商店の視察に、ギルドの視察、魔術代行屋の視察、最後は孤児院の視察でしょう? 楽しみにしていたのだもの。ええ、しっかり覚えているわ」
「流石でございます」
馬車を走らせ、最初の視察場所である、大通りの王家御用達のヘルムス大商会を訪れる。
店のエントランスに入るや、小太りの着飾った男性――ラインディン・ヘルムスが声をかける。
「ようこそ、お待ちしておりました殿下。私はラインディン・ヘルムス。この商会の商会長を務めております。以後お見知りおきを」
「ええ、ラインディン様のお噂は聞き及んでおりますわ。本日は視察を受け入れてくださり感謝いたしますわ」
ラインディンからどこか、貴族に似た雰囲気を感じ取る。目の前の人物を見ているのではない、後ろにいる父上を見ている目。
仕方がないとはわかっていても、やはりあまり好きにはなれない目である。
ヘルムス商会では取り扱っている最高品質の品や物流の仕組み、副商会長やこの王都のお店を切り盛りする店長を紹介される。ラインディンはこの商会がいかにマギアナ王都にひいては、王国に多大な影響を与えているかを自慢げに説明するだけであった。
マリアが思い描いていた視察とはまったくの別物だった。
当初は客の様子や市場から見る人々の生活についてを現場から見せてもらえるのであると期待していた。
実際に「ところで、ラインディン様。商品の売れ行きや市場の状況はどうでしょうか?」と質問をするものの、高級品ばかりを見せられ望むような話はできなかった。
次の視察場所であるギルドはいわゆる仕事斡旋所である。
身分を問わず登録さえすれば、ギルドによって管理されている依頼を受けられるという仕組みである。
地方では街に近い森に潜む魔物等の討伐が基本的な依頼であり、その事を知っているマリアは気持ちを入れ替え、魔法技術や一般人の仕事に密接に関わるギルドに対して期待を持つ。
「と、いったところです。殿下、ここまでで質問はありますでしょうか?」
黒髪に白髪が混ざった少し草臥れた見た目をしているマギアナ王都支店のギルドマスターであるフーガルからギルド内の案内を受ける。
マリアの期待通りとは行かなかった。
ここマギアナ城下支店は城壁付近の魔物は騎士団が討伐をするため、基本的に書類仕事の依頼が多く集められている。書類仕事は多少なりとも学が必要なため、ギルドには小遣い稼ぎに下級貴族の子供や、商人が多くいた。
ここも思っていた視察とは別の形になってしまった。
二つの視察を終え、マリアは馬車の中で期待外れと多少の疲労でぐったりとする。
「ハドラー……この視察いつまで続くのかしら」
「姫様……」
明らかに朝とは気持ちの入りようが違うマリアにハドラーは心配になる。
「姫様が視察にどのような期待をなされていたかは存じ上げませんが、次は姫様が待ち望んでいた魔術代行屋の視察でございますよ」
「魔術……代行屋!」
マリアの目に再び期待の光が宿ると同時に、目的地へとたどり着く。
ハドラーに手をひかれ馬車を降りると、そこは大通りから少し外れた場所であった。
人通りも少なく、周辺にはお店らしいお店は無く集合住宅地の一画にそのお店は看板を掲げていた。
『ニロの魔術代行屋』
木製の扉に手を当て押す。
カランッと軽い音と共に扉が開く。
店の中には、三人いた。
一人はカウンターに腕を組むにこやかにほほ笑んでいる黒髪の青年。一人はカウンターの前に堂々とした佇まいをする金髪のロングヘアーをしたスレンダーな女性。一人ははたきを持ち、魔道具を清掃している執事のような紳士服を身にまとう老人。
大通りの商人たちや、冒険者ギルドの雰囲気とはまったく異なる三人。
狭い空間に魔道具が整理され、床や棚に敷き詰められて置かれている。
マリアの目にはどこか異世界であるように映る。
「――ようこそ、お待ちしていました」
茫然と立ち尽くすマリアに黒髪の青年が優しく声をかけた。
「どうされましたか殿下? そんな入口で立ち尽くされて」
青年は立ち上がりカウンターの前へ出る。
マリアは青年の声に反応せず、ただただ綺麗に並ぶ魔道具に目がいく。
王城ではみないモノばかりで、青年よりもそちらに釘付けになってしまう。
姫としてはあるまじき態度である。
その様子を見てすかさずハドラーがフォローを入れる。
「ハドラーと申します。ニロ様、本日は王家からの視察依頼を御受け下さり陛下や殿下に代わり、お礼申し上げます。マリア姫様は本日の視察を大変楽しみにしておいででした」
その言葉でハッとし、
「マ、マリア=フォス=マギアナですわ」
と失態を補うように名前を名乗る。
いつものマリアであれば立場が上の相手や年齢が上の相手にはカーテシーをし、出会えたことに感謝を伝えるのだが、それすらも忘れるほどであった。
「自己紹介痛み入ります。私はニロ魔術代行屋店主、ニロと申します。この二人は、パニテーレとディタースと言います。この魔術代行屋で店員として働いてもらっています」
金髪のロングヘアーをしたスレンダーな女性がパニテーレという名前で、執事のような紳士服を身にまとう老人がディタースという。
「ニロさんからご紹介もありましたが、私ディタースと申します。この魔術代行屋の帳場や雑務を預かっております。殿下におかれましてはこのような場所までおこし頂き誠に感謝申し上げます」
「……パニテーレと申します」
丁寧に自己紹介をするディタースに対し、簡潔に話すパニテーレはマリアの目からは対照的に映る。
しかし言葉数が足りないだけで、二人とも同様にマリアに対し敬意を持っているようにも見えた。
しかしハドラーの目にはパニテーレはあまり良く映らず。同様に言葉づかいに少し苦笑いをするニロとやれやれと額に手を当てるディタース。
ニロはわざとらしく咳払いをし口を開く。
「ところで殿下。本日は殿下のご要望があり、当店を視察先に選ばれたという話を伺っていますが」
「え、ええ。そうですわ」
「姫様は大変魔道具や魔術にご関心がおありでいまして、また同時に市政にも関心を持たれています。魔術代行屋はその二つを担い、ニロ様の魔術代行屋は非常に評判も良く視察を申し入れさせていただきました」
「――なるほど。そういうことでございましたか。であれば、私共に答えられるものでしたらご遠慮なくお聞きください」
「で、では! こ、ここにある道具は全部魔道具なのですか?!」
「その通りでございます殿下。ここにある道具は全て魔道具でございます」
「まあっ!」
「魔術代行屋の仕事は依頼があった魔道具に魔術を施すというものでございます。しかし、それと同時に魔術式魔道具も仕入れ、販売も行っております」
「それで、こんなに魔道具があるのですね! 素敵です!」
「お褒め頂きありがとうございます」
マリアは目を輝かせ、手を合わせた。
「しかし、これほどまで多くの魔道具を仕入れる魔術代行屋もなかなか珍しいですな」
「ええ。このような仕事をしていますと、お客さんから魔道具について聞かれることがありまして、このようにいつでもご要望に沿った魔道具を提供できるように揃えているのです」
「素晴らしいですね!」
「ほほっ、半分はニロさんのご趣味でございます」
「まったく、ほとんど売れもしないのに馬鹿だ、こいつは」
「殿下の前でそのような言葉を使うな」
「ふん」
「こら、二人とも。殿下の前ですよ」
ニロは表情を崩さず小声でパニテーレに釘を刺す。
ディタースはその二人の喧嘩を慣れた口調で宥める。
マリアはヘルムス商会やギルドのようなどこか他人事のように感じたものとは違う、そのやり取りにどこか温かみを感じた。
「二人はとっても仲良しなのですね!」
「ほほ、まったく殿下の言う通りでございますな」
パニテーレはバツが悪そうに目を閉じた。
ニロは何ともいえない表情で頭を掻いた。
その微笑ましい状況にマリアは緊張が解れ、軽い足取りで店内を歩き回った。
「この小さな魔道具はなんでしょうか?」
「それは入れた水を温める魔道具ですね。小さいものはあまり人気がないのですが、そちらの大きいサイズのモノですと主に食堂やレストランを営む人が買われて行きます」
王城では見ない氷を生成する小さな魔道具や、棒状の先端だけ光る松明の代わりになる魔道具。その他にも様々な魔道具に目が行き、その都度ニロが説明をした。
前の二つの視察の雰囲気とはうって変わった姿を見てハドラーは静かに店を出た。
外で待機していた護衛の一人に、孤児院の視察が予定時刻から少しずれる旨を孤児院に伝えるように指示をする。
棚に横一列に並んだ魔道具の説明を聞き終えたマリアは満足げな笑みを浮かべた。
そして、ニロの方を向いて魔術代行屋に会ったら聞きたかったことを思い出しながら話す。
「ニロさんは、どうして魔術代行屋をしているのですか? あ、いえ! 決して魔術代行屋の方を下に見ているというわけではありませんわ! ただ貴族であれば、王立魔術学園や王宮の魔術研究機関を目指すことが当たり前であるかと思うのですが……貴族が庶民を相手にするのは、こう珍しいといいますか……」
「そうですね、まず殿下は勘違いをなされているかと。私は貴族の出ではありません」
「貴族……ではない? 魔力があるのにですか?」
「はい、平民にも時々魔力を持って生まれてくる者がいるのです。それと、質問の内容ですが、確かに魔力を持っていれば魔術学園や研究機関を目指すのが最も良い選択と言えるでしょう。ですが、私はそういったものには余り関心はなく、人々の生活を支える方が性に合っているのです」
といって、ニロは照れくさそうな表情で話した。
ニロの話は、マリアの予想の斜め上を行き、魔術や魔力についてまだまだ知らないことがあると実感した。
「質問の内容の回答になっているかわかりませんが、そういった理由でこの魔術代行屋を営んでおります」
「そうですのね……素晴らしいお考えかと思います! それに、庶民の方でも魔力を持つ方がいらっしゃるのですね。大変お勉強になりました」
マリアはニロに向かって礼を言う。
「とんでもございません、殿下のお役にたてたのであればよかったです」
「姫様、そろそろ次の視察に参りましょう」
そう、店の外からハドラーが声をかけるとマリアは「そうですわね」と返事をする。
マリアは改めてニロたちの方を向く。
「本日はありがとうございました。今日は非常に――あら?」
頭を下げ、顔をあげたマリアの目に映ったのはカウンターの上に置いてある一つの古びたランプであった。
どこか見覚えがあるそのランプに近づきじっくりと観察をした。
ランプの底につまみがついており開閉できるようになっている――魔法式ランプの特徴であった。
かなり錆びて開けた形跡があまり残っていないため見間違えかと思えたが、普段から目にしているマリアにはわかった。
マリアは魔術代行屋に自身の部屋に置いてあるものと同じものを見つけ、嬉しい気持ちになった。
「どうされましたか殿下」
「いえ、このランプ……もしかして、魔法式ランプではありませんか? 私もこれと似たようなモノを持っていまして……て、ど、どうされましたか皆さま?」
温かな空気が一瞬にして凍り付いた――。




